武蔵野電波のプロトタイパーズ

伝説の編集者が蘇らせる古のパソコンを見た

 今回の取材は少し緊張しました。なぜなら、吉崎武さんは我々が20代のとき所属した雑誌編集部の初代編集長であり、当時すでに伝説の人物だったからです。「I/O」、「アスキー」、「ログイン」の創刊に関わり、新しい小さなコンピュータの可能性を追求した、黎明期のキーパーソンです。

 吉崎さんは今、独自のパソコンを作り、世に送り出そうとしています。その名も「Legacy8080」。いったいそれはどんなパソコンなのか? 八王子に設立された新会社「技術少年出版」にお邪魔して、詳しく見せていただきました。まずは動いている様子を動画でご覧ください。

【動画】吉崎さんのご尊顔は掲載不可とのことで、声のみの出演です。「Legacy8080」のごく基本的な操作を説明してくれています。このように、単体ではスイッチとLEDがユーザーインターフェイス(UI)となります
【動画】USBでWindows PCと接続することができ、そうすると文字ベースのUIが利用可能になります。この動画はBASICインタプリタ上で往年の名ゲーム「STAR TREK」を実行するところ。「LIST」や「RUN」を入力するとアドレスバスやデータバスの状態を表すLEDがチカチカします。美しい光景。この後、「遊んでいいですよ」と言われましたが、我々はSTAR TREKの操作方法を思い出すことができませんでした

 Legacy8080は、1970年代に一世を風靡したパーソナルコンピュータである「Altair 8800」や「IMSAI 8080」を現代に蘇らせるプロジェクトです。ただし、実装はかなり異なっていて、例えば当時は無かったUSBやMIDIを標準装備しています。

 どこが同じで、どこが違うのか、それを追っていくことで吉崎さんの考えが分かってくるでしょう。その前にまず、Altair 8800とIMSAI 8080の説明をしないといけませんね。ただ、我々はこの世代のマシンのことをよく知りません。Altair(吉崎さんは「アルタイア」と発音してました)の名は、大学生のビル・ゲイツとポール・アレンがBASICを移植し、Microsoft創業に繋がった、というトピックだけを記憶しています。IMSAI(イムサイ)は1983年の映画『ウォーゲーム』で主人公の愛機だったことから、そのルックスは覚えていました。この記事の作成にあたって、2013年にリリースされたウォーゲームのBD版で観直したのですが、フルセットのIMSAIがハッカーの強力な道具として描かれています。

 IMSAIはAltairの互換機で、どちらもCPUはインテルの8080です。より詳しい仕様については、Wikipediaを参照してください。

Altair 8800 - Wikipedia
IMSAI 8080 - Wikipedia英語版
Intel 8080 - Wikipedia

 ここではもう少し、吉崎さん所有のIMSAI 8080を紹介します。

吉崎さん所有のIMSAI 8080。2台購入した内の、ほとんど使わず保存していた1台とのこと。酷使したもう1台はスイッチ等がぼろぼろになってしまったそうです。上面パネルがありませんが、これは放熱のため。開けっ放しが基本とのこと。確かに映画でも開いてました
フロントパネル。大型のスイッチとLEDが並びます。ちょっとだけオンオフさせてもらいましたが、パシンパシンと心地よい感触。電源回路が寿命に達していて起動は不可能でした。LEDの色はすべて赤だそうです
オーディオ機器のような電源部。カタログ値は120V 28A。正確な重量は分かりませんが、とにかく重いパソコンです
S-100と呼ばれる100ピンの拡張バスに拡張ボードを追加していって自分好みに仕上げます。吉崎さんのIMSAIにはびっしりとボードが詰まってました
メモリ(RAM)ボード。8KB×8枚。発売当時はこれだけで100万円を超えたそうです。パラレルポート、AD変換などのボードを揃え、FDDやターミナルを繋ぐと数百万円コース。マイコン少年垂涎の的だったことでしょう
ボードはすべて部品キットで購入し、吉崎さんが自分でハンダづけして実装したもの。写真は拡張ボードを延長ボードに載せてデバッグするときの様子を再現してます。ボード上のLEDはこういうときに役立つわけですね

 手ハンダの跡、ボード上を飛び交うジャンパ線、そして膨大な数の汎用ICを見ると、当時のユーザーたちの情熱が伝わってきます。そして、コンピュータがどのように成り立っているのかが、大粒な部品を通じて見えてきます。

 吉崎さんがLegacy8080で再現し伝えたいと思っているのは、こうしたものづくりへの情熱とコンピュータの基本的な構造に対する知識。IMSAIを吉崎流に復活させることで、'70年代の若者たちが通ったコンピューティングへの道を、もう1度少年少女たちが体験できるようにすることが目標です。

 それでは、Legacy8080の各部を見ていきます。IMSAIとどこが同じで、どこが違うのでしょうか。

IMSAI 8080とLegacy8080の試作機を並べてみました。シャーシの幅は同じ。重量は全然違い、Legacyもがっしりしたアルミシャーシ入りですけれど、持ち比べるとだいぶ軽く感じます
前面のレイアウトは同じ。スイッチの数も同じ。ただし、一部のスイッチとLEDの機能が異なります
UIの違いはこのあたりに集中してます。例えば、CPUスピードを表すフルカラーLEDや、ステップ動作を指示するスイッチはLegacyの独自仕様。オートステップ(AUTO STEP)にセットすると、毎秒2ステップずつCPUが動作するので、状況をゆっくり観察することができます
こちらは裏面。用途がすぐには分からない端子と見慣れた端子が混在しています。電源は5V 2Aの小さなACアダプタ。消費電力がIMSAIよりも圧倒的に小さいので、シャーシは閉じたまま運用できます
2つのD-SUBコネクタはシリアルとパラレル。USBはWindows上で動作する専用ターミナルプログラムとの接続が主な用途。SPはスピーカー端子です。映画ウォーゲームではIMSAIが流暢に喋ってましたが、この端子は汎用入出力ICの82C55に接続されています。ディップスイッチの説明がシャーシに印刷されている親切設計
MIDI端子があります。右端のスロットには2枚の拡張ボードを内蔵可能。S-100バスではなく、一般的なユニバーサル基板をパラレルポートにつなぐ方式です。ここに音源ICを実装しMIDIでコントロールすればシンセサイザのできあがり。吉崎さんはLegacyの活用方法の1つとして、オリジナルシンセの自作を想定してます
19インチラックサイズのLegacyは楽器用のケースにぴったり
ラックに入れず、そのまま設置したときにも、いい感じの角度がつくよう、シャーシの足は積み重ね式。前側の足は2段、後ろ側は1段というように高さを変えることで、好みのアングルにセットできます
メインボードを見てみましょう。まず上面パネルを外します
メイン基板は完成状態で出荷されます。ゆとりのあるレイアウト
CPUはザイログZ8S180(日立製作所のZ80上位互換CPU「HD64180」のライセンス生産版)。クロックは、2MHz、4MHz、10MHzから選択できます
サブ基板上のメモリは表面実装部品。容量は512KB。シャーシ内に単3電池ホルダー(3本用)があって、このメモリは電源オフの間もバックアップされます

 さらに詳しい仕様については、技術少年出版のサイトを見てください。

 我々は一通りLegacy8080を見たあと、IMSAI 8080とはだいぶ違うと感じました。「復刻版」という印象は薄まって、かわりに、シンプルさを追求した新しい自作用マイコンというイメージに変化した気がします。Z80互換CPUを使いこなすのは大変そうだという心配もあったのですが、それはBASICが用意されていることで払拭されました。そして、70年代風のゆとりある筐体とフロントパネルの魅力に心動かされたのです。吉崎さんによれば、「20年から30年、願わくば40年くらい」使い続けられるようハードウエアを設計したとのこと。

吉崎さんがもっともこだわったのはスイッチ。IMSAIと同じフジソク製。「長い間生産されていなかったものを、頼んで作ってもらったんです。部品代はスイッチが1番高い」とのこと。剛性を確保するため鉄の補強板にマウントしてあるのですが、この鉄板も高コストなため、基板に直接取り付けたタイプも検討中とのこと。触ってみたところ、両者のフィーリングは微妙に違いました
IMSAIのLEDは柔らかい赤色。それと同じ傾向のLEDが見つからなかったため、LegacyのLEDは先端が平らな拡散タイプを採用。四国の工場に特注とのこと
Windows用のターミナルプログラムが用意され、USB経由でLegacyに入ることができます
冒頭の動画にあったようにSTAR TREKをプレイ中の我々。BASICのコマンドはだいたい覚えてますが、STAR TREKまではムリでした。技術少年出版でマニュアルを準備中のようです

 Legacy8080の商品構成と価格が4月に入って発表されました。取材は冬の間に済んでいたのですが、値段がまだ決まっていなかったため(吉崎さんはずいぶん価格設定に悩んだようです)、記事は保留にしていた次第です。

 発表された価格は次の通り。

エンタープライズモデル(EIAラックマウントケース)
スイッチ補強板取り付けタイプ
セミキット E-80-SKQ159,000円(税別)
完成品 E-80-FPQ162,000円(税別)
スイッチ基板取付けタイプ
セミキット E-80-SKV149,000円(税別)
完成品 E-80-FPV152,000円(税別)
エデュケーションモデル(中身が見えるシャーシーケース)
スイッチ補強板取り付けタイプ
セミキット E-70-SKQ109,000円(税別)
完成品 E-70-FPQ112,000円(税別)
スイッチ基板取付けタイプ
セミキット E-70-SKV99,000円(税別)
完成品 E-70-FPV102,000円(税別)

 セミキットは自分で組み立てるケースと完成基板のセットで「DOS/V PCの組み立てと同程度の作業」とのこと。

 受注生産のため、納期は注文から4週間。吉崎さんはたくさん売るつもりがないようです。何台売れるか分からないとも。では、そもそも、どうして吉崎さんは作ろうと思ったのでしょうか? それを質問すると「アスキーをやっていた頃から、自分のIMSAI互換機を作りたかった」という答え。それなら、どうして2014年の今まで実現しなかったのでしょう?

 作りたいと思いながら他の仕事に時間を費やす日々を過ごしていた吉崎さんが「今こそ作る」と決心したのは、スティーブ・ジョブズの訃報に接したときだそうです。「同世代のジョブズが亡くなって、とても悲しかった。彼はやりたいことは今すぐやれ、というようなことをよく言っていたけれど、自分もそう思う気持ちが強くなったんです。若い頃、ジョブズやビル・ゲイツは身近な存在でした。業界は小さく、気軽に会うこともできた。その頃の体験を、まだ元気なうちに形にしておきたいという思いもあります」。

 吉崎さんにとってLegacy8080はより大きなプロジェクトの一部で、ほかには、マイコン雑誌の発行や図書館・博物館の運営などを考えているようです。その図書館には、アスキーの創刊号からのバックナンバーや古いコンピュータ関連の技術書が並ぶ予定。我々はそのうちのごく一部を見せてもらいました。普段どちらかというと昔のことをあまり懐かしがらない我々ですが、しばし懐古の情にとらわれました。

1978年の月刊アスキー。創刊1周年記念号の表紙は宇宙戦艦ヤマトと当時人気のパソコン。IMSAI 8080もありますね
手作り感覚満点の記事
奥付を見ると、編集・発行人が西さん、編集長が吉崎さん、「業務」が郡司さん、「出版」という肩書きで塚本さん(インプレスホールディングス・ファウンダー最高相談役)の名前がありました

(武蔵野電波)