後藤弘茂のWeekly海外ニュース

28nmプロセスの長期化を前提に導入されたARMの新CPUコア「Cortex-A12」

プロセスの微細化の経済的な意味が薄くなる

Cortex-A12は28nmプロセスに最適化して提供

 ARMはミッドレンジのモバイル機器をターゲットとした新CPUコア「Cortex-A12」の提供を始めた。Cortex-A12で興味深いのは、ARMがこの新コアを、28nmプロセスにフォーカスして出したことだった。ARMが提供するファウンダリのプロセスに最適化した「POP(Processor Optimized Packages)」は、Cortex-A12では28nmプロセスのみ提供されている。

 ARMは先行する他のCortex-Aファミリについては、すでに20nmプロセスでのPOPを提供する予定や20nmでのテープアウトをアナウンスしている。ところが、遅れて出てきたCortex-A12は28nmプロセスと後ろ向きのプロセス対応となっている。いよいよ20nmのチップが出てこようという時に、28nm向けの設計を提供する周回遅れの対応だ。

 奇妙に見えるが、これには明瞭な理由がある。ハイエンドのSoC(System on a Chip)でbig.LITTLEで使われるCortex-A15とCortex-A7のペアは進んだプロセスへと移行するが、ミッドレンジのCortex-A12は28nmプロセスに留まると見ているのだ。ARMのJames Bruce氏(Lead Mobile Strategist, ARM)はその背景を次のように説明する。

ARMのJames Bruce氏(Lead Mobile Strategist, ARM)

 「2007~8年頃は物事はずっと単純だった。ARMコアのロードマップは非常にシンプルな、一連のコアの発展でしかなかった。しかし、今は、異なる機能ポイントに対して、異なるプロセッサを提供するように変わった。A7から、A12、A15と広く展開している。こうした展開をする、主な理由の1つはプロセス技術にある。

 TSMCなどのファウンダリとミーティングをすればよくわかるが、彼らは過去とは状況が違うと見ている。以前は、ファウンダリのプロセス技術も簡単で、モバイル向けのLPと汎用のGといった単純な提供だった。しかし、現在は用途によって細分化されたプロセス技術が提供されている。さらに、この先はFinFETなど新しいテクノロジがどんどん入ってくる。

 プロセス技術が複雑になる結果、何か起こるか。(微細化によるスケーリングでの)シリコンのコスト削減に対して、製造コストが増大してしまう。これは非常に単純な経済上の計算問題だ。ウェハが、Fabでこれまでより多くのプロセス工程を経るようになると、その分、加工に時間がかかるようになり、製造コストが上がってしまう。

 そのため、当面は、我々のコアを、28nmプロセスから20nmに移しても、コスト削減の効果はあまり期待できない。20nmやFinFETプロセスで、確かに(ダイ面積は)小さくなるが、ウェハコストが上がってしまうので、結果としてコストが下がらないだろう。

 これはどういった変化をもたらすのか。答えは簡単で、一部の製品では(微細なプロセスへと移行する意味が薄くなり)、現在のプロセスに留まろうとする。例えば、エントリーレベルスマートフォンでは、現在のTSMCの28HPMプロセスが、非常に長い期間使われることになるだろう。そのため、我々はCortex-A12やCortex-A7が、長期的に28HPMのいいコアになるだろうと考えている。28nmは非常に長く続くノードになるだろう。

 ただし、それはミッドレンジ以下のスマートフォンについてであって、ハイエンドスマートフォンでは異なるストーリーだ。ハイエンドとミッドレンジの根本的な違いは、ハイエンドではコストをそれほど重視しない点だ。その代わり、手に入る最高の技術を使う方が大切だと考える。だから、先進のプロセスへと移行する。ミッドタイアでは、よりコストとのバランスを取るため、経済的なプロセスに留まる。

 なぜ、今、こういう話題が持ち上がっているのか。それは、各シリコンパートナーが、20nmプロセスでの設計のテープアウトの時期にさしかかったからだ。その結果、より正確にコストの見積もり計算ができるようになり、状況がよく見えてきた」。

 プロセス技術の微細化によるコストスケーリングの行き詰まり。これが、現在の半導体業界の大きな問題だ。ARMは、こうした半導体技術のトレンドの中で、28nmプロセスから先は、チップの設計が、20nm移行への微細化へと進むものと、微細化を見送り28nmに留まるものに2分化されると見ている。その予測から、Cortex-A12を28nmプロセスにフォーカスして提供して来た。

価格セグメントに合わせたソリューションを投入
TSMCのプロセス技術スケーリング
TSMCのロードマップ

ハイエンドとミッドレンジ以下でチップに大きな差が

 前回のコラムで紹介したように、プロセスが微細化して行くと、ウェハ当たりのコストが上昇し、それがトランジスタ当たりのコストを押し上げ、結果、プロセスの微細化の経済的な意味を薄くさせると予想されている。

 より正確に言えば、微細化したプロセスのトランジスタ当たりのコストは、プロセス技術が成熟して行くと、やがて前プロセス世代のトランジスタコストを下回るようになる。しかし、その時期は、これまでよりずっと後ろへとずれ込む。標準の8四半期毎にトランジスタコストがクロスオーバーするというモデルではなくなる可能性が出てきている。

 さらに、トランジスタコストのクロスオーバーの後でさえ、微細化で得られるコスト削減の幅が少なくなる。過去にはトランジスタコストは最大で約50%に下がったのが、次第に60%、70%のコストへと低減率が落ちてきている。今後はそれがさらに下がり、前世代と、ほとんどトランジスタコストが変わらなくなると見られている。

 さらに問題はFinFET化で、ファウンダリ各社は22nmプロセスでFinFETを前倒し導入したIntelに対抗するため、FinFETのスケジュールを速めた。最大手のTSMCとGLOBALFOUNDRIESは、どちらも20nmプロセスから1年でFinFETのプロセスを導入する。このFinFETプロセスを、TSMCは16nm、GLOBALFOUNDRIESは14nmと呼んでいる。しかし、両プロセスは、基本的には20nmプロセスのバックエンドを利用するため、トランジスタ密度がほとんど変わらない。そのため、トランジスタコストがさらに厳しくなる。

28nmから20nm、FinFETへの移行(PDF版はこちら)
Intelとファウンダリのプロセスロードマップ(PDF版はこちら)

 こうした動向は、ARMの戦略だけでなく、先端プロセスを使う半導体チップ全体に大きく影響する。現在、先端のGPUやモバイルSoC(System on a Chip)、CPUは、28nmプロセスで製造している。ハイエンドもミッドレンジも、基本的に同じプロセス世代に乗っており、これは過去の40nmや55nmでもほぼ同じだった。ローエンドだけはプロセスの微細化が遅れることや、歩留まりが上がらないプロセスではハイエンドだけが先行する場合もあったが、基本的には同じ世代なら同じプロセスに揃うのが一般的だった。

 しかし、今後は状況が変わる。ハイエンドのGPUやモバイルSoC、CPUは20nmや14/16nmプロセスに移行して行く。しかし、ミッドレンジから下の製品は、経済的な理由から28nmプロセスへと留まり続けるメーカーが出てくる。これが2014から2015年の半導体チップの状況で、これまでとはプロセス技術の移行の状況が変わってしまう。

 その結果、何が起きるのか。影響は一目瞭然で、中期的にはハイエンドとミッドレンジから下のチップの格差が大きくなる。ハイエンドチップはプロセス微細化やFinFET化によって、機能やパフォーマンス、電力効率が向上する。しかし、ミッドレンジから下は、部分的な拡張は行なわれるが、基本的にはチップのダイサイズ(半導体本体の面積)が同じなら、パフォーマンスレンジはほぼそのままとなる。

 最終製品的には、ハイエンドが機能やパフォーマンスを充実させるのに、ミッドレンジから下は引き離されることになる。その代わり、おそらくハイエンドとミッドレンジ以下の価格差も開いて行く。機能やパフォーマンス面での2極化が進むことになる。

28nmに留まりCortex-A15へと移行しない市場に向けた製品

 ARMはこうした時代に、2014年以降のメインストリームの製品に何が必要とされるかを考えた。従来のように、プロセスの微細化が全ラインナップで進んで行くなら、Cortex-A9の市場は、次第にCortex-A15へと置き換わって行くだろう。

 Cortex-A15のCPUコアのサイズは、ラフに言って同じプロセスのCortex-A9の2倍強。しかし、Cortex-A15が微細化すれば、コアサイズは前世代のCortex-A9より少し大きい程度になる。以前のように、トランジスタコストが下がるのなら、Cortex-A9からCortex-A15へと、微細化で移行して行くことができる。

ARM Coreダイエリア比較(PDF版はこちら)

 しかし、トランジスタコストが微細化でこれまでのペースでは下がらなくなると、よりトランジスタを食うCortex-A15への移行には時間がかかるようになる。現在、Cortex-A9を使っている28nmの製品が、今後も28nmプロセスに留まり続けるのなら、コアの面積が大きなCortex-A15への移行は起こりえない。ARMは、この状況に合わせた製品を提供しなければならない。

 そこで、ARMが出した答えが、Cortex-A15と同じ命令セットや同じ機能を備えつつ、Cortex-A9よりもダイ(半導体本体)エリアがほとんど増えないCPUコア Cortex-A12の提供だった。しかも、Cortex-A9よりパフォーマンスも最大40%アップさせて、28nmプロセスで1.x平方mm台のコアエリアに抑える。

 「Cortex-A12のダイサイズ(半導体本体の面積)は、Cortex-A9に近い。機能が増える分だけ少し大きくなるが、サイズの増加は非常に小さく抑えられる」とARMのBruce氏は語る。

 ARMは今後伸びるスマートフォン市場は、ミッドレンジとエントリーレベルだと見ている。そして、そのレンジは、ARMがプロセスの微細化が進まないと見なしている市場だ。そのため、そこに28nmで一新したCPUコアが必要だったというわけだ。

Cortex-A12はA9から4割性能向上
ARMはミッドレンジ、エントリーレベルの成長が大きいと見ている

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail