笠原一輝のユビキタス情報局

MWCで存在感が薄かったIntelが、通信市場で成功するために必要なモノ



 今回筆者は初めてMobile World Congress(MWC)に参加した。MWCは言うまでもなく、無線通信業界のためのイベントであり、PC業界を追いかけている筆者にはあまり関係ないのではないかと感じる読者も少なくないだろう。

 だが、実際にはMWCにはPC業界のメーカーもたくさん参加していた。グローバルなPCメーカーのトップ3のうち、HPとAcerはブースを構えていたし、Dellはブースこそ持っていなかったものの、ミーティングスペースを持ち商談を行なっていたようだ。コンポーネントベンダーも同様で、Intel、NVIDIA、Microsoftなどはブースを構えたり、記者会見や講演を行うなどして、多くのニュースを提供していた。

 そうしたMWCだったが、同じPC業界から通信業界に参入した半導体メーカーであっても、IntelとNVIDIAとでははっきりと明暗が別れていた。Android 3.0(Honeycomb)を搭載したタブレットでほとんどのシェアを獲得したNVIDIAに対して、MWCの前週にMeeGo陣営から離脱することを発表したNokiaに変わる新しいOEMメーカーすら発表できない状況だったIntelというのは、実に対照的な構図だったと言ってよい。

 スマートフォンやタブレット向けのプロセッサビジネスで、Intelに欠けているモノはなんなのか、MWCでの取材を元に考えていきたい。

●スマートフォン関連ビジネスへの厳しい質問が相次いだオッテリーニ氏への質疑応答

 Intel 社長兼CEOのポール・オッテリーニ氏にとって、おそらく今回のMobile World Congressは忘れてしまいたいイベントとして記憶されるものになるだろう。

 オッテリーニ氏は、MWC会期期間中の3日目(2月16日)、ソフトバンク 会長兼CEOの孫正義氏、CISCO CEOのジョン・チャンバース氏、Yahoo! CEOのキャロル・バーツ氏などと一緒に“The Evolution of the Mobile Internet”と銘打った基調講演に登場。講演を行なうと同時に、その後に行なわれた座談会に参加した。オッテリーニ氏の講演そのものは、Intelがこれまでモバイルインターネットに対して説明してきたビジョンを繰り返しただけで、特に目新しい内容はなかったのだが、その後の座談会で、オッテリーニ氏は司会者の厳しい質問に対して2度も一瞬返答に詰まる場面があった。

Intel 社長兼CEO ポール・オッテリーニ氏 講演後には、オッテリーニ氏(一番左)、ソフトバンク 会長兼CEO 孫正義氏(左から2番目)、CISCO CEOのジョン・チャンバース氏(中央)、Yahoo! CEOのキャロル・バーツ氏(右から2番目)、司会者を含めて座談会が行なわれた

 1つ目はMicrosoftとNokiaが発表した提携についての質問だ。Intelは、昨年(2010年)に行なわれたMWCで、Nokiaが推進してきた“Maemo”とIntelが推進してきた“Moblin”を統合して、新しいスマートフォン、タブレット、IVI向けOSとなる“MeeGo”としてスタートすることを発表した。ところが、それからほぼ1年で、NokiaはMicrosoftと戦略的な提携をすることを明らかにし、今後スマートフォンなどにMicrosoftが提供するWindows Phone 7を採用することを明らかにしたのだ。

 MeeGoは、IntelとNokiaの共同プロジェクトであり、その提携にはNokiaに対してIntelがプロセッサを供給することも含まれていると考えられていたので、IntelはMeeGoの開発パートナーと同時にOEMメーカーも失ったことになる。それだけに、今Intelにとってこの質問はもっとも聞かれたくない質問の1つであり、オッテリーニ氏は「ビジネスだからそういうこともある、今後もパートナーとMeeGoの開発を続けていく」と答えるのが精一杯だった。

 2つ目の質問は「いつになったらIntelのプロセッサを搭載したスマートフォンが出るのか?」という質問で、この質問にもオッテリーニ氏はやはり返答に詰まった。Intelは昨年の5月にMoorestownという開発コードネームで知られるスマートフォン向けプロセッサであるAtom Z6xxシリーズを発表したが、今に至るまで搭載したスマートフォンはどこからも発売されていない。

 昨年のInternational CESでオッテリーニ氏は、LG電子がMoorestown搭載のスマートフォンを昨年の秋に発売する予定だと基調講演で語ったものの、結局この製品は今に至るまで販売されていない。つまり、事実上製品はキャンセルされたと考えるのが妥当だろう。こうした状況の中で、前出の質問をされたのだ、オッテリーニ氏が返答に詰まるのは当然だろう。

 それでもオッテリーニ氏は「今年中には搭載製品が投入されるだろう」と、年内には搭載製品が市場に出てくるだろうと説明した。しかし、それが具体的にどのOEMメーカーで、どんな製品になるのかは説明することができなかった。もちろん、前回具体的なOEMメーカーを明らかにして結局そこから出してもらえなかったという前例があるだけに慎重になっているのだろうが、Intelにとってつらい状況が続いていることを観衆に印象づける結果になってしまったことは否定できない。

●“選択の自由”はあるが、“手厚いサポート”が分散してしまっている現状

 Intelはx86プロセッサ、彼らの言うところのIA(Intel Architecture)のアドバンテージを、OSの選択が自由であること、性能が他社のスマートフォン向けプロセッサに比べて高い、という2つだと説明している。

 Intelのソフトウェア面を統括する上席副社長兼ソフトウェア・サービス事業本部 事業本部長のレネイ・ジェームス氏は「IAでは複数のOSから顧客が自由に選択することができる。MeeGoだけでなく、Windows、Android、Chrome OS、Linux、VxWorksなど、顧客のニーズから自由に選ぶことができる」と説明する。確かに“選択の自由がある”ということは、良い話に聞こえるかもしれないが、逆に言えば“メーカーの責任でなんとかしてください”と言っていることの裏返しでもある。

 IAのメインフィールドであるPCの市場では、Apple独自であるMac OSは別にすれば、事実上Windows一択であることは確かだ。そしてこの世界では、MicrosoftからOSや付属ソフトウェアを、IntelやAMDからBIOSやドライバをと、ほとんどすべてのソフトウェアがOEM/ODMメーカーに対して供給される。OEM/ODMメーカーがやるべきことはハードウェアを作ることだけだ。このことは、OEM/ODMメーカーのビジネスにとって非常に大きな助けとなっている。

 しかし、メーカーが自分でOSを選択するとると、IntelがサポートすべきOSもそれだけ増えることになり、1つ1つのOSへのサポートは薄くなってしまい、OEM/ODMメーカーがやらなければならない範囲が増えることになる。そうなると、そこまでしてIAを選ぶのかという話になりかねないのだ。

 また、すでにOSのデファクトスタンダードも決まりつつある。現在、スマートフォンのOSには、iOS(iPhoneのOS)、Android、Symbian、BlackBeryなどがあるが、今後SymbianはオーナーであるNokia自身がWindows Phone 7へ行くことを決定したこともあり、徐々に縮小していく可能性が高い。その市場を今後はiOSとAndroidが浸食し、Apple以外のメーカーにとってはAndroidが事実上のデファクトスタンダードになっていく可能性が高い。

 では、IAのAndroidがどういう現状にあるのかと言えば、現在OEMベンダーの手に渡っているAndroidのバージョンは2.2(Foryo)なのだという。すでにARM版では各ベンダーが2.3(Gingerbread)や、タブレットでは3.0(Honeycomb)を手にしている現状であるのに、だ。こうしたIA版のAndroidが、ARM版よりバージョンが古い現状にあることについて、「確かに現状ではARMバージョンよりIAバージョンが遅れてからリリースされていることは事実だ」(Intel副社長兼ソフトウェア・サービス事業本部システムソフトウェア事業部 事業部長 ダグ・フィシャー氏)とIntelも率直にARM版に比べて遅れがあることは認めている。

 また、Intelのジェームス氏は、MWCの初日に行なわれた記者会見において「Moorestownは、他社のスマートフォン向けプロセッサの倍の性能を実現している」と発言したが、誰もMoorestownを搭載したスマートフォンを持っていない以上、それをユーザーが検証することすらできないのが現状だ。

オッテリーニ氏の講演でも使われたスライド、IAには複数のOSのチョイスがある ViewSonicが展示したPine Trailプラットフォーム搭載タブレットViewPad 10では、Windows 7とAndroid 1.6が切り換えて利用できるようになっていた 今回はカタログのみだったが、ViewSonicはOak Trailベースの10型タブレットViewPad 10proも計画している。Windows 7とAndroid 2.2を切り換えて利用することができる
MeeGoのブースも設置されており、新しいタブレットのUIなどがアピールされていた ホール7ではIntel AppUp Centerのデモが行なわれていた。なお、Intelの関係者によれば、日本語版への対応は来年以降になるとのことだった。 Intel 上席副社長兼ウルトラモビリティ事業部 事業部長のアナンド・チャンドラシーカ氏が示したスマートフォン向けOSのシェアの図

●Intelとは逆にAndroidに注力することでタブレット市場を得たNVIDIA

 こうしたIntelの置かれている厳しい現状とは逆の状況にあるのがNVIDIAだ。NVIDIAは、Tegra 250(通称Tegra 2)をOEMメーカーに提供しており、Honeycombタブレット市場を事実上“独占”することに成功。他のプロセッサベンダーに対して大きなリードを築いている。また、タブレットだけでなく、ハイエンドスマートフォンでもLG電子とMotorolaをOEMメーカーとして獲得に成功している。

 なぜNVIDIAはこんなに成功を収めることができたのか。それはひとえにAndroidというトレンドにうまく乗っかることができたからだ(その背景は、別記事を参照して欲しい)。実際、NVIDIAは初代Tegraにおいて、ソフトウェアパートナーとしてMicrosoftのWindows CEを選択しており、その時には正直にいって今ほどの成功を得ることはできていなかった。しかし、若干遅れたものの、うまくAndroidの立ち上がりの波、特にAndroidタブレットの急速な立ち上がりという波に乗っかることができたことが、NVIDIAの明かな勝因だろう。

 その波に乗っかることができた最大の理由は、NVIDIAがTegra2という強力な製品を、他社に先駆けて用意できていたことだ。実際、TIやQualcommもTegra2と同じデュアルコアのARMプロセッサを計画しているが、製品の出荷が2011年第2四半期以降だったりと若干NVIDIAに比べて出遅れている。こうした状況では、Googleの側もHoneycombタブレットで、Tegra2を優先して開発を進めるというのも自然な成り行きだろう。

●Androidでのギャップを縮少し、最先端のプロセスルールを利用した製品の投入が必要

 では、こうした状況からIntelが巻き返すにはどうするべきなのだろうか。まずは、ソフトウェアのサポート体制は早急に見直すべきだろう。具体的には少なくとも、コンシューマ向けの機器(スマートフォンやタブレット)向けだけでもMeeGoは諦めて、Androidに注力し、Googleに働きかけてARM版とIA版のギャップを埋めるべきだ。

 MeeGoに取り組んだことは、Intelにとっても意味がないわけではなかった。あるIntelの関係者は「社内では、MeeGoのような取り組みを行なったからこそ、GoogleはAndroidのIA版に取り組んでくれるようになった」とMeeGoがあったからこそ、Googleは最近IA版のAndroidに取り組むようになったのだと説明する。確かに、そうした面は否定できないだろう。実際、IntelはGoogle TV(Android 2.2ベースのスマートTV向けOS)で、Googleのサポートを勝ち取っている。

 また、Intelのフィシャー氏は「Androidの開発を担当しているオープンソースコミュニティにおいて、2つのプラットフォームは平行して開発が行なわれるようになっており、ギャップは縮まりつつある。Hoenycombも次のバージョンではIAもサポートされるし、Googleによる認証も早くなるように働きかけている。現時点では差があることは事実だが、近い将来他のプラットフォームと同じタイミングでリリースされるようになると予想している」と述べ、今後状況は改善される見通しであるという見解を明らかにしている。

チャンドラシーカ氏が右手に持っているのがMedfield

 そうしたソフトウェア面での出遅れが改善されれば、あとはIntelが魅力的なプロセッサを用意するだけだ。IntelがMoorestownの後継として投入する計画のMedfieldが、それに値するのかは、Intelが詳細を明らかにしていないので、何とも言えない。ただ、Intelにとって、Atomコアを大きく転換するのは22nmプロセスルール世代となり、32nmプロセスルール世代でもAtomコア(Saltwell、開発コードネーム)は、45nm世代のBonnellのシュリンク版に近い形となる。どちらかと言えば、性能を上げていく方向よりも、従来は別チップだったI/Oチップを1チップに統合した形の進化となる可能性が高く、これでリベンジできるのかといわれれば正直疑問は残る。

 すでに、市場は確実にパフォーマンス競争の方へと移り変わりつつある。実際MWCの発表会でも、端末メーカー各社は“デュアルコア”だの、“デュアルチャネルメモリ”などを連呼していたことからもわかるように、ユーザーの興味も、端末メーカーの興味もそちらに向かいつつあるのだ。

 そこに合わせこんだプロセッサを製造することにこそ、Intelの勝機がある。というのも、Intelの強みはなんといっても最先端のプロセスルールと業界最大の製造キャパシティを備えていることだ。そのためには、Intelも考え方を変えていく必要があるだろう。今年中に投入されるMedfieldが32nmプロセスルールであることからもわかるように、Intelはスマートフォン向けのプロセッサに最先端のプロセスルールを利用しているわけではない。PC向けのCoreプロセッサが高粗利であるのに対して、スマートフォン向けのAtomプロセッサがそうでないことを考えれば、コストのかかる最先端プロセスではなく、ある程度償却の終わった1世代前のラインを利用するということに無理はないのだが、それでは他のファウンダリを利用しているファブレスメーカーと大きな差はないことになる。

 Intelが本気でそちらのマーケットにも取り組んでいきたいと考えているのであれば、そのあたりも含めてもっとアグレッシブなロードマップを打ち出せるかどうかがポイントになってくるだろう。そうした意味で、Intelが今後もスマートフォン市場に取り組んでいくというのであれば、もう1度Intelの強みである最先端のプロセスルールと製造キャパシティを生かせる製品計画を練り直す必要があるのではないだろうか。

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(2011年 2月 21日)

[Text by 笠原 一輝]