後藤弘茂のWeekly海外ニュース

中東のアブダビが半導体産業にとって重要になった理由



●中東アブダビに投資をするGLOBALFOUNDRIES

 大手半導体メーカーGLOBALFOUNDRIESは、中東のアラブ首長国連邦のアブダビ(Abu Dhabi)に投資を始めている。その背景には、半導体産業を国内に育成しようとするアブダビ政府の意向がある。計画が進めば、最終的にアブダビでAMDなどのCPUやGPUが製造されるようになるかもしれない。

 GLOBALFOUNDRIESのアブダビへの投資について、同社のDouglas Grose(ダグラス・グロース)CEOは、今年(2011年)1月の来日時に次のように説明した。

 「アブダビに、(半導体)エコシステム開発の初期の作業を始めた。将来の利用のための土地を2010年に取得。最先端テクノロジクラスタの建設に向けて作業を進めている」。

 この“テクノロジクラスタ”という用語が曖昧でわかりにくいが、Grose氏がこうした言葉を選ぶのは、まだ具体的な計画が煮詰まっていないからだ。アブダビの計画は、非常に長期に渡るもので、今はまだ第1歩に過ぎないため、像が描きにくい。

 GLOBALFOUNDRIESがアブダビに拠点を設けることになった理由は、資本的な関係にある。もともと、GLOBALFOUNDRIESはAMDの半導体製造部門だったが、設備や開発への投資の負担に耐えかねたAMDがスピンアウトした。この時に出資したのが、アブダビの政府系投資企業Advanced Technology Investment Company(ATIC)だ。当初の計画では、AMDが44.4%を出資する予定だったが、実際にはATICの比率がどんどん高くなり、GLOBALFOUNDRIESは資本的にAMDから独立した企業になった。

 現在は、ATICを通じてアブダビ政府の意向が、GLOBALFOUNDRIESの戦略に色濃く反映されるようになっている。ATICの資金を背景に、GLOBALFOUNDRIESは膨大な投資を次々に行ない、製造キャパシティを数年で数倍にしようとしている。AMD時代には1から2個の中規模のFabを維持するのでやっとだったのが、GLOBALFOUNDRIESになってからは巨大半導体メーカーを目指して邁進している。そのために、兆円規模の投資を行なっている。

GLOBALFOUNDRIESのFabリスト
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●アブダビの2030年までの国家戦略と結びついた
ATIC Ibrahim Ajami CEO

 なぜ、石油産業で潤うアブダビが、畑違いの半導体産業にそこまで入れ込むのか。ATICを率いるIbrahim Ajami氏(CEO)は、その背景にはアブダビの国家戦略があることを、昨年(2010年)の台湾での記者会見で説明している。

 「アブダビは膨大な量の石油とガスの埋蔵資源を持つ国だ。しかし、石油ガス資源はいつかはなくなる。そこで、アブダビのリーダー達は『The Abu Dhabi Economic Vision 2030』と呼ぶビジョンを2008年に造った。これは、20年間をかけて実現する大きなビジョンだ。

 このビジョンでは、アブダビに、石油だけに頼らない安定した経済を確立しようとしている。(多様な産業に)分散されバランスが取れており、国有と私企業が混在し、起業家精神と競争が推奨される経済を目指している。

 そのビジョンを元に、アブダビ政府は、投資を行なう重要な戦略分野を選んだ。その中には、宇宙・航空、観光・不動産、新エネルギー、通信などが含まれ、半導体もその1分野だ。半導体産業についての戦略は、20年に渡る長期の計画となる。

 我々の最終的な目標は、半導体産業をいつの日かアブダビにもたらすことにある。その鍵となるのがGLOBALFOUNDRIESだ。GLOBALFOUNDRIESへの投資は、アブダビの未来への投資だ。現在の、マーケットポジションのためだけのものではない」。

 アブダビは2030年までに脱石油経済を確立しようとしている。Economic Vision 2030を掲げて、具体的な動きに入っており、そのビジョンに沿って半導体産業を国内に育成しようとしている。そして、半導体立国のためのカギとして、アブダビはGLOBALFOUNDRIESを選んだ。

 なぜアブダビ政府がGLOBALFOUNDRIESに湯水のごとく資金を注ぎ込むかが、これでよくわかる。アブダビは、国家の生き残りのために、GLOBALFOUNDRIESに長期的な投資をしている。当初噂されていたように、短期的な利益だけを期待してGLOBALFOUNDRIESを後押ししているわけではない。そのため、GLOBALFOUNDRIESは資金面で極めて強い立場になっている。

昨年6月のATICのプレゼンテーション

●知識集約で資本集約型の産業がアブダビに向いている

 しかし、なぜアブダビは、脱石油の切り札の1つとして半導体産業を選んだのだろう。もっと馴染みのある産業ではなかった理由はどこにあるのだろう。Ajami氏はこの疑問にも明快に答えていた。

 「半導体産業は、アブダビにフィットする。なぜなら、半導体産業は、長期的な視野に立ち、膨大な資金を持つ、辛抱強い投資者が必要だからだ。半導体産業が、IP集約、知識集約型で、高度な知的労働者を必要とする非常に生産的な産業である点も、アブダビに向いている。アブダビ政府は半導体エコシステムの構築に非常に興奮している」。

 人口は少ないが国民の教育程度が高く、政治的に安定しており資金力がある。こうした特長を持つアブダビには、知識集約型で、労働者当たりの生産性が高く、しかも膨大な資金を必要とする資本集約型産業が向いている。こう判断したようだ。確かに半導体製造産業は、この条件に合致している。

 では、アブダビにGLOBALFOUNDRIESの次の半導体Fabを作るのだろうか。アブダビでAMDのCPUを造るようになるのだろうか。話はそう簡単ではないとATICは説明する。

 「しかし、我々の最終目的を達成するためには、アブダビ国内に明日Fabを開くと発表するだけではダメだ。それは我々のやり方ではない。我々はまず、GLOBALFOUNDRIESに投資を行ない、競争力の非常に高い半導体のリーダー企業にする。

 また、今後5年以上アブダビにも投資行ない、準備を進める。人材、インフラ、教育システム、ビジネス環境、法規制関係など、将来、半導体エコシステムを育てるために必要なこと全てに投資する」(Ajami氏)。

 単にFabを建設するだけでは、半導体産業を育成できない。半導体産業のエコシステム、つまりFabを取り巻く半導体産業の周辺部分をアブダビ国内に育成することが、重要だと考えているようだ。それらを全て整えた上で、Fabなどを持って来ようとしていると見られる。

●首長国人を半導体技術者に育て上げる

 アブダビを、日本や韓国、台湾のように半導体立国する。それがアブダビの目的だ。その最初のステップとして、ATICとアブダビが力を入れているのは人的資源の育成だ。

 「第1の重点は、シンガポール、ドイツ、ニューヨークにあるGLOBALFOUNDRIESの拠点への投資だ。我々はGLOBALFOUNDRIESと協力し、これらの拠点での生産能力を引き上げようとしている。そのネットワークの中で、アブダビをGLOBALFOUNDRIESのネットワークのキークラスタの1つにすることが当面の目標だ。

 アブダビを拠点とするために、まず、我々は国内の人材の育成に投資を始める。首長国人の若い学生をシンガポール、ドイツ、ニューヨークの半導体施設でインターンシップさせる。また、マイクロエレクトロニクスや半導体のプログラムをアブダビの大学で開講する。半導体の高等学問機関(ポリテクニーク)も、アブダビに設立する。このように、国内において、将来の有能な人材に投資することが我々の計画の第1歩だ。

 現在のアブダビには、IC設計の面で差別化できるような何十万人ものICエンジニアや設計者がいるわけではない。しかし、10年15年という視野で(人材育成に)投資したり、高い利益を生む会社を築く能力を持っている」(Ajami氏)。

Douglas Grose CEO

 まずは、人材の教育にあるとアブダビは考えている。GLOBALFOUNDRIESのDouglas Grose(ダグラス・グロース)CEOも、今年の来日時に、奨学金プログラムを立ち上げ、人材育成を図っていると説明した。現在、180名の学生が奨学金を得てエンジニアリングを学んでいるという。GLOBALFOUNDRIESへのインターンシップでは、60名の首長国人がドレスデンFabに赴いたという。また、GLOBALFOUNDRIES側のドイツやシンガポールの人員もアブダビへ行き、知識の交換を行なっていると説明している。ポリテクニークの設立とともに、クリーンルーム作業の訓練施設も建設するという。

 長期的に、自国民に半導体技術者を育て上げ、半導体立国しようという遠大なビジョンだ。

●GLOBALFOUNDRIES以外の企業も引き込む

 アブダビはGLOBALFOUNDRIESの協力の元での人材育成に加えて、物理的な設備の準備も進めている。最初のステップが、将来のFab建設も見込んだ土地の確保だ。

 「もう1つの重要なステップが、物理的インフラの準備だ。アブダビ国際空港に隣接した3平方kmの土地を用意した。アブダビ国際空港は急速に発展中で、多くの投資やインフラや技術が空港の周りに集約している。だから、この土地は、将来の半導体クラスターの戦略的資産になるだろう」(Ajami氏)。

今年1月の段階でのGLOBALFOUNDRIESのアブダビサイトのアップデート

 このところ、GLOBALFOUNDRIESのアブダビFab用途として騒がれていたのがこの土地だ。しかし、当面はインフラ整備の段階で、まだアブダビクラスタの具体的な機能はそれほど多くはない。今年1月の記者会見では、アブダビクラスタの当面の役割は、地域のIPソリューションプロバイダとの関係強化と、クリーンルーム設計技術の開発などにフォーカスすると説明していた。しかし、物理的そして人的および社会的なインフラの整備が進めば、ここに本格的な設備が造られるだろう。

 アブダビの半導体立国に、重要な役割を果たしつつあるGLOBALFOUNDRIES。しかし、アブダビはGLOBALFOUNDRIESだけで、この計画を成し遂げようとしているのではない。もっと幅広く半導体産業を引き込もうとしている。

 「我々は、アブダビでの半導体クラスタの構築と発展に対して非常にオープンマインドだ。最終的に、アブダビの半導体エコシステムはGLOBALFOUNDRIESだけでなく、多くの企業や公的機関を含むものになるだろう。GLOBALFOUNDRIES以外の一流半導体企業や技術系企業にも投資したり誘致したり、パートナーを組む戦略と計画を立てている。

 アブダビのクラスタ自体は、資本集約型の製造クラスタでなくてはならない。そして、GLOBALFOUNDRIESを中心に据えるのが計画だ。しかし、アカデミア、デザインハウス、RDセンターなど、広範囲に渡るさまざまな役割が必要になると考えている。それらを、将来の工業クラスタと一体化しなければならない。

 世界中の他の工業クラスタを見れば、インフラやエコシステムの支えが必要であることは一目瞭然だ。まだ、クラスタへの投資の規模や範囲は具体的には決まっていない。しかし、GLOBALFOUNDRIESを長期計画で支援するだけでなく、他の企業を惹きつけるさまざまな投資やパートナーシップの必要性が増すと考えている。

 道路やユーティリティ、電力、建物などは、プラットフォームとして用意するのは簡単だ。それよりも、重要なのは、企業との提携、才能の確保と引き寄せ、有望な企業が長期的にアブダビに投資し、そのまま留まるようにすること。こうしたことが重要だと考えている」(Ajami氏)。

 ゼロから半導体産業を立ち上げようとするアブダビ。この計画がうまく行くかどうかは、今はまだわからない。しかし、思惑通りに行くのなら、将来、アブダビにFabが立ち並び、チップはアブダビから送られてくるようになるだろう。そして、アブダビのこの動きが、IntelやSamsung、TSMCなど、他の超大手半導体メーカーを揺さぶっている。資本集約度が高まっている半導体産業に、いきなり、膨大な資本力でアブダビが参入して来たからだ。今後しばらくは、半導体産業にとって、アブダビの動向は重要になるだろう。

 また、政治地図上で面白いのは、IntelがイスラエルにFabや開発拠点を設けてエコシステムを築き上げていることだ。意図したものかどうかはわからないが、アブダビとGLOBALFOUNDRIESの動きは、これに対抗したような形にも見える。