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リチウムイオン電池の大容量化に産業廃棄物を活用した新たな道筋

~東北大/阪大の研究グループ、シリコン切粉を用いて従来容量比3.3倍に

 東北大学多元物質科学研究所 西原洋知准教授、京谷隆教授および、大阪大学産業科学研究所 松本健俊准教授、小林光教授らの研究グループは、産業廃棄物のシリコン切粉を、高性能なリチウムイオン電池負極材料にリサイクルする方法を開発したと発表した。

 近年、リチウムイオン電池は、スマートフォンやノートPCなどのモバイル電子機器だけでなく、ハイブリッド自動車や電気自動車、燃料電池自動車などの新型自動車にも搭載されるようになり、エネルギー密度の向上が強く求められている。

 リチウムイオン電池は、リチウムを貯め込むための正極材料と負極材料から成っており、充電時には負極にリチウムが貯まり、放電時には負極のリチウムが正極に移動することで外部回路に電気が流れる。

 すなわち、正極材料と負極材料のリチウム貯蓄容量を大きくできれば、同サイズ、同重量の電池で、より多くの電力を蓄えることが可能となるため、電極材料の性能向上が、エネルギー密度の向上を実現するための有効な方法となる。

 現状のリチウムイオン電池では、正極材料にリチウム遷移金属酸化物、負極材料に黒鉛が利用されている。

 このうち、黒鉛の容量は最大でも372mAh/gとなっているが、シリコン(ケイ素)はその数倍以上のリチウムを貯め込むことが可能であり、次世代の負極材料として実用化が進みつつある。しかし、シリコンは充電時に元の4倍程度まで体積が膨張するため、電池内部の構造を破壊してしまうことから、充放電を繰り返すと急速に劣化してしまう点が実用化に向けた大きな問題とされる。

 そういったシリコン負極材料の劣化を防ぐ方法の1つは、シリコンの周囲に空間を配置し、その空間内でシリコンが膨張/収縮できるようにするというものがある。このような構造は、多孔性炭素へのシリコンの化学気相堆積(CVD)、鋳型法、二酸化ケイ素の還元などの方法で実現できるが、製造コストが高く、実用化が困難となっている。

シリコン負極材料の劣化を防ぐ方法1

 別の方法として、充放電の最中にシリコンを自発的に劣化しにくい構造に変化させるというものもある。シリコン/ゲルマニウム/酸化スズなど、充放電に伴い激しく膨張、収縮を繰り返す物質において、単なる粉砕粒子の場合は、急速に劣化して凝集化してしまうが、ナノワイヤーやナノフレーク、ナノ粒子が数珠状に連結した構造体といったナノ構造体の場合、充放電を繰り返すうちに、シリコンが自発的に多孔質の構造(紙を丸めたような形状から「シワ状構造」と呼ばれる)に変化する。

 シワ状構造は、シリコンがネットワーク状に連結しており、内部抵抗が低く、またシリコン骨格の周囲に適度な空間が存在するため劣化しにくいという特徴を持つ。しかし、シワ状構造に変化するシリコンを製造するには、1つめと同様、CVD法などコストが高い方法を用いなければないため、実用化が困難となっていた。

シリコン負極材料の劣化を防ぐ方法2

 以上のように、シリコンを負極材料に利用する技術の実用化のためには、原料コストおよび製造コストを大幅に抑えた、工業化可能な新たな方法を開発する必要があった。

 今回研究チームでは、安価な原料として、産業廃棄物であるシリコン切粉に着目。シリコン切粉は、半導体産業や太陽電池用のシリコンウェハを製造する際に発生するシリコンの切り屑を指す。

 シリコンウェハは、原料である石英砂を1,900℃以上の高温で金属シリコンに還元し、精製して高純度化した後に、シリコン融液から単結晶インゴットを作製、最後にこれを切断するというプロセスで製造される。しかし、製造に多段階の高温プロセスが必要で、膨大なエネルギーを消費して作られた高純度のシリコン単結晶インゴットは、切断の際におよそ半分がシリコン切粉となり、そのまま廃棄されているという。

シリコンウェハの製造プロセス

 大阪大の小林光教授らのグループは、既にシリコン切粉を高純度シリコンナノ粒子にリサイクルする手法の開発に成功しており、一方、東北大の京谷隆教授らのグループは、以前からシリコン負極材料の開発に関する検討を行なってきた。そこで、2つのグループは、安価なシリコン切粉から、高性能なシリコン負極材料を調製するための共同研究を実施。

 研究チームは、シリコン切粉を劣化させない方策として、前述の1つ目の方法は適用困難であるため、2つ目のシワ状構造を用いた方法を検討。シリコン切粉の粉砕方法を工夫することで、厚さ約16nmのナノフレーク状に成型したところ、粉砕粒子としては初めて、充放電によるシワ状構造の発現に成功した。さらに、炭素との複合化や電極調製法の工夫を行なった結果、800回の充放電を繰り返しても1,200mAh/gの容量を維持することに成功。この容量は、従来の材料である黒鉛の約3.3倍に相当することになる。

シリコン切粉をリサイクルして調製したナノフレーク状シリコンの容量とクーロン効率(充電量に対する放電量の割合で、低いほど電池が劣化する)を充放電サイクル数に対してプロットした図 (CVDによる炭素被覆実施、ハーフセル(対極Li箔)、電解液:1 M LiPF6/EC+DECに10%のVC添加、25℃、電流密度960mA/g、Li挿入容量1,200mAh/gに制限)

 全世界でのシリコン切粉の年間発生量は、リチウムイオン電池負極材料の世界需要を上回る約9万tに上り、理想的な資源であるほか、産業廃棄物を原料に用いることに加え、シリコン切粉のナノフレークへの粉砕や、その後の炭素との複合化には、大量のシリコンでも処理できる簡便な方法を用いていることから、リチウムイオン電池への実装に繋がると期待されるとしている。