ニュース
有機エレクトロニクスで世界をリードする山形大学
2017年8月10日 12:16
山形大学は産官学連携を積極的に推進する大学として広く知られている。その原動力となるのが同大学6学部を横断的に支援し、学部間の共同研究、連携強化を推進し、イノベーション創出を促すための組織「国際事業化研究センター」だ。同センターは、この春に組織を刷新、元NEC PCで執行役を務める小野寺忠司氏が新センター長に就任した。米沢市にある同大学工学部を訪ね、近況を聞いてきた。
山形大学工学部は米沢市に1910年にできた米沢高等工業学校がその前身だ。1学年約650名という学生数は工学部としては規模の大きい方だという。繊維研究で知られ、繊維事業者としての帝人も、同校をベースに創業している。以来、米沢は国産化学繊維レーヨンの町として知られてきた。
一方、現在の工学部大学院は理工学研究科と有機材料システム研究科を擁し、学部生の半数が大学院に進学する。
「外部資金の受け入れ状況としては約20億円くらいでしょうか。この5年間で50%の伸びとなっています。地方の大学としてはものすごい伸び率ではないでしょうか」(工学部長飯塚博教授)。
そしていま、米沢は有機エレクトロニクス研究のメッカだ。米沢キャンパスには有機材料システム研究推進本部が設置され、そこに5つのセンターがぶらさがるかたちでさまざまな研究が進められている。
「地域は大学に無償の技術知見の提供を求めるし、研究者自身も金儲けを考えない。そこをなんとかしなければなりません」(飯塚工学部長)。
実現不可能と言われていた白色有機ELの発見者として知られる城戸淳二教授は、有機材料システムフロンティアセンター長として、研究とビジネスを両立させる方法論の確立をめざす。
「有機ELの研究を始めたのは、この米沢に来てからです。ちょうど1989年ですね。平成元年ですから今からほぼ30年前のことになります。それが実用化されたのが20年前です。研究にはそのくらいの時間が必要なのです。
研究としておもしろかったですね。もともと高分子化学が専門でしたから実験自体が楽しくて仕方がありませんでした。ブラウン管や液晶を持っていない企業が一生懸命協力してくれたおかげでもありますね」(城戸教授)。
有機ELは一般的な液晶とは違い、自発光する。そのためバックライトを必要としない。当然、極限までの薄型化が可能だ。スマートフォンなどで使われる液晶スクリーンは、今後数年間で、そのほとんどが有機ELにおきかわっていくだろうとされている。
城戸教授の説明では中型、小型液晶は有機ELに変わっていき、そのカテゴリにおける液晶のミッションは終わる。あと1~2年らしい。ただ、それだけ有望なデバイスを日本企業の多くがあきらめてしまった。それに伴い、優秀な技術者は海外企業に流れてしまうという結果を生んでしまったのだ。
「なぜよその国に技術が行ってしまったのか。それは企業の経営者が無能過ぎるからなんです。今、有機ELではSamsungやLGのAMOLED(アクティブマトリクス式有機EL)が知られています。つまりメイド・イン韓国ですね。でも、それは結局メイド・バイ・ジャパニーズなんです。日本は自分のところに実用化のために必要なものが全部あるのに、結局なにもできませんでした。三洋などもすごい技術を持っていたのにです。
我々はあきらめないで、長期的なテーマとして有機ELに取り組んできました。基盤研究成果はしっかり残っています。いま、材料もプロセスも買ってくれるのは中国がおもですね。Samsungは新しいことをやりたがらず古い技術に頼って製品を作っています。
こうした苦い経験から、もう大企業に頼っていてはいけない、もうそういう時代ではないのだということがわかります。それをやっていたら、日本列島は沈んでしまうでしょう。大企業偏重の社会を変え、そして成功事例をたくさん作らなければなりません」(城戸教授)。
いま、有機ELは可視光がホットなトピックスだが、大学での研究は赤外線や紫外線のカテゴリが行なわれているという。10年後の人の暮らしに役立つために、いま、何ができるかを考えるべきと城戸教授はいう。そして、それはすぐには儲からない。企業は儲からないことになかなか手を出しにくいということなのだそうだ。
「コスト的には液晶よりすでに低くなっています。解決しなければならない問題としては焼き付きがあります。また、青の寿命が短いため、白に黄色がかぶってくる懸念もあります。でも、それは10年経過したときの話であって、数年でライフサイクルを終えるデバイスでは問題ありません。比較的長期間使われるTVにしても、材料の改良でこれからどんどんよくなるでしょう。
技術立国としての日本は、最先端のものを作るべきです。それがコモディティ化したらものづくりの本場としての中国に委ね、日本は次のことをやるべきです。それができるのが大学という場です」(城戸教授)。
一方、山形大学国際事業化センター長教授、小野寺忠司氏は、この春から同センター長に就任、山形大学が持つ技術シーズをもとに、知の創造による新産業の創生と既存産業の価値向上に向けた支援活動を実施することで、山形大学を核とした世界に注目される地域作りに挑んでいる。
早い話が大学の研究室で行なわれている技術シーズを眠らせないで世の中に出していくことがミッションだ。
「学生はもちろんですが、高校生、中学生まで含めた層に訴求する活動が必要です。シーズを見つけ、価値提案を策定し、それをもとにビジネスプランを練り、その検証を経て事業化に結びつけます。いま、7割の先生方が自分の研究を外に出していません。国際事業化センターは知財管理も重要な仕事なのですが、すごいことになっています。それを眠らせたままにするわけにはいけません。だからこそ、大学が利益を生むようなエコシステムを築く必要があるのです」(小野寺忠司教授)。
大企業が自前で技術を研究開発して実用化に至るまでにかかるコストは膨大だ。なにしろ実用化されてコモディティになるまで30年間を要するのだ。それを大学が肩代わりすることができれば双方にとってメリットは大きい。
現在の山形大学には大企業が見限った有機EL研究のエキスパートが集結しているといってもいい。そして、彼らは10年後に人の暮らしに役立つ研究に懸命だ。有機エレクトロニクスで世界をリードする応用実証研究拠点が米沢なのだ。その連携関係を支援し、事業に結びつけマネタイズの道を拓くのが小野寺氏のミッションでもある。