笠原一輝のユビキタス情報局

TDP 17WのTrinityでUltrabookに対抗するAMD
〜近い将来TDP 2Wのx86プロセッサも計画



 x86プロセッサ/GPUベンダのAMDは、先月の半ばに第2世代AMD Aシリーズ APUとなるTrinityを発表(別記事参照)し、OEMメーカーなどに出荷を開始した。すでに、米国などでは搭載されたノートPCの販売も開始されている。

 そうしたAMDがTrinityで新たに参入を狙っている市場がある。それが、Intelが「Ultrabook」のブランドで積極的にマーケティングしている超薄型ノートブックPCの市場だ。AMDはTrinityにおいてBGAパッケージでTDP 17WのSKUを用意しており、スペック的にはIntelの第3世代Coreプロセッサ・ファミリーのUシリーズ(従来の超低電圧版、ULV版に相当、TDP 17W)に十分対抗できるものとなっている。

 また、AMDはタブレットPC向けに低いTDPの製品も計画しており、AMDノートブック製品 担当部長のケビン・レンシング氏は「近い将来にTDP 2Wの製品を見ることができるようになるだろう」と述べた。具体的にどの製品がということには言及を避けたが、今年の後半に計画されているBrazos 2.0の低電力版“Hondo”の後継として2013年に投入が予定されている“Temash”ないしはその後継でTDP 2Wを実現すると示唆した。

●17WのTrinityを武器に超薄型ノートブックPCの市場に打って出るAMD

 今、AMDの幹部の講演などを聴くと必ずでてくる単語がある。それが“Ultra Thin”だ。AFDS 12の基調講演でも、COMPUTEXの記者会見でも、AMDの製品マーケティング面での最高責任者である上席副社長兼グローバルビジネス部門 ジェネラルマネージャ リサ・スー氏はUltra Thinという単語を繰り返し使った。また、COMPUTEXの記者会見でも、台湾COMPALが試作した、Trinity採用コンバーチブル超薄型ノートブックPCを公開して、その姿勢をアピールした。

 COMPUTEXで筆者がインタビューしたAMD ノートブック製品 担当部長のケビン・レンシング氏は「AMDは超薄型がノートブックPCの未来だと信じている」と述べた。つまり、AMDもIntelのUltrabook構想に賛成ということだ。ただし、AMDはUltrabookという用語は利用しない。「Ultrabook」自体がIntelの商標だからだ(IntelのUltrabookロゴをよく見るとTMがついているのが確認できる)。

 AMDはTrinity世代で、TDPが17WになっているSKU(A6-4455M、ベース2.1GHz/デュアルコア、L2キャッシュ2MB、BGAパッケージ)を追加している(詳しくはTrinity発表時の記事を参照)。第1世代のAシリーズ APU(開発コードネーム:Llano)ではTDP 35Wと45WのSKUだけが用意されていたので、AMDがIntelのUシリーズと同じTDP 17Wの製品を追加したということは、IntelのUltrabook構想に対抗していく姿勢を明確にしていると言える。

 レンシング氏は「17WのTrinityは35Wや45Wの製品に比べるとやや遅れているのは事実だが、HPから「Envy 6」(別記事参照)、Samsungから「Series 5 535 13"」としてすでに搭載製品が発表されており、今後数カ月のうちに市場に出回る見通しだ。その後さらにいくつかの製品がでてくるだろう」と説明した。

AMD ノートブック製品 担当部長 ケビン・レンシング氏 COMPUTEXで展示されていたSamsungのSeries 5 535 13"。13型液晶を搭載し、AMD Aシリーズ APU A6-4455Mを搭載している。メモリ最大8GB、500GB HDDまで対応。厚さは17.6mm、重量は1.52kgでバッテリ駆動時間は6時間
Samsung Series 5 535 13"の右側面 Samsung Series 5 535 13"の左側面 AFDS 12で撮影したHPのEnvy 6。15.4型液晶を搭載し、AMD Aシリーズ APU A6-4455Mを搭載し、厚さは19.8mm

●Ultrabookに対抗するのではなく、より低価格なレンジを狙うという現実的な戦略

 レンシング氏はAMDの超薄型ノートブックPC向けのプロセッサ戦略について、競合となるIntelとは異なると強調する。レンシング氏は「AMDは超薄型ノートブックPCというのを一切定義しない。競合他社はプレミアム素材を利用した薄さ、応答性、付加価値など複数のメッセージを組み合わせてUltrabookのストーリーを組み立てており、やや複雑だ。これに対して我々の戦略はシンプルだ。OEMメーカーにTrinityのTDP 17WでBGAパッケージのSKUを提供する。これによりOEMメーカーは超薄型ノートブックPCを低コストで製造できる」と述べ、AMDとしては製品のコンセプトをOEMメーカーに任せ、IntelのUltrabookと競合するようなプレミアム価格帯のノートブックPCではなくもう少し安価な価格帯を狙っていくのが基本戦略だと説明する。

 実際、HPのEnvy 6にせよ、SamsungのSeries5 535 13"にせよ、低コストを意識した製品となっている。ボディの素材も特別な素材ではなく薄型ノートPCで一般的なアルミないしは強化プラスチックで、ストレージも容量あたりの価格が高価なSSDではなくHDDを採用するなど、基本的には一般的なノートPCに採用されているコンポーネントを採用しながら、TDP 17WでBGAパッケージなTrinityを採用することで薄さを実現している。

 Envy 6は15.6型液晶を搭載して19.8mm、SamsungのSeries5 535 13"は13型液晶を搭載して17.6mmという薄さを実現しているなど、IntelのUltrabookの基準(14型以上21mm以下、13型以下18mm以下)を満たしている。現時点では両製品とも価格は明らかになってはいないが、レンシング氏によれば同クラスのIntelのUltrabookに比較しても安価な価格設定になる見通しだという。

 また、IntelがやっているようなUltrabookの定義を決め、それを積極的にマーケティングしていくことはしないというのも、今のAMDが置かれている現状を考えれば地に足が着いた戦略だと言える。結局のところIntelがUltrabookの定義を決めているのはある程度ルールを決めなければドライブできないという技術的な側面と、それを決めることでIntelとOEMメーカーが共同でマーケティングプログラムをやりやすいという側面の2つがある。

 プロセッサビジネスというのは非常に複雑で、もちろんOEMメーカーはプロセッサ単体の価格をIntelなりAMDなりに対して払っているが、その一方、有名なIntel Inside Program(IIP)などにより、共同マーケティング(具体的には広告など)を行なうことによるキャッシュバックも受け取っており、それらを総体的に考えなければ本当のコストは見えてこない。

 IntelがAMDに対して強いのは、多額のキャッシュを会社として保持していることで、こうした共同マーケティングをAMDよりも積極的に打っていけることだ。現在Intelは多額のマーケティング予算をUltrabookにつぎ込んでおり(Intelの関係者はこの規模に「Centrinoのマーケティングプログラム以来の巨額の予算」という表現を利用する)、実際OEMメーカーと共同でそうしたキャンペーンを多数行なっている。最近、いろいろな広告媒体で、Ultrabookの広告を見る機会が増えている背景にはそうした事情が影響しているのだ。

 このことをAMD側の立場で見てみれば、これに対抗するというのは非常に馬鹿げた戦略だとしか言いようがない。というのも、IntelとAMDでは財務状況は大きく異なっており、残念ながらAMDはIntelと同じ規模で多額の予算をつぎ込むというのは不可能だ。そこで、AMDはシンプルに価格戦略で対抗することにしたというわけだ。具体的にはIntelがUltrabookのハードルをあげたために、OEMメーカーのUltrabookは未だに699〜999米ドルのノートブックPCとしてはややプレミアムな価格帯に留まっており、399〜699米ドルといった現在のノートブックPCのボリュームゾーンになっている価格帯には降りてきていない。そこで、AMDはこうした市場に対して17WのTrinityでアプローチしていく、レンシング氏が言っているのはそういうことだ。

 このことは実際OEMメーカーにとって歓迎すべきことだ。というにも、AMDがUシリーズと同じTDPのプロセッサを投入することにより、Ultrabookと同じシャシーを利用して、Trinityを搭載したノートブックPCを製造することが可能になるからだ。これは、OEMメーカー、その中でも特にIntelに対して強い立場にある大手OEMメーカーにとっては、Intelと交渉する際の有効なカードにもなり得る。実際、HPはEnvy 6でほぼ同じ形状のUltrabookをすでに発売しており、Trinity搭載製品よりもやや高めな価格設定がされている。今後OEMメーカーにとってはこれが1つの参考になるだろう。

●Brazos 2.0、2013年の第3世代APUとなるKaveriなど相次いで新製品を投入していく

 もっとも、IntelのUltrabookも現在はややプレミアム価格帯に留まっているのは事実だが、徐々に価格の下落も始まっている。というのも、Ultrabookの台数が増えていけばいくほど、そこに使われている部材(例えばアルミやカーボンのケース、SSD、薄型ファンなど)も量産が進み、コストが減っていくからだ。

 もちろん、AMDもそのことはわかっており、将来への布石に向けてさまざまな手を打っている。来年にはTrinityの後継として製造プロセスルールを28nmへと微細化し、CPUを強化(TrinityのPiledriverから新コアのSteamrollerに変更)し、CPUとGPUをまとめて扱うことができるプログラミングモデルHSA(Heterogeneous System Architecture)に対応した“Kaveri”を投入する。28nmへとハーフノードの微細化だが、微細化が進むことで消費電力を下げることが可能になる可能性が高い。実際、IntelはHaswellのUシリーズ版で15WにTDPを下げる予定で、AMDとしても当然これに追随する必要はあるだろう。

AMDがCOMPUTEXで展示したソニーのVAIO Eシリーズ(11.6型ワイド)。展示製品では下位モデルE1-1200を搭載していたが、日本向けの製品では上位モデルのE2-1800を搭載する

 また、AMDはより低価格な価格帯のノートブックPCやタブレット向けのプロセッサのラインナップも強化していく。冒頭でも述べたとおり、AMDはBrazos 2.0の開発コードネームで知られる改良版のEシリーズ APUを投入している。これはチップセットをUSB 3.0に強化し、クロック周波数などを引き上げたBrazosだが、基本的なアーキテクチャなどに大きな変更はない。

 このBrazos 2.0は11型級の液晶ディスプレイを搭載し299〜499ドルの価格帯のノートブックPC(従来ネットブックと呼ばれていた製品ラインナップ)向けのプロセッサになり、日本ではすでにソニーからVAIO Eシリーズ(11.6型ワイド)として販売が開始(別記事参照)されている。


●x86によるトラディショナルなタブレットの実現に向け、TDP2Wの製品を計画

 AMDはさらにWindows 8のリリースに合わせてx86ベースのタブレット端末に向けたプロセッサ“Hondo”を今年(2011年)後半に投入する。現在AMDがもともと9WだったBrazosのTDPを5W(厳密に言うと5.7W)に下げた製品をAMD Zシリーズ APUとして投入しているが、Hondoはその後継となる製品で、TDPは4.5Wになると2月にAMDが開催したアナリスト向けのカンファレンスで明らかにされている。

 では、この先はどうなるのだろうか? AMDのレンシング氏は「我々がULP(Ultra Low Power)と呼ぶセグメントの最初の製品としてZシリーズを投入した。TDPが5〜6WのAPUはCPUとGPUの性能がバランスのとれたハイパフォーマンスなタブレットには良い選択肢となっている。しかし、革新的なタブレット(筆者注:iPadやAndroidタブレットの意味)には十分ではない。今後我々は非常に強力なULPのロードマップを持っており、割とすぐに2Wというようなスペースにも我々の製品を見ることができるようになるだろう」と述べ、AMDが近い将来に2WのAPUを投入する可能性があることを示唆した。

 レンシング氏は具体的な計画には言及しなかったので、その2Wというのが具体的にどのタイミングで、どの製品で実現されるのかは明らかにしなかったが、AMDはHondoの後継として2013年にTemashという製品があることを明らかにしている。レンシング氏のいう“割とすぐに”というのがいつかはわからないが、Hondo(今年後半)ないしはTemash(来年)のどちらかを意味する可能性が高く、Hondoがすでに4.5Wだと明らかになっていることを考えると、Temashが2WのTDPを実現する可能性が高いと言えるだろう。

AMDが2月のアナリスト向けのカンファレンスで公開したクライアント向けプロセッサのロードマップ

 実際、AMDが2月のアナリスト向け会議で公開したロードマップを見ると、2013年にリリースされる新しいAPUのうち、TemashだけがHSAをサポートしないことになっている。つまりHSAが十分に機能しないぐらい(つまりWindowsである程度の3Dが描画できればいい程度までに)GPUの性能が削られているとも考えることができる。だとすれば、Temashが2Wになるというのも夢物語ではないと筆者は考えている。もっともこのあたりはあくまで推測に過ぎないので、今後のアップデートを待つ必要があるだろう。

 いずれにせよ、2WのAPUが登場すれば、x86が動作する薄型タブレットというのも夢物語ではなくなってくる可能性がでてくる。特にWindows 8/RTでは、Windows RT側ではx86アプリケーションが動作しないという制限があるため、従来のアプリケーションもタブレットで動かしたいというユーザーや企業にはx86プロセッサ+Windows 8が唯一の組み合わせになる。その時にAMDが早期に2Wのx86プロセッサを投入するのであれば、ユーザーにとって面白い選択肢になりそうだ。


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(2012年 6月 15日)

[Text by 笠原 一輝]