森山和道の「ヒトと機械の境界面」
トヨタの立ち乗り型ロボット「Winglet」、つくば市の歩道で実証実験開始
(2013/7/25 00:00)
茨城県つくば市とトヨタ自動車株式会社は、 7月24日からパーソナル移動支援ロボット「Winglet」(ウィングレット)の歩道での公道実証実験を「つくばモビリティロボット実験特区」で開始すると発表し、つくば市役所にて記者会見を行なった。Wingletはトヨタが開発中の立ち乗り型搭乗型ロボットで、2008年に発表された。これまでにも私有地での実験は行なってきたが、公道での実証実験は今回が初めて。
2013年度から3年間実施する予定で、今年度は安全性の検証を行なうため、まずは独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)職員やつくば市職員から成るおよそ80人が通勤や外出の際に用いて評価を行なう。2014年度以降は、需要見込みや、市民の移動支援、地域の活性化、環境改善への貢献度などの実用性や利便性について、検証する予定としている。導入されるWingletは合計8台。
Wingletの名前は「小さな翼」を意味する。サイズは482×496×1,147mm(幅×奥行き×高さ)。重さは19.7kg。走行速度は時速6km。インホイールモーターを使って左右の車輪を駆動させ、バッテリ駆動時間は1回の充電でおおよそ4km程度、1時間程度走れる。高さ2cm程度の段差ならば乗り越えられるが、基本的にはバリアフリー化された場所専用だ。
記者会見後には市長たちによる試乗デモンストレーションのほか、報道陣を対象に体験会も実施された。合わせてレポートしておきたい。
つくばモビリティロボット実験特区
つくば市は平成23年(2011年)3月25日付けで、内閣府によって「つくばモビリティロボット実験特区」として認定され、搭乗型モビリティロボットの公道実験が可能になった。2011年6月から走行実験を行ない、これまでにセグウェイジャパン、日立、産業技術総合研究所の3機関によって実験が実施された。のべ走行距離は7,000kmを超えているという。
ロボットは専用のナンバープレートを交付され、幅員3m以上の歩道で公道実験が行なわれている。現在は誰もが自由にロボット実験を行なえるというものではなく、ましてや一般の人が自由にロボットに乗れるわけでもない。だが実験を通して知見を蓄積し、「公道実験特区」から、「公道利用特区」への発展を目指しているという。
つくば市の市原健一市長は、「今年1月からは横断歩道も搭乗したまま通行できるようになった」と最近の成果をアピール。トヨタにはかねてより実証実験に参加してほしいと伝えていたと述べ、Wingletは同じくつくばにある「ロボット安全検証センター」で安全性試験も行なわれていたことから「安全性の課題もクリアできると確証をもって参加してもらえるものと思う。ロボット特区の意義も増す。今後は4者でさらに実りが出るような実証実験を行なってもらいたい。今まで以上の成果が出れば」と期待を示した。
トヨタ自動車パートナーロボット部 部長の玉置章文氏は、新たな乗り物である「パーソナルモビリティ」の社会的受容ついて「モビリティだけでもダメで、町全体がモビリティと一緒になって実証していくことが重要だ」と語り、今回のつくば市での実証実験について「先行事業者とも連携していきながら、新しいモビリティが理解されるようにしていきたい。良いコラボレーションができるのではないか。つくば市が“ゆりかご”になって、パーソナルモビリティが広がっていってくれれば」と述べた。特に、安全性に関して実績を積むことで、法的緩和に道筋をつけられるのではないかと期待しているという。
概要の説明は、つくば市の国際戦略総合特区推進部長の梅原弘史氏から行なわれた。開発段階ではあるもののWingletのコンセプトである「安心して自由に移動を楽しめる社会の実現」に貢献することを目的とした、生活空間で使いやすいコンパクトなサイズへ期待を述べた。屋内から屋外へシームレスに移動するなど、新しい生活や都市の移動スタイルを模索していくという。また梅原氏は今回の導入された機体のカラーバリエーションを「つくばの町並みとマッチするカラフルなデザイン」と賞賛した。
また、今年がつくば市が国家プロジェクト「研究学園都市」として建設されることが閣議了解されてから50周年にあたることについても触れ、「つくばならもっとやれたんじゃないかという気持ちがあった」と語り、今後、さまざまなツールを使って新しい取り組みに挑んでいきたいと語った。特に市民生活の中でライフスタイルと融合するような形で新技術を実証していきたいという。
デモンストレーション
会見後、市長やトヨタ自動車の玉置氏らによる搭乗デモンストレーションが行なわれた。Wingletは建物内から屋外までシームレスなモビリティとして想定されているので、会見の拓かれた会議室からエレベーターに乗り、そのまま市役所内を移動したあと、歩道に出て、最寄り(700mほど)の「研究学園駅」まで往復するという形で行なわれた。非常に多くの報道陣が周囲を取り囲みつつも、移動中に徒歩で移動する記者たちとの談話にそのまま答えるといった形で実施され、どこかのんびりした雰囲気だった。
試乗
さて、Wingletには試乗も可能だったので、インストラクターの人に教えてもらい、体験させてもらった。この手の立ち乗り型(倒立二輪型)のロボットの代表格は「セグウェイ」がある。実際に乗ってみたところ、Wingletはセグウェイとは似て非なる乗り物だった。
まず、セグウェイは車輪径も大きく、フットステップも大きい。乗ったあともかなり安定感がある。一方Wingletは機体自体も軽量で車輪径は小さい。だから乗るためのフットステップも小さい。そして何より、乗ってみると最初はフットステップが左右にギュルギュルと動く。そのため、少しふわふわした感覚がある。これはもしかすると立ち乗りモビリティ初体験の人だと怖いと感じる人もいるかもしれないと感じた。
操作は基本的に重心移動である。この手のモビリティにはいろいろ乗ってきたが、共通して言われるのが、「乗るときには機体(の制御)を信頼しろ」ということと、乗ってしまったら「あまり下を見ずに、どちらかというと遠くを見ろ」という2点である。そうすれば自然な重心移動を機体のセンサーが検知して、制御してくれるというわけだ。
Wingletもそれは同じなのだが、操作性が少し独特だった。例えば、方向転換するときWingletは曲がりたい方向にハンドルを倒しつつ重心を移動する、その時に、右に曲がりたいときには左足に重心をかける。バイクの重心移動とは逆になるため、バイク乗りからは逆だと言われることもあるという。馴れればその場での旋回もできる。
右に曲がりたいときに左足、左に曲がりたいときに右足、と言葉だけ聞くと分かりにくく感じる。だが何も考えなければ難しくはない。機体の特性を把握するためにちょっと動かしている間に、自然とそういう重心移動を体が行なってくれるようになる。あくまで個人的な感覚かもしれないが、Wingletの場合は少し膝を使った方が快適な移動感が得られた。
いったん馴れてしまうと、だんだん楽しくなってくるのはモビリティ体験ではいつものことである。長時間連続で搭乗してみたときにどう感じるかはまた別の話だが、それなりに楽しい乗り物であることは間違いない。なお、今回の実証実験で用いられるWingletは、速度を時速6kmに抑えている。必ずしも、早く目的地まで行くための乗り物としては想定されていない。早く移動したいときには、より速い速度域を走行する別の乗り物に乗るべきだ、もちろん車道を使って、という考え方なのかもしれない。あくまで歩道や屋内を移動するときの補助的な乗り物だ。
Wingletは以前、お台場にあるトヨタのショールーム「メガウェブ」で試乗できたが、残念ながら現在は終了している。だが、今後もなんらかの形で一般の人が試乗できる機会を提供する予定はあるとのことなので、発表を期待したい。トヨタ自動車の玉置氏は実証実験に期待することとして「生活の中でより多くの方に乗ってもらいたい。安全性の検証は当然だが、生活の中でどう使われるか」と語り、今後のパートナーロボットのあり方について「何よりも役に立つものを作らないといけない」と述べた。
なお、Wingletは、もともとはソニーが開発していたロボット技術だ。同社がロボット事業から撤退した時にトヨタ自動車が技術譲渡を受けて開発を継続、今日に至ったという経緯がある。外見は2008年の公開時からそれほどは変わっていないが、実用化までにはまだ当分かかりそうだ。特に公道走行については、今回のような実証実験を粛々と積み重ねるしかないというのが、良くも悪くも日本国内の実状だろう。中国などでも似たような電動立ち乗り二輪が事業化されており、質疑応答では「遅れを取るのではないか」という質問も記者から上がったが、玉置氏は「トヨタ自動車としてはしっかりしたものを作っていきたい」と述べた。
一方、仮に法律面をクリアし、技術的に十分な性能のモノができたとしても、普及や利用促進にはそのための制度設計やサービス設計も必要になる。今後の展開としてはスタンドを使ったシェアリングなどを検討しているそうだが、例えば、現状でも、一定の地域内で使えるレンタルサイクルなどが展開されている。だが、自転車を利用するのにちょうど良い距離範囲内で展開されている事業でも、必ずしも頻繁に使われて成功しているとは言えないようだ。それらは残念ながら、利便性の高い機材だけでは「サービス」足り得ないという例だと思う。利用しやすさや料金設計などもサービス展開においては大変重要なポイントとなる。特に、パーソナルモビリティが既存の自転車やシニアカーにない利点をアピールしなければならないとなると尚更だろう。トヨタには大企業ならではの取り組みを期待したいところでもある。
今後、これら新モビリティがどうなるのか。我々の役に立つ道具になり得るのか。社会を変えるモビリティになるのか。長い目で見ていきたい。