大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

2016年に世界首位奪取を宣言するキヤノン

~インクジェットプリンタ事業方針をキヤノン・大塚取締役に聞く

キヤノン インクジェット事業本部長・大塚尚次取締役

 「2016年にはインクジェットプリンタのグローバルシェアナンバーワン獲得を目指す」。キヤノンのインクジェットプリンタ事業を指揮するキヤノン インクジェット事業本部長 大塚尚次取締役はこう宣言した。

 2012年はインクジェットプリンタ市場全体が2桁の減少となる中、キヤノンは前年実績を上回る形で推移。さらに2013年上期(1~6月)も、市場全体がマイナス成長となる中で、成長を維持。シェアを着実に拡大させている。大塚取締役は「コンシューマ向けプリンタは、スマートフォン/タブレット時代を迎えたことでさらにチャンスが広がった。さらに、大判プリンタの「ImagePROGRAF」や、昨年(2012年)投入した産業用インクジェットプリンタ「DreamLabo」シリーズ、写真家向けの「PIXUS PRO」ラインも着実に存在感を高めている」と胸を張る。キヤノンは、今後も全方位展開を加速することで、シェア拡大に挑む考えだ。大塚取締役にインクジェットプリンタ事業への取り組みについて聞いた。

――キヤノンのインクジェットプリンタ事業は、2011年秋に発生したタイの洪水被害により、大きな影響を受けました。2012年は、そこからの回復ぶりが注目された1年となりましたが。

大塚 ご指摘のように、タイの洪水被害により、タイ・アユタヤの生産拠点であるキヤノン ハイテク タイランド(CHT)が、2011年10月6日に閉鎖し、年末商戦向けの主力機種の生産が行なえないという事態に陥りました。このとき、同じくタイに建設中だったラチャシマの生産拠点が竣工を迎えており、急きょ、こちらの生産拠点に振り替えて主力機種の生産を行なう体制を整えました。

 もともとは、ミッドロークラスの製品を生産する拠点として稼働させる予定でいたのですが、それを変更し、11月22日には主力機種の生産を開始しました。また、CHTは1階は水没してしまったものの、2階施設には影響がなかったので、生産設備を整備し、12月19日からはCHTでも生産を再開しました。中でも、PIXUS PROシリーズはCHTでの生産開始後1カ月で被害にあってしまい、初期ロットだけで生産が停止してしまいました。これも、CHTの復旧にあわせて生産を再開しました。

 CHTの復旧作業では、貨物を乗せる台船を調達して、その上に自家発電機を乗せ、工場内のクレーンに直結。それによって、金型や使用できる設備などを引き上げることができたのですが、幸いにも金型にはまったく影響がなく、そのまま利用することができました。さらに、現地の社員が団結して復旧作業に当たってくれました。これが早期の生産体制の復旧に繋がったと言えます。もちろん、年末商戦前の仕込み時期での被害でしたから、2011年の年末商戦向けの出荷台数は、予定数量には達しませんでしたし、その影響は2012年3月まで続きました。しかし、2011年を通してみた場合には、前年実績を上回っていますし、2012年4月から7月にかけては、毎月のように過去最高の生産台数を更新する実績となりました。これには2つの理由があると考えています。

タイ・アユタヤの生産拠点、キヤノン ハイテク タイランド(CHT)の洪水被害

――それはなんでしょうか。

大塚 1つは、社員が過去には例がないことに挑戦してくれたことです。というのも、2012年に入ってから、3週間に渡って連日のように新たな製品ラインの立ち上げに取り組んだということです。キヤノンは、グローバル市場に向けて、プリンタおよびスキャナで20数機種を製品化していますが、これら製品の生産ラインを、次から次へと立ち上げていったのです。洪水被害によって、一度生産を中止した機種の生産を再開するために、もう一度、新たな治工具をつくり、ラチャシマの生産拠点にラインを立ち上げたわけです。さらに、春から生産する新たな製品もあったわけですから、まさに、工場はてんやわんやでしたよ(笑)。

 もう1つは、お客様がキヤノンの製品を待っていてくれたということです。正直なところ、生産停止の影響はそのままロストしてしまうと考えていました。しかし、3月からのフル生産体制以降、過去最高を記録し続けたというのも、まさにお客様が待っていてくれたことの証であり、その点では本当に感謝したいと思っています。涙が出るほどうれしかった。私自身、生産が回復しても、オーダーが入らなかったらどうしようという恐怖感がありました。コンシューマ市場では、一度、店頭の「棚」を空けてしまうと、そこに他社が入り込み、同じスペースを確保しにくくなります。しかし、販売店の方々が、「棚」を空けて戻ってくるのを待っていてくださった。これは、お客様がキヤノンを買いたいと思ってくれたこと、量販店の方々からキヤノンはしっかりと対応してくれると思っていただけたことが大きかったです。

 結果として、2012年も世界のインクジェットプリンタ市場全体が13%減という大幅なマイナス成長となる中、前年実績を2%上回ることができ、コンシューマ向け市場ではシェアが4ポイント上昇し、27%となりました。2012年に発売した産業用インクジェットプリンタDreamLaboシリーズも好評であり、リピートオーダーもいただき、順調に産声をあげることができました。また、大判プリンタも市場全体では4%減であったのに対して、キヤノンは市場シェアを3ポイント上昇させ、24%となりました。

――2012年は、製品ラインアップの広がりが大きな成果と言えますね。

大塚 2012年は組織再編でも大きな意味を持った1年となりました。もともとインクジェットプリンタ事業は、コンシューマ向けのPIXUS、大判プリンタのImagePROGRAF、産業用インクジェットプリンタのDreamLaboシリーズの3つの事業に分かれていましたが、私が2012年4月に、インクジェット事業本部長に就任すると同時に、これを統括して見ることになりました。もともと3つの事業の根っこは一緒で、同じ空気を持った組織なのですが、生まれてくる製品は違うものでした。これを一本化することで、技術開発の方向性や、開発投資の効率性など、シナジーを追求するのがインクジェット事業本部の狙いです。いずれの製品もコアとなる技術は高密度プリントヘッド技術「FINE」(ファイン)であり、それに対応したインクと紙。同じテクノロジを使って、同じ目標画像に向かっているわけです。また、筐体の化成品加工を行なっている工場も同じです。キーデバイス、キーテクノロジは共通であるからこそ、組織を統合することで、シナジー効果が生まれていく。その成果はこれからますます顕在化していくことになります。

キヤノン PIXUS MG6330
PIXUS Pro1などのプロフェッショナルプリンタ
PIXUS Pro1は12種類のインクカートリッジが搭載されている
キヤノンの大判プリンタ製品群
世界初のバブルジェットプリンタ「BJ-80」。1985年に発売された

――キヤノンのインクジェットプリンタ事業が成長している理由はなんでしょうか。

大塚 2012年ということであれば、タイの洪水被害の影響から、すばやく商品供給を回復できたことが大きいと言えます。また、2013年上期にかけては、キヤノン製品ならではの特徴を評価していただいたことも大きな要素だと言えます。PIXUS PROラインは、カメラメーカーであるキヤノンにしかない特徴がありますし、第三者のWebサイトの評価を見ても、PROラインは満点の評価ばかりですよ(笑)。PIXUS PROラインは、3機種を品揃えしていますが、これはEOSのラインアップに準じたものになっています。PRO1の外装に使っている塗装は、「EOS 1D」シリーズと同じものを施すなど、EOS 1Dによるトップエンド、EOS 5Dによるミッドレンジ、EOS KISSによるエントリーといったカメラのラインアップに合わせて、性能、価格、販売/マーケティング戦略を切り分けています。また、顔料インクと染料インクを持っているのもキヤノンの特徴であり、普通紙でも、写真でも、強みを発揮できます。

 一方で、欧州やアジアなどでの成長も1つの要素です。英独仏では、2013年第1四半期実績で前年比1.5倍の販売数量となっています。標準製品のラインアップを充実したのに加えて、カラーバリエーション展開を従来にも増して強化した点が評価されています。日本国内では、最初からカラーバリエーションが用意されていますが、欧州では、一定の台数をコミットしていただければ、一部量販店を対象に限定モデルを、自由度を持った形で展開できるようにしました。また、中国市場向けには、赤が売れるということから、中国のユーザーが好む赤を施した製品を投入しました。これは、現地の販売会社の声を反映したもので、非常に高い評価を得ています。また、白といっても、事務機のような白と、高級家具のような白とがありますが、キヤノンの標準カラーの白のイメージが他社に比べて高い評価を得ています。

 そして、タイの洪水被害以降、きちっとリカバリーに対応し、言われた台数をしっかり出すメーカーであるという評価が高まりました。ローエンドからプロ向けハイエンドモデルまで、生産台数を絞ることなく、店舗の要望に応じて、きちっと供給する体制が整えており、安定供給に対する安心感が広がっています。キヤノンの真面目さ(笑)が、広く浸透したというわけです。こうした成果もあって、一昨年(2011年)から、販売チャネルが着実に広がっています。米国やオーストラリアでは、新規にキヤノン製品を取り扱う販売店が増加していますし、欧州の量販店では、ローエンドなどの特定機種の取り扱いだけだった販売店が、ミッドハイを含めて複数機種を展示するといった動きが出ています。また、大容量インクカートリッジ搭載モデルを投入することで、ランニングコストを下げるといった提案も行なっています。こうした製品のラインアップの広がりが、販売店での取り扱い規模の拡大にも広がっています。

中国限定で販売されている赤を施した「PIXMA MG3180」
中国の量販店店頭でキヤノン製品が展示されている様子

――2013年もすでに上期の折り返し点を過ぎました。下期にかけての方針を聞かせてください。

大塚 2013年通期の世界のインクジェットプリンタ市場は、前年比1%減の予測が出ていましたが、第1四半期は、世界市場全体で前年比13%減という厳しい状況でスタートしました。その中で、キヤノンは前年比14%増という実績になりました。前年同期にはタイの洪水被害の影響で生産台数が制限されたことが影響していますが、それでも当初計画通りの台数を販売することができました。市場全体は下落傾向にありますが、台数を落とさずに伸ばしていく姿勢は変えません。我々の信じる道を行きたいと考えています。

――成長のための市場ターゲットはどこに置きますか。

大塚 それぞれのジャンルにそれぞれのお客様がいます。つまり、それぞれのお客様に適したものをしっかりと提供していくことが大切だと考えています。どこかの領域を縮小するというのではなく、全方位でやっていくのがキヤノンのインクジェットプリンタ事業の基本戦略となります。

 コンシューマ向け市場は、ホストデバイスが、これまでのPCからタブレットやスマートフォンへと移行していますが、そうした市場に向けた対応にもっと力を注いでいきたいと思っています。タブレットやスマートフォンへの移行はピンチではなく、むしろチャンスだと捉えています。スマートフォンにはカメラがついていますし、ドキュメントも取り扱え、Webにもつながっている。まさにPIXUSが得意とする写真印刷、Web印刷、ドキュメント印刷の場が広がるといっていいでしょう。PIXUSに適したホストデバイスが登場したと感じています。モバイルデバイスに最適化したプリンタの提案、便利なアプリケーションを考えていきたいですね。

 もう1つは、DreamLaboシリーズやビジネス向けのMXシリーズ、大判プリンタを含めたBtoB市場への展開強化にも力を注ぎたい。現在、BtoBの構成比は約15%ですが、この構成比が高まっていく可能性もあります。ただ、コンシューマ向けも成長していくと見ていますから、BtoBの構成比が一気に高まるわけではない。年末商戦に向けても、キヤノンならではの魅力的な製品を投入していく考えですから、ぜひ期待していてください。

――今後数年先を見据えたキヤノンのインクジェットプリンタ事業はどうなりますか。

大塚 日本、欧州、米州、アジアといったそれぞれの市場で戦略は異なりますが、エリア展開でも、全方位型の取り組みによって、シェアを拡大したいと考えています。そして、3年後となる2016年には、インクジェットプリンタ市場において、グローバルシェアナンバーワンになりたいと思っています。2012年はコンシューマで4ポイントシェアを上昇させ、大判プリンタでも3ポイント上昇することができました。今年も、現時点では着実にシェアを伸ばしています。今後も、キヤノン製品が愛されて使われるような状況が続けば、シェア拡大につながることになります。当社の独自調査によると、2012年のHewlett-Packardの全世界シェアは44%、キヤノンはそれに次いで27%です。先ほどから全方位という言葉を使っているのも、特定のジャンルだけを伸ばしても、首位との差は縮まらないと考えているからです。「現行の全事業がナンバーワンたれ」が、御手洗(会長兼社長 CEOの御手洗冨士夫氏)の方針です。インクジェットプリンタ市場において万年2位のポジションから、1位に登っていくことが、私の事業本部長としてのミッションだと考えています。

【2013年7月17日17時修正】中国向け製品の写真が誤っていたため差し替えました。また、CHT生産モデルやBtoBモデル構成比などの記述に一部不正確な箇所がありましたので修正しました。お詫びして訂正いたします。

(大河原 克行)