笠原一輝のユビキタス情報局

MicrosoftがARM版Windowsの詳細を公開
〜Office 15が標準バンドル



 Microsoftは9日(現地時間)、開発者向けに公開しているBlog(Building Windows 8)で、ARM版Windows(WOA = Windows on ARM)に関する詳細な情報を明らかにした。Microsoftは2011年9月に行なわれたBuildで、x86版Windows 8とWOAは、Metroと呼ばれる新しいUI上で動作するアプリケーション(Metro Style Apps)が共通のバイナリ(実行ファイル)で動作することは明らかにしていたが、それ以外の詳細に関してはほとんど公開してなかった。

 今回のBlogでは、WOAに次期Officeとして開発中の「Office 15」(開発コードネーム)がバンドルされるほか、Explorer(ファイルマネージャ)やInternet Explorer 10などのWindows 8の標準デスクトップアプリに関しても動作することが明らかにされた。また、Microsoftは初めてWOAのリリースターゲットについても言及し、x86版のWindows 8と同じタイミングでのリリースを目指していることを公言した。

●ARM版WindowsにはOffice 15のデスクトップ版が標準でバンドル

 これまであまり多くが語られてこなかったWOAに関して、ようやく詳細な情報が明らかにされた。今回の発表で最も大きなトピックは、WOAにOffice 15が標準でバンドルされることだろう。Office 15は、現在開発中の次期Officeソフトウェアで、現在テクノロジープレビューが開始されており、今夏にもパブリックベータが公開される予定となっている。そのOffice 15がWOAに標準搭載される。

Metro Style Appsの例

 このことは、PC業界的には大きなインパクトがある。というのも、WOAはMetro UI上で動くMetro Style Appsについてはx86版Windows 8とバイナリ互換であるのだが、Win32のAPIを用いる既存のWindowsデスクトップで動作するアプリケーションはその限りではない。つまり、WOAがリリースされた段階で使えるアプリケーションはMetro Style Appsしかないことになる。これに対してx86版Windows 8では、過去20年間にリリースされた無数のWindowsアプリケーションが利用できる。

 今後はMetro Style Appsが主流になるとしても、Windowsとして利用するにはやはりOfficeの利用は欠かせない。実際、WOAにプロセッサを提供するNVIDIAの共同創始者兼CEO(最高経営責任者)のジェン・スン・フアン氏は「WOAの成功にはOfficeが用意されるかどうかにかかっている」とCESで発言していたことは以前の記事でお伝えしたとおりだが、その意味ではWOA普及の阻害要因が1つ除かれたことになる。

●WOAにOffice 15標準搭載でMicrosoftのビジネスモデルは変わるか

 Blogでの発表によれば、MicrosoftはWOAのOffice 15に、Word、Excel、PowerPoint、OneNoteの4つのアプリケーションを標準搭載するという。主要なオフィスアプリケーションのうちOutlookだけが搭載されないことになるが、Outlookの代わりとしてMetro UI上でメール、カレンダー、連絡先などのアプリケーションが標準で用意されるので、そちらを使って欲しいということのようだ(業務用としてOutlookを利用している企業ユーザーには頭が痛いところだが、それはサーバー側の仕様変更で対応して欲しいということだろう)。

 Officeが標準搭載されるとなると、OEMメーカーの視点から見れば、WOAのライセンス料がどうなるのかが一番気になるところだろう。というのも、従来のx86版Windowsでは、WindowsとOfficeは別のライセンス体系で提供されており、例えば、OSが30ドル、Officeが30ドルといった形で課金される。これが、WOAで、30+30=60ドルとなるのか、それとも標準搭載として30ドルになるのかは、現時点では明らかではない。

 ただし、OEMメーカー筋の情報によればWOAは、x86版Windowsとは別のビジネスモデルを考えているとする証言が多数ある。WOAのライバルは、x86版Windowsではなく、ARMプロセッサを搭載したAndroidやiOSのタブレットだ。従って、WOAを搭載した製品がそれらと競争力がなくなるような価格設定にはできないはずだ。そのため、WOAのライセンス料にOffice 15のライセンス料が無償で含まれると見て良いだろう。

 しかし、そうすると今度は、OEMメーカーから、x86版Officeも値段を下げるべきだという圧力がかかるのは当然の展開で、この辺りはMicrosoftにとってジレンマになるだろう。

●WOAではユーザーがデスクトップアプリケーションをインストールできない

 今回のBlogではもう1つ重要なことが明らかにされた。それがWOAでのデスクトップアプリケーションの扱いだ。

 すでに述べたとおり、Buildでは、Metro Style Appsが両プラットフォームで動くことは明らかにされていたが、デスクトップアプリケーションがどのような扱いになるのか、そもそもWin32 APIが実装されているのか、.NET Frameworkが利用できるのかなどは明らかにされていなかった。

 今回発表されたのは、WOAでもWindowsデスクトップに降りて、Explorerやデスクトップ版のInternet Explorer 10、さらには他のWindows標準デスクトップアプリケーション(おそらくWindows Media Playerのことなどだと思われる)が利用できるということだ。

CESにおけるNVIDIAの記者会見で行なわれたWindows Storeのデモ。WOAではユーザーがインストールできるアプリケーションはすべてWindows Store経由で提供される

 ただし、これはWOA版デスクトップアプリケーションを開発者が開発し、WOAにインストールできるわけではないようだ。WOAではMicrosoftが提供するWindows UpdateないしはWindows Store経由でしかソフトウェアしか追加出来ないという。Windows Storeから提供されるアプリケーションはMetro Style Appsだけになるので、この制限がある以上ARM版のデスクトップアプリケーションをユーザーが追加することはできない、ということになる(だからこそOfficeも標準搭載なのだろう)。また、同時にx86のデスクトップアプリケーションが動くような仮想化ソフトウェアやエミュレーションソフトウェアは提供されないことも明らかにされている。

 このことは、いくつかの制限を生む可能性が高い。具体的には、ハードウェアを直接叩くようなタイプのアプリケーションはWOAでは利用できない可能性が高い。例えば、Blu-ray再生などは、BDドライブを直接制御しているが、Metro Style Appsが利用するWinRTというAPIでそのようなコマンドを持っていない限りアプリケーションから制御することはできない。こうした時にはハードウェアを直接叩けるデスクトップアプリケーションが必須となるが、WOAではそれができないのだ。

 WOAの最初の世代では、ほぼすべての製品がタブレットになるため、当初は大きな問題ではないだろうが、NVIDIAが2013年にリリースを予定しているDenver(デンバー、開発コードネーム)のようなクラムシェルやデスクトップPCなどもサポートするARMプロセッサが登場した時には、それが大きな問題となる可能性がある。この点は次期バージョンで解決すべき課題となるだろう。

●ARMプロセッサベンダと密接に協力して行なわれているWOAの開発

 また、同Blogでは、WOAの提供形態についても説明している。WOAはOEMメーカーの製品に組み込まれた形でのみ提供される。つまり、x86版Windowsで広く行なわれている、ユーザーがOSをインストールしたり、バージョンアップしたりなどはできない。

 このことは、既存のARMプロセッサの提供形態の実態に合わせたものだと言っていい。すべてが標準化されているx86プロセッサの世界とは異なり、ARMプロセッサの世界ではプロセッサそのものも、製品によってカスタマイズされている。このため、AというARMプロセッサで動くOSを、ARMプロセッサBの環境に持って行っても、そのまま動くモノではない。つまり、OSそのものにも手を入れない限り、利用できないということだ(もちろん調整という意味だが)。

 このため、WOAではWindows Updateによって、セキュリティ関連のアップデートやドライバのアップデートは全てMicrosoftから提供され、OSそのもののバージョンアップはOEMメーカーから提供されない限りは行なえないことになる。このあたりは、Androidの扱いとかなり近いと言えるだろう。

 こうした事情もあり、WOAの開発はARMプロセッサベンダと密接に協力して行なわれている。WOAでは、NVIDIA、Qualcomm、TIの3社が開発パートナーになっており、特にGPUのドライバやファームウェア(PCで言うところのBIOS)などの共同開発が進められている。

 UEFIのサポートや、Windows向けディスプレイドライバ、USBデバイスドライバなど多数のデバイスドライバ、ファームウェアを新規に開発しなければならないため、それらの開発には時間がかかるものと見られている。

●WOA PCはx86版と同じタイミング

 Microsoftは今回、「WOAを搭載したPCはx86版Windows 8搭載PCと同じタイミングでリリースするのが我々のゴールだ」と述べている。

 だが、OEMメーカー筋の情報は、この公式見解とはやや状況が異なっている。OEMメーカー筋によれば、x86版Windows 8は第3四半期にRTM(Release To Manufacturing、最終出荷バージョンのこと)版を完成させ、10月にOEMメーカーから出荷というスケジュールになっている。これに対して、WOAでは、最重要OEMベンダ向けに2013年初頭にRTM版を提供、その数カ月後に他のOEMベンダ向けに出荷するスケジュールだと情報筋は伝えている(このようにMicrosoftはWOAの開発/出荷方針はGoogleのAndroidのやり方にかなり似ている)。

 実際、Buildで開発者に配ったWindows 8 Developer Previewは、x86版だけしか用意されていなかったことが表わしているように、WOAはx86版Windows 8に比べて明らかに開発が遅れている。また、CESでARMプロセッサベンダはWOAを搭載したタブレットを使ったデモを行なったが、決して来場者や報道関係者に触れさせなかった。これは、その時点でまともに動いていなかったためだろう。

1月のCESでNVIDIAが行なったTegra3搭載タブレットでのWOA動作デモ。デモ機は来場者から直接見えないところに置かれていた
CESでのNVIDIAブースでのWOAのデモ。ガラスケースの中に入っており、来場者が触れる状態になっていなかった 一方こちらはCESでのIntelブースにおけるWindows 8 Developer Previewのデモ機。普通に来場者が触れる状態で公開されていた

 そのため、x86版から数カ月遅れでWOAがでるだけでも驚きであり、それが同じタイミングになったとすると、Microsoftは相当な力を入れてWOAを開発しているということだろう。

 Microsoftは、x86版Windows 8の次期ベータバージョンとなるWindows 8 Consumer Previewの発表の場として、MWC(Mobile World Congress)を選んだ。MWCは、スマートフォンやタブレット、キャリアなどが集うモバイル機器製品向けの一大イベントだ。ここで、Windows 8 Consumer Previewを大々的にアピールすることは、Microsoftがタブレット市場に本気であると通信業界にアピールできるいいチャンスになる。

 また、同時にx86版Windows 8 Consumer Previewは、複数言語で誰でもダウンロードして試せる状態で2月末に提供されることになることも明らかにしている。Windows 8に興味があるユーザー、開発者は、この2月末のWindows 8 Consumer Previewに注目すべきだろう。

 なお、同社は、Windows 8 Consumer Previewがリリースされる前後に、特定の開発者向けにWOAの開発版をハードウェアとセットで提供するクローズドなプログラムを提供するという。これにより、WOA向けの開発も本格化していくことになるだろう。

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(2012年 2月 10日)

[Text by 笠原 一輝]