大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

5つの分野から攻める日本IBMのソフトウェア事業最新事情



 日本IBMは現在、「Lotus」、「Tivoli」、「WebSphere」、「Rational」、「Information Managemant」の5つの製品分野において、ソフトウェア事業を展開している。

 いずれもミドルウェアと呼ばれる領域に位置するもので、IBMが標榜する「アプリケーションソフトウェアには踏み出さない」という基本姿勢を具現化しているといえる。もちろん一部には、判断の仕方ではアプリケーションの領域に含まれるものもあるが、IBMではそれらを含めてミドルウェアと称している。

日本IBM専務執行役員ソフトウェア事業担当の川原均氏

 ソフトウェア事業を統括する川原均専務執行役員は、「日本のITサービス産業におけるミドルウェアの市場構成比は、米国、英国、インド、中国などに比べて低い。日本においてはユーザー固有のシステムが多く、結果としてサービスに寄りやすいこと、またアウトソーシングとして丸投げしてしまう傾向が強いことなどがあげられる。これがいいのか悪いのかは別にして、我々の役割は、ミドルウェアをしっかり紹介し、価値を理解してもらうこと、そしてサービスにミドルウェアを導入することによって、より効率の高いシステム構築、サービス構築につなげることにある」とし、「これまでは隠れていたミドルウェアを、今後は、『ミドルウェアの見える化』をはかりたい」との方針を示した。

 米IBMでは、2015年までの将来に向けたロードマップにおける成長戦略の柱の1つとして、ソフトウェア事業を位置づけている。

 実際、SPSS、ILOG、Cognosといったここ数年に渡る相次ぐ買収を含めて、ソフトウェア事業は広がりをみせている。全世界のIBMの開発者は76,000人。そのうちソフトウェア開発者は、33,000人と4割以上を占める。過去3年間に渡るソフトウェア開発投資は90億ドル、そしてM&Aには80億ドルを投資してきた。現在の円高が進展する為替レートでは日本円換算の規模が小さくなるが、ざっくりとそれぞれに1兆円に手が届く規模の投資が行なわれていることになる。

●新たなエバンジェリスト制度をスタート

 日本IBMでは、このソフトウェア事業の強化を象徴する取り組みの1つとして、「IBMソフトウェア・エバンジェリスト」の新制度をスタートしている。

 ソーシャルウェア、クラウド・コンピューティング、BAO(ビジネスアナリティクス・アンド・オプティマイゼーション)、セキュリティ、BPM、ソフトウェアライフサイクルの6分野において、1人ずつのエバンジェリストを任命。各分野におけ公式スポークスパーソンとして、講演や記事執筆、コミュニティ活動などを行なっていく。

日本IBMソフトウェア事業クライアント・テクニカル・プロフェッショナルズ技術統轄本部長・四分一瑞紀理事

 「日本IBMは2004年からソフトウェア・エバンジェリスト制度をスタートし、2010年3月まで24人のエバンジェリストがいた。だが、実際にエバンジェリストとしての活動が出来ていなかったという反省もあり、これを解散し、新たに日本独自の選定基準のもとに認定した。ソフトウェア事業部門に限らず募集したところ、1分野について5~6人の応募があり、そこから厳しい審査を行なった上で人選したメンバーがこの6人になる」(日本IBMソフトウェア事業クライアント・テクニカル・プロフェッショナルズ技術統轄本部長・四分一瑞紀理事)という。

 言い換えれば、この6つの分野こそが、日本IBMがソフトウェア事業において、力を注いでいく領域であると定義できる。

 「これらの分野は、産声から実現の段階に入ってきた技術であり、IBMが優先的にお客様に対して伝えていきたいと考えているものである。選定した分野に関しては、定期的な見直しを行ない、削除したり、追加する考えだ」とする。

●最適化までを視野に入れたBAO

 なかでも、重要な分野の1つが、BAOである。

 これまでのBA(ビジネス・アナリティクス)は、過去から現在までのデータを分析するBI(ビジネス・インテリジェンス)と、この分析に基づいて未来を予測するPredicive Analyticsによって実現されてきた。

 同社が全世界のCEOを対象に行なった調査でも、「企業の競争力強化のために検討している要素」として、ビジネス・アナリティクスをあげたCEOは、全世界で83%と、最も多い比率を占めている。また、それはあらゆる業種においても共通の認識であり、8業種中、公共を除く7業種でトップとなっている。

日本IBM BAO・エバンジェリストの中林紀彦氏

 IBMが取り組むBAOは、こうした企業のビジネス・アナリティクスに、オプティマイゼーション(最適化)という要素を加えたもので、「予測した結果をビジネスに戻していくという点がBAとは大きく異なる」(日本IBM BAO・エバンジェリストの中林紀彦氏)とする。

 さらに中林氏はこうも語る。

 「IBMが特徴としているのは、BAOをフルラインアップで持っていること、基礎研究所を持ち、その成果を反映できること、さらに、グローバル規模で業種別のナレッジを持っており、それを提供できることにある。この3つをフルスコープで提供できるのは、世界中を見渡してもIBMしかない」。

 情報を収集するInfoSphere、データを分析し、可視化するCognos、未来を予測するSPSS、そして、分析した結果や予測を、ビジネス基幹システムと連動させるILOGといった製品群により、BAOを実現するというのがIBMの提案だ。

 注目されるのは、IBMがこの仕組みを、一本の直線でつないだ見せ方ではなく、サークルとして表示している点だ。

 「最適化した結果は、再度、ビジネスのなかでデータ収集、分析、予測され、また最適化される。この繰り返しが最適化の精度を高め、企業の成長を支えることになる」。

 ある事例では、モデル精度が1%向上するごとに最大1億円のコスト削減が可能になるという試算も出ているという。

 BAOの成果はいくつかの具体的な形で表面化している。

 その成果の1つが、IBMが取り組むSmarter Planetの具現的事例でもあるストックホルムにおける交通渋滞解消のための道路課金システムだ。

 街の入口につながる主要道路などに設置されたカメラで自動車のナンバーを認識し、これをセンサーからの連続データとして収集。データは蓄積せずに、ストリーミング技術で処理。シティ・コマンド・センターでは車種、運転行動モデル、自動車のトラフィック情報や、天候情報などの情報とともに一元管理し、交通渋滞などを予測する。さらに予測されたデータをもとに、車線や入口の規制、料金変更、鉄道への振り替えのための料金変更などの動的対応を実施する。この繰り返しにより、最適化の精度を高めていき、より効率的で効果の高い交通渋滞緩和が実現できることになる。

 「IBMの箱崎ビルでも、電力消費量の最適化を図るために、電力使用の実績や天気予報などをもとに、使用量を予測。分析した結果では、天候の影響が消費電力量を最も左右することがわかったが、2番目にはあるフロアの残業時間が長く、そのフロアの消費電力が影響していることがわかった。全体のKPIを超えた部分についての最適化を行なうために、各階ごとの消灯時間をコントロールし、目標値に抑える提案を行なった。消費電力が多いフロアでどうしても残業しなくてはならない場合には、他のフロアの他の日の終業時間を早くするというようなコントロールも可能になる」という。

 こうした最適化にまでサークルを回すことが、IBMのBAOの提案ということになる。

 ただ、BAOにおいて、ソフトウェア事業の成果へとつながりにくいという実態もある。

 実は、商談ベースではIBMのソフトウェア製品が占める構成比は4割になっているものの、実際の導入では1割以下に留まっているのだ。

 「これはIBM以外のソフトウェア製品を使っているというのではなく、開発、コンサルティングという領域から展開し、ソフトウェアやサービスは後回しにしようという動きがあるため。ただ、米国での事例をみると、商談ベースでは7割、導入ベースでは3割となっており、拡大の余地はあると考えている」(川原専務執行役員)とする。

 これは中長期的に見れば解決していく問題だろうが、それに向けては中堅・中小企業を担当するゼネラルビジネス事業部門などの連携は不可欠になろう。

●製品とサービスを組み合わせたセキュリティ事業

 日本IBMのソフトウェア事業において、もう1つの重要な取り組みがセキュリティだ。

日本IBMセキュリティ・エバンジェリストの大西克美氏

 日本IBMセキュリティ・エバンジェリストの大西克美氏は、「IBMは、『人とアイデンティティ』、『データ・情報』、『アプリケーション・プロセス』、『ネットワーク・サーバー・エンドポイント』、『物理インフラストラクチャー』の5つのカテゴリーから数多くの製品を取り揃えている。さらにツールを揃えるだけでなく、サービスとして提供できる知見を持っている」とし、1日あたり40億のセキュリティイベントを監視・管理していること、15,000人のセキュリティ専門家を有していること、セキュリティ分野において3,000以上もの特許を持っていること、年間15億ドル以上のセキュリティ投資を行なっていることなどを、その裏付けとして挙げる。

 「IBMでは買収したISSが展開してきたX-Forceの技術を使い、現在起こっている脅威に対する情報を提供し続けている。今や個人情報の流出は、たまたま漏れてしまったのではなく、盗られているという認識をすべき。そのための対策を図る必要があることを改めて強調したい」とする。

 クラウド環境では、セキュリティへの不信感が導入の弊害として課題となっているが、IBMでは「VSS(Virual Server Security)」を通じた仮想環境保護など、セキュリティ強化に向けた体制が整っていることを示す。

 そのIBMが今後踏み出していくのは、「プロアクティブなセキュリティ対策」だという。

 「これまでは単に防御するという観点からのセキュリティであったが、SPSSやCognosといった当社製品を活用することでプロアクティブに守ることができないかといったことを考えている。大量のデータを扱い、その知見に基づいたアタックパターンを分析し、今までのようにポリシーに違反しているものを対象にするだけでなく、不正な動きと思われるものまでを対象に防御することができる」という。

 不正な動きは、外部犯行だけでなく、情報漏洩の温床の1つとなっている内部犯行に対する対策に活用できる。新たなセキュリティ対策への挑戦として、IBMの取り組みは注目されよう。

日本IBMが提供するセキュリティ製品群日本IBMが考えるプロアクティブなセキュリティ対策

●IBMが重視するソーシャルウェアへの取り組み

 一方、ソーシャルウェアへの取り組みにも余念がない。

 IBMでは、次世代コラボレーションを実現する統合ソーシャルウェア製品として、Lotus Connections、Lotus Quicker、Lotus Live、Lotus Sometimeなどを用意。さらに、社内テクノロジー・インキュベーションである「TAP(Technology Adoption Program)」を通じて、IBM Researchによるソーシャルネットワーク分析の研究を実施。Small Blue、TENA、SaNDといった取り組みを社内で行なっている。

 例えば、Small Blueはワトソン研究所を中核に行なわれているもので、Lotus Connectionsの機能を利用して、人と人のつながりがどうなっているのかを視覚化、SaNDではソーシャルネットワークの利用状況などの分析を行なうことができる。

人とのつなかがりを視覚的に表示するSmall Blue人とのつながりの距離感もこんな形で表示する相手の連絡がとりやすい時間なども表示して、電話会議などを設定する

日本IBMソーシャルウェア・エバンジェリストの行木陽子氏

 「これらの機能を活用して、専門知識を持った人を探したり、探した相手がどんなスキルを持ち、どんな人とつながりがあるのかがわかる。探し出した人と自分の間に共通の知人がいる場合には、その人を表示し、効率的につながりができるような仕掛けもできる。本来ならば、目的の人を探しだし、その人にコンタクトを取るまでに多くの時間と労力を伴うものが、ソーシャルウェアを活用することで、こうした問題が解決できる」(日本IBMソーシャルウェア・エバンジェリストの行木陽子氏)というわけだ。

 また、行木氏はこうも語る。

 「コンタクトとした相手と電話会議を行なうのに、どんな時間であればつながりやすいかといった傾向がわかったり、米国本社や海外の研究所の社員であれば、時差を利用することができ、例えば、退社する時に書き込んでおいたテーマに対して、朝になったら30件以上の書き込みが寄せられ、問題を解決できたということも私自身体験している」。

 こうした社内利用の成果が、同社の今後のソーシャルウェア製品に反映されるというわけだ。

 実際、次期Lotus Connectionsには、ソーシャルウェアの利用状況から、利用者が見ておくべきコンテンツを推奨するような機能も実装される予定で、これもIBM社内での活用をもとに盛り込まれたものだ。

 行木氏は、「ソーシャルウェアは、人と人、人と情報、情報と情報をつなぐ、コラボレーションインフラとして位置づけられるものである。暗黙知を暗黙知のまま共有、活用し既知の仲間から未知の専門家との情報共有を可能とし、組織を超えたコミュニティの創造が可能になる」とする。

 IBMのソフトウェア事業においても、顔が見える製品の1つとしてソーシャルウェアの存在は重要だといえよう。

●テキストアナリティクスと、サービスマネジメントに注力
日本IBM執行役員ソフトウェア開発研究所の杉谷喜範所長

 神奈川県・大和市の大和研究所内にあるソフトウェア開発研究所では、今後のフォーカスエリアとして、BAO分野におけるテキストアナリティクスと、サービスマネジメント技術の2つをあげる。

 日本IBM執行役員ソフトウェア開発研究所の杉谷喜範所長は、「情報の8割を占める非構造化文書を分析し、ビジネスに有益な情報を抽出すことは、真のBAOを実現する上では極めて重要である」とする。

 ここには同じく大和研究所内にある東京基礎技術研究所が長年に渡り取り組んできたテキスト解析技術が活用されており、この技術はすでに日本語、英語、中国語、スペイン語など世界11カ国語をサポートしている。BAOの進化と普及に大きな役割を果たす技術だといえる。

日本IBMが示すBAOのサークルストックホルムにおける交通渋滞解消に活用したBAOの事例
IBM箱崎ビルでのBAOの導入例。すべてのフロアの消費電力をコントロールBAOの全ての領域において製品、サービスを提供できるとする

 また、サービスマネジメント技術は、ビジネスにおけるさまざまな情報を見える化し、情報の透明化、判断の迅速化を図るもの。ストリーミング・コンピューティングの領域にも活用されるものだ。

 「ソフトウェアセールスチーム、テクニカルセールスチームとともに、ソフトウェア開発研究所の開発者が直接、お客様に出向いて支援を行う体制をとっている。こうした活動が技術開発に生かされている」とする。

 日本IBMのソフトウェア事業は、新たな技術を採用し、さらにそれを社内利用により検証した上で市場に投入する仕組みを構築している。そして、開発者も顧客のもとに出向いて、市場のニーズを肌で感じながら研究開発を進めている。

 IBMのソフトウェア事業の特徴はここにあるといっていいだろう。

ソフトウェア開発研究所の開発者も直接ユーザーと接する体制をとるソフトウェア開発研究所が取り組むBAO分野におけるテキストアナリティクス同じくソフトウェア開発研究所が取り組むサービス・マネジメント技術