■笠原一輝のユビキタス情報局■
Xperia Tablet S |
ソニーから、同社のAndroidタブレットとしては第2世代となる「Xperia Tablet S」が発表された。従来「Sony Tablet S」シリーズとして発売されていた製品の後継となる。そのスペックなどに関しては別記事を参照して頂くとして、本記事ではソニーの開発陣にインタビューしてわかったスペックには現れない部分について触れていきたい。
スペックだけを見るならば、SoCがTegra 2からTegra 3に、OSがAndroid 3.x(Honeycomb)からAndroid 4.0(Ice Cream Sandwich)へと進化しただけに見えるかもしれないのだが、実のところその中身は従来製品から大きく進化している。特にユーザーとして注目したいのは、重さが598gから570gへと減っているのに、バッテリ容量が5,000mAhから6,000mAhへと増え、さらに公称のバッテリ駆動時間が5時間から10時間へと倍増していることだ。
実は、今回のXperia Tablet S、見た目のデザインこそ従来製品のSony Tablet Sに似ているものの、その中身は完全に新設計と言ってよいほどの変貌を遂げている。本記事ではそうしたXperia Tablet Sの“中の秘密”に迫っていきたい。
冒頭でも述べたとおり、今回のXperia Tablet Sは、ソニーのAndroid搭載タブレットとしては第2世代に当たる製品で、初代のSony Tablet Sシリーズの後継となる製品だ。両製品の違いを表にすると、以下のようになる。
ブランド名 | Xperia Tablet S | Sony Tablet Sシリーズ | |
---|---|---|---|
OS | 初期導入OS | Android 4.0 (Ice Cream Sandwich) | Android 3.1 (Honeycomb) |
アップグレード可能なOS | Android 4.1 (Jerry Bean) | Android 4.0まで公表、以降未発表 | |
SoC | ブランド名 | NVIDIA Tegra3 | NVIDIA Tegra2 |
CPU | 4コア | 2コア | |
最大クロック周波数 | 1.4GHz(シングル)/1.3GHz(クアッド) | 1GHz | |
GPU | ULP GeForce(12エンジン) | ULP GeForce(8エンジン) | |
メインメモリ | 1GB | 1GB | |
ストレージ | 種類 | eMMC | eMMC |
容量 | 64/32/16GB | 32/16GB | |
液晶 | 9.4型(1,280×800ドット) | 9.4型(1,280×800ドット) | |
無線 | WWAN | 未対応 | オプション |
Wi-Fi | IEEE 802.11a/b/g/n | IEEE 802.11b/g/n | |
Bluetooth | 3.0 | 2.1 | |
カメラ | フロント | 100万画素 | 31万画素 |
リア | 800万画素 | 500万画素 | |
I/Oポート | マルチポート | ○ | - |
microUSB | - | A+B | |
SDカードスロット | ○ | ○ | |
内蔵マイク | ○ | ○ | |
ヘッドフォン出力 | ○ | ○ | |
スピーカー | ステレオ | ステレオ | |
センサー | 環境光センサー | ○ | ○ |
ジャイロセンサー | ○ | ○ | |
コンパス | ○ | ○ | |
加速度センサー | ○ | ○ | |
GPS | ○ | ○ | |
バッテリ | 公称駆動時間 | 10時間以上 | 5時間 |
バッテリ容量 | 6,000mAh/3.7V/22.2Wh | 5,000mAh | |
サイズ | 横 | 239.8mm | 241.2mm |
縦 | 174.4mm | 174.3mm | |
厚さ1 | 8.8mm | 10.1mm | |
厚さ2 | 11.85mm | 20.6mm | |
重量 | 570g | 598g |
まずこの表を見て気がつくのは、商品の顔とも言うべきブランド名。従来製品では「Sony Tablet S」シリーズという「ソニー」と「タブレット」の“会社名+一般名称”の状態で、製品を代表するサブブランドが無かったが、新製品は「Xperia」というスマートフォンに利用しているブランド名を最初に持ってきた。
Xperiaはもう説明するまでもないと思うが、ソニーモバイルが開発、販売しているスマートフォンのブランドで、Appleの「iPhone」、サムスン電子の「Galaxy」と並び市場を代表するブランドの1つと言えるだろう。
XperiaがAndroidベースのスマートフォンであることを考えれば、同じAndroid OSを使ったタブレットである今回の製品が同じブランドを冠するのは、何の不思議もないと言える。
ソニー株式会社 V&M事業本部 企画1部 城重拓郎氏 |
製品の企画を担当しているソニー株式会社 V&M事業本部 企画1部 城重拓郎氏は「Xperiaブランドの認知度は上がっている。特に今回の製品ではソフトウェアの面、ユーザー体験の部分でも統一化を果たしており、ブランドを合わせるのが自然だと判断した」と述べ、ユーザーインターフェイスもXperiaと共通化するなど同じシリーズとしての一体感を持たせたこともあり、同じブランドを冠することでユーザーにもわかりやすくする狙いがあると説明する。ただし、Visual & Mobile事業本部(以下V&M事業本部)が抱える最大のブランドであるVAIOではなく、他事業部のブランドであるXperiaを冠するのかなぜなのか、という疑問は出てきて不思議ではない。
この点について城重氏は「VAIOは高い生産性・クリエイティビティーやエンタテインメントを高い品質で実現していく。この価値提供のためにWindowsを用いている。一方、Xperiaはコミュニケーションやエンタテイメントといった用途に応えるブランド。今回の商品の用途を考えるとXperiaが相応しいと考えている」とした。
Xperia Tablet Sは、形状は従来製品であるSony Tablet Sシリーズによく似ているし、液晶のサイズも同じ9.4型であるため、同じような製品かと思っている人は少なくないだろう。だが、詳細にスペックを確認していくと、実は決してそうではないことがよくわかる。
例えば、冒頭でも述べたが、重量とバッテリ駆動時間は驚きに値する。というのも、従来製品では、重量598g、バッテリ容量5,000mAh、公称バッテリ駆動時間5時間だったのに対して、Xperia Tablet Sでは重量570g、バッテリ容量6,000mAh、公称バッテリ駆動時間10時間となっているのだ。つまり軽くなっているのに、バッテリの容量は増え、バッテリ駆動時間に至っては2倍になっているのだ。
Xperia Tablet Sの内部構造 |
上の写真はXperia Tablet Sの内部構造を示したものだが、中の大部分はほとんどがバッテリで、基板などの他の部品は本当にわずかしか入っていない。バッテリそのものの技術は1年ではあまりは進化しないので、バッテリ容量の増加は、ほぼイコールで容積、重量の増加を意味する。だとすれば、より厚くなり、重くなってあたり前なのだが、Xperia Tablet Sでは逆に薄く、軽くなっている。
バッテリ駆動時間が倍になっているのも注目に値する。確かにバッテリ容量が1.2倍になっているので、駆動時間が延びるのは当然だが、2割増で倍にはならない。バッテリ駆動時間がバッテリ容量÷システムの平均消費電力で求められるのだから、システムの平均消費電力が下がっているということを意味している。
Xperia Tablet S、Sony Tablet Sシリーズともにバッテリ容量は公表されているので、それを利用することでシステム全体で消費している平均消費電力を計算で求めることができる。その結果が以下の表で、Xperia Tablet Sは従来製品に比べて大きく下がっていることがわかる。
Xperia Tablet S | Sony Tablet Sシリーズ | |
バッテリ駆動時間 | 10時間以上 | 5時間 |
バッテリ容量 | 22.2Wh(6Ah/3.7V) | 18.5Wh(5Ah/3.7V*推定値) |
平均消費電力(筆者計算) | 2.2W | 3.7W |
Sony Tablet Sシリーズのバッテリにかかる駆動電圧がわからないのだが、Xperia Tablet Sにかかっている3.7Vだと仮定して計算すると、ワット時はSony Tablet Sシリーズが18.5Wh、Xperia Tablet Sは22.2Whとなる。この数値と前出のバッテリ駆動時間(公称値)を利用して計算(平均消費電力=バッテリ容量÷駆動時間)するとシステム全体の平均消費電力はSony Tablet Sシリーズが3.7W、Xperia Tablet Sは2.2Wとなる。これを見れば、システム全体の平均消費電力が大幅に下がっていることが一目瞭然だろう。
まとめると、Xperia Tablet Sは、従来製品に比べてバッテリ容量が増えているのに薄く、軽くなっており、かつシステム全体の平均消費電力が大きく下がることによりバッテリ駆動時間が大幅に延びている。これこそが外見からではわからないXperia Tablet Sの特徴と言っていいだろう。
●バッテリ容量が増えているのに、重量が減っているその理由とは?それでは、そのマジックを実現したタネを、少しずつ謎解きしていこう。
今回のXperia Tablet Sでは、従来製品のモールド(強化プラスチック)とは異なり底面の蓋となる部分の素材にアルミニウムを採用している。アルミニウムは同じ強度を保ちつつ薄くすることが可能になるのだが、モールドに比べて重量は増えることになる。このため、従来製品に比べて軽量化という意味では不利な方向に働いている。
ソニー株式会社 V&M事業本部 Tablet事業部 商品設計部 プロジェクトリーダー 青木喜彦氏 |
ソニー株式会社 V&M事業本部 Tablet事業部 商品設計部 プロジェクトリーダー 青木喜彦氏は「軽量化という観点からはものすごく特別なことをしているわけではなく、塵も積もれば山となる方式で少しずつ実現したという形。今回の製品ではまずは薄くしたいということが先にあり、その努力をしているうちに基板の面積などを減らしていく中で、結果として40g近く減らすことができた」と説明する。つまり飛び抜けて何かびっくりするような工夫をしたというよりはちょっとずつ減らしていって、それらを組み上げてみたら結構減っていた、というのだ。
もちろんその中でも大きく効く工夫もある。例えば今回の製品では内蔵しているバッテリパックを薄型化している。タブレットのバッテリは、いわゆるはめ殺し(組み立て時に組み付けてユーザーが取り外せない状態という意味)になっている。最悪の場合は発火してしまう可能性があるので、確実に強度が単体でも確保できるように、バッテリセルをそのまま本体内部に置いてあるのではなく、ケースの中にパックが封入されて置かれている。
もちろん今回のXperia Tablet Sでもそれは同様なのだが、従来製品は、プラスチックのケースにセルを収めていたが、今回はプラスチックのフレーム+難燃性シートの組み合わせで薄型化し、片側の難燃性シートをなくすことでさらなる薄型化を図っている。また、直接アルミ筐体に対して密着して置くことで、強度がでるように設計されている。液晶ディスプレイの底面はかなり堅いので、それを天板替わりに使ってしまおうというものだ。これにより、ソニーの内部基準で必要とされるバッテリパックの強度を満たしつつ、かつ天板分の厚さを排除することができているのだ。
ただし、青木氏によれば今回の製品のバッテリパックは3セルから2セルに減らしているが、容量を5,000mAhから6,000mAhに増やした影響で、セルあたりの容量および体積が増えているとのことだ。そこでバッテリバックとしての体積効率を改善する工夫を盛り込み、総体積としては従来製品よりも小型化、軽量化できたという。薄型化によりバッテリパックの表面積は増加したが、基板などバッテリ以外の部分の実装面積を減らす工夫をしている、とのことだ。
Xperia Tablet Sの裏蓋を外したところ。裏蓋はモールドとアルミニウムのハイブリッド構成 | Xperia Tablet Sのバッテリパック。アルミ筐体側には難燃性シートが無いが、筐体に密着させ強度と難燃性を確保 |
●システム全体の消費電力は従来製品の3分の2、その秘密は新設計の液晶にアリ
では、平均消費電力の減少についてはどうだろうか?
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 佐藤輝臣氏 |
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 八木圭一氏 |
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 佐藤輝臣氏は「タブレットユーザーはバッテリの持ちを重視する。このため、今回の製品からウォークマン、nav-uといったモバイル機器を設計してきたエンジニアにも加わってもらい、消費電力を下げる設計を目指してきた。ざっくりいうと前世代の製品は平均消費電力が3Wだったのに対して、今回の製品では2Wと約33%の消費電力の削減に成功している」と説明した。
では、具体的にどんな部分の消費電力を削減することにより、前世代比33%という消費電力の削減に成功したのだろうか? その秘密は液晶ディスプレイにある。ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 八木圭一氏は「液晶ディスプレイの消費電力が従来製品に比べて3分の2に抑えられている」と説明する。
現代のモバイル機器、ノートPC、タブレット、スマートフォンのいずれの製品でも、最も電力を消費しているデバイスは、ほぼ例外なく液晶ディスプレイだ。例えば、ノートPCで一般的に使われているIntelのCoreプロセッサの平均消費電力は1W前後に過ぎない。いわゆるUシリーズ(かつてのULV版)を使えば1W以下だ。これに対して、液晶ディスプレイの平均消費電力は、パネルの大きさなどにもよるが1W台~4W程度になっており、最も大きい。
八木氏によれば、今回のXperia Tablet Sに利用されている9.4型IPS液晶パネルは、解像度(1,280×800ドット)こそ従来製品と変わらないが、中身は完全に新設計で、機構そのものも大きく改良することで、消費電力を従来製品に比べて大幅に抑えているのだという。その技術的な背景には以下の4つがあると八木氏は説明する。
(1)液晶デバイスの駆動方式をドット反転方式からカラム反転方式へ変更
(2)CABC(Contents Adaptive Backlight Control)を導入
(3)LVDSの低電圧駆動が可能な省電力変換ICを導入
(4)タッチパネルのコントロールICを最新版へと変更
液晶デバイスの駆動方法はいくつかの方式があるが、Xperia Tablet Sでは一般的なPC用のパネルで利用されているドット反転方式でなくカラム反転方式が採用されているという。これにより、液晶パネルに映像を表示している状態での消費電力が削減されているのだという。ただし、新しい駆動方式ということで、表示品質、例えばフリッカーやクロストークなどが発生していないかなどを評価する必要があり、その結果として問題ないと判断し、搭載を決めたという。
CABC(Contents Adaptive Backlight Control)というのは、コンテンツの種類に応じてコントラストなどを自動で調整し、それに応じてバックライトの輝度を調整するという機能だ。例えば動画を再生しているときには明るいシーンと暗いシーンがある。そうした時に、状況に応じてコントラストなどを調整して、輝度を上げなくても人間の目には明るく映るように調整するのだ。こうした機能はすでにPCでも導入されており、DPST(Display Power Saving Technology)という名前でIntelの統合型GPUを搭載したPCなどでも実装されているが、そうした技術と同種の技術だと言ってよい。
今回の9.4型などタブレットに採用されているような液晶ディスプレイは、もともとPC用として開発されたモノが多い。このため、液晶側のインターフェイスはPCなどで一般的に利用されているLVDSが採用されている。これに対して、ARMアーキテクチャのSoCは、一般的にはスマートフォンなどに利用されるため、ディスプレイ出力はデジタルRGBという形式になっており、そのままではLVDSには接続されないため、デジタルRGBをLVDSに変換するICチップが必要になる。
八木氏によれば「前モデルでも同じ構造を採用していたこともあり、割と大きめの電力を消費していることがわかっていた。そこで、この変換チップをより世代の新しい低電圧駆動チップに変更することで、従来モデルに比べて3分の1に減らすことができた。おそらくタブレットでこの変換チップを採用している製品はまだないと思う」とのこと。とにかく電力食いの液晶ディスプレイ関連の電力を大幅に削減したことが、結果としてバッテリ駆動時間の延長につながったのだ。
さらに、Xperia Tablet Sでは、前世代に比べてタッチパネルの電力が下がっており、かつ使い勝手が向上している。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 四竈真理氏 |
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 四竈真理氏によれば「タッチパネルのコントローラの世代が新しくなり、前世代に採用していたモノに比べて消費電力が3分の1になっている」という。具体的には、従来製品では4つで制御していたコントローラチップが、今回は2つですべてをまかなえるようになっているのだという。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 鈴木康方氏によれば「今回採用しているコントローラICは本来1,280×800ドットであれば1つでも充分まかなえる性能を持っており、他社のタブレットにはそうした製品も少なくない。しかし、そこを敢えて2つ搭載し、かつセンサーも1.3倍に増やすことで、タッチ精度の向上を目指している」と話し、4つから2つに減っていてもむしろ精度が向上しており、かつ他社の製品に比べても高い精度を誇っているとする。
四竈氏によればタッチの精度というのは、言ってみれば編み目の細かさをどう設定しているかだという。編み目が細かくない場合には、特に周辺部分でタッチの精度が問題になるという。網戸の編み目とかもそうだが、中心の方ではびしっとそろっていても、周辺に行けば徐々に破綻が明らかになっているのを見かけたりするが、タッチのセンサーもまさに同じで、周辺部分に行けば行くほど破綻が発生する可能性が高くなる。
特に、Android OSでは、液晶の周辺部分にボタンが集中しているため、タッチ精度が低いデバイスだと触ってイライラすることは少なくない。例えば、ブラウザのタブを消すための「X」ボタンを押しているのだが、逆に新しいタブが開いてしまうことなどは、まさに精度の問題が影響していると言っていい。そこで、今回は1つでも高い精度を実現できる性能のコントローラICを2つ搭載し、「軽いタッチで滑らかにスムーズに動くことを実現した」(四竈氏)という。実際、筆者も触らせて頂いたが、前述のような誤操作が減っているということが確認できた。
表面のコーティングを決めるために、実際に触り心地を確認するために作成したコーティングのサンプル。このサンプルを開発陣でなんども触り比べてよりよいコーティングを探していったという |
タッチパネルの触り心地にもこだわりがある。「前モデルではガラス面の上にフィルムを貼っていた。これは落下したときにガラスが飛散しないためだったが、今回の製品では同じ落下試験をパスするように設計できたので、フィルムは貼っていない」(城重氏)とのことで、直接ガラス面にコーティングをすることで摩擦係数を低くし、引っかかりが小さくなるように設計しているという。フィルムの上からコーティングすると、摩擦係数が上がってしまい、触ったときにひっかかりがでてしまうのだ。
「コーティングにもいくつかの種類があり、それらをテスト用のガラスに張り、滑りの良さ、指紋の付きにくさなどを実際にテストして調べた。その結果として1番良いモノを採用したことにより、他社製品に比べても指紋はつきにくく、滑りがよい製品に仕上がっている。もし指紋が付いても、簡単に拭き取れるようになっています」(四竈氏)と、滑りの良さにはかなりこだわって作ったとのことだった。実際、新モデルと旧モデル両方を触ってみたが、確かに新モデルが滑らかなタッチだった。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 鈴木康方氏 |
Xperia Tablet Sでは、SoCが前モデルのNVIDIA Tegra 2からTegra 3へと強化されている。鈴木氏は「Tegra 3になりハードウェアのビデオ再生が向上したほか、一般的な処理能力があがり、負荷の高い画像処理だけでなく、ブラウザの操作など比較的軽い処理でもより短い時間で処理を完了させ、すぐにプロセッサを待機状態に移行させることでトータルで消費電力を削減している」とそのメリットを説明する。
本誌の読者には釈迦に説法かもしれないが念のため説明しておくと、Tegra 2とTegra 3の大きな違いは2つ。
(1)プロセッサコアが2コアから4コアへ増やされ、クロック周波数も向上している
(2)GPUが8エンジンから12エンジンへと強化されている
さらに、プロセッサコアには5つめのコアとなる“忍者コア”と呼ばれる超低消費電力な隠しコアがあり、低負荷時には忍者コアに切り換える事で消費電力の削減を実現している。
もちろん、Tegra 3そのものは、他社のタブレットでも採用されているSoCであり、そのチップそのものは別にソニー専用というわけではない。では、ソニーらしさ、Xperia Tablet Sらしさというのがどこにあるのかと言えば、それは実はTegra 3が持っている機能をわざわざ使わないという点にある。
すでに液晶ディスプレイの省電力のところで説明したが、Xperia Tablet SではCABCというコンテンツの明るさなどに応じてコントラストなどを調整し、液晶の輝度を調整することにより省電力を実現する機能を実装している。実はこれと同じ機能は、Tegra 3にもPRISM(Pixel Rendering Intensity and Saturation Management)という機能で実装されている。だが、今回Xperia Tablet Sではこれを使わずに液晶ディスプレイ側のコントローラに省電力機能を追加して利用しているのだという。「SoC側の機能を利用した場合と、LCD側のコントローラを利用した場合の両方を評価し、表示品質や消費電力でLCD側のコントローラを利用した方が優れていると判断した」(鈴木氏)という。
SoC側の機能を利用した場合のメリットは、何よりも低コストで実現できることだ。追加のハードウェアが必要ないので、コストメリットは明らかにある。だが、Xperia Tablet Sは決して低価格のタブレットというわけではなく、それなりの価格がする製品だ。だとすれば、それに相応しい品質が必要だと判断したと言うことだろう。
また、今回のXperia Tablet SではUSB充電に対応している。Tegra 3を搭載したタブレットの多くは専用のACアダプタが必要になる場合がほとんどで、一般的なUSBからの充電に対応していないことが多い。「今回は電源周りの設計にも新しいデバイスを利用しており、比較的消費電力が大きなSoCでは難しいとされてきたUSBからの充電に対応している。1.5A供給が可能なら、専用のアダプタからだけでなく充電できるようになっている」(鈴木氏)というのはユーザーとしては嬉しいところだ。
つまり、Xperia Tablet S専用のACアダプタやUSBチャージャーを持って行かなくても、スマートフォン向けなどとして販売されているUSBチャージャーアダプタを利用して充電できるということだ(ただし、もちろんメーカー保証外)。なお、鈴木氏によれば、メーカーとしては保証はしていないものの、0.5Aしか出力されていないPCのUSBポートからでも充電することができるという。「画面表示には充電マークは表示されないが、ゆっくり充電することはできる」とのことで、例えば出張先にノートPCと一緒に持って行ってPCから充電したりという使い方が可能だ。これはモバイルユーザーには見逃せないメリットと言えるのではないだろうか。
今回のXperia Tablet Sは、無線周りの仕様はWi-FiおよびBluetooth 3.0への対応となり、3Gモデムのオプションは用意されていない。ただ、ハードウェアとして3Gをサポートしないという訳ではなく、グローバルモデルに関しては3Gに対応したモデルも用意されている(ヨーロッパ版の発表に関しては別記事参照)。つまり、日本モデルではWi-Fiだけという設定になっているのだ。
この点に関して城重氏は「3Gモデムを実装するかどうかは地域毎の状況により決定している。その結果、日本の市場ではWi-Fiモデルのみとした」という。実際、Xperia Tablet Sの直接の競合となるAppleのiPadも、3GモデルとWi-Fiモデルでは1:9ぐらいの割合で、圧倒的にWi-Fiモデルが売れていると聞く。そうした現状を考えれば、日本向けにはWi-Fiモデルをというのは納得できる話だ。
また、日本ではモバイルWi-Fiルーターの普及がかなり進んでいるほか、NTTドコモのXi対応スマートフォンやauのWiMAX搭載スマートフォンなどでは、パケット定額の範囲内でテザリングできるようになっているなど、仮にタブレットを持ち歩いて使うユーザーでも、出先でモバイルインターネットを使えるインフラが既にある。このため、日本ではWi-Fiモデルだけに絞るという判断は妥当だと言えるだろう。
なお、グローバルモデルに用意されている3Gモデルと、Wi-Fiモデルの切り分けは、メインボード自体を切り換える事で対応しているという。普通のタブレットではメインボード上にPCI Express Mini Cardのスロットを用意して、そこに3Gモデムのカードを挿す、挿さないでバリエーションを作るのだが、今回のXperia Tablet Sではメインボードそのものが異なっているのだという。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 宮田 洋昌氏 | 基板の左側の部分が3G、Wi-Fiを搭載する部分。3Gモデルではこのスペースに3GとWi-Fiの両方が入っているが、Wi-FiモデルではWi-Fiのみとなっているため、熱設計的には余裕を持たせることができる |
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 宮田 洋昌氏は「別基板にしたのはWi-Fiモデルに最適化したかったため。3GモデルではWi-FiモデルのWi-Fi部分と同じスペースに3Gも入っているが、Wi-FiモデルではそのスペースにWi-Fiだけが実装されているので、熱設計的に発熱を分散できるなどのメリットがある」と述べ、コストの観点からだけでなく、熱設計の観点からもメリットがあるため、別基板を採用したとする。
熱設計に関しても、前回のモデルの経験を生かして、当初からそれを意識した設計を心掛けてきたという。佐藤氏は「熱設計に関しては容積が制約になるために、前モデルでもでもかなり苦労したが、今回のモデルではさらに薄くなっているのでさらに苦労した。前モデルの担当者とも情報を交換し、あらかじめシミュレーションである程度見極めて、設計に取り組んだ」と、説明する。
今回のXperia Tablet Sでは、前述の通り従来からより薄くなっているため、内部の容積はより小さく、熱設計は難しくなっている。この薄さで放熱を実現できた要因の1つは、裏側にはアルミニウムとモールドのハイブリッド構成を採用したこと。全面モールドの場合に比べてより薄くしながら、従来製品と同じ強度を実現しているのだという。
●何回もスクラップ&ビルドを繰り返したスピーカーの設計Xperia Tablet Sのこだわりというのは、デジタル部分だけでなく、スピーカーのアナログ部分にも及んでいる。だが、率直に言って筆者もそうなのだが、デジタル製品の比較をするときに、あまりスピーカーにまで注意を払うことは少ない。実際、世の中のタブレットはスピーカーにはあまりこだわっていない製品の方が大多数だ。
例えば、現在タブレット市場でトップシェア製品はAppleのiPadだが、スピーカーはモノラルだ。もちろん、パーソナルな製品だけに実際にはヘッドフォンを接続している利用するシーンも少なくないと考えられるので、モノラルで十分だという設計思想も十分ありだと思う。だが、よりよい音、特に人間の耳に自然に聞こえるという意味ではモノラルよりはステレオの方がよいのは筆者が強調するまでもないだろう。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 松本賢一氏 |
では、Xperia Tablet Sのスピーカーはどうなのか。ソニー株式会社 V&M 事業本部 Tablet事業部 商品設計部 松本賢一氏は「タブレットは音楽やビデオを楽しんだり、YuouTubeを利用したりなど、コンテンツプレーヤーとしての比重がPCよりもかなり高く、また、友人などと一緒に楽しんだりというシーンも多い。なので、PCよりもスピーカーに割けるスペースは少ないのに、PC以上に良い音が求められる。限られたスペースの中でいかに良い音にできるかが重要なテーマで、できるだけより良い音を出せるように目指して設計した」と、AVメーカーとしてのソニーのこだわりを持って作ったと説明する。
Xperia Tablet Sのスピーカーはステレオになっており、本体裏面に開口部が用意されている。松本氏は「この製品で目指した“より良い音”とは、低音域から高音域まで、バランスよく、かつ音量が確保できクリアであること」とその設計思想を説明する。
PCやタブレットの内蔵スピーカーで鳴らして、音が小さかったり、高域が不足してこもった感じの音になったり、逆に高音だけがシャカシャカなって耳障りだったりという音で、ガッカリするユーザーもいるだろう。そうした音とは違う音を目指すというのがXperia Tablet Sのスピーカーのコンセプトだったという。
ただし、低音域の音もしっかりカバーすると言っても、タブレットのようなモバイル機器では、スピーカーに確保できるスペースが少ないので、バスドラムなどのズシンと来るような低音を再現するのは難しい。このため「ボーカルやセリフが低音域まで明瞭に聞こえて、ギター、ピアノなどの楽器の低音域がしっかり再現されて、全体が豊かに聞こえることを目指した」と松本氏は説明する。
では、具体的にどうしたのかと言えば、スピーカーボックスをL字型にしてボックスの容積をできるだけ確保。左右それぞれのチャンネルに低音特性が優れるスピーカーユニットを2つずつ使用し、小型スピーカーでは難しい低音の性能と音量の両立を図った。さらに、スピーカーボックスやスピーカーユニットを多数試作して、特性測定と試聴評価を繰り返して試行錯誤したのだという。
松本氏によれば「各チャネルでスピーカーを2つにすることで、入力できる電気エネルギーや音圧を生み出す振動板の面積を倍にすることができた。通常、スマートフォンやタブレットでは各チャンネルあたりスピーカーが1つのものがほとんどで、それらより豊かな音を実現できた」とのことで、実際に音を再生してみると、確かにこれまでのタブレットでは聞いたことがないような音量で動画のセリフなどが明瞭に再生できていた。
試作されたスピーカー。ここに出されているのは一部で、実際にはもっと多くの数を試作し、特性や視聴の評価をしたという | スピーカーの振動板もこの写真以上の数を集めて評価し、実際にどれがよいかを聴いていって確認していったという |
●専用のデジタルアンプとDSPチップを別途搭載しているオーディオ回路の設計
さらに、音へのこだわりという意味ではデジタル回路にもこだわっている。通常タブレットなどのデバイスでは、コーデックに内蔵されたアンプからスピーカーへ接続している構造が多いのだが、Xperia Tablet Sでは「専用のデジタルアンプICを搭載している。弊社のデジタルアンプのブランドであるS-Masterに対応しており、ひずみやノイズが少なく、解像感の高い音が特徴」(松本氏)。松本氏によれば、S-Masterを名乗るには、ソニー社内のS-Master委員会の認定を受けなければいけないのだという。
Xperia Tablet Sのスピーカーは、両手で持ったときに塞がないようにするために、本体背面の下部に用意されている。そのままでは音質などが変わってしまうため、DSPなどでの補正が必要になるのだが、Xperia Tablet Sでは数々の補正や音響効果をAndroidのソフトウェア処理ではなく、専用のDSPチップにソニー独自の音響処理技術であるClearPhase(スピーカーの音質をクリアで自然にする)、xLOUD(スピーカーの音量をひずみなく上げる)を搭載して対応。これにより、プロセッサに対して負荷を与えることなく、より高品質な音を全てのアプリで再生することができている。
また、ユニークなこだわりとしてはオプションで用意されるクレイドルにも注目したい。Xperia Tablet Sのスピーカーは十分なぐらいの音量で聞こえるのだが、このクレイドルでは、挿したときにスピーカーから出る音をホーン形状のダクトを通じて前に持ってくる仕組みが採用されている。これにより「10dBは音量が上がる」(松本氏)とのことで、実際に筆者も聴いてみたが、装着した時と脱着したときでは明確に音量が違っていることが確認できた。
●Android 4.1へのバージョンアップを計画中、準備が出来次第配布予定ソフトウェア周りでは、いくつかの注目ポイントがあるが、おそらく多くのユーザーにとって気になっているのは、初期導入OSであるAndroid 4.0(Ice Cream Sandwich)から、次期バージョンとしてすでにGoogleが6月に発表しているAndroid 4.1(Jerry Bean)へとアップグレードできるかどうかではないだろうか。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 企画2部 UX企画2課 課長 上木建一郎氏は「時期は未定だが、Android 4.1へアップグレードできるように準備を進めている」と、準備ができ次第アップデートを配布する方針であることを明らかにした。
今回のXperia Tablet Sで追加されたソフトウェアの代表としては、Socialifeというソフトウェアがあげられる。Socialifeは、ソニーが「ソーシャルニュースマガジン」と呼んでいるソフトウェアで、雑誌のようにネットコンテンツを見ることができるソフトウェアと位置付けられている。
ソニー株式会社 V&M 事業本部 企画2部 UX企画2課 山田勲氏 |
ソニー株式会社 V&M 事業本部 企画2部 UX企画2課 山田勲氏は「PCでネットコンテンツを見ると、起動してログインしてと大変だが、タブレットなら新聞を読むような感覚で見たりすることができる。寝る前の5分前とかにカジュアルに確認できるようなソフトウェアを目指している」と述べ、例えばmixiがそうだったように、SNSとニュースなどを複数のネット上のコンテンツを横串を挿したようにまとめて確認したりという使い方を念頭に置いているという。こうしたソフトウェアは、例えばFlipBoardのようなISVも取り組んでいるが、SocialifeはXperia Tablet Sに初期導入されているソフトウェアとして、ソニーらしくレイアウトにこだわったり、背景色などにこだわったりなどができるようになっていると山田氏は説明した。
山田氏によれば、Socialifeはサーバー側でさまざまな仕組みを用意しており、サーバー側の仕様を改善することで新しい機能を追加したりも可能になるとのことだったので、今後も機能の拡充を図っていきたいとのことだった。
今回Xperia Tablet Sは、ニュース記事などを見ていると、ブランド名がXperiaに変わったこと、SoCがTegra 2からTegra 3に変更されクアッドコア対応になったこと、本体サイズが若干薄くなり軽くなったことぐらいで、デザインも非常に似通っており、従来製品の正常進化と見えるため、バージョンアップ版程度に捉えていた読者も少なくなかったのではないだろうか。
だが、おそらくここまで読んできていただければわかるように、中身を見てみれば、完全な新製品だと言ってよい。バッテリが増え、システムボードや液晶ディスプレイの設計を完全に見直し、システム全体の消費電力が2/3程度になり、バッテリ駆動時間は倍になっている。また、専用のDSPやアンプを搭載してまで音質にこだわったステレオスピーカーやUSB充電に対応している点など、スペックでは現れない部分の改善点も少なくない。そのように見ていくとまた違った見方ができてくるのではないだろうか。
筆者は、この新しいXperia Tablet Sは、これまで不満に感じていた部分の多くを改善したという意味で、Androidタブレットとしては1つの完成形に到達した製品だと捉えている。IFAではWindows 8やWindows RTタブレットが多数展示されるなど、ビジネスにも使えるような新しいジャンルのタブレットも見えつつあるが、Androidタブレットには価格の安さというメリットもある。今回の製品では多数の周辺機器も標準で用意されており、肩肘を張らずに気軽にタブレットを使いたいというユーザーであれば、十二分に検討してみる価値があるのではないかということをこの記事のまとめとしたい。
(2012年 9月 12日)