iPadのSIMロックに思うこと



iPad

 あまりにもiPad/iPhone関連のコラムが多かったので、今週こそはパソコンの記事をと考えていたのだが、iPad 3Gの日本での扱いがソフトバンクになった事で少し考えを変えた。今年はコンシューマ向けのPC技術を持つ企業の多くが、スマートフォンやスレート型コンピュータに向かっており、どうしても話題は先行するアップルに集まりがちだ。

 さて、日本でのiPad発売に際して、3G通信機能を内蔵したモデルにSIMロックがかかった事に対して、批判の声が大きく上がっている。私はこの件に関して強く非難する気持ちはない。

 iPadが日本でどのぐらい売れるのかは、まだよく解らない。予約分は完売との情報もあるが、しかし日本への割り当て台数や、初速以降の売り上げがどうなるかは、まだよく解らない。そうした中でソフトバンクが良い条件を出すならば、アップルがSIMロックを許容したことは不思議ではないからだ。今後、iPadが行き渡って、さらに次の普及フェーズに入る際には、SIMロックを外す必要が出てくると思うが、まだそこまでの段階には進んでいない。

 しかし、ソフトバンクについては、いくつかの点で不信感を憶えた人もいるかもしれない。なぜなら、従来同社が主張してきた事との矛盾があるからだ。

●“SIMロックを外すと端末価格は4万円高くなる”

 ツイッターで積極的に発言をしているソフトバンクの孫正義氏は、SIMロックフリー化について、SIMロックを外す事で端末が4万円高くなり、また端末が売れなくなると発言し、総務大臣の原口氏に民間の経済活動に対して規制をかけないよう訴えた。

 この4万円というのは、通信事業者が回線契約を獲得した際に販売店に支払うコミッション分と考えるといい。また日本市場向けに設計されている端末の開発費は、半分は携帯電話会社から出ているそうだから、それによって端末が安く仕入れられているとすれば、その分も価格に反映されているかもしれない。

 ここではその詳細に突っ込むつもりはないが、端末の価格というのは、開発費、材料費、製造原価、流通マージン、宣伝費、それに見込み販売台数などで決まるものであって、SIMロックか否かで決まるものではない。店頭での価格が安い(あるいはゼロ円)とするなら、差額分は誰かがどこかで回収しているか、誰かがどこかで損をしているか。その2つしか可能性はない。

 通常の携帯電話の場合は、開発費負担やコミッション分、あるいは回線契約をしてくれている間に使うだろう、各種サービスの見込み利益などさまざまな要素が絡んでくるので、どこからどこまでが通信料金で、どこからどこまでがハードウェア、あるいはネットサービスの利用料なのか、コスト構造は見えにくい。

 しかしiPadの場合、3Gを内蔵するといっても、それはPCに3Gを内蔵しているのと大きな違いはないので、コストの構造はより透けて見えやすい。そのiPadでの料金プランを見て驚くのは、孫氏の発言とは裏腹にSIMロックがかけられていても、iPad本体の価格は安くなっていないことだ。

 iPad Wi-FiとiPad 3G(プリペイドプラン)の現金販売価格差は同一容量ならば13,000円。これは米国で発売されているSIMロックフリー版のiPadの差額(130ドル)に極めて近い(むしろ現時点での為替を考えるとやや割高)。

□ソフトバンク iPad販売価格一覧表
http://mb.softbank.jp/mb/ipad/price_plan/chart/

 iPad 3Gをデータ定額プランで購入する際は、3,480円の割引があるのでその差は1万円を切るが、SIMロックをかけられたまま2年間はずっとソフトバンクが回線契約を持ち続ける事を考えれば小さな額と個人的には感じる。少なくとも“4万円高くなる”という事実はない。

 さらにiPad専用データ通信プランを見ると、通信量無制限で4,410円。これ自体はiPhoneを標準プライスプランで購入した際のパケット通信料金と同じだ。ここからiPadの月月割の1,500円を引いて2,910円が実質負担額となる。これは2年間で36,000円引いているのと同じ事だから、本体価格が安い分と合わせて、やっぱり4万円安いんだなぁと思う読者もいるだろう。

 それに分割払いなのに利息が付かない? いやいや、それもどこかの料金に潜り込まれていると考えるべきだ。3G回線を使わないWi-Fi版は6~8.5%の分割手数料がかかる。それがどこかに消えて無くなるなんてことはない。

 毎月の料金に関しても、ここはもう一段、深く考えておく方がいい。

●月月割は本体の相当額を安くする?

 iPad向けの料金プランではデータ通信以外のサービスを一切必要としない。無線LANスポットの料金は無料だが、これはiPhoneの場合と同様で3G回線の混雑を回避する手段なので、むしろソフトバンク側からすれば“タダでも使って欲しい”ものなので、ここでは考慮しないことにする(余談だがWi-Fi版にも無料でソフトバンクの無線LANスポット利用権が24カ月分付属する。こちらの根拠はよく解らない)。

 データ通信だけならば、1つのベンチマークとして日本通信のb-mobile SIM U300がある。これはNTTドコモのFOMA回線を使ったもので、帯域上限が300kbpsに制限される代わりに毎月約2,500円相当のプリペイドという契約形態。実際にこのSIMカードで通信速度を計測してみると、ほぼコンスタントに300kbpsが出ており(場合によっては若干それを超えている時もある)実用上の問題は無い。

 つまり、データのみの使い放題の価格として、2,910円というのは特別安いわけではないと言えるだろう。確かに帯域制限はかかっているが、実際にiPad向けの3Gサービスで、どの程度の平均速度が出るか? というと、b-mobile U300を平均で上回らない可能性もある。

 たとえば、携帯電話端末でのデータ通信速度調査によるとソフトバンクの3G回線は平均150kbpsのダウンロード速度しか出ていない。また一般的な使用可能エリアの問題だけでなく、大都市圏を除くと県庁所在地でしかHSDPAの高速通信に対応していないという弱みもある。

 また、2年経過した後、さらにデータ通信サービスを利用したい場合は、本来の4,410円を支払わねばならない(その頃には安くなっているかもしれないが)。また、iPhoneの場合は1,029円から4,410円への2段スライド料金だが、iPadを使わない月があったとしても必ず上限料金が必要になることも考慮した方がいいだろう。

 どう判断するかは皆さん次第だが、iPad 3GはSIMロックされている一方、ユーザーへのインセンティブはないと言っていいのでは? というのが個人的な結論だ。

●ユーザーはSIMロックフリーを求めていない?

 以前、SIMロックフリーに関してソフトバンクの松本徹三氏と話をした際、松本氏は「SIMロックを外したいというのは海外ローミング料金が高いという方など、ごく一部でほんの2~3%しかいない」と話していらした。松本氏自身が書いている記事でも、同様の内容がある。携帯電話端末に関して言えば、スマートフォン以外の機種において、それは正しい数字かもしれない。

 しかしデータ通信にしか使わないiPad 3Gの場合は、話は別ではないだろうか。iPadには電話機能はない。自宅や会社などでは無線LANで使う機会が大半だろう。Wi-Fi版が存在することからも分かる通り、3G回線はあくまで利用スタイルに合わせたオプションだ。

 iPadの販売権をソフトバンクが獲得するためには、それなりのリスクをソフトバンクも支払っている(例えば一定期間の販売数に関して一定数量を担保するなど)のだろう。しかし、独占するのは構わないが、ユーザーに不利益が及ぶような施策は最終的に支持を得られないのではないか。

 さまざまな批判を受けてか、孫氏はツイッター上で国際データローミングの定額プランを検討開始すると発言した。具体的な枠組みや料金は発表されていないが、SIMロックされていても定額で海外データ通信ができるならば不満はないはずと考えているのかもしれない。

 しかし前述した通り、iPad 3Gにはユーザーへのインセンティブはほとんどなく、一括払いするか、分割ローンで購入するかの違いしかない。つまり端末の代金を個々に全額支払っている。これでSIMロックがかかるというのは納得行かないというのが、実際に購入する側の気持ちではないだろうか。

 ちなみにSIMロックがかかっているiPadは、今のところ日本のみ。英国でもかかる可能性が指摘されていたが、実際にはSIMロックはかかっていない。

●アップルはよくよく考えるべきだ

 筆者の意見はソフトバンクに対して厳しすぎるという指摘も頂いたことがある。もちろん、NTTドコモに何も言うことがないかと言えば、書きたいことは山ほどあるが、ソフトバンクの場合は少々目に余るのではと感じている。

 データ通信サービスのみの販売となると、回線の品質と料金がストレートに評価されることになる。たとえば前述したb-mobile SIM U300と、筆者が使っているiPhone 3GSの状況を考えると、前者の方が明らかにパフォーマンスが高く、繋がりやすいと感じる。おそらくSIMロックがかかっていない機器を使う場合、私は前者を選ぶだろう。

 しかしソフトバンク3Gのパフォーマンスと価格のバランスが改善されたなら、ソフトバンクへと乗り換えるに違いない。それが競争というものだ。ソフトバンクの3G回線がパフォーマンスと価格のバランスにおいて他社に勝るというのであれば、本来、SIMロックは必要ではない。

 アップルは夏に発売する次世代iPhoneに関して、熟慮すべきだろう。このタイミングでは既に販売方法は決まっている可能性が高そうだが、すでに普及が進み、スマートフォンの分野で圧倒的なナンバーワンとなっているiPhoneは、iPadとは事情が異なる。

 スマートフォンは携帯電話のデータ通信回線を、単なる“土管”としてしか使わない。ただの“土管屋”ではやっていけないという声もあるが、事実、土管としてしか使っていないのであれば、そこでの競争を促すために選択肢を増やすしか、iPhoneのさらなる爆発的普及は望めないだろう。今やスマートフォンのライバルは、どんどん完成度を高め、年末までにはさらに製品の改善と参入者の増加が見込まれるのだから。

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(2010年 5月 14日)

[Text by本田 雅一]