日本HPが「MADE IN TOKYO」をノートPCにも拡大する理由



日本HPの昭島事業所

 日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は6月17日、東京都昭島市にあるPCの生産工場で、ノートPCの生産を8月から開始するとアナウンスした。納期短縮が主な目的だが、一方で東京での生産は中国に比べ人件費が高くなる。PC 1台あたりの人件費(生産効率の高さは織り込まれている)は、日本HPの試算では4倍となる。

 たとえ人件費が高くとも、東京生産とした方が利が大きいとする理由はなんだろうか。

 日本HPは1997年に東京都あきる野市で一部のPC製品の生産を開始。その成果やノウハウを得て、2003年1月、昭島市に現在の昭島工場を設立した。これら東京生産に関連した話は、東京生産10周年となった2009年に書かれた本誌記事を参照いただくのがいいだろう。

 この記事の中でも言われているように、これまでも日本HPは消費地に近い東京で生産する事で納期を短くできるだけでなく、コストも安いと主張してきた。では、なぜ今までノートPCは東京生産ではなく、デスクトップ、ワークステーション、サーバーなどコンポーネントのサイズが多く、組み付けが容易な製品に限られていたのだろうか。

 実はHP製ノートPCの東京生産は、7年前から検討を続けていたそうだ。どの程度のレベルの現地組み立てなのかも含め、日本HPに話を聞いてみた。


●東京生産にこだわる第1の理由は納期、次に品質

 日本HPが東京生産を始めてから、7月には12年が経過する。その間、デスクトップ、ワークステーション、サーバーの生産が立ち上がっていたのは前述した通りで、シェアも増加を続けてトップシェアを争うようになり、当初は企業向けだけだった東京生産モデルも、2007年からはコンシューマ向けモデルも扱うようになった。

 ではなぜノートPCは東京生産にならなかったのか? というと、実は工場側の理由ではなく「ワールドワイドでの戦略によるものでした」と、パーソナルシステムズ事業統括コマーシャルビジネス本部モバイルビジネス部・部長の砥石修氏は話す。

左が清水氏、右が砥石氏

 「昭島工場での生産がうまく行っている実績があるため、同じ手法でノートPCも可能だとは考えていました。しかし、本社の意向として、ノートPCは一括して中国で生産することで台数を固め、スケールメリットを極限まで引き出す方針があります。その壁を破ることが難しかったのです」(砥石氏)。

 ノートPCの場合、デスクトップなどと比べ、高い生産スキルとノウハウが求められる。日本ならばノートPCの生産に支障はないだろうが、日本での現地生産を認めれば、他地域の現地法人が地元での生産を主張しはじめる可能性がある。日本だけ特別対応はできない、というのが従来の主張だった。

 しかし「日本は特殊なんです」と、パーソナルシステムズ事業統括PSGサプライチェーン本部・本部長で、昭島事業所長も務める清水直行氏は主張した。では何が特殊なのか。それは「顧客の求める要素。そこが他国とはかなり違います」(清水氏)という。

 「東京生産にこだわる理由。それは納期と品質に集約されます。今回、我々はノートPCを5営業日で届けると発表しました。発注した日が1日目、間の3日で生産とテスト、梱包、発送処理などを行ない、5日目には配送される。おおよそではなく、5日目には使えることがハッキリしている。そこにはこだわっています」(清水氏)。

 品質面の利点は、単に着荷不良率だけの問題ではない。品質管理を徹底していても、完璧はない。使用している部品に問題が出る可能性もあれば、発注時の構成が間違っていたということも可能性はある。納期が長いほど流通に溶けているPCの台数が多いことは自明なので、当然、リスクは高まる。機動力を失い、求められる製品をきちんと届けられない可能性が出てくる。

 一方、消費地に近い場所で生産することで納期を短縮すれば、機動力が高まり、トータルの品質を管理しやすい。また、現実的な問題として、海外に工場がある場合は日本語でのコミュニケーションがしにくいという問題もある。なぜなら、各PCのインストールイメージを顧客ごとに管理する場面などでは、細かな指示や打ち合わせを母国語同士で通訳を介さずできた方がいいという話に疑いの余地はないはずだ。

 「現在、企業向けPCに力を入れているメーカーなら、“このPCはこの会社の○○さん向け”といった、ピンポイントにソフトウェア設定までを行なって出荷しています。もちろん、我々も対応していますが、顧客企業ごとにインストールイメージが違うだけでなく、利用者の職種や役職など条件による違いなどもあります。そうした細やかな注文に確実、かつ素早く対応するには国内生産でなければ難しい」(清水氏)。

 日本のPC市場は成熟しているが、かといって絶対数で言えば大きな市場だ。その日本でのニーズを満たすために、ノートPCの現地生産という特別対応が認められた。


●東京生産の方が安く上がるのはノートPCでも同じ
トータルサプライチェーンコストの比較。この画面を表示しているEliteBook 2540pの後継モデル、EliteBook 2560も、昭島でB2B向けに生産されるモデルの1つ

 一方、多くの方が“本当に?”と疑問形で考えているのが生産コストの問題だろう。東日本大震災以降、海外への工場移転などを検討している日本企業が増加していると報道されている中、外資系企業の日本HPが国内生産比率を上げていくというのだから。

 清水氏によると、企業向けのノートPCは特別な場合(納期が長く、さほど複雑なカスタマイズもしない場合など)を除き、8〜9割を東京生産にしていく方針という。ケースバイケースだが、8〜9割のケースにおいて東京生産の方が安くなるからだ。

 では、1台のPCを作る際に必要な人件費が4倍という日本で生産する方が安価という理由は何だろうか?

 「競合他社と戦っていくためには、サービスや品質、納期で大きく負けることはできません。しかし納期を短くしようとすると、輸送に飛行機を使う事になるため物流コストが高くなります。さらに生産設備コスト。この中には、長いサプライチェーンの中で何らかの問題が発生し、再作業しなければならないといった事例も含まれています。前述したように、輸送途上の製品が多くなれば問題への対応速度も遅くなり、特別な対応をせざるを得ません。さらに昭島工場は、HPが持つ中国の工場に比べ1人当たりが必要とする作業面積が半分なことも無視できません。そうしたさまざまなコストを積み上げると、東京生産の方が安くなるんです。安くならないケースもありますが、そうしたものは中国で生産します」(清水氏)。

 このほか、試行錯誤の中でラインの開発を進め、同じ作業台でノートPCとデスクトップ、サーバー、ワークステーションに対応できる柔軟性も持たせるようになった。

 現状でも日本の方が安いが、東京生産のノートPCが増えてくれば、その分、スケールメリットも出てくるため、さらに安くなる余地がある。

 ちなみに日本での組み立てが、どのレベルで行なわれているかだが、8月の段階では液晶パネルが組み付けられたベースユニットに、光学ドライブ、HDD、メモリ、プロセッサ、無線LAN、キーボードなどをCTOによるオーダー通りに組み込む。つまり、液晶ディスプレイ、電源配線、マザーボード以外は、昭島工場でCTOの内容に応じて組み付ける。次の段階として、早い段階で液晶パネルも現地で異なる仕様の部品を、組み立てラインの中で行なう予定だ。

 ちなみに通販サイトのHP Directplusは、昨年(2010年)はじめごろは12営業日で届くとされていた。しかし、2週間しなければモノが届かないというのは厳しい。昨年途中から10営業日に短縮されたものの、さほど実効性はなかろう。しかし、半分の5位営業日となるとインパクトの大きさが違う。


●コンシューマPCにも利点は大きい

 さて、このように利点が多いとされるPCの東京生産だが、一部には「東京都が東京都産の納入を優遇する方針を示していることなどへの対応ではないか」といった声も聴かれた。

 しかし、これに関して砥石氏は「具体的な納入案件の中で、東京生産が有利になるケースは経験していません。官公庁は資産管理タグを最初から貼り付けて出荷してほしいなど、特殊な要望が多いため、近い場所で生産することで柔軟に対応できる利点はあるでしょう。しかし、それは他の顧客でも同じです」という。

 また、すでに投資を回収したと思われる昭島工場だからできるのであり、今後、国内のシェアが増加した場合にも、既存工場への追加投資や新たな工場建設などの投資を行なえるのか、という疑問もある。しかし、清水氏は「問題ありません」と明確な口調で応えた。

 「今回、ノートPCの東京生産発表と同時に、工場の生産キャパシティを1.5倍に強化したことを発表しました。これはノートPC生産開始を見込んで行なった投資で、ノート型、デスクトップ型を問わず、日本向けの出荷が増えれば随時、キャパシティを増やしていきます。使い古しの償却資産を用いてコストをカットしているわけではありません」(清水氏)。

 一方、コンシューマ向けノートPCは、8月の段階では生産は行なわれない。しかし、年内にもスタートさせる計画だ。一般流通に流す製品は納期が多少長くとも問題ないため、中国生産と東京生産をケースバイケースで組み合わせ、市場に供給していく。

 徐々にではあるが、東京生産のモデルを増やしていくことで、ダイレクト販売で購入する個人顧客に対しても短納期化の利点を提供する。購入する側からすれば5日と10日は大きな違いだ。10日ならば翌週まで製品が手に入らない。5日間で手に入るならば週末に購入すると平日のうちには自宅に製品が届く。

 そしてなにより、価格面の利点が個人向けとしては魅力だろう。絶対的な価格がさらに安くなるというよりは、コストダウン分だけ良いパーツを組み付けられるようになり、スペック向上という形で、その成果を還元できる。

●生産地と消費地の距離

 生産地と消費地は近い方がいい。この考え方は基本的に正しいが、しかし、それにしても日本の人件費が高いため、国内で生産するよりも、海外工場の建設や海外パートナーからの調達の方が良いというのは、半ば常識のように言われてきた。

 実は日本HPの説明では「同じビジネスモデル(納期、カスタマイズ範囲、品質)ならば」との注釈があるため、実際に商品全体の計画を立ててみると、日本の方がやはり高かったということもあると思う。ベストな選択肢は、些細なことでも大きく判断に影響し、実際の最適な選択肢も変わるものだ。

 昭島工場のグラフも、条件を変えてみると別の結果になるのかもしれない。

 とはいえ、それでも日本HPの事例は興味深い。清水氏は最終的な目標を「デスクトップ/ワークステーションで可能にしているオプションのサービスは、その全てを日本でも提供することです」と話す。

 いやいや、もっと欲を出して、日本発の提案を日本HP昭島工場から発信するというのはいかがだろう。昨今は、製品がある程度固まってから生産ラインへの実装を考えるのではなく、設計の初期段階から生産性に関して現場の意見を聞きながら進めていく設計に、日本のPCメーカーは取り組んでいる。昭島工場の潜在力を引き出せれば、短納期、低コストといった特徴の、さらに先にある新しい看板も見えてくるだろう。

 今後も日本での生産比率を高めたいと話す、日本HPに注目したい。

【お知らせ】本田雅一の週刊モバイル通信は、今回が最終回となります。長年のご愛読ありがとうございました。

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(2011年 6月 30日)

[Text by 本田 雅一]