■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
Let'snote AX2 |
パナソニックは、同社初のUltrabook「Let'snote AX2」シリーズを10月26日から順次発売する。Windows 8を搭載したPCが公式に発表されるのは、国内では初めてのこと。また、2軸ヒンジを採用し、ノートPCとタブレットのハイブリッド利用が可能な仕組みとした製品が、正式に発表されたのも、このAX2シリーズが第1号となる。そして、ホットスワップでのバッテリ交換を可能としたのも、UltrabookとしてやはりAX2シリーズが最初だ。
こうした新たな要素を数多く取り込んだAX2には、これまでのLet'snoteとは異なる側面がいくつか見られる。トップキャビネットへのアルミニウムの採用や、アイソレーションキーボードの採用、そして、四角いタッチパッドといっただけでも、これまでのLet'snoteとは見た目が大きく異なる。さらに、従来のLet'snoteが、軽量、堅牢、長時間を追求する一方で、唯一の「逃げ道」としていた薄さに、AX2では真正面から取り組んでいるのも見逃せない要素だ。パナソニックは、Let'snote AX2シリーズで、どんな道を歩もうとしているのだろうか。
●薄さの追求に挑んだAX2シリーズ「もし、Let'snoteで薄型を追求したらどうなるか。最初は、技術的なステップアップを目指した取り組みだった」――。
星野央行主任技師 |
2011年6月頃、AX2シリーズの開発に着手した当時の様子を、パナソニックAVCネットワークス社ビジネスソリューション事業グループITプロダクツビジネスユニットテクノロジーセンターハード設計第一チーム主任技師の星野央行主任技師は、こう振り返る。
この頃IntelはUltrabookの仕様を公開。その中で、液晶ディスプレイが14型未満のPCの場合には、薄さを18mm以下にすることを、Ultrabookの条件に定義していた。
「Ultrabookの時代が到来する中で、Let'snoteシリーズにおいてどんな回答を出せるのか。いや、Let'snoteでUltrabookが投入できるのかという観点からの技術的挑戦がAX2であった」と星野主任技師は続ける。
周知のように、Let'snoteは、ボンネット型と呼ばれる天板がトレードマークだ。この構造が、100kgfの加圧振動や、76cmの高さからの落下衝撃に対する堅牢性を実現することにつながっている。
しかし、ボンネット型にすることで、ある程度の厚みが必要になるというトレードオフも発生する。加えて、Let'snoteには歴史的に薄さを犠牲にしてきた歴史があった。これはビジネスモバイルに特化することを明確に打ち出した、2002年3月のLet'snote R1以来の設計手法でもある。
Let'snoteには、ビジネスモバイルPCに要求される要素として、「軽量」、「頑丈」、「長時間」、「高性能」の4つを掲げ、これを追求することを徹底してきた。この中に薄さという言葉は含まれていない。
もちろん極端な厚さは認められない。しかし、軽量化や頑丈性、長時間バッテリ駆動、高性能を実現するためには、薄さを後回しにするというのがLet'snoteの開発手法でもあった。
だが、Ultrabookでは薄さが明確に定義されている。Let'snoteでUltrabookを実現するためには、薄さという「逃げ道」を塞がれ、大きなハードルが設定されたのだ。
「単に薄くするのならば難しくはない。問題は、Let'snoteとしてのスペックをクリアしながら薄くしなくてはならないこと。そして18mm以下を目指さないと、18mmの壁は越えられない。中のユニットをどう配置するか、キャビネットをどうするか。侃々諤々の議論が始まった」と、星野主任技師は語る。
その頃、別の開発チームが、「Let'snote SX1」で、薄さへの挑戦を始めていた。2012年2月に発売されたLet'snote SX1では、従来モデルに比べて11.2mmの薄型化に成功。Let'snoteのイメージを大きく変えてみせた。
ここで採用したのが新ボンネット構造である。外側のボンネットの凹凸を薄くするために、内側にアーチ状に肉厚をつけることで、強度を保つという仕組みだ。しかし、SX1の薄さはそれでも25.4mm。まだ目標の18mmには大きく及ばないものとなっていた。
●途中で追加されたタブレットとのハイブリッド構造ここで、もう1つの大きな課題が加わった。それはタブレットとしても使える、ハイブリットPCへの設計変更だ。
これは特定のユーザーから要求されたものではない。むしろ、SXシリーズとの差異化をどう打ち出すかという社内的な事情、そして、パナソニックが提案するUltrabookとはどんなものかという特徴を明確にする狙いがあった。また、営業、マーケティングサイドからも、「ハイブリット型の提案ができた方が売りやすい」という声も実際にあがっていた。
「その時点では、ハイブリッド型のUltrabookを開発するための技術が手元に揃っている状態ではなかった。ヒンジ方法1つをとっても最適な回答があったわけではなかった」と、まさに手探りの状態であったことを示す。その中で、18mm以下の薄さを追求しなくてはならない。もし開発につまづくことがあれば、他社のUltrabookの投入から大きく遅れることになる可能性もあった。
「ハイブリッドに踏み出したら、もう後戻りはできない。なんとしてでも、ハイブリットで利用できるUltrabookを開発しなくてはならない」--。星野主任技師は、開発チームにそう宣言した。
実は、「今だから話せることだが」と星野主任技師は小声で、「そうは宣言しながらも、開発が駄目だと思った場合には、戻れるようなことも考えてはいた」と笑いながら明かす。それだけ現実化するには、ハードルの高い挑戦だったのだ。
ハイブリット型には、いくつかの方式がある。AX2で採用したような360度折り曲げる手法のほかに、ヒンジの中央から回転させる方法、液晶ディスプレイをスライドさせる方法、そして、液晶ディスプレイ部を完全に独立させる方法などだ。
最初に検討から漏れたのが分離型だ。ユーザーの利用シーンを考えたときに、ディスプレイ部だけを持って移動することで、キーボードが利用できない場面が発生しやすい環境を避けるのが理由だった。
一方で、スライド方式では構造の複雑さなどが懸念材料となり、一点で回転方式する方式では堅牢性を懸念した。星野主任技師は、「リングノートスタイルの2軸ヒンジを採用することが、構造がシンプルであり、軽量化にも、頑丈性にも貢献できると考えた」と、360度の折り曲げ型を採用した理由を語る。
だが、360度折り曲げ型にした場合、ボンネット型の天板の厚さが邪魔になるというLet'snoteならではの課題も浮上した。
SX1で採用した新ボンネット構造では、内側に補強した厚みは約1mmの高さがある。それでも作れなくはないだろう。だが、タブレット使用時の薄さを追求するためには、これを0.5mmにするための挑戦が始まった。
内部の肉厚が薄くなる分、いかに強度を保つかが、0.5mmへの挑戦へのポイントだ。そこで、さまざまなアイデアが投入された。1つのヒントになったのは、逆ボンネット構造と呼ばれる「Let'snote C1」で採用した仕組みだ。裏面に複数のリブをつけて強度を高めているのが特徴だ。
長村佳明氏 |
「紙を丸めただけでは強度がない。そこに折り線をつけると強度が生まれる。これと同じように、骨を1本通せば強度が生まれることになる」と、パナソニックAVCネットワークス社ビジネスソリューション事業グループITプロダクツビジネスユニットテクノロジーセンター機構設計チーム主幹技師の長村佳明氏は語る。
AX2のボンネットの裏側には、波打った線が刻まれている。これがリブとなる。
「直線だけでは片方向の衝撃には強いが、もう片方向の衝撃には弱い。波形とすることで、あらゆる方向からの衝撃に耐えられるようにした」という。
波形状の角度、リブの高さや太さ、リブの本数や位置などを、何度もシミュレーションした結果、左右に5本ずつ、合計10本の波形の線を裏側に引くことで最大の強度を達成できたという。
「ヒントは、パルテノン神殿などの古代史跡の柱に刻まれている筋、そして、地層に見られる波打った模様。これらが長年に渡って、その状態を維持できる構造であると考えた。それをもとに、シミュレーションしてみると、想像以上の成果があがった」と長村主幹技師は語る。
0.5mmという薄さを実現したAX2の新たなボンネット構造は、こうした知見とノウハウが取り込まれて実現しているのだ。
新ボンネット構造の天板。ボンネット部の高さは0.5mm | 新ボンネット構造の天板の裏面 |
波形の筋が入っている。これが強度を高める秘密だ | 新ボンネット構造の概念図 |
●アルミニウムのトップキャビネットの意味とは
もう1つ薄さを実現した理由が、トップキャビネットにマグルシウムとアルミニウムの複合素材を採用している点だ。ディスプレイ側の薄さは新たなボンネット構造によって実現されたが、ボトム側を薄くできた背景には、この複合素材の採用が決め手となっている。
もともとLet'snoteの箱型のボトムケースはねじれに強いという特徴がある。しかし、薄さを追求するために箱の壁となる部分の高さが低くなれば、ねじれに対する強度が落ちることになる。それをカバーするために、少しでも底面部に厚くできる部分を増やすという複雑な加工を施すことによってこれを解決しようとした。
複雑な加工をするためには、軽量であり、加工が容易なマグネシウムをトップキャビネットの下側に採用。それを覆うような形で、堅牢性が高いアルミニウムのトップキャビネットを取り付けるボンディング構造とした。これはLet'snoteとしては初めてのことだ。
「Let'snoteで、アルミニウムのトップキャビネットを採用したのは過去にはあったが、「Let'snote R1」以降では初めてのこと」と、星野主任技師は語る。
トップキャビネットのマグネシウム部。複雑な形状で厚みを変えて強度を高めている | Let'snote AX2の基板。意外にも大きな基板。薄型化するために横に広げた結果ともいえる |
アルミニウム部に基板を配置した状態 | トップキャビネットの構造 |
●なぜ四角いタッチパッドを採用したのか
最も目にするトップキャビネットへのアルミニウム素材の採用は、Let'snoteが変化したことを感じるものとなっているが、その部分において、これまで丸かったタッチパッドを四角くし、アイソレーションキーボードを採用した点でも、それを強く感じることができる。
それらを採用したのには理由があった。四角いタッチパッドは、まさにWindows 8の操作性を意識したものだ。画面の外から画面にスワイプするといった操作や、複数の指での操作などには、四角いタッチパッドの方が適していると判断したからだ。
そして、これはAX2の薄型化にも貢献している。Let'snoteの円形タッチパッドは、溝をなぞって指を回転させることでスクロールするといった使い方ができる。そのためには回転部に落とし込みが必要になり、一定の高さが求められる。しかし、今回の四角いタッチパッドでは落とし込みは不要となり、薄さの点でもメリットがあるのだ。
しかし、今後のLet'snoteがすべてこの四角いタッチパッドを採用するのかというとそんなことはないようだ。
「今回の四角いタッチパッドは、現時点での最適な提案とした考えたもの。Windows 8にはこれが適しているのではないかという判断のもとで採用した。今後、どんなアプリケーションが登場するのか、またどんな使い方がされるのかによって、改めて検討する必要がある」と、星野主任技師は語る。
実際、10月26日以降には、Let'snote SXシリーズなどにも、Windows 8を搭載したモデルが用意されるが、これらは依然として円形タッチパッドを採用したままである。今回のAX2によって、今後のLet'snoteがすべて四角いタッチパッドになると考えるのはどうも早計のようである。
●アイソレーションキーボードの意味アイソレーションキーボードの採用は、タブレットとして利用した際に発生する課題を解決するためのものだ。
360度折り曲げて、タブレット端末として利用する場合、裏面にはキーボードがむき出しになる。使い方によっては裏側を押さえている指がひっかかり、キートップがはずれてしまうということが想定される。そこで、アイソレーションキーボードの採用によって、こうした問題が解決できるというわけだ。
しかし、アイソレーションキーボードの採用は、Let'snoteらしさを実現する上で大きな課題となった。AX2で採用したアスソレーションキーボードのキーストロークは1.2mm。Let'snoteシリーズでは2mm以上のキーストロークを確保しているのが一般的で、SX1でも2mmを実現している。
「キーストロークを確保するには正直なところ限界があった。それでもLet'snoteの操作感を実現するために、徹底して改良を加えていった」(星野主任技師)。
リーフ型のキートップとすることで、指がひっかかりにくいようにするのは、SXでも実現してきた取り組みであり、さらに、18mmのキーピッチを実現し、SXシリーズの19mmから1mmの減少に留めることにも成功した。
「アイソレーションキーボードとして、今実現できる最大限の努力を注いだキーボード」と星野主任技師は位置づける。
●インターフェイスや液晶サイズへのこだわりインターフェイスにも妥協はない |
Let'snoteは、ビジネスシーンでの利用を想定したPCである。Ultrabookになったとはいえ、譲れない要素がいくつかある。
例えば、他社のUltrabookと比べると、多すぎるほどの各種インターフェイスを標準搭載していることだ。有線LANやミニD-Sub15ピン、SDカードスロット、USB 3.0、HDMI出力など、いずれも標準サイズのポートを搭載し、アダプタなどの使用を不要にした接続環境を実現している。
「SXシリーズに比べても、USB端子を1つ減らしただけ。また、セキュリティロックは、多くのビジネスユーザーから求められているもの。これは他社との大きな差になる」と星野主任技師は、自信をみせる。
11.6型のディスプレイサイズを採用したのも、軽量化におけるバランスとともに、モバイル環境での見やすさを考慮したものだという。
「Jシリーズで採用している10.1型では文字が見にくい。しかし13型では大きすぎる。また、1,366×768ドットの解像度としたのも、最も見やすい解像度であると判断したため。これ以上、解像度を高めてもビジネスシーンでは文字が読みにくいだけ」とする。
また、SSDを採用したのは起動の速さや、薄型化への観点からという理由も見逃せないが、「HDDを搭載するならば、緩衝材料によって保護し、安全に動作させることがLet'snoteの条件。しかし、Ultrabookの薄さでは、現時点の技術では、ビジネスシーンで安心して利用してもらう環境を実現できなかったため、SSDを搭載したという背景もある」(星野主任技師)とする。
●Ultrabook初のホットスワップバッテリで連続駆動を実現Let'snote AX2で最大の特徴の1つといっていいのが、Ultrabookとしては初となるホットスワップによるバッテリ交換を可能にしたという点だろう。これも、もともとの発想は、ビジネスシーンでの継続的な利用という観点から生まれたものだ。
「脱着式バッテリパックの採用とホットスワップ機能の搭載は、ある時、ふと思いついた」という星野主任技師自らの提案である。
Ultrabookにおける弱点は、バッテリの連続駆動時間だといえる。
「ビジネスシーンで丸1日でも安心して利用できる駆動時間を実現できないか。Let'snoteの根幹とも言えるその考え方を実現するためには、バッテリを着脱式とすること、さらにホットスワップにすることが必要だと感じた」と星野主任技師は語る。
2セルの内蔵バッテリで約3時間、着脱が可能なバッテリパックでプラス約6.5時間。そして、最初から同梱している予備のバッテリパックを使用することでさらに約6.5時間。バッテリパックは、電源を入れたままでのホットスワップによる交換を可能とし、合計で約16時間の連続駆動を実現した。
「ホットスワップにすれば、いちいち電源を切って、OSを立ち上げ直す必要がない。業務を止めることなく、継続的に使用できるようになる」と、これもLet'snoteが追求するビジネスシーンでの利用を想定した結果だ。
バッテリパックは190gという軽量化を実現しており、これを1個持ち運ぶだけで、16時間の駆動が可能になる。
Let'snote AX2に搭載されている内蔵バッテリ。2セルで3時間動作する | 取り外しが可能なバッテリパックを専用充電器で充電している様子 | ホットスワップ機能によって連続16時間の駆動が可能 |
●SXシリーズに負けない製品を目指す
星野主任技師は、Let'snote AX2の開発を振り返り、「これまでのLet'snoteの考え方を変える必要があり、それへの挑戦だったった」とする。Ultrabookという枠組みの中で、薄型化という新たな挑戦に取り組む上で、これまでのLet'snoteの設計では通用しない部分があったからだ。
さまざまな壁にぶつかった時に、星野主任技師が開発者、そして自分に言い聞かせたのが、常にシンプルさを目指すということだった。その考え方を開発の根底においたという。また、さまざまな新たな開発手法に取り組んでも、軽量、堅牢、長時間、高性能、そしてタフであり、クリエイティブであるというLet'snoteの基本姿勢は崩さなかった。
実は、星野主任技師は、「Let'snote SXシリーズに負けないものを作りたかった」と明かす。Ultrabookでありながらも、Let'snoteのブランドとして高い完成度を実現したSXシリーズに劣らないPCの開発が目標だったという。
「ぜひ、多くの企業ユーザーに使ってもらいたいPC。そして、多くの方々から、この製品に関するフィードバックをいただきたい。そうした状況が生まれることこそが、この製品に注目をいただいている証になる」と、星野主任技師は語る。
UltrabookとしてもLet'snoteが存在感を発揮できるかどうか。その戦いはこれから始まる。