2014年7月29日

2014年7月28日

2014年7月26日


後藤弘茂のWeekly海外ニュース

任天堂の次世代ゲーム機に「Larrabee」を売り込んだIntel



●ゲームコンソールをLarrabeeのターゲットのひとつに

 Intelは、データ並列重視型のメニイコアCPU「Larrabee(ララビー)」を、ゲームコンソール(据え置きゲーム機)にも売り込んでいた。Larrabeeは、12月頭頃にIntelが製品化の延期を決定したが、それまでは2010年にPC向けディスクリートグラフィックスとして投入する予定だった。前回の記事「揺れるSCEの次世代ゲーム機「PlayStation 4」プラン」で触れたように、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)はPS4の心臓部の候補としてLarrabeeを検討したことがある。

 Larrabeeは、データ並列型のメニイコアのおかげで浮動小数点演算パフォーマンスが高く、汎用的な処理とグラフィックス処理の両方をカバーできるため、原理的にはゲームコンソールに向いている。そのため、Intelはゲームコンソールも重要ターゲットとしていた。

 また、ゲームコンソールを狙うには、時期もよかった。ある業界関係者は「コンソールプラットフォームベンダー各社が、それぞれ次世代マシンのアーキテクチャを検討していた時期なので、Intelは好機と見たようだ」と言う。しかし、結果から言えば、現段階では、Intelはゲームコンソールに食い込むことに成功していない。

 前回説明したように、プラットフォームベンダーの3社のうち、SCEはLarrabeeの情報収集を積極的に行なっていた。MicrosoftのXbox部隊も、LarrabeeのためにIntelが集めた人材の中に、元Xbox関係の有力ソフトウェアエンジニア陣が含まれていたため、人的なつながりを持っていた。2社は、比較的早い時期からLarrabeeの実シリコンでのテストを行なっていたと見られる。

 しかし、この2社にだけでなく、じつは、任天堂にもIntelはLarrabeeを売り込みに行っている。穏当なスペックで低消費電力化を最重視する任天堂に、アグレッシブな性能を狙うために電力消費の大きな現行Larrabeeアーキテクチャを持って行くところは、どう考えても無理があるように見える(Larrabee命令セット自体は低消費電力チップへの実装も可能)。Intelも、それは承知の上で、“ダメモト”的に任天堂にアタックしたと思われる。

Larrabee 1のアーキテクチャ

●失速した任天堂のWii

 広くウワサが流れているように、任天堂はWiiの高解像度化バージョンを準備している。一般には「Wii HD」として知られているこのマシンは、次世代機というより、中継ぎ的なスペックだと言われている。2010年がターゲットと見られるWii HDは、Intelがアプローチした時点では、すでに開発が最終段に進んでいたはずだ。そのため、Intelが任天堂にLarrabeeを売り込んだ目的は、Wii HDとは別な、真の次世代マシンに対してだと推定される。

 任天堂のハードウェア戦略は、パフォーマンスを抑える方向にあるため、他のゲームプラットフォームベンダーとは逆を行くように見える。しかし、プロセッサ群をシンプルに保ち、パフォーマンス/電力の効率を上げるという点では、じつは今のCPUのトレンドと合致している。CPUのヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)化の波は、実際にはプロセッサのシンプル化の波であり、任天堂のWiiは、その発想を低消費電力へと思い切り振った結果に過ぎない。大きな流れとしては、現在のプロセッサの技術トレンドに沿っている。Wiiもある意味でテクノロジリーダーだ。

 任天堂は、現在、Wiiハードの急激な失速とサードパーティのWiiゲームタイトル日照りに直面して苦しんでいる。事態は、次第に「Wiiショック」と呼ぶべき危機状況に向かう可能性さえ見せ始めた。任天堂はWii HDの投入などで、巻き返しを図ろうとしている。しかし、現在のWiiの状況では、以前のペースへと盛り返すことは難しいかも知れない。

 こうした状況で、任天堂が抜本的な解決策を考え、その結果、Larrabeeのようなプロセッサのカットアウト版を必要とするケースになる可能性も、ないとは言えない。しかし、Intelの努力は現状では実ってはいないようだ。

●Intelは枯れた技術の水平思考に何を学んだのか

 Larrabeeアーキテクチャが現段階でゲームコンソールへの搭載に成功できなかったことは、Intelの根本的な戦略がゲームコンソールに求められるコストやパフォーマンス効率に、合致しなかったことを示唆している。ゲームコンソールでは299ドル、399ドルといった売価に、全てを納める必要がある。

 ゲームコンソールの本質は家電であり、コストや電力、発熱など厳しい制限がある。今世代では、そこからはみ出した(コストや熱など)ことでPS3とXbox 360がさまざまな困難を抱えてしまった。そして、家電の本質に立ち戻ったWiiが、前半は激走した。こうした反省から、次世代では各社ともコストや効率を重視して来ると推測される。

 Intelと任天堂、2社の話し合いの内容自体はわからない。しかし、Intelにとって、任天堂の“枯れた技術の水平思考”(枯れた技術を使いながら、アイデアで勝負すること)は、いい意味での刺激になったかも知れない。これこそ、これまでのIntelに一番欠けていた発想であり、また、これからのIntelにおそらく必要な要素だからだ。任天堂の思想は、Intelが家電をターゲットとするなら、理解しなければならないことの1つだ。

●新テクノロジのドライバ役だったゲームコンソール

 別な視点を取ると、PC&サーバーCPUの雄であるIntelが、ゲームコンソールベンダーにCPUを売り込んだことは、状況の変化を示唆している。PCアーキテクチャを踏襲したXbox 1(IntelとAMDでCPUを争った)を例外とすれば、これまでPCとゲームコンソールはCPUでは異なる道を歩んできた。GPUも現世代でPCグラフィックスの技術が流入する前は、Xbox 1以外は独自性の強い世界だった。

 そして、これまで、ゲームコンソールは新テクノロジのドライバだった。PCにない新技術を取り込んだり、新しい技術方向性へ向かうことで、技術革新をリードしてきた。PCは、ゲームコンソールを追いかける立場に立つことが多かった。

 例えば、初代PlayStation(PS)が3Dハードウェアで、当時としては高品質のリアルタイム3Dゲームを実現したことが刺激となり、PCのグラフィックスチップの3D化が進んだ。PS2は、同時期のPCの数倍の浮動小数点演算パフォーマンスを達成し、その後、PCのSSE命令とその実装の進化に影響を与えた。極めつけはPS3の「Cellショック」で、制御用の中規模の汎用のCPUコア「PPU(Power Processor Unit)」と、汎用だが演算性能に偏重したデータ並列強化型の小型CPUコア「SPU(Synergistic Processor Unit)」を組み合わせたヘテロジニアスマルチコアがプロセッサ業界を激震させた。

 Cell B.E.アーキテクチャが発表されて以降、CPUの技術の流れが明確に変わり、数年後にはIntelやAMDも含めてヘテロジニアスマルチコア化(またはそれに近いアーキテクチャ)に向かい始めた。下はIntel CPUのアーキテクチャの方向性の変化だ。Cell B.E.はCPUの歴史上の、最大級のマイルストーンだった。また、CPU以外の部分でも、ゲームコンソールはテクノロジを牽引し続けた。

 ゲームコンソールがテクノロジリーダーになった理由は明確だ。それは、ゲームコンソールでは、世代毎にソフトウェアがリセットされるからだ。ソフトの互換性をあまり考慮せずに、技術的な飛躍ができるため、先進的な試みを行なうことができた。それに対して、PCは既存のソフトウェア資産を、より速く走らせなければならないという呪縛があった。そのため、ハードウェア技術を飛躍させることが難しく、ゲームコンソールに先を越され続けた。

Intel CPUアーキテクチャの遷移

●鈍化しつつある?ゲームコンソールの先進性

 もし、こうした技術先取りの流れが次世代ゲームコンソールにも続くのなら、より進んだヘテロジニアスコンピューティングへと進化するのはゲームコンソールの方が先になるだろう。ヘテロジニアスコンピューティング化の未来を考えると、理想的なゲームコンソールのアーキテクチャは次のように予想される。

 まず、メインのゲームコードを走らせるスカラ演算性能がそこそこ高い中型のCPUコアが数個と、データ並列による演算性能が極めて高い小型のプロセッサコアを多数搭載する。スカラ性能が比較的高い中核コアを想定するのは、スカラ演算の性能向上がある程度必要と見るデベロッパが多いからだ。

 一方、グラフィックス処理は、データ並列コア群の一部または全部で実行され、データ並列コア群は他の用途にも自由に使われる。グラフィックスと他のタスクの割り当ては動的に変わる。GPU的な固定ハードウェアを備えているかどうかはともかく、コンピューティングの面では、GPUとCPUの区別がなくなる。現在のプロセッサの技術トレンドから考えれば、これがゲーム向けの理想型のヘテロジニアスコンピューティングとなる。

 しかし、最近の状況を見る限り、次のフェイズのゲームコンソールが、一足飛びにそうしたアーキテクチャへ向かう可能性は低そうだ。それどころか、ゲームコンソール側は技術の方向性が根底から揺れている。そもそも、Cellショックの震源だったSCEが、今や自社の技術について自信を持てず、方針が揺れているように見える。前回の記事で示したように、SCEはヘテロジニアスマルチコア構成自体も再検討していると言われる。

 こうした状況を見る限り、次世代機では、ゲームコンソール側から新奇な技術的挑戦が出てくる可能性は低そうだ。

 その一方で、Cellショックの結果、今や、PCを含むプロセッサ業界全体が方向を転換している。IntelやAMDもヘテロジニアスコンピューティングへと向かっており、データ並列型プロセッサであるGPUも、NVIDIAのように汎用性を思い切り高めたアーキテクチャへと転換しつつある。PCも、古い呪縛から解き放たれて、新しい方向へ進み始めた。Larrabeeは、その流れの中で産まれてきたアーキテクチャであり、PC世界の技術が、今は急展開しつつある。

 そのため、技術の先取性という視点からすると、ゲームコンソールが足踏みをしている間に、PCが追いつき始めたように見える。逆転するとまでは言わないが、ゲームコンソールのリードが失われる可能性が出てきた。もしかすると、ゲームコンソールがテクノロジリーダーである時代は終わったのかも知れない。

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