後藤弘茂のWeekly海外ニュース

予想外のCEO辞任で揺れるAMD



●Meyer氏の辞任は役員会との合意の上と
Dirk Meyer氏

 米AMDのトップDirk Meyer(ダーク・メイヤー)氏が辞任する。

 AMDは、1月10日(現地時間)に、同社を率いるCEOのMeyer氏が辞任すると発表した。辞任は、役員会(board of directors)との相互の合意によるものだという。役員会は、暫定的にCFOのThomas Seifert氏をCEOに指名。それと同時に、CEO Search Committeeを立ち上げ、新CEOを探し始めた。Committeeを率いるのは、AMD役員会の会長であるBruce Claflin氏(元3COM CEO)だ。

 CES直前にAPU(Accelerated Processing Unit)を発表して、今年(2011年)の新CPU大攻勢の幕を開けたAMDだが、その翌週には経営面に再び暗雲が立ちこめ始めた。

 AMDは財政面で厳しい状況が続いている。そうした会社のCEOが辞任すること自体は意外ではない。しかし、急な発表と、わざわざ“合意(mutual agreement)”の上と断るあたりに、AMDの混乱が透けて見える。役員会が無理矢理Meyer氏の首を切ったのではないと言いたいわけだ。

 しかも、ニュースリリースに引用されている、役員会を率いるClaflin氏のコメントは、役員会側の意志が強かったことを匂わせる。コメントでは、Meyer氏が困難な時を乗り切り、AMDを安定させ、GLOBALFOUNDRIESとの分社を果たし、Intelとの訴訟をうまくまとめ、APUを市場にもたらしたと評価する。しかし、その一方で、株主の価値を増やすために、AMDを大きく成長させ、市場リーダシップを確立し、利益を伸ばすことが求められていると言及。そのためにリーダーシップの変化が必要だったと、Meyer氏の辞任を説明している。

 ちなみに、ニュースリリースの中に、通常なら見られるようなMeyer氏自身の辞任のメッセージはない。少し、緊迫したものを感じさせるリリースとなっている。そのため、Meyer氏の辞任に関する社内政治の話題が、しばらくは業界を賑わすだろう。

●ビジョナリなCEOを失うAMD

 背景がどうあれ、Meyer氏の辞任はAMDとCPU業界に激震をもたらす。技術サイドで見ると、最大のポイントは、AMDがビジョナリなCEOを失うことだ。AMDの優れたCPUアーキテクチャ戦略を引っ張ってきた、最上位のビジョナリ(新しいビジョンを提示できる人)がいなくなる。

 Meyer氏は元DECのCPUアーキテクトで、一世を風靡したRISCプロセッサ「Alpha 21064」の共同アーキテクトとして知られていた。RISCプロセッサが興隆した時代には、AlphaシリーズはハイパフォーマンスCPUとして高く評価された。Meyer氏は、その技術リーダーだった。

 Meyer氏はDECを離れたあと1996年にAMDに加わり、ディレクターとして旧DECから移籍したエンジニア達を含むK7(Athlon)開発チームを率いた。その後、副社長となったMeyer氏の元で、AMDはK7から始まりHound(K10)まで続く、一連のアーキテクチャの流れを築き、その中でメモリインターフェイスの統合やマルチコア化、64-bit化、仮想化技術の統合などを進めた。

Microprocessor ForuでK7アーキテクチャの説明を行なうMeyer氏 VIA Technology Forum 05でのDirk Meyer氏

 Meyer氏が加わったことは、かつてはそれほど技術指向が強くなかったAMDを一変させた。Meyer氏以降は、CPUアーキテクチャのいくつかの重要なポイントで、AMDはライバルIntelに先んじるか、同列に並ぶことができた。AMDが技術上のリーダーシップを取っているイメージは、Meyer氏によって作られたと言っていい。

2005年にVIA Technology Forum 05でMeyer氏が示したAMDのCPUアーキテクチャのビジョン

 Meyer氏はAMD社長となった後も、技術上のビジョンを示し続けた。2005年には「ヘテロジニアスマルチコア」の可能性や、CPUコア側のベクタ演算能力の拡張に早くも言及。また、より進んだマルチスレッド化や、特定処理のアクセラレータの実装なども説明した。つまり、現在、AMDが進めているAPU化や、Bulldozerに見られるベクタ演算の拡張やマルチスレッド化は、Meyer氏が以前から示していたビジョンに沿っている。

 こうしてみると、Meyer氏がビジョナリCEOであり、AMDの技術戦略を引っ張ってきたことがよくわかる。Hector Ruiz氏の後を引き継いでCEOになった2008年頃からは、こうした技術ビジョンを示すことは少なくなった。しかし、AMDが次期CPUアーキテクチャ「Bulldozer(ブルドーザ)」で、依然としてラディカルな路線を走っていることは、Meyer氏のビジョンが維持されていることを示していた。


●AMDの技術&製品戦略も変化は免れない?

 元有名アーキテクトのビジョナリをCEOに抱えるチップメーカー。これは、AMDのサイズと歴史の企業としては非常に珍しかった。テクノロジー企業であっても、大きく古くなれば、Intelのように経営と財務に長けた人物がリーダーとなるのが常だからだ。

 ビジョナリがリードする技術指向が、Ruiz-Meyer氏時代のAMDの特徴だった。研究開発費では、どうあってもIntelに勝てないAMDが、過去数世代のCPUでは、アーキテクチャ面でしばしばリードを取ることができたのは、会社をビジョナリが率いていたことと無関係ではないだろう。Meyer氏の辞任は、AMDの、技術優先の文化の終焉を意味するのかも知れない。

 もっとも、ビジネス面で見れば、Meyer氏路線に対する評価は変わる。AMDはその技術ビジョンに見合うだけの成功を収めることができていない。巨人Intel相手に、いいところまで行っても、巻き返されるパターンが続いた。ATI Technologiesとの統合も、その技術上の成果を出すまでに、手間取ってしまった。

 ここで疑問は、今回のMeyer氏辞任劇が、AMDの技術と製品の戦略の変更に繋がるのかどうかという点だ。例えば、リスクの大きなBulldozerへのアーキテクチャ転換は後回しにして、マーケティングにフォーカスするといった。そこまで大きな変化はなくとも、AMDに戦略面での変化が起こる可能性が高い。なぜなら、今回の辞任劇は、Meyer氏の技術ビジョン路線自体の否定であると推測されるからだ。

 いずれにせよ、AMDの今後は、次のCEOにどんな人物を役員会が選ぶかによって決定されるだろう。