大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

【短期特集】40年目を迎えた「EPSON」ブランドの歴史を紐解く

~【最終回】セイコーエプソン・碓井稔社長に聞く、EPSONのこれまでと未来

 2015年にEPSONブランドの制定から40年目を迎えたセイコーエプソン。1942年に創業した大和工業を源流に持つセイコーエプソンは、時計事業でスタートし、その後、プリンタへと事業を拡大。1975年には、「EPSON」ブランドを制定して、今や、プリンタの代表的ブランドとして、全世界に知られる。

 そして、プリンタに留まらず、液晶プロジェクタ、ウェアラブルデバイス、ロボティクスにも事業を広げ、その存在感を高めている。だが、セイコーエプソン・碓井稔社長は、「EPSONブランドが持つイメージの殻を破りたい」とこれからの方向性を語る。これからのEPSONはどうなるのだろうか。40年目を迎えたEPSONブランドのこれまでと未来について、同社の成功と失敗の歴史を踏まえながら、碓井社長に本音を語ってもらった。

新たな事業に取り組むとはどういうことなのか?

――碓井社長は、1979年に、セイコーエプソンに入社したわけですが、当時のエプソンの雰囲気はどういったものでしたか。

セイコーエプソンの碓井稔社長

碓井 当時は、セイコーエプソンの前身となる信州精器に入社したのですが、大和工業や諏訪精工舎からの基本理念などは受け継いでいるが、自分たちは新しい世界を作りたい、そういった気持ちが強い会社でした。主流から飛び出して、新たな産業、商品、そして喜びを作り出そうという雰囲気があった。自分たちで作りだした独創の技術をベースにして、夢を実現したい。そうした息吹が感じられた会社でした。入社を決めたきっかけも、そうした会社の雰囲気に憧れたからです。

 今、私は社長として、そういうイメージの会社にしていきたいと思っています。独創の技術、独創の技能、独創の仕事のやり方によって、自分たちの力を、徹底的に高めていく。人々に感動をもたらしたり、豊かな生活を作り出したり、という大きな志の中で、自分たちが切磋琢磨して、新たな世界を作り出していく。そして、他社に依存するのではなく、また、社会を超越して何かをやるのでなく、社会に寄り添って、社会の夢を共有化して、自分たちの能力を高めて新たな世界を作り出すことができる。そうした会社にしたいと考えています。

 エプソンは、大和工業として創業した時には、時計の部品を作る会社としてスタートし、その後、時計の生産にも事業を広げたわけですが、さらに、プリンタ事業にも進出し、新たな市場の開拓に乗り出していきました。プリンタを作るというのは、今までなかったものを自分たちで作り出すという技術的な新たな挑戦であると同時に、新たなマーケットや、販路も自ら作っていくという挑戦でもありました。技術で新たな夢の製品を作り上げたら、それに伴い、販路も作り、ブランドも作り、ビジネスとしての骨格も作る必要がある。新たな事業に進出するというのは、こういうことなんです。技術を持っているから成り立つわけではありません。技術で壁を乗り越えることができる背景には、市場を創っていくんだという高い志を持つことが大切なのです。

セイコーエプソングループ/セイコーグループの沿革

 エプソンが開発したクオーツ時計「セイコークオーツアストロン35SQ」は、高い志を持った製品として生まれたものです。時を正確に刻みたいが、それまでの延長線上での改良では駄目で、新たな技術のところにシフトしなくてはならない、技術をドラスティックに変えなくてはならないということを背景にして、挑戦した結晶がアストロンでした。しかも、それを実現するために最適な部品がなかったため、水晶振動子も自ら開発し、半導体事業にも進出した。高い志があるからこそ、そうした技術的困難も乗り越えることができたわけです。

「セイコークオーツアストロン35SQ」

 ただ、今振り返って思うのは、私が入社した頃までは、こうしたダイナミックさを持った会社だったのですが、その後も継続的に、ダイナミックな会社であり続けたのかどうかというと、そうではなかったという気がします。志も低かったのではないかとも思っています。もしかしたら、私が入社してから、今日までの35年以上の間、ずっとそうした気持ちが欠けていたのではなかったのか、とさえ思っているんです。その反省もあって、今、原点に戻りたいと言っているんです。

98互換機事業には「邪念」があったのか?

――どんなところにダイナミックさが欠け、志の低さがあったと感じていますか。

碓井 志というのは、社会のためになりたいという「邪念」がない素直な発想の中から生まれて来なくてはいけません。エプソンの原点となるプリンタの開発やクオーツの開発はそうした高い志から生まれてきた製品です。しかし、コンピュータを例に取ると、これが高い志だったのか。よくよく考えてみると、俺たちが覇権を取ってやろうというような、我が出てきたり、私欲が出ていたりといった感じがするんです。OSやCPUを購入し、自らが主導権を握るビジネスではなく、さらに、販売戦略なども拡大路線ばかりを優先するといった感じがしていました。

PC-9800シリーズ互換機の「PC-286モデル0」

 かつての98互換機でやろうとしていたことと、クオーツ時計「セイコークオーツアストロン35SQ」や、ミニプリンタ「EP-101」の開発とでは、志の持ち方が違います。主役になってやろうという発想ではなくて、自分たちの責任で、自分たちの使命として、技術的なブレイクスルーを行ない、市場を創造しなくてはいけない。そうした苦労から生まれた製品がアストロンであり、ミニプリンタです。

「EP-101」

 98互換機は、NECによる市場独占の中に風穴をあける、あるいは口幅ったい言い方ですが、「社会正義のための価値観」というものがあったかもしれません。しかし、立ち位置の危うさというものがあったのは事実です。

 我々がやらなくてはならないのは、自分たちが叶えたいと思ったことや、自分たちにしか叶えられないこと、自分たちが主体的に変えていかなくてはいけないこと、自分たちが何がなんでもやりきらなくてはいけないこと、そうしたところにフォーカスしたものでなくてはいけません。使命を感じるというのは、そういうところにあります。社会がこういう方向に流れていくので、こっちの方がよさそうだ、この波に乗っていこうと考えるというのは駄目です。

 半導体や液晶も同じです。技術的にも魅力がある領域ですが、振り返ってみると、覇権を取るとか、他社に負けないようにするという気持ちが強かった。

 液晶は最初にやり始めた時は主体性を持ったビジネスだったのですが、途中で主体性がなくなりました。携帯電話メーカーの意向に引っ張られて、その中で一番になろうという気持ちが強くなり、主体的に自分たちが新たな価値を作り出していくというよりは、世の中の流れに乗っていくという思想が強かったと言えます。コアとなる技術を極めることができず、何が一番大事かということが理解できていなかった。最大の失敗は、材料や生産プロセスを外部に依存していたことでした。結果として、自分たちの強みを発揮できないビジネスになってしまいました。

 端から見ていて、なんでこんなことをやるのかということや、なぜ、こんなところにお金をかけるのだろうかということも度々でした。

 時流に乗るのではなく、流れそのものを作り出し、それに乗ることが大切です。ただ、その流れを作るのはすごいエネルギーが必要であり、時間がかかります。一方で、流れに乗るのは簡単ですが、主体的なものではないので、流れが変わった時にどこに行くか分からなくなってしまいます。

 企業というのは、ある一定のポジションを得ると、社会のために会社があるということを忘れて、自分たちが覇権を取りたいという気持ちが強くなっていくものです。しかし、それではいけない。だからもう一度、私は、経営理念に立ち帰ろうとしているんです。社長就任以来、社員と経営理念対話会を行なっていますが、ここではどういう行動や考え方が、経営理念に合致するのかといったことを話し合っています。行動に迷った時は、経営理念が判断基準になるというわけです。

経営理念

お客様を大切に、地球を友に、
個性を尊重し、総合力を発揮して
世界の人々に信頼され、社会とともに発展する
開かれた会社でありたい。
そして社員が自信を持ち、
常に創造し挑戦していることを誇りとしたい。

EXCEED YOUR VISION
私たちエプソン社員は、
常に自らの常識やビジョンを越えて挑戦し、
お客様に驚きや感動をもたらす
成果を生み出します。

EPSONブランドの条件とは何か?

――EPSONブランドの製品は、高い志から生まれたものでなくてはならないと。

碓井 私はそう考えています。EPSONのブランドを具現化してきたものとして、インクジェットプリンタや液晶プロジェクタが挙げられます。世の中になかったものを作り出そうと考え、それを実現するために、材料を始めとして、全てを自分たちで作り出してきた。インクジェットプリンタは、プリンティングの世界を変えたいと思って、マイクロピエゾに行きつき、その技術をなんとか実現したいと思って、自分たちの頭を使って、考えて、独創の技術を作り出した。それが今に繋がっています。

 最終的には時間がかかっても、材料から何から何まで、全てを自分たちで作れるような事業が、EPSONブランドの事業です。極論を言えば、セイコーエプソンが関わる全ての事業を、こういうものだけにしたいと考えています。自分たちにしかできないことをやり、自分たちの強みにだけフォーカスした事業。この仕組みでビジネスをしていれば、一度や二度、あるいは二度、三度失敗しても、立ち直れることができる。華々しく勝たなくても、絶対負けない事業構造であり、社会に貢献できる事業構造になっている。つまり、危うさがない事業構造だといえます。

 エプソンのプリンタ事業は、2000年までは、フォトプリンタの世界をリードしたものの、複合機化では出遅れたという反省があります。それによって、かなりの期間、低迷していました。しかし、基幹となる技術がしっかりしていますから、小型化したり、ビジネス領域にフォーカスしたりといったことで再びビジネスが成長しています。

 マイクロピエゾという、コアになる技術が強いですから、一時的に弱さが見えても、もう一度考えてやり直すと強い製品が作れる。確かに、いつも勝っていることはできないかもしれませんが、負けても、ガタガタと崩れないで済むのは、コアとなる技術をしっかりと持っているからだと思います。企業はそういうものがなくてはいけない。私はそこを極めたいと思っています。

――碓井社長は、社長就任以来、「究め、極める」という言葉を使っています。この言葉の意味を教えてください。

碓井 社会を変えたい、社会の夢を変えたいという高い志の中で、主体的に自分たちの夢を実現するためにはどうするか。そのためには焦点を絞ることが必要です。それが「究める」ということです。そして、絞り込んだ焦点に向けて、徹底的にやりきる。それが「極める」ということです。

 私の体験に当てはめると、インクジェットの開発があります。当時、エプソンでも、さまざまな方式の研究を行なっていました。当時から、写真に負けない画質を実現したいという夢はありましたが、その先に、プリンタでどんなものにでも印刷したいということを考えると、インクジェット技術、しかもピエゾ方式ということになる。考えれば、考えるほどそこに辿りつくことになるんです。

 しかし、この時に、構造が単純なバブルジェットが低コストを背景にした低価格化を図っており、これに対抗するにはどうするか、という短期的なところだけで判断すると、価格を安くすることばかりが優先され、プリンティングの世界を革新しようという志からは外れることになります。最終的な姿を思い描いた時に、どうすべきか、それを実現するためにはどうしたらいいかというという観点から、エプソンはマイクロピエゾに焦点を絞り、そこを極めていったわけです。

 今実用化されているマイクロTFPプリントヘッドは、1990年の時にやろうと考えていたものです。しかし、当時の技術では、プリントヘッドが大きくなりすぎて、製品化できませんでした。小さくしていかないと、ラインで印刷できるようにはならない。そこで、さらに技術を極めていくにつれ、ビエゾをどんどん薄くしていくと、ヘッドのパフォーマンスが上がっていくことが分かり、さらにそのため材料も開発しました。15年以上をかけて、この目標を実現したのが、PrecisionCore(プレシジョンコア)テクノロジということになります。産業向けなどでの利用に留まらず、昨年(2014年)からは、ビジネスインクジェットプリンタの製品化において重要な役割を果たしています。今、これをさらに進化させようという努力をしています。

 一方、液晶プロジェクタの場合には、かつては、デバイスそのものを販売しており、同じデバイスを使っているにも関わらず、末端の製品では競争するという状況が生まれていたわけです。デバイスを作るための生産設備を作る上では、数を確保する必要があったという側面があったのは事実ですが、対抗するDLPが出てきた時に、末端のメーカーは、どちらを使うかを選択する際に、技術よりも、値段を競わされ、その結果、急激に収益が悪くなりました。これは主体的にビジネスをやっていることにはなりません。

 そこで、デバイスを活用する道として、自分たちの液晶プロジェクタだけにデバイスを搭載する道を選びました。結果として、液晶プロジェクタのメーカーが少なくなり、自分たちで市場におけるプレゼンスを圧倒的に高めることができました。結果としては良かったと思っています。液晶プロジェクタのビジネスでも主体性を取り戻せたわけです。

 エプソンには、技術にこだわる会社というイメージがあります。ただ、技術は、単に技術として追求していっても意味がありません。その技術によって、しっかりと利益が出るところまでやらないと極めたことにならない。そこまでやらずに、技術が完成しただけで満足してしまうという中途半端なやり方だから、その技術が駄目になるわけです。本当に世の中を変えられるものであれば、こだわって、こだわって、徹底的にやり抜かないと駄目なんです。

長野県諏訪市にあるセイコーエプソン本社

――2015年度を最終年度とする中期経営計画「SE15」は、当時、どんな気持ちで策定したのですか。

碓井 SE15では、自分たちが主体的に関われる事業だけにフォーカスしてやっていくことに決めました。一方で、自然と、自分たちの枠をはめているところを是正したいとも考えました。かつてのエプソンは、時計メーカーであるという枠を超えて、ベースの技術を活かしながら、ありとあらゆる可能性を持って挑戦していこうという気持ちがありました。

 しかし、ある時期から、うちには販路がないから、そういうことをやっても駄目だという意識が強くなりました。プリンタでも同じようなことが起きていました。コンシューマはインクジェットプリンタの市場だが、オフィスはレーザープリンタであると、我々が勝手に決めつけ、しかも、そんなプリンタはうちには作れない、と勝手に考えていました。オフィスのニーズを考えれば、ユーザーは、レーザープリンタを求めているわけではなくて、もっと安くて、品質が高く、速く印刷できるを求めているわけです。そこにインクジェットという技術を活用してもいいわけです。

 だが、核になる技術があるにも関わらず、規定の枠の中にはめる癖があった。そうじゃなくて、核になる強さがあるのであれば、マーケットも、販売組織も、ブランドも作れる。そうしたチャレンジをしようと。そのためには、核になる技術を究め、極めていくことが必要。そういう思いの中で、SE15を作ったわけです。SE15では、「省・小・精を究め、極めて」としたのもそのためです。

 どういうビジネスモデルがいいのかということを究めて、これを徹底的にプラットフォーム化して、いろいろな顧客に向かって、効率的に作っていく。自分たちの販路はここですから、これはやりません、ではなくて、社会を変えられるところまで変えるところまで極めて、社会に貢献していこうというわけです。それぐらいの大きな夢や志を持って作ったのがSE15なのです。

 よくよく見てみると、SE15を策定した当時の状況は、主体性を持った事業は1つもなかったとも言えるわけです。形を変えていかなくてはならない。インクジェットにフォーカスすれば、オフィスだってできる。これこそが大きな夢に向かっているということになる。そこにフォーカスしたわけです。

 プリンタ事業において、究め、極めるために、ODMに出していたものは、全て中に入れました。確かに、いきなり中でやると言われた社員は苦しかったかもしれませんが、ストレッチすれば必ずできる。エプソンの社員ならば、できないことではない。そう信じていましたから、そこはかなり無理を言いました。その結果、プリンタを再生する地盤を作ることができたわけです。

 枠を取り払うという点では、エプソンは、コンシューマしか作れない、売れないという枠も取り払いたいと考えていました。そうしないと、収益性は上がりませんし、すぐにコンシューマで数字を稼ごうという逃げ道を作ってしまう。一時的に売り上げは伸びても、利益構造は悪くなるだけです。そうした過去の考え方、枠組みを取っ払って、ビジネス領域やエマージング市場にも挑戦していったのがSE15です。コンシューマ事業は強い基盤がありますから、少し人数を減らしてもあまり変わらない。そこから、少しの人を新しいことをやる部分へとシフトすれば、固定費が変わらずに、新たなところで成果が上げることができる。その部分は全てプラスになります。体質が、よくならないわけがありません。

エプソンが取り組む4つの領域とは

――エプソンでは、4つの領域において、製品、サービスを創出する姿勢を打ち出していますね。

碓井 今、セイコーエプソンが取り組んでいるのは、マイクロピエゾ、マイクロディスプレイ、センシング、ロボティクスという4つのコア技術を活用し、「プリンティング」、「ビジュアルコミュニケーション」、「生活の質向上」、「ものづくり革新」という4つの領域で、お客様の期待を超える製品やサービスを創出したいということです。

 マイクロピエゾ技術を核にした「プリンティング」領域は、エプソンの強さの源泉であり、世の中の人たちが、こんなものにもプリンティングしたいという思うことを現実のものにしていきたいと考えています。また、マイクロディスプレイを核とする「ビジュアルコミュニケーション」では、耐光性が悪いと言われていた技術を徹底的に改良し、これまでにない提案をしていきたい。ここでは、有機ELを含めてもやっていくつもりです。

 そして、センシングを活用した「生活の質向上」は、セイコーエプソンが長年に渡って取り組んできた「省・小・精」の技術を活用し、他社が、簡単には真似ができないものを核にして、製品化していく。独創の技術を元に、尖ったものを市場へと投入していきたい。今でも、WristableGPSやPULSENSEといった製品を投入していますが、その計測能力は他社の追随を許しません。デバイスを、その製品向け専用に作れるからこそ、先鋭化した製品が作れます。

WristableGPSシリーズ

 さらに、ロボティクス技術を活用した「ものづくり革新」は、セイコーエプソンが長い歴史の中で培ってきた組み立てや加工の技術を活用したものになります。ここにきて、組み立ては、人がやれば済むというものではなくなってきました。この事業を加速するには、いいタイミングに差し掛かっていると考えています。

 この4つの領域に共通しているのは、自分たちが主体的に関わって、社会の夢を実現できる領域であるということなのです。そして、セイコーエプソンが得意とする省・小・精が活かせる領域であるという点です。省、小、精とは、「エネルギーを省く」、「モノを小さくする」、「精度を追求する」という意味です。例えば、エプソンがロボティクスをやると言うと、ちょっと離れているのではと感じる人がいるかもしれませんが、これはエプソンの長年のノウハウが蓄積された部分であり、コアとなる技術もあります。

 そのため、これからのロボティクスを担う新たな技術を開発することができると考えています。それはプリンタ事業を始めた時には、マイクロピエゾ技術があったわけではなく、プリンタの技術を究め、極めていった結果、生まれたようなことを起こすことができる領域だと信じているからです。

 センシングやロボティクスは、まだインキュベーションですが、将来、プリンタ事業に限界が到達した時に、これを受け止めることができる領域だと考えています。当然、1,000億円を遥かに超える事業規模になる可能性もある。社会の夢が大きいほど、事業規模も大きくなります。そして、エプソンが覇権的にやるのではなくて、社会と共有できるものでなくてはなりません。

3D双腕ロボット

プリンタのEPSONからの脱却を目指す

――これからのEPSONブランドのイメージをどう作りますか?

碓井 EPSONブランドのイメージは、どうしてもプリンタのイメージが強い。しかし、私は、その殻を破りたいと思っています。これまで取り組んできた中期経営計画「SE15」においても、「プリンタのEPSON」のイメージを破りたいと考えてきました。そのためには、自分たち自身が変わること、そして、もっといい社会を作りたいという夢を実現しなくてはならない。しかも、それが、社会の人たちと共有化した夢でなくてはならない。また、自分たちが主体的に関わって、周りを巻き込んでいくものでなくてはならないのです。

 ここでエプソンができることは、技術を究め、極めることです。得意分野に焦点を絞り、そこに独創の技術を活かして、世の中に貢献し、それを実践できるブランドにしていきたい。そして、プリンタの枠を超えたブランドにしたいと考えています。プリンタメーカーだからと言って、ほかのことができないというわけではありません。技術を極め、究めて、切磋琢磨する気概さえあれば、さまざまな分野で、EPSONブランドが貢献できる場があると考えています。

 「プリンタのエプソン」と言われるのは嫌ではありません。「プリンタを買うのならばエプソンだよね」と言われることはとてもうれしいことです。しかし、プリンタしかないから「プリンタのエプソン」と言われるのは嫌ですね。今はそれに近い感じがあります。どんなジャンルの製品にしても、エプソンの製品を使ってみたいと思ってもらったり、次にはどんなものが出てくるんだろう、という期待感を持って会社を見てもらえるようになりたいですね。

――2016年度以降の次期中期経営計画の基本方針はどう考えていますか。

碓井 「プリンティング」、「ビジュアルコミュニケーション」、「生活の質向上」、「ものづくり革新」の4つの領域を変えていくという方向性は変わりません。ただ、SE15では、「省・小・精」を「究め、極めて」ということを打ち出しましたが、今度は、こうした抽象的なことだけには留まらないと思います(笑)。成長戦略をさらに前面に出すことになりますが、大幅な売上成長を目指すというよりは、強みにフォーカスすることに力を注ぎたいと考えています。

 SE15を通じて、利益率が高い事業だけを残すことができました。その上で、売上高を上げていくという姿を描きます。ですから、2016年度からの中期計画は成長戦略となります。そして、研究開発にも、もっと投資をしていいと思っています。私が入社した時には、研究開発には、より積極的に投資する体質だったと言えます。トレンドの流れる方向や技術者の好き勝手な方向に行かないように方向感をしっかりと定めて、そこに投資をしていきたい。

 エプソンには、「創造と挑戦」という言葉があります。ただ、この「創造と挑戦」だけを捉えて、社会の人たちの期待や、自分たちの使命から離れて、自分の目立ちたさが前面に出た取り組みだと、必ず危うい状況に陥る。エプソンには、もう1つ、「誠実、努力」という言葉があります。この言葉を組み合わさってこそ、「創造と挑戦」が正しいものになると考えています。

オンリーワンであり、ナンバーワンの会社に

――未来のエプソンとは、どんな会社になりますか。

碓井 私が描いているエプソンの将来のイメージは、エプソンにしかできないような夢のある製品、感動を呼ぶ製品を、強みの発揮できる領域において提供する会社です。コンシューマやビジネス、産業分野において、感動してもらえる新たな製品ものを継続的に出していける会社になりたいですね。EPSONというブランドを聞いただけで、そういうことを彷彿させたり、そうした期待が集まるようになりたい。コンシューマでは、ワクワクするような製品を出し、ビジネス分野では生産性が上がり、仕事のやり方が変わるというような期待感を持った製品がある会社。また、産業分野でも、産業インフラが変わるようなことをしたい。

 セイコーエプソンの社員には、世の中にないものを果敢に作り出していることに喜びを感じてもらいたい。そして、そこに挑戦している会社でありたい。

 また、それぞれのジャンルにおいて、ナンバーワンになる製品を作りたい。オンリーワンであるのは当然だが、マーケットで存在感を持ち、プレゼンスがあるナンバーワンでないと駄目。ナンバーワンだけど、オンリーワンの技術を持っているという会社にしたい。エプソンにしかない技術で、その業界でナンバーワンになる。

 「独創の技術」といった時に、「それは、エプソンじゃないと出てこないよ」と言われる会社でありたいですね。

 そして、技術者が生き生きしている、だから、エプソンに入ってみたいと思われる会社になりたいと思っています。

(大河原 克行)