セイコーエプソン株式会社は15日、長期ビジョン「SE(セイコーエプソン)15」の達成を目指す「SE15 後期 中期経営計画」を発表。2014年度の売上高で1兆円、営業利益で700億円、営業利益率7%を目指す。
セイコーエプソン 代表取締役社長の碓井稔氏 |
2011年度見通しの売上高は8,800億円、営業利益は270億円。セイコーエプソンの碓井稔社長は、「2014年度までに1,000億円以上の売上高成長を実現するのは、プリンティング、プロジェクション領域を持つ情報関連機器事業の拡大となる。特にプリンティング領域では、商業向け、産業向けを含むすべての領域で売上高を成長させる。また、オフィス向けプリンタの増加による消耗品の拡大のほか、新興国市場においては消耗品に頼らないビジネスモデルの確立、本体コストダウンによる取り組みによって、利益の観点でも成長を牽引していくことになる」とした。
同社では、2009年度から2011年度までの3カ年の中期経営計画を、「SE15 前期 中期経営計画」とし、2012年度から2014年度までを「SE15 後期 中期経営計画」と位置付けており、2015年度には、売上高成長を前提として、ROSで10%、ROEでは継続的に10%以上を目指すことを指標に掲げている。
碓井社長は、「前期中計は、リーマンショックによる景気後退や、構造改革への取り組みによる特別損失の計上などで、最終赤字というどん底からのスタートとなったが、計画で定めた戦略、施策を着実に実行し、事業構造の改革に取り組んだ結果、厳しい事業環境の中においても、利益体質へと転換し、成長へ向かう体制が整った。この間、予想されなかった事業環境が訪れたとはいえ、その変化に対応するスピードが足りなかったという反省がある。一方で、事業領域や製品ラインアップを確実に広げ、総原価の低減によりコスト構造を大幅に改善するなど、核となる戦略において、着実に成果が生み出していることから、経営の方向性には間違いがないと確信している」と、これまでの取り組みを振り返った。
SE15 前期 中期経営計画の状況 | SE15 後期 中期経営計画の目標 | SE15 後期 中期経営計画の基本方針 |
その上で、「後期中計では、SE15の実現に向け、進むべき方向を振れさせることなく、自信を持って、実行を加速するステージに入る。SE15の目標達成を目指す」とした。
長期ビジョン「SE15」では、2015年のエプソンの姿を、創業当時からの強みである「省・小・精(しょう、しょう、せい)の技術」の本質を究めるとともに、プラットフォーム化し、これらをさらに強化することで、「強い事業の集合体」を目指すとしており、「世界中のあらゆるお客様に感動していただける製品、サービスを創り、作り、お届けする」ことを掲げる。
また、精密メカトロニクス技術を基盤にした「マイクロピエゾ」、「3LCD」、「QMEMS」の3つのコア技術を極め、プリンティング、プロジェクション、センシングの領域での投資を加速する計画になると位置付けている。
今回発表した「SE15 後期 中期経営計画」では、「エプソンが独自に培ってきた強い技術で、お客様が求める価値を実現し、成長することが目標」(碓井社長)として、「マイクロピエゾ技術であらゆる領域のプリンティングを革新する」、「独創のマイクロディスプレイと光学技術で、映像とコミュニケーションの新しい世界を創造し続ける」、「デバイス精密領域は、独自の強みに立脚し、強い製品を創出することで、事業体質を強化し、お客様を拡げる」、「新規領域は強みに立脚し、独創のコア技術を創り上げ、最適な形で事業化する」という4つの方針を掲げた。
プリンティング領域では、前期中計が掲げた目標を計画通りに進めることができ、オフィス、エマージング、商業・産業の各分野に向けた製品ラインアップを拡大。後期中計でもこの取り組みを加速させる方針を打ち出し、「その中核となるのが、マイクロピエゾ技術のイノベーションになる」とした。
インク、メディアの対応性、耐久性、高速・高精度というマイクロピエゾの特性を生かし、これをあらゆる印刷領域に展開することでプロセス革新を起こすと自信をみせた。
エプソンが展開するプリンティング領域は2つに分かれるという。
1つは、ホームおよびオフィス。「従来はホームを中心にインクジェットプリンタビジネスを展開してきた。オフィス向けにも少しずつインクジェットプリンタの販売を行ってきたが、本格的なオフィス用インクジェットプリンタの投入は2011年度から始めたばかり。オフィス市場こそ、エプソンにとって大きな成長期待がある領域。レーザープリンタに対して競争力を持った製品を投入していく。今後3年間のインクジェットプリンタ市場全体の数量成長率は横ばい、あるいは若干の成長とみられているが、エプソンは年平均10%の数量成長を続け、2014年度には年間2,000万台の販売台数を計画している。消耗品については2012年度から本体稼働台数の増加、オフィス向け販売台数比率の増加効果があることから、2013年度以降は消耗品の売上高が拡大すると見込んでいる」とした。
もう1つのターゲットが商業・産業領域である。この分野はグローバルには約1兆円の市場規模があると想定されており、プリンティング市場が、アナログからデジタルへと進展しようとしている。
碓井社長は、「後期中計では、この市場でデジタル化を加速させることが重要であり、ここに大きな成長機会がある」とした。
プリンティング領域における中期基本戦略 | オフィス市場へと展開するプリンティング市場の広がり | 産業領域などにもプリンティング市場は広がる |
プリンティング領域における各戦略 | ||
プリンティング領域における各戦略 | ||
プリンティング領域における各戦略 | コンシューマ向けインクジェットプリンタ主力製品の「EP-804A」 | 大容量インクタンクを搭載した新興国向けプリンター「L800」 |
また、碓井社長は、プリンティング領域においては、「インクジェットプリンタの小型化により、競争力を強化する」、「ホーム領域でのプレゼンスをさらに向上させる」、「エマージングで高収益ビジネスモデルを確立する」、「オフィスプリンティングを変える」、「商業領域ではるかに多くのお客様を拡げる」、「産業領域でのビジネスを確立する」、「ビジネスシステム事業で着実な収益成長を実現する」の7つの中期基本戦略を掲げた。
小型化では、2011年に、容積を30%以上小型化し、デザイン性に優れ、環境性能にも優れたモデルを発売した実績を挙げながら、「部品点数の削減によるコストダウン効果もあり、損益の改善にも寄与している。これまで欧米市場を中心としたホーム向け、オフィス向け、さらにはエマージング市場向けに展開してきたが、商業・産業を含めたあらゆる領域において小型化し、コストを軸とした競争力の強化を図り、全体の損益改善を図る」とした。
ホーム市場については、「エプソンのインクジェットプリンタ事業のベースとなる重要な領域」と位置付け、「前期中計では、セットアップの簡便性や、クラウドやモバイル機器との接続性などの使いやすさの向上に取り組み、高い評価を得た。結果として、欧州5カ国で30%、北米で20%を超えるシェアを獲得した。後期中計でもさらに使いやすさを追求した製品を投入する。さらに、インクジェットプリンタに対して感じているさまざまな困り事に対して、適切に応えることで、プリントに対するハードルを下げ、品質、使いやすさ、デザイン、コスト、性能の面で競争力を高め、市場シェアをあげていく」と語った。
一方、エマージング市場向けには、マイクロピエゾの高耐久性を生かした大容量インクタンクモデルを、世界29カ国で販売していることなどに触れながら、「2011年度にはエプソンがアジア市場向けに投入している約400万台のプリンタのうち、大容量インクタンクモデルが約20%となる、70~80万台にまで拡大している。もっとも早く市場投入したインドネシアでは、販売台数比率はほぼ半分にまで達している。今後は、全体的に50%程度にまで引き上げたいと考えている。後期中計では、お客様のニーズにきめ細かく対応した大容量インクタンクモデル、モノクロインクジェットのラインアップをさらに拡充させていく。これにより、エマージングマーケットでは、消耗品に頼らないビジネスモデルを確立したい」とした。
碓井社長によると、「大容量インクタンクモデルを搭載したプリンタは、単体だけで利益が出る構造になっている。また、大容量インクタインクモデル向けの消耗品は売れないと思っていたが、これも想定を超えて売れている。当初想定したよりも利益率は高い」と、エマージング市場向けの新たなビジネスが開花しつつあることを示した。
なお、大容量インクタインクモデルの日本をはじめとする先進国への展開については、「顧客を特定して試行的に投入するということはあるが、基本的には、新興国は大容量インクタンクモデル、先進国はインクカートリッジモデルで展開していくことになる」とした。
オフィス市場向けには、「これまではエプソンのインクジェットプリンタが十分に展開できていなかった領域」とし、「2011年度から本格的に展開をはじめている。オフィス向けプリンタのうち、インクジェットプリンタの比率は20%にまで拡大しており、直近では、日本におけるA3カラープリンタの販売台数において、インクジェット方式が、レーザー方式をはるかに上回っている。すでに自信が持てる実績が出てきている。後期中計ではマイクロピエゾが持つ優位性をさらに進化させ、印刷速度やランニングコストでも、レーザープリンタをしのぐ製品をラインアップし、オフィスプリンティングの環境を変えていく。これにより、これまで手薄だったオフィスでのプリントボリュームを獲得し、消耗品の売上高を牽引していきたい」と語った。
そのほか、商業領域では、高画質製品などの投入などにより、グラフィックス、プルーフ分野において70%のシェアを獲得したものの、「サイネージ向け大判プリンタ、CAD分野では、製品ラインアップを整えてこなかったためシェアが低い。サイネージに対応する大判プリンタを、先月、欧州で発売。同時にエプソンブランドによる業務用写真印刷用デジタルドライミニラボを発表した。マイクロピエゾの強みである、多様なメディアに対応できるインクバリエーションを生かし、サイネージやCADを含めた全領域でラインアップを拡充する」とコメント。
次世代産業印刷機とする「SurePress X」 | デジタルドライミニラボの「SureLab」 |
また、産業領域では、半導体マーキングシステムやデジタルラベル印刷機、エプソン初の新型TFPラインヘッドを搭載した次世代産業用印刷機「SurePress X」などの製品投入に加えて、イタリアのFor.Texへの資本参加による捺染業務の強化などに言及し、「後期中計でも製品ラインアップを拡充して、ビジネスとして確立したい」と語った。
ビジネスシステムでは、「エプソンの収益に大きく貢献している領域」と語り、世界シェアナンバーワンのSIDMおよびターミナルモジュールにおいても、新興国および先進国での販売強化、インリジェント化やインクジェット技術によるオンデマンドカラー化により、新たな需要を創出するとした。
プロジェクション領域における中期経営方針 | プロジェクション領域での中期基本戦略 | 主力となる既存市場とともに新規市場にも展開 |
プロジェクション領域における各戦略 | |
プロジェクション領域における各戦略 | モバイルビューアーのBT-100 |
一方、プロジェクション領域においては、「前期中計で取り組んだ戦略が着実に成果となっており、プロジェクター市場シェアは27%にまで拡大。これを加速、拡大させ、コア技術である高温ポリシリコンTFTなどのマイクロディスプレイと、光源を含む光学技術をさらに磨くことで、より競争力を高め、シェア拡大を目指す」とした。また、「当初はオフィス向けのプロジェクション利用を狙っていたが、今後は、教育、超大画面化・高輝度、ホーム市場のあらゆる領域でナンバーワンとなることを目指す」としたほか、「ヘッドマウントディスプレイなどの新たなジャンルの製品を創造していく。シースルーモバイルビューアは、民生用途だけでなく、業務用途にも進めていきたい」と語った。
デバイス精密領域では、「創業以来培ってきた独自のOMEMSと半導体技術の融合により、タイミングデバイス、センシングデバイスで小型化、高性能化などを実現した、強い製品を創出する」、「独自の強みとなる精密メカトロニクス技術を生かした領域にフォーカスし、事業体質を強化する」という2点を目標に掲げた。「水晶事業と半導体事業の機能統合のほか、携帯電話基地局や、車載などの先端付加価値領域に展開していく」と語った。
さらに新規領域では、センシング、省電力、ウェアラブルの技術を、健康、スポーツ、医療分野に展開。また、マイクロピエゾ、センシング、精密メカトロニクス技術をFAおよび産業機器分野へ展開することを示した。
ここでは、リスト装着型GPSランニング機器、リスト型脈拍計などの製品化が含まれる。「後期中計では、人々の健康、安心と豊かな生活を支援するとともに、生産効率向上への貢献を図る」とした。
なお、後期 中期経営計画では、情報機器関連分野を中心に、3年間に1,400億円の設備投資を行なう計画も明らかにした。
デバイス精密領域における中期経営方針 | デバイス精密領域における各戦略 | |
エプソントヨコムによるQMEMSプロダクツ | 新規領域における中期経営計画 | 新規領域における基本戦略 |
世界最軽量となるリスト装着型GPSランニング機器 | リスト型脈拍計「E200」 |
碓井社長は、キヤノンとの比較において、「エプソンは、キヤノンに比べて、固定費も多く、限界利益率も低く、変動費のベースも高いのは事実。商品についても、コンシューマの領域に偏っているために変動比率が高いという事実もある」と前置きしながら、「これまではデバイス事業が大きかったため、収益性が悪かった。ここで培った技術、人材をどう生かすかという点でフォーメーションを組み直したところである。そして、今回の後期中計の取り組みは、我々の強みに立脚して、リバレッジをかけるという戦略を打ち出した。今までは、多くの技術を持っていても、取り組みやすいところにだけ向かっていた反省がある。多くの投資をかけて開発した技術が、向かうべき市場が小さかったことが、このような結果になっている。プリンティング分野において、ありとあらゆるところに、インクジェットの技術を応用していきたいとしているのはそのためだ。このマイクロピエゾ技術は、さまざまなところに応用できるという特徴と、耐久性がある。この特性を考えるのならば、むしろ、印刷する枚数が限られ、染料インクが印刷できればいいというコンシューマ市場で展開するよりも、大量に印刷され、さまざまなメディアやインクが求められるオフィスや産業用途のほうが競争力が発揮できる。その時点で、バブルジェットは我々のライバルの技術ではなくなると考えている」と語った。
(2012年 3月 16日)
[Reported by 大河原 克行]