大人気VAIO Xの売れ行きが示す“日本だけ”の特殊事情



 今回のコラムはずいぶんとタイトルに悩んだが、結果このようなカタいタイトルになってしまった。もっとも、長ったらしいタイトルに比べ、話の筋はシンプルだ。Intelが考えるモバイルプロセッサのロードマップ(=市場形成のシナリオ)が、日本でのトレンドとはかなり乖離してきたという話である。

 もちろん、これまでにも“日本だけ”の特殊事情はあった。世界的に見てモバイルPCが売れ始めたのは2003年以降に公衆無線LANをはじめ、出先でのインターネットアクセス環境が整ってきた後の事。現在でも比較的小型軽量なノートPCは日本でウケると言われているが、同様にアジアや欧州でも受け入れられている。背景としてはIntel自身が、市場拡大を狙ってモバイルPC向けプロセッサのロードマップを引いてきたこともある。

 しかし、今回はちょっと事情が違う。プロセッサコアの位置付けとビジネスプランに大きな影響のある話だからだ。

●人気モバイルPCを支えたMenlowプラットフォーム
ソニー「VAIO X」シリーズ

 ご存知のように超薄型軽量モバイルPCのVAIO Xが発売されるや、ソニースタイルのVAIO Owner Madeサイトは慢性的な高トラフィックに襲われ、まるで日韓ワールドカップ時のチケット購入サイトの如く、まともに購買できない状況が続いた。

 それでも、執念で購入ページをリロードし、発注できた人は運が良かった。あっと言う間に年内の予定数を売り切ってしまい、部品不足から納期が12月下旬というあり得ない時期で案内されるようになったからだ。

 その後、不足していた部材の調達に目処が立ち(特定の部材ではなく、CPU、SSD、WiMAXモジュールなど多岐にわたるパーツが不足したという)11月中旬に製品が届くようになった(それ以前に12月納期で案内されていた購入者の納期も期日指定配送を指定していない限りは繰り上がる)。

 購入サイトのトラブルは、どうやらソニースタイル側のサーバーシステム構成やパフォーマンスに問題がありそうだが、部材調達の見誤りは相当深刻で、ソニー本社広報経由で聞いた話では、想定していた4〜5倍の発注がオンラインで舞い込んだのだとか。

 こうした大手メーカーの場合、製品開発を行なう会社(この場合はソニー)と各国で製品を流通させる販売会社(この場合はソニーマーケティング)は明確に分かれていて、どのぐらい販売会社が製品を引き受けるかは現地の販売会社が判断する。日本では昨年末のVAIO type Pがヒットしたのだから、充分にVAIO Xのヒットを予測できそうなものだ。

 type Pがかなりクセの強い(AV機能と小さいが高解像度なディスプレイ)構成だったのに対しVAIO Xはひじょうに生真面目にシンプルな道具としての良さを追求した製品だから、type Pの2倍は売れるんじゃないか? と勝手に想像していたのだが、ソニーマーケティングはそう考えなかった、ということのようだ。

 と、かなり脱線気味に話を始めたが、VAIO X、type Pだけでなく、富士通のLOOX UやNECのVersaPro UltraLite タイプVSも含め、日本ではAtom Zシリーズを用いたモバイルPCという、Intel自身が意図していなかった市場を生み出している。

ソニー「VAIO type P」 富士通「LOOX U」 NEC「VersaPro UltraLite タイプVS」

 Atom Zシリーズが本来目指していたのは、モバイルインターネットデバイスと呼ばれる小型軽量のネットアクセス端末のCPUとしてAtom Zを用いるMenlowプラットフォームによって、本来はウィルコムD4のような製品を生むことが意図されていた。

 ところが意外にもMenlowプラットフォームを流用してノートPCライクな製品を作ったら、これが予想を大きく超えるほど人気製品になってしまった。

 しかし、VAIO Xに限らずMenlowを使ったノート型のPCは、Intelが意図せずに生まれてきたものだ。そしてIntelは、どうやらMenlow後継プラットフォームをノート型のPCに使う事をあまり望んでいないようだ。

●ノートPC進化のシナリオにAtomは存在しない

 もっともIntelが考えているAtom Z系プロセッサの用途は、あくまでも小型情報端末向けであり、ノート型コンピュータは現時点で一時的に存在していたとしても、将来のビジョンには入っていない。

 その話は後述するとして、では小型軽量のモバイルPCは、どのようなプロセッサ(あるいはプラットフォーム)でカバーしていくのだろうか? というと、大きく分けて2つの方向性がある。

 いわゆる廉価版のネットブック系にはAtom N系プロセッサが今後も使われていく。もちろん、性能は高くないし、バッテリ駆動時間も長くは期待できないが、低価格という切り札があるから、このカテゴリは今後も現在の位置をキープし続けるだろう。バッテリ持続時間やパフォーマンスが重視される市場には、超低電圧版(ULV)プロセッサを使ってもらえば、優れた製品をメーカーが生み出してくれる。

 確かに性能やスペックの面ではULVプロセッサで用は足りるのだが、ULVプロセッサというのは、通常電圧をかけてやれば高クロックでも易々と動く選別品である。しかし、ご存知のように半導体は電圧が低くなると高速には動作しにくくなるので、超低電圧版プロセッサ自身の動作クロックは遅くなる。しかも、本来は高い値段で売れる高クロック動作もできるだろう質の高いものを選別して使っているのだから、値段も必然的に高くなる。

 だが、それではULVプロセッサを搭載した、本格的なモバイル指向の強いノートPCは商品力を保持できなくなってきた。動作クロック周波数では通常電圧版との大きな差(2倍程度)がありながら、プロセッサの購入コストは高い。パナソニックの新Let'snoteシリーズがULVプロセッサに決別し、通常電圧版へと切り替えたのは、ULVプロセッサはネットブックに使われているプロセッサより低いクロック周波数(もちろん実際にパフォーマンスはCore 2のULVプロセッサの方が上)なのに値段は高いという、ユーザーへの見え方の悪さ(それは実際にビジネスにも影響が出始めていた)が大きな理由の1つになっているという。

 おそらく、Atom N系プロセッサを用いた製品の価格圧力もあって、ULVプロセッサ搭載モバイルPCの事業スペースは、今後、どんどん小さくなっていく。コンシューマ向けの低価格ULVプロセッサ(いわゆるCULVプロセッサ)も登場しているが、これは動作クロック周波数をさらに下げて(とはいえAtomよりは高速)値段を下げたものだ。

 加えてIntelはCULVプロセッサを用いたノートPCのコストを下げるため、モバイルサブノートPC(東芝が言うところのネットノート、海外では超薄型モバイルノートPCなどと言われる)を構築するための共通部材の斡旋や設計ノウハウの提供を行なった。それによって、コンシューマ向けモバイルPCがカバーしていた市場も充分に救えると考えているようだ。

 実際にはCULVを搭載した製品は、低コストで仕上げなければ競争力を持てないため、軽量な先進素材や特殊な製造工程、軽量液晶パネルなどを用いる事ができないため、日本でのウケが良いモバイルPCは生まれにくい状況になっている。

●Menlowの先にあるのは、さらなる小型化

 さて、Intelプロセッサの動向に詳しい読者なら今さらかもしれないが、Atom Z系のプラットフォームは、2010年中頃のMoorestown、その翌年のMedfieldと続く予定だ。Moorestownに使われる予定のプロセッサがLincroftと呼ばれるものだ。

 Menlowに使われているAtomプロセッサ(Silverthorne)とLincroftの違いは、Lincroftの中にGPUやメモリコントローラが統合されている事だけで、x86コアの部分(Bonnellコア)に変化はない。製造プロセスも45nmで変わらない。

 GPUを統合した分、消費電力に余裕が出ればクロック周波数も若干は上がる可能性があるが、基本的にはほとんど変わらないと見ていいだろう。Intelはこの分野の製品パフォーマンスを引き上げていくのではなく、一定以上のパフォーマンスを保ちつつ、消費電力を下げる方向で開発しているからだ。つまり、現在Menlowで構成している日本では人気の高い小型軽量PCは、そのいずれもが来年になってもパフォーマンスが上がらないことになる。

 さらにその次の35nmプロセスを用いたMedfieldの世代になったとしても、さらにシステム統合度をあげてSoC(システムオンチップ。システムに必要な主要素をすべて1チップにしたもの)化され、さらに消費電力が下がっていく(それによってスマートフォンにも入っていく)というシナリオが描かれているため、やはりパフォーマンスは上がっていかない。

 Intelがこのプラットフォームの先に見ているのは、スマートフォンに代表されるユーザーが肌身離さず持ち歩くコミュニケーションツールであり、ノート型の汎用コンピュータではない。

 このあたり、日本のPCメーカーの商品企画、開発者はフラストレーションを溜めているようだ。「Intel CoreではカバーできないモバイルPCのエリアがあるのだから、デュアルコアのAtom Zを作ってくれれば、きっと優れたモバイルPCを作れるのに」とは、ある製品のプロジェクトリーダーの弁。しかし、Intelはそうは考えていないというのが現状である。

 Intelとしては、いわゆるパソコン然とした商品には、パフォーマンスの高低による価値観を色濃く残しておきたいという意図もあるのかもしれない。Atom Z系をベースにノート型コンピュータの集団が出来てしまうと、本来はCore 2やCore i5を買ってくれるはずだった顧客まで、Atom Z系に流れる。Atom Z系が目指す製品分野の開拓と関係のない分野に力を入れ過ぎて、描いていたシナリオに狂いが生じるのをIntel自身が望むことはない。

●メーカーが商品性を示せれば、Intelの立ち位置も変わる

 もっとも、全く望みがないわけではない。プロセッサの開発には時間がかかるため、すぐにロードマップが書き換えられるわけではないが、Intelは過去にも方針転換からロードマップを書き換えたことがある。

 現在、Menlowで開発されている各種モバイルPCが、Intel Coreプロセッサ搭載のノートPC市場を侵食する存在ではなく、独特の商品性の高さから(一般的なノートPC、モバイルPCとは異なる)新しい市場を創造し、Intelの利益に貢献していくことが見込まれる(もちろん、日本だけでなくワールドワイドで)……という認識をIntel本社がしなければ、VAIO Xのような製品の居場所は徐々に奪われていく。

 メーカーが高い商品性を持つ製品を作ってIntelに対して気付きを与えることが重要になるが、実際に重要な役割を担うと考えられるのがIntel日本法人だ。Intelの日本法人は、これまでも日米のカルチャーギャップを埋める緩衝材のような役割を果たしてきた。日本メーカーが力を発揮しやすい方向へと導かなければ、日本法人そのものの存在意義が失われるという事情もある。

 来年ぐらいまでは、それでも商品性を維持することはできるだろうが、再来年以降もパフォーマンスが上がらないと将来の継続は厳しい。小型軽量のモバイルPCが生き残るために、どんなシナリオが考えられるのか、ロードマップの修整までを視野に入れるなら、すでに土俵際いっぱいの状況と言えるだろう。あるいは、他のプロセッサベンダーにとっては、この分野の開拓にこそビジネスを拡げるチャンスがあるかもしれない。

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(2009年 11月 13日)

[Text by 本田 雅一]

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