■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
iPad |
iPadの売れ行きに陰りが見え始めている。
BCNが全国の主要量販店などを対象に調査した10月のiPadの販売台数指数は、発売月の5月を100とした場合に78と、発売以来、初めて5月実績を下回った。
同調査によると、6月には145、7月には135、8月には105と5月の実績を上回っていたが、9月には100と同等水準になっていた。
量販店店頭におけるiPadの需要が一巡したと言える一方、11月下旬に発売されるNTTドコモのGalaxy Tab、12月に発売されるシャープのGALAPAGOSなど、新たな端末に対する関心が高まった影響が出ていると見ることもできよう。
米Appleが10月18日に発表した2010年度第4四半期(7~9月)決算によると、同期のiPadの販売台数は419万台。4~6月の販売台数が327万台であったことに比較すると、さらに拡大していることがわかる。
しかし、米アナリストの間ではiPadの販売台数が予想を下回ったとの意見が支配的。一部にはこの四半期で500万台規模の出荷に達するのではないかとも見られていたからだ。
●iPadの勢いは頭打ちなのか?
では、iPad人気は頭打ちになったとみることができるのか。
そう結論を出すには早計のようだ。
米Appleの発表が、アナリストの予想を下回った大きな要因は、iPadの供給が追いつかないという問題があったからだ。年末商戦においても、安定供給ができればiPadの出荷台数はさらに増加するとの見方が出ている。
10月18日に米iSuppliが発表した予測によると、今後は、サプライヤーの部品増産体制の確立により、安定部品供給が可能になると見ており、年末には月産250万台以上のiPad製品体制が確立されると予測。2010年の出荷台数は当初予測の1,290万台から、1,380万台に達すると修正している。
また、日本でも、量販店における販売台数だけでは判断できない部分もある。
例えば、秋葉原の中古PC専門店では、「中古のiPadを持ち込む人も多く、一方でiPadの中古を購入する人は後を絶たない。常に在庫が少ないという状況が続いている」という、相変わらずの人気ぶりを指摘する声もあがっている。また、ソフトバンクは、iPadの取り扱い店舗をこれまでの16店舗から114店舗に拡大するなど、量販店ルート以外での販売網拡充がみられる。
量販店におけるiPadの展示の様子 |
さらに、ここにきて企業でのiPad活用が加速しており、大量一括導入の動きが顕著になっている点も見逃せない。
ソフトバンクが2万人のグループ社員を対象にiPadを導入したほか、コクヨが1,500台、大塚製薬が1,300台、パチンコ機器メーカーのフィールズが1,000台の導入計画をそれぞれ発表。また、ビー・エム・ダブリュー、神戸大学大学院、凸版印刷、ガリバーインターナショナル、AIGエジソン生命保険、トステムなどがiPadの導入を公表するなど、あらゆる業種でiPadが利用されはじめている。
このように量販店のPOSデータでは集計できないような動きが顕著に見られている。
個人購入が一巡した後に、今度は企業への導入が促進されはじめているという動きも大きな流れとなっている。
●時を追って変化するiPadの購入層実は、iPadの強みは、時を追うごとに利用者層が変化し、ユーザー層が広がり続けているところにある。
ビックカメラ新宿西口店では、「5月のiPad発売直後は、パワーユーザーやMacユーザーが購入の中心だったが、6月には先進的な機器に興味がある30~40代の男性を中心に、女性にまで購入層が広がってきた。そして、7月に入ると、60歳以上のシニア層のiPadコーナーへの来店が3割を占めていたほど」と振り返る。
一方、10月9日にアップルショップをオープンしたヤマダ電機テックランドNew港北センター店では、「ファミリー層のiPad購入が目立っている。アップルショップ店頭でも家族連れがiPadを操作するシーンをよくみかける」と語る。
この半年間の購入層の劇的な変化は、iPadならではのものだ。
シニア層にも人気が高いiPad。7月には売り場来店の約3割がシニアという店も | ファミリー層にもiPadは人気を集めている |
●Macの販売増加への効果も
もう1つiPad効果ともいえるのが、Mac本体の販売増への貢献だ。
ビックカメラ新宿西口店では、「MacBookの代わりにiMacを購入していくというケースもあるが」と前置きしながら、「iPadを購入したユーザーが、iMacを一緒に使いたいのだが、といった問い合わせが増えている。さらにiPad効果で売り場への集客が高まっていることもMacの販売を後押ししている」と語る。
BCNの調査によると、iPadの発売以降、アップルのPC市場におけるシェア(iPadを含む)は2桁台で推移。7月には、iPadを除く市場シェアで5.7%を獲得。4月までは5%以下で推移していたことに比べて存在感を高めている。
海外ではその傾向がさらに顕著だ。
米Appleの発表によると、第3四半期(4~6月)には前年同期比33%増となる347万台のMacを出荷。第4四半期(7~9月)の出荷台数も、27%増となる389万台。四半期ベースの出荷台数の過去最高記録を更新し続けている。
また、IDCが発表した米国PC市場におけるPCメーカーシェア調査(iPadを除く)では、Appleが24%増の199万9,000台を出荷。Acerを抜いて、3位に浮上した。首位のHewlett-Packard、2位のDellとの間にはまだ差があるが、10.6%の2桁シェアに到達したことで実に10人に1人がMacを選ぶという状況にある。
●iPadのコスト構造が変化へ一方で、世界的にiPadの供給が間に合わない状況をみて、「Appleは現時点では最低限の台数だけを売りたいのが本音ではないか」との声も聞かれる。
iPadの魅力の1つに価格設定がある。
日本のPCメーカー関係者からは、「あの価格を日本のメーカーが実現するのは難しい」との声が聞かれる。
それは先頃発表されたMacBook Airも同様で、価格競争力はズバ抜けているとの指摘が異口同音に聞かれる。
実はApple製品の中で、iPadの収益性はとくに悪いとの見方が出ており、裏を返せば最も戦略的な価格設定をしているとも受け取ることができる。
日本のあるアナリストの試算によると、iPadの部品コストは全体で270ドル前後と見られており、中でも9.7型液晶ディスプレイとタッチスクリーンのコストがあわせて100ドル前後と、コストの3分の1以上を占めているという。
Appleは、中期的な販売台数計画をもとに部品を調達し、当初から部品の値下がりを視野に入れた価格設定を行なっているという。発売当初から一定の黒字確保にこだわる日本の電機メーカーとまったく異なる発想だ。また、SKUが少なく、全世界同一モデルで展開していることも、大量部品調達を可能にし、コスト削減につながっている。
現在、iPadのコストの多くを占めている9.7型液晶ディスプレイとタッチスクリーンは、調達価格の大幅な下落が見込まれる領域で、それがようやく進展する時期に入りつつあるとの見方もある。
収益性を高めてから一気に普及戦略を加速するという判断が、iPadの供給不足の背景にあるということになれば、今後、世界的に出荷台数が増える可能性が高いだろう。
数字の上では、iPadの量販店での販売は一息という状況だが、大きな視点でみれば、これからさらに販売が伸びる可能性がありそうだ。