■笠原一輝のユビキタス情報局■
僚誌Internet Watchでも取り上げたいわゆる「まねきTV」訴訟における上告審において、最高裁が審理を知財高裁に差し戻す決定を下したことは各所で大きな議論を呼ぶことになった。そうした裁判の背景などに関してはここでは解説しないが、この裁判からも明らかになことは、TV放送や録画などを、場所の縛りなく視聴したいというニーズが確実に存在していているということだ。
Slingbox Pro-HD |
まねきTV訴訟では、個人ユーザーに対して場所を提供して機材を置いてもらうというサービスを第三者が提供することが日本では違法であるという認識が最高裁判所から示されたわけだが、これはあくまで第三者が提供した場合。個人ユーザーが個人宅にこうした機器を設置して、本人がそれを利用することには法律的な制限は今のところ存在していない。
このため、以前からこうした機器は市販されており、よく知られている製品としては、ソニーの「ロケーションフリー」(通称ロケフリ)シリーズが挙げられる。しかし、ロケフリ新製品の発売はここ3年近くなく、事実上販売終了の状態になっている。Yahoo!オークションなどを見ていると、ロケフリの中古価格が当時の販売価格を超えて高騰しており、需要はあるが供給がないというのが現状だ。
そうしたロケフリの復活を待ち望んでいたユーザーに福音となるのが、イーフロンティアが販売を開始した「Slingbox Pro-HD」だ。Slingboxは米国のメーカーであるSlingMediaが製造する製品で、ロケフリと同じようにインターネットを経由して、PCやスマートフォンなどで、TVチューナが出力する録画およびライブ放送を視聴することが可能になるの。2月11日から同社のWebサイトなどを通じて販売開始された本製品の評価機を手に入れたので、早速使い勝手などをチェックしてみた。
●スポーツライブ中継放送は、どこにいても生で見たい今回紹介するSlingbox Pro-HDは、家庭にあるHDDレコーダやTVチューナなどが受信した映像を、インターネットを経由して遠隔地にあるPCなどのクライアントにストリーム配信するものだ。
ユーザーにとってこうした製品の最大の導入動機は、TV放送やその録画が、場所に縛られることなくどこでも楽しめるようになるということだ。というのも、TV放送は、地域によって放送されている番組が異なっており、他の地域に行くといつも見ている放送が見れないことがある。
例えば、関東地方に住んでいれば、いわゆるキー局の放送を視聴することができるが、それ以外の地域ではキー局と提携している地方局の放送を見ることになるが、キー局と地方局の契約によっては、異なる番組をやっていることが少なくない。そのため、東京に住んでいる人が地方に出張し、いつもやってる番組を見ようと思ったらやってなかったということが発生する。
また、筆者は取材で海外に行くことが多く、その場合、あたり前だが日本のTVを視聴することはできない(国によってはNHKの海外放送を見ることができる場合があるが)。海外に行っているのだから、わざわざ日本のTVを見る必要はないだろうという意見もあるだろう。確かにその通りで、お笑い番組などは録画しておいて日本に帰ってから見ている。
問題は、スポーツなどの生放送。筆者の趣味はモータースポーツ観戦なのだが、F1レースは米国ではケーブルTVでの録画中継になっており、数日後に放送ということもあれば、宿泊しているホテルによってはケーブルTVのメニューになかったりする。
スポーツは筋書きのないドラマと言われるように、どんな展開になるかわからないからこそおもしろい。だから、結果が分かっていない生の状態で見たいのだ。
なら、録画を見るまで結果を知らないように努力すればいいじゃないかという声が聞こえてきそうだが、はっきり言ってこのIT時代にそれは不可能であると言ってもいいだろう。例えば、TwitterやFacebookにアクセスすれば、だいたい誰か1人は結果をつぶやいていたりしているし、専門誌のサービスなどに登録していれば、ご丁寧にメールで教えてくれる場合も少なくない。また、ニュースサイトを見に行けば、専門誌でなくても結果を掲載していることもある。海外に出張していても、日本に帰るまでに結果を絶対に知らないでいるというのは、PCやスマートフォンの電源を入れないということでもあり、これは筆者の場合、仕事をしないということと同義となってしまう。だから、できるだけ生放送に近い時間で録画を見たいのだ。
余談になるが、そうした準備をしていても、不幸にして録画を見る前に結果を知ってしまうこともあった。忘れもしない、2006年のワールドカップ・ドイツ大会の予選での日本と北朝鮮の試合でのことだ。日本が勝てばドイツ大会への出場が決まるという大事な試合で、筆者はちょうど米国行きの飛行機に乗っており、米国に着いたらロケフリで見ようと思っていた。ところが、着陸時に飛行機の機長が「日本の皆さんおめでとう、日本がワールドカップ出場を決めました!」とアナウンスしたのだ。周りの日本人がみんな喜んでいる中、筆者だけは悲しみに暮れていた。機長に悪気はない(むしろ好意だと思うが)のだろうが、どこにいても情報を完全に遮断できるとは限らないことを学んだ。
●HD解像度に対応した新製品やや前置きが長くなったが、今回取り上げるSlingbox Pro-HDについて紹介していこう。本製品は、米国では普通に家電量販店などに置いてあるおなじみの製品だ。実は、SlingMediaのSlingboxが日本で正式に販売されるのは今回が初めてではない。以前、アイ・オー・データ機器の取り扱いで日本で販売されたことがあり、今回イーフロンティアの扱いで復活した、ということになる。
ソニーのロケーションフリーLF-PK1 |
筆者はこれまで、ソニーのロケーションフリー「LF-PK1」を利用してきた。LF-PK1は2005年に発売された製品で、発売直後からずっと利用してきた(詳しくは僚誌AV Watchのレビュー記事を参照していただきたい)。この製品には筆者的にとって致命的な問題があった。というのは、LF-PK1は無線LANのアクセスポイント機能をオフにすることができないのだ。
LF-PK1のAP機能には、セキュリティの機能がWEP/WPAまでで、SSIDを隠蔽する機能もないため、そのままでネットワークにつないでおくとセキュリティ上の問題となるのだ(当時はこれで問題なかったのだが)。
その代替製品を探していたときに検討していたのが、Slingbox Pro-HDとSlingbox Soloだ。SoloとPro-HDの違いは、製品名からも分かる通り、前者はSD、後者はHDでの配信に対応となっている。さらに、Pro-HDでは映像ソースを2系統(コンポジット/S端子とコンポーネント)持つことができ、NTSC(アナログ)とATSC(米国のデジタル放送)のTVチューナも持っている。
最終的には、Slingbox Soloの方を購入した。理由は価格だ。米国での価格は、Soloの方は179.99ドルだったのに対して、Slingbox Pro-HDの方は299.99ドル(なお日本での販売価格は34,980円)。海外で見るだけならSD解像度で十分だと考えてSoloの方にしたのだ。
だが、いざ米国で購入して日本に持って帰ってきて使い出すと、それは失敗だったとわかった。というのも、自分でも想定外だったのだが、日本国内にいても出張や旅行などで使うシーンが増えてきたからだ。海外にいると、たいていの場合回線速度が遅いのでSDで十分、というよりHDでは再生できないだろうと判断してSoloにしたのだ。しかし、日本ではモバイルブロードバンドも高速なWiMAXやHSDPAなどが利用できるため、HDが欲しいと思い始めたのだ。
このため、機会があればSlingbox Pro-HDに買い換えようと考えていたので、イーフロンティアがSlingbox Pro-HDを販売するというニュースは筆者にとって非常にタイムリーなニュースだった。
●設定はマニュアル通りにやれば難しくないが、UPnPのルーターが必須
Slingbox Pro-HDを利用するには
1) ケーブルで映像ソース(TVチューナやHDDレコーダなど)と接続する
2) SlingboxのWebサイトでユーザー登録と機器登録をする
3) SlingboxのWebサイトで視聴する
という手順を経る。
Slingbox Pro-HDの背面に用意されている端子類 |
Slingbox Pro-HDには、Sビデオ/コンポジットが1系統、コンポーネントが1系統の2系統のビデオ入力が用意されており、それぞれの端子に接続した機器を切り換えて利用することができる。つまり、2台のソースを接続することが可能になっている。
注意が必要なのは、最近は単体のHDDレコーダは使わず、液晶TVに内蔵したレコーダー機能を使っているユーザーも少なくないだろう。そうした製品の場合には、映像出力がなかったり、あってもS端子やコンポジットであることが少なくない。この場合、もちろん出力はSDとなる。また、映像を出力する場合には、TVの画面がついていないといけない場合もある。
また、今後はアナログ出力のコンポーネント出力(日本だとD端子)は、著作権保護の観点から、徐々に減っていくと考えられる。実際Blu-ray Discでは、2011年1月以降に製造されるBDプレーヤー/レコーダのアナログビデオ出力がSD解像度に制限される(詳しくはAV Watchの記事参照)。このため、Slingbox Pro-HDとの組み合わせで利用しようと思っているHDDレコーダやTVチューナなどは、早めに入手しておくことをお奨めしたい。
もう1つ注意点として、Slingbox Pro-HDにはNTSCとATSCのアンテナ端子が用意されており、米国のアナログ放送とデジタル放送を受信することが可能になっている。日本のアナログ放送は米国のアナログ放送とほぼ一緒であるので、現状でもアナログ放送をSlingbox Pro-HDで受信することは可能になっている。しかし、ご存じの通り、日本ではアナログ放送は今年の7月で停波される予定であり、使えても数カ月の命ということになる。方やデジタル放送は、日本(ISDB)と米国(ATSC)で互換性がないため、利用することができないのだ。従って、Slingbox Pro-HDに内蔵されているTVチューナは事実上利用できないものだと考えた方がいい。日本向けは、チューナを入れ替えて欲しいところだが、それでは大幅なコストアップになるだろうから、致し方ないところだ。
AV系のケーブルの接続が終われば、あとは赤外線の発光器をソースの赤外線受光部に向けて装着し(そうしないとリモコンによるコントロールができない)、Ethernetケーブルを接続すればハードウェア的な準備は完了だ。
後は、Slingboxの日本語サイトにアクセスして、ユーザー登録をし、Slingbox Pro-HDを自分のアカウントにヒモづけ、Slingboxに接続して利用する機器を選択すれば準備は完了だ。
ここまで特に難しいことはないと思う。ただし、ルーターがUPnPに対応していない場合には設定を手動でやらなければならないので注意が必要だ。もっともここ数年、日本で市販されているルーターでUPnPに未対応という製品はあまり考えられないので、気にする点ではない。
なお、イーフロンティアでは、設定ができないユーザーに対して、3月上旬より出張設置サービスを有償で提供する予定だという。
●Windows、Android、iOSなど多彩なクライアントを用意
実際の利用感だが、PCで視聴する場合には、Webブラウザ(Internet Explorer 7以上ないしはFirefox 3以上)でSlingboxのサイトに接続し、「Watch」というタブを選択すると、自動でSlingboxを探しに行き、ストリーム再生が開始される。映像はそのままWebブラウザの中で見ることも可能だし、ポップアップ画面(ウインドウのサイズをプレーヤーのサイズと同じにしたウインドウ表示)にして表示することも可能だ。本格的に視聴したい場合には、ウインドウのサイズも変更できるので、ポップアップ表示が便利だろう。
画質は利用している回線の速度に依存する。Slingboxではクライアントソフトウェアに、帯域を判別する仕組みが入っており、帯域に応じてビットレートや解像度を自動で変更するからだ。
具体的には、帯域幅が3Mbpsを超えていればHD解像度に、それ以下ならSD解像度(VGA)に、といった具合。ただし、表示品質はユーザー側が手動で変更することも可能で、自動、最低限、可、良、優という5つの中から選択できる。それぞれどんな設定であるかは明らかではないが、例えば品質よりも切れないことを優先したい時には「最低限」に設定し、回線速度が非常に高速なところでは「優」や「良」に設定にするといったことができる。
今回はソースとして東芝のREGZAチューナ「D-TR1」を利用した。D-TR1のリモコン設定は標準で用意されており、特に難しい設定なく利用することができた。サポートされているリモコンのリストは、製品サイトで公開されており、シャープ、パナソニック、ソニー、東芝、日立、ビクター、パイオニアなど主要メーカーのHDDレコーダやチューナなどが網羅されている。なお、この中になくても、リモコンコードを学習する機能も用意されているので、一通り学習させればとりあえず使えるようにはなる。
イーフロンティアでは、PC向けだけでなく、スマートフォン向けのクライアント(SlingPlayer Mobile)も提供する。iOS用とAndroid用があり、2月中旬から下旬にかけて発売される予定。今回は、Android用のクライアントを、NTTドコモのREGZA Phone「T-01C」にインストールしてみた。
残念ながら、モバイル用のクライアントは、SD解像度でのみ利用可能(もっとも携帯の液晶はみな解像度がSD程度なので、それで十分だが)だが、きちんと受信することができた。余談だが、筆者は自宅でもこのクライアントを使っている。T-01Cにはワンセグの機能が用意されているのだが、筆者宅の場合、浴室が建物の奥の方にあり、ワンセグの電波が届かない。T-01Cは防水なので、浴室でもTVを見るのに使いたいのだが、電波が届かないため、これまではこれができなかった。しかし、SlingPlayer Mobileと組み合わせることで、入浴時もTVを楽しめるようになり、非常に重宝している。
ちなみに、米国版のSlingboxには、Webブラウザベースのクライアントだけでなく、Windowsアプリケーションとしてプレーヤーソフトウェア「SlingPlayer for Windows」が用意されている。残念ながら日本語サイトでは、このソフトウェアは今のところ公開されていない。
ただし、Slingboxのシステムそのものは、英語版と共通になっているため、日本のユーザーでも、英語さえ苦にしないのであれば、利用することは可能だ。実際、筆者も自分のPCにインストールして使っているが、いちいちWebサイトにアクセスする必要なく再生できるのは便利だ。もちろん、イーフロンティアの保証対象外の使い方ということになるので、自己責任で使うことになるが、興味があるユーザーはこちらも試してみるといいだろう。
また、このSlingPlayer for Windowsでは解像度やビットレートの設定をより詳しく設定することが可能になっている。解像度は自動以外にも1,920×540ドット(1080i)や、640×480ドットなどに自由に変えられ、ビットレートも自由に設定できるようになっている。
●ソニー製ロケフリの代替として唯一の製品
以上のように、Slingbox Pro-HDは、ソニーのロケフリが生産終了した後で代替機を探していたユーザーにも、これから新しくロケフリのような機器が欲しいと思っているユーザーにもお奨めできる。というより、今のところ日本市場で購入できる唯一の存在と言ってよい。すでにロケフリや従来のSlingboxを持っているというユーザーであっても、HD解像度に対応していると言うことは大きな魅力の1つになるだろう。
これまで、筆者のように個人的に輸入して使っていたというユーザーも少なくないと思われるが、今回、イーフロンティアが正規代理店として扱うようになったことで、日本で販売されているHDDレコーダやTVチューナなどのリモコンデータが追加されているだけでなく、視聴環境も日本語化され、英語が苦手な人でも使えるようになった点は評価していいだろう。
日本のデジタル放送は、著作権保護をガチガチにしてしまったため、ユーザー側での自由度が低くなってしまったことが、その魅力を低くしてしまっている。広告で成り立っているTVのようなシステムは、観てもらってナンボなのだから、自宅にいなくても回線さえあればいつでもどこでも観ることができるSlingbox Pro-HDのようなシステムは、むしろTV局の関係者こそ大歓迎していいモノだと思うのだが、いかがだろうか。
(2011年 2月 15日)