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日本の民間月面探査チーム「HAKUTO」、2016年後半にSpaceXのFalcon9で打ち上げへ
~Google Lunar XPRIZEに挑戦
(2015/2/24 06:00)
Googleがスポンサーとなり、XPRIZE財団によって運営される、民間組織による月面無人探査を競う総額3,000万ドルの国際賞金レース「Google Lunar XPRIZE(GLXP)」に挑戦する、株式会社ispaceが運営する日本唯一の民間月面探査チーム「HAKUTO」は、アメリカ・ピッツバーグの宇宙開発企業Astrobotic Technologyと月面輸送契約を結び、2016年後半にアメリカで打ち上げを実施すると発表し、お台場にある日本科学未来館で記者会見を行なった。
打ち上げロケットはSpaceXの「Falcon9」。打ち上げ場所はアメリカ・フロリダ州ケープカナベラル。月面着陸船(ランダー)はAstroboticの「Griffin」(グリフィン)で、同じくGLXPに参加するAstroboticの月面探査ローバー「Andy」との相乗りになる。月の着陸予定地は「Lacus Mortis(死の湖)」。2チームは同時に月面に着陸し、それぞれGLXPミッションに挑む。どちらかのチームがミッション達成となった場合は、優勝賞金2,000万ドルは2チーム間で分配となる。
GLXPのミッションは、月面に民間開発の無人探査機を着陸させ、着陸地点から500m以上走行し、指定された高解像度の動画や静止画データを地球に送信すること。現在、世界各国から18チームが参加している。
ロケットで打ち上げられたローバーはランダーに載って月に到着する。到着すると、ローバーを覆っていたエンベローブを外し、ローバーが月面に降り立つ。そして探査を行う。HAKUTOのローバーはMoonrakerとTetrisの組でミッションを実施する。テザーで繋がれた両者を使うことで、よりミッションの成功率が高くなるという。
GLXPの最初のアナウンスがあったのは2007年。HAKUTOメンバーたちは2010年にヨーロッパチームとの合同として「White Label Space」として参戦を決意。この時はヨーロッパチームがランダーを作り、日本がローバーを作るという役割分担だった。2011年8月に、月面探査ローバーのエンジニアリングモデル(技術試験モデル)をプレス公開した。その後、ヨーロッパチームの撤退に伴い2013年にチームHAKUTOを立ち上げ、砂丘などで実証実験を行なった。
HAKUTOは中間審査の発表を受けて、2014年9月にはローバーのプリフライトモデルを開発。そして1月27日にはモビリティサブシステム中間賞を受賞して賞金50万ドルを獲得、株式会社IHIなど2社のスポンサーを獲得している。また、1月30日には「エヴァンゲリオン20周年ロンギヌスの槍を月に刺すプロジェクト」に技術協力することを発表している。
記者会見では、まずHAKUTOチームリーダーで株式会社ispace代表取締役社長の袴田武史氏が、宇宙開発ベンチャーのispace、並びにGLXPについて紹介。前述のようにHAKUTOは、技術開発が進んでいるチームに贈られる「MILESTONE PRIZE」を受賞した。今回、会見の中で、XPRIZE財団のGLXP担当者 アンドリュー・バートン(Dr. Andrew Barton)氏からGLXP中間賞のメダルが授与された。
新たにスポンサーとなった株式会社IHI広報・IR室ブランド推進グループの松尾健司氏は、同社の宇宙開発関連事業について紹介した後、HAKUTOの中間賞受賞を讃えた。「技術力には確かなものがある」と語り、同社のコーポレートメッセージとして「ぜひ、月面探査一番乗りを目指してもらいたい」と語った。
続けてHAKUTO開発責任者で、東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻教授、株式会社ispace CTOの吉田和哉氏から、今回の挑戦について簡単な解説があった。「アポロ月面着陸が原点だが、人類はまだ月面の一部しか知らない。月面探査の価値は限りなくある」と吉田教授は述べた。
2002年から吉田教授らは月面探査ローバーの実験を続けてきた。車輪1つとっても、柔らかく粉状の砂で覆われている月面では車輪が空転しやすいため走るのが非常に困難で、開発は難しいという。2007年には月周回探査機「かぐや」が打ち上げられ、日本でも月面探査の機運が盛り上がった。
また、もう1つの研究テーマであるマイクロサテライト(重さ50kg級の小型人工衛星)開発についても紹介し、従来型の衛星とは違って、数億円規模の超小型衛星が新しい世界を開くという時代が来ており、同研究室は宇宙機開発においても実績を積み上げてきたと自信を見せた。マイクロサテライト製造組み立てノウハウがローバー開発にも活かされているという。
ローバーは未知の環境を探査するための全方位カメラを搭載し、軽量で丈夫なカーボンファイバーや、200℃でも変形しない新素材「ウルテム」(ULTEM、非晶性熱可塑性ポリエーテルイミド樹脂)を3Dプリンタ加工するなど、さまざまな工夫が凝らされている。これまでに振動試験、熱真空試験、そしてフィールド試験などをクリアしてきた。砂といくつかの岩が散らばったような世界を探査する上で、非常に優れた機械であると吉田教授は自信を見せた。
月面着陸予定地点「死の湖」には、「縦孔」が存在すると考えられている。縦孔は溶岩トンネルの天井の一部が崩落しているのではないかと考えられており、将来、月面での温度変化や宇宙放射線の影響から身を守れる天然シェルターとなり得るのではないかと期待されている。GLXPのミッションだけでなく、オリジナルミッションとして月面の縦孔探査ができれば、将来の月面有人探査においても活用できる可能性があるという。
なお縦穴探査には20億円強の費用が必要で、Tetrisだけの探査なら10億円がかかるという。GLXPのミッションを実行したあとに、追加ミッションとして縦孔ミッションの実施を計画している。
Astrobotic Technology CEOのジョン・ソーントン(John Thornton)氏は「我々は月面にものを輸送する会社。さまざまな機材や貨物を載せていく予定がある。小さな記念品のようなものの輸送も考えている」と語り、月面輸送の概要を紹介した。月の縦穴は一部に壊れている部分があり、そこから下にあると考えている洞窟部分に入れるのではないかと考えているという。ソーントン氏は「人間が地球で定住したのも洞窟だった。月で定住するのも洞窟が適しているのではないか」と冗談混じりで語った。
同社のもっとも大事なパートナーはNASAで、月に物を輸送し軟着陸する「Lunar CATALYST」というプロジェクトを通して、NASAのエンジニアの支援を受けているという。ランダーのナビゲーションテストの様子なども示し、より平坦で安全な場所を目指して着陸できると語った。同社のローバーからのメッセージとして「着陸したらすぐにレースが始まる。絶対に勝つから覚悟して下さい」と述べた。
GLXP担当者のアンドリュー・バートン氏はGLXP中間賞の講評として「月面探査においては我々は多くの科学的疑問に答えなければならない。月の表面は広い。広い範囲を調べるためにコスト面でも条件を満たした小型のロボットがたくさん必要だ。HAKUTOのローバーはその条件を満たしている」と語った。
そして「月面を探査し、開発して基地とし、宇宙飛行士を助けるためには資源活用が必要。HAKUTOはモビリティ部分に集中して開発している。到達するためにはAstroboticの技術が必要で、このような民間協力は重要だ。GoogleもSpaceXに投資をしている。HAKUTOとAstroboticの提携は、ただ単に宇宙や月だけではなく、さらなる深宇宙に向けて発展していくものだと確信している。これがXPRIZEが推進しようとしてきた突破口だ。我々はまさに民間宇宙探査時代に直面している。チームは新市場である民間宇宙探査分野のリーダーになるだろう。2つのチームに幸運を祈る」と語った。
質疑応答で意気込みを聞かれた袴田氏は、「HAKUTOは中間賞で開発が進んでいる5チームに選ばれている。ローバー技術ではトップにいると自負している。打ち上げ計画を発表することで、さらに資金調達を進めて確実に実行していきたい」と述べ、吉田氏は「自分たちのローバーで月面探査するのは長年の夢だった。着実に成功に近づいている。是非成功させたい。そしてAstroboticのローバーと競争したい」と語った。
また宇宙の民間利用について聞かれ、吉田氏は一般的に言われている「価格破壊が起きる。チャンスが増える。プレイヤーが増える。イノベーションが起こる」ことに加えて、「次世代の子供たちが“宇宙に行きたい”と思ったときに、そのチャンスが増える。道を拓くという効果は極めて大きいと思っている」と述べた。