■元麻布春男の週刊PCホットライン■
現在、PCで広く使われている広帯域ワイヤレス技術と言えば、Wi-Fiということになる。Wi-Fiよりさらに広帯域を目指す技術として、一度はUWBが注目されたものの、IEEEにおける標準化の失敗、第一世代製品のパフォーマンス不足等もあり、完全に失速してしまった。今、UWBに代わって広帯域ワイヤレス技術として注目を集めているのが、60GHzのミリ波帯を利用する無線技術だ。
この60GHz帯無線をめぐって、現時点で2つの標準化団体が存在する。先行するWirelessHDと、2009年5月に誕生したWiGig(Wireless Gigabit Alliance)の2つだ。SiBEAMが主導するWirelessHDは、コンシューマ機器向けの広帯域ワイヤレス接続、特にHDMIの無線による置き換えにフォーカスしており、間もなく米国では第2世代のチップセットに基づく製品が登場しようとしている。
一方、WiGigはその名前からも明らかなように、PCで広く使われているWi-Fiと論理レベルの互換性を保ちつつ、Wi-Fiよりも広帯域の無線データ伝送技術の普及を目指して、802.11のMACを拡張する形で60GHz帯無線の実用化を計画している。2009年12月に、7Gbpsのデータ伝送レートをサポートしたVer 1.0の仕様を策定しており、現在アライアンスの主要メンバーによるレビューが行なわれている。
両者の違いは、前者がAV機器向け、後者がPC向け、前者が片方向、後者が双方向といった違いがある。が、両者が敵対するものかというと、必ずしもそうではないという。「少なくとも、現時点で両者は敵対してはいないし、願わくば将来的にも併存する、あるいは補完的な役割を果たしていければ良いのではないか」(SiBEAMのジョン・E・ルモンチェックCEO)ということであった。たとえばIntelは、WirelessHDとWiGigの両方にプロモーターとして名前を連ねているが、PC向けにはWiGigでも、デジタル・ホーム事業部が開発するTV向けSoCはWirelessHDをサポートする、ということがあるのかもしれない。
●CESでのWirelessHD
さて、今回のCESではWirelessHDに関して、いくつかの発表が行なわれた。1つは米国のTVセットベンダーであるVizioが自社製品への採用を発表したこと、もう1つはBestBuyによるSiBEAMへの出資を含む提携関係の強化だ。
ほとんど唯一と言っていい米国のTVセットベンダであるVizio(北米シェア3位)は、2010年夏に発売するXVT Proシリーズの液晶TVに、WirelessHDのレシーバー機能を標準搭載すると発表した。SiBEAMの第2世代チップセットを用いたもので、価格は47型モデルの1,999ドルから72型モデルの3,499ドルまで。ほかにWirelessHDのアダプタキットや、WirelessHDのトランシーバー機能を内蔵したBlu-rayプレーヤーの商品化も発表している。
米国最大の家電量販店チェーンであるBestBuyは、SiBEAMの第1世代チップセットを用いたWirelessHD対応のアダプタセットを、同社のプライベートブランドであるRocketfishから販売している(RF-WHD100、市場価格約499ドル)。そのBestBuyがWirelessHDにメンバーとして参加するとともに、投資部門であるBestBuy CapitalがSiBEAMに出資することとなった(条件、金額等は非公開)。ここで得られた資金は、SiBEAMの次世代WirelessHD関連製品の開発に充てられることになるという。
現在わかっている次世代WirelessHD製品(SiBEAM第3世代チップセット)だが、物理的なデータ伝送レートを10Gbps~28Gbpsに引き上げ、3D動画、4K解像度、120/240Hzリフレッシュに対応可能になるという。また最新のコンテンツ保護技術であるHDCP 2.0に対応するほか、ポータブル機器向けに1Gbpsでファイルを転送するモードをサポートする。
また、WirelessHDの普及を狙って、SiBEAMでは間もなく量産が始まる第2世代チップセットのIPコアを、外部にライセンス供与する方針を打ち出した。これにより、自社開発のTV用チップセットに、WirelessHD機能を統合することが可能になる。
現時点でSiBEAMが提供するソリューションは、コンテンツ保護機能(HDCP/DTCP)のサポート、4Gbpsの帯域とそれによる非圧縮データのストリーミングといった点で、唯一の存在だ。その一方で、価格が高いのもまた事実である。第2世代チップセットでは、部品点数を減らすなどコスト削減に努めているが、まだハイエンド製品にしか採用されていない。安価になればより多くの製品に採用されるし、多くの製品に採用されればさらに安価になる。このあたりは鶏と卵の関係でもあり、いつブレイクスルーが訪れるか、その前にライバルが現れないかがカギとなる。
WirelessHDによりすべてのAV機器が無線接続されたリビングルーム。コンテンツ保護技術に対応し、非圧縮データを転送するWirelessHDであれば、ゲームで問題となる遅延も生じない。WirelessHDは最大64デバイスの接続が可能だ |
今回のCESでは、IntelがノートPCの画面をワイヤレスで大型TVに映し出す、「Intel Wireless Display」を発表した。My Wi-Fiを応用して、PC上のコンテンツをTVで見ようというもので、Centrino Advancedブランドの無線LANモジュールを搭載したArrandaleベースのノートPCであれば技術的には利用可能だが、当初はソニー、東芝、ASUSの3社のノートPCに限定される(該当PCには専用の接続ボタンが搭載される)。これにBestBuyで販売される専用のアダプタ(100ドル弱)を組み合わせて利用する。
こちらはアダプタが100ドル弱と安価(片方はノートPCを利用するからでもあるが)だが、コンテンツ保護に対応していない。Wi-Fiの帯域をインターネットアクセスと共有することもあり、解像度も1,280×720、1,280×800、1,366×768に限定される。YouTube等、PCで一般的なインターネット動画を大画面のTVで見るといった、カジュアルな利用を想定したものといえるだろう。現状ではWirelessHDのライバルにはなり得ない。
しかし、コンテンツ保護にしても、帯域にしても永久に解決できない問題ではない(WiGigもその候補の1つだ)。こちらは、導入のしやすさをとっかかりに、うまくいくようなら性能や機能を上げていくアプローチとも言えるだろう。まず高い性能と機能を実現し、低価格化を図るWirelessHDと、どちらのアプローチが成功するのか、あるいは第3の技術が登場することになるのか、注目されるところだ。