JEPA、「EPUB3 標準化動向と日本のサービス紹介」セミナーを開催
~具体的なソリューションが立ち上がり始めたEPUB3の課題

7月8日 開催



 日本電子出版協会(JEPA)の主催による「EPUB3 標準化動向と日本のサービス紹介」セミナーが8日に開催された。電子書籍規格の標準化団体であるIDPF(International Digital Publishing Forum)によって5月23日にEPUB3.0の仕様が発表されて以来、国内でEPUB3の動向が策定責任者から直接報告されるイベントは、これが初ということになる。

 セミナーは2部制で、前半はIDPFのExecutive DirectorであるBill McCoy氏による基調講演、後半は国内でのEPUB3に関連した各社の出版事例および出版サービスの紹介という構成で行なわれた。従来のセミナーと違って有料でありながら、申込受付は早い時期に満員御礼で打ち切りとなるなど、相変わらず高い興味が浮き彫りとなった。本稿では、その内容についてレポートする。

●EPUB3.0についての論点は仕様面から運用面へとシフト

 第1部では「EPUB3策定者が語るEPUBの現在」と題し、IDPF Executive DirectorであるBill McCoy氏による基調講演が行なわれた。

 EPUB3.0の策定責任者でもあるMcCoy氏による講演は、これまでのJEPA主催のセミナーでも繰り返し行なわれているが、今回の講演の特徴は、EPUB3の概要や歩みといった従来の内容のほかに、今EPUB3が直面しつつあるデジタル著作権保護技術(DRM)などの諸問題について、踏み込んだ説明がなされたことだ。

 XMLとWeb標準に基づいたオープンな規格であるEPUB3だが、ユーザーの手元に届く段階ではベンダーごとのDRMが設定されるケースが多いことから、ユーザーは購入済みのコンテンツをデバイスからデバイスに移動できないなど、相互運用性が必ずしも高い状態にないとMcCoy氏は指摘。EPUB3.0の仕様策定に区切りがついた今、それらの運用について、IDPFとしての懸念を表明したものと言える。

 その上でMcCoy氏は、今後考えられるシナリオをいくつかのケースに分けて提示した。1つ目はダウンロードではなくオンラインでの閲覧が主になり、DRMについての議論そのものがなくなる可能性だ。しかし電子書籍はオフライン閲覧の需要が高く、回線速度の問題もあり、悲観的な見方をMcCoy氏は示す。

 2つ目は、DRMにこだわることが利益にかなっていないことに出版社が気づき、DRMフリーへとシフトする可能性。しかし海外では図書館などを中心に、貸した本をコピーされてしまう懸念が強く、McCoy氏は少なくとも来年すぐに叶うことはないだろうとした。

 3つ目は特定の出版社やベンダーによる寡占化が進み、特定のDRMで市場が占められてしまう可能性。これについてMcCoy氏は「可能性としては非常に高い」とするが、出版が文化である以上、それを特定の会社が握るのは、オープンスタンダードを推奨するIDPFとしては好ましくないと語る。

 4つ目は、業界共通のDRMが普及することにより、ユーザーがDRMの存在を意識せずに相互利用ができるようになる可能性だ。これは現状よりも軽度なDRMを用いる方法、クラウドで共通DRMへの変換が可能なシステムの普及など、複数の方法が考えられるとMcCoy氏は語る。

 McCoy氏はこれら複数のシナリオについて、IDPFとしてワークショップを開催して意見を拾い上げていきたいとし、会場の参加者に対して積極的に声を上げてほしいと呼びかけた。

EPUB3.0の策定責任者でもある、IDPF Executive DirectorのBill McCoy氏講演前半は画面サイズに合わせたリフローをはじめとした、EPUB3の挙動の特徴を紹介EPUBの歩み。オープンスタンダードを採用することがあまりないAppleもがEPUBを採用したといった過去のトピックが語られた
この日は多言語サポートやマルチコラムといったEPUB3の一般的な特徴のほか、海外でEPUB3の特徴とされることの多い動画や音声などのリッチメディアへの対応、DAISYとの連携、さらに数式を記述するMathML(マスエムエル)のサポートについても紹介された今後のロードマップとして、ISOにおける国際標準化や、辞書サポートや注釈などの機能強化を予定DRMについて、発表時間を長めに割いての説明がなされた。EPUB3を策定したIDPFにとって、懸念点の1つになっていることが窺える

●EPUB3に関連した出版事例および出版サービスが続々登場

 続いて第2部では、EPUB3の出版事例および出版サービスの紹介として、5社から概要の説明が行なわれた。EPUB3というフォーマットそのものの説明が中心だった従来のセミナーから一歩進んで、実際の事例やサービスといったソリューションが紹介されるようになったことは、EPUB3市場の順調な立ち上がりを示すものと言っていいだろう。ここでは当日紹介された、各社のソリューションの概要を紹介する。

○インプレスR&D「OnDeck」

 インプレスR&Dからは、EPUB3をメインフォーマットに用いた電子雑誌「OnDeck」が紹介された。

 「OnDeck」は電子出版をテーマとしたビジネス誌として、現在は実証実験中という位置付けで無償で提供されている。ほぼ月刊ペースでこれまでに8号まで発行されており、EPUB版のほか、PDF版、さらにはKindle版も用意されるなど、幅広いプラットフォームで展開している。

 この日登壇したOnDeck編集長であるインプレスR&D社長 井芹昌信氏からは、画面サイズが大きく異なるデバイスであってもEPUBならシームレスに見られる様子が実機のデモンストレーションで紹介されたほか、文字サイズの可変機能は読者からの評判がよいといった、これまでの運営で得られたノウハウが語られた。

 また出版社にとって、先にデジタルで出版してから内容を熟成させて紙ベースの出版を行なう「デジタルファースト」が、経済的にもワークフロー的にもメリットが大きいとの見解を披露した。

インプレスR&D 社長 井芹昌信氏。手にしているのは「OnDeck」のプリントオンデマンド版「OnDeck」PDF版を、iPadアプリ「iBooks」の本棚に並べた状態「OnDeck」。これまでに8号が発刊されている。ちなみにPDF版やKindle版については、先に作成したEPUBを機械的に変換しているとのこと
iPadアプリ「iBooks」で「OnDeck」を表示している様子。iPadを縦にすると1ページ表示、横にすると見開きといった具合にリフロー表示されるAndroidスマートフォンで「OnDeck」を表示している様子。EPUBのリフロー機能により、レイアウトが最適化されて表示される

○アンテナハウス「CAS-UB」

 アンテナハウスからは、EPUBの共同編集サービス「CAS-UB」が紹介された。

 「CAS-UB」は、EPUBおよびPDFの出力に対応する電子書籍制作サービス。編集作業はすべてブラウザ上で行なうことができ、本文データはWordからのインポートにも対応している。また複数の著者/編集者による共同編集機能、出版物情報や改版履歴の入力機能など、法人利用を前提とした電子出版機能を備えることが、大きな特徴となっている。

 この日は同社社長の小林徳滋氏により、複数の著者/編集者による共同編集機能を中心としたデモンストレーションが行なわれ、実際に生成されたファイルをダウンロードし、FirefoxのEPUBリーダーで表示する様子が披露された。

アンテナハウス 社長 小林徳滋氏「CAS-UB」にログインした状態。著者に紐付いた出版物の一覧がリストで表示されているエディタの画面。ブラウザ上で編集ができる。著者から送られてきたWord文書のインポートにも対応
エディタ上で索引タグを挿入している様子。Wiki記法を拡張した独自のCAS記法を採用している作成されたEPUBデータ。注釈や索引は自動的に生成される。用紙サイズや文字サイズを指定してのPDF出力にも対応

○フューズネットワーク「FUSEe」

 フューズネットワークからは、電子書籍オーサリングソフト「FUSEe β」が紹介された。

 「FUSEe β」は、製品版である「FUSEe」の機能限定版にあたる無償の電子書籍作成ソフトで、コード編集を重視したインターフェイスが特徴。今年2月に発表されたバージョンからは描画エンジンとしてWebKitを採用し、4月からはEPUB3関連の機能が試験的に実装されつつある。

 この日の発表では、製品ラインナップのほか、現在実装されているEPUB3関連機能の紹介、さらに月内にEPUB3に対応したバージョン1.3をリリースするといった今後のロードマップが明らかにされた。

フューズネットワーク 代表取締役 池田実氏「FUSEe β」の概要紹介。このページも「FUSEe β」で表示されている画面上部のタブでソースコードに切り替えて表示した様子

○paperboy&co.「ブクログのパブー」

 paperboy&co.からは、個人向けの電子書籍作成サービス「ブクログのパブー」が紹介された。

 「パブー」は、クラウド上で動作する、ブログ感覚で電子書籍が作れるサービス。Web版のほか、EPUB、PDFの出力が可能で、そのままサイト上での販売も可能。サービス開始からおよそ1年が経ち、現時点で公開されている作品は13,000点にもおよぶ。アマチュアの作品がほとんどだが、プロが利用するケースも増えつつあるという。

 登壇した同社取締役副社長の吉田健吾氏は、この日前半の基調講演を受け、パブーではDRMフリーのEPUBファイルが生成できることをアピール。また、これまではオンラインでの入力およびZIPアップロードに限られていた入力方法について、PDFおよびEPUBファイルのアップロードへの対応を、有料サービスとして予定していることを明らかにした。

paperboy&co. 取締役副社長 吉田健吾氏パブーのコンセプトの紹介。ちなみにパブーという名前は「Publish」が由来パブーのトップページ。現時点で公開されている作品は13,000点にもおよぶ
Web版のほか、EPUB、PDFの出力が可能今後の新機能として、PDFおよびEPUBファイルのアップロードへの対応を予告

○イースト「epubpack」、「espur」

 イーストから、EPUBを生成できるクラウドサービス「epubpack」と、Windows用EPUB3リーダー「espur」(エスパー)が紹介された。

 「epubpack」はクラウド上で動作するEPUBファイルの生成サービスで、従来のEPUB2のほか、縦書きや禁則など日本語ならではの特徴を持つEPUB3ファイルを簡単に生成できる。この日は同社の加藤一由樹氏により、実際の画面をもとに利用手順の説明が行なわれた。

 また、5日に発表されたばかりの縦書き対応のWindows用EPUB3リーダー「espur」についても紹介され、「epubpack」で生成した夏目漱石「草枕」の縦書きEPUB3ファイルを、実際にWindows PCで表示するデモンストレーションを行なった。

イースト コンテンツビジネス事業部 開発部部長 加藤一由樹氏「epubpack」。クラウドでEPUB3ファイルが作成できる。サイト上には縦書きEPUBを作るためのガイドページも用意されている。なお、作成したEPUB3ファイルはサイト上で公開されるため「公開されるとまずいファイルは利用しないでください」とのこと実際の使い方の紹介。HTMLやCSS、各種画像ファイルをアップロードしたのち、EPUBのバージョン、タイトル、著者などを選択もしくは入力して出力を行なう
同社が公開している、WebKitベースの縦書きEPUB3リーダー「espur」の配布ページ「epubpack」で生成したEPUBファイルを「espur」を用いて表示している様子。まだ試作版とのことだが、縦書きやルビなどの日本語組版に対応していることが分かる

(2011年 7月 11日)

[Reported by 山口 真弘]