大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「モバギ」の4つの原則を踏襲し、モバギ越えを目指す新端末
~NECがLifeTouch Noteに込めた想いを開発者に聞く



 NECが、キーボードを搭載したアンドロイド端末「LifeTouch NOTE」を、3月10日から発売する。

 スマートフォンで広く採用されているAndroidのメリットを最大限に活かしながら、PCで使い慣れた入力性を提供する新たなカテゴリの商品だ。「想定した市場規模は約60万台。この1台だけで、すべてのモバイル用途をオールマイティに使うことは狙っていない。モバイルPCやスマートフォンを所有するユーザーが、もう1台のモバイル端末として利用することを狙った」というのがこの商品のコンセプトだ。NECパーソナルソリューション事業開発本部エグゼクティブエキスパートの渡邉敏博氏と、同事業開発本部エキスパートの花岡平氏に、LifeTouch NOTEの開発の狙いについて聞いた(以下、敬称略)。


--まず、LifeTouch NOTEの開発コンセプトについて教えてください。

NECパーソナルソリューション事業開発本部エキスパートの花岡平氏

【花岡】LifeTouch NOTEは、2009年11月から開発に着手しました。国内市場には、OSにAndroidを搭載したスマートフォンはまだ出ていませんでしたが、その一方で、手軽に購入できるモバイル向けのPCとしてネットブックが注目を集めていた時期でもありました。こうした市場環境を俯瞰したときに、4~10型のディスプレイサイズを持った、スマートフォンとPCの中間領域の製品があるのではないかということに気がついた。

 最初は、キーボード搭載の「ある」、「なし」を問わずに企画を進めました。スマートフォンの特徴は持ち運びに適しており、すぐに操作ができる起動の速さ、長時間利用できるという利点があるが、その一方で、文字を入力しようとするとどうしてもストレスにつながる使いにくさが出てくる。一方で、モバイルPCではキーボードを搭載しているため、入力操作には優れているが、起動するまでに時間がかかったり、重たい、バッテリ駆動時間が短いという問題が出てくる。LifeTouch NOTEは、それぞれの利点を活かした製品を開発できないか、というのが発端です。

【渡邉】わかりやすくいえば、ちょっとの隙間の時間を使って、便利に使えないかということなんです。都内ですと、3~5分間隔で電車が来ますが、駅のホームで3分待っている間になにかできないかという時、あるいは2駅先で降りるんだけど、座席が空いたのでそこに座ってちょっと作業をしたいという場合がある。しかし、モバイルPCだと、取り出して起動させている間に電車がきてしまったり、目的の場所についてしまう。ちょっとの時間で考えたことや、いまここで簡単にまとめておきたいというメモ、あるいはブログやSNSの利用といった場合にも、手軽に使えるツールがあればいいのですが、PCではそれができないし、スマートフォンでも入力にストレスがある。それで諦めてしまっている人はかなりいるんじゃないでしょうか。

 ここに1つの市場があると思っています。ですから、この製品が、オールマイティだとは思っていない。電車の中でも吊革に掴まって、何か読むという点ではスマートフォンが適している。こうしたシーンではスマートフォンを使って欲しい。外出先で、カフェに入って、まとまった時間を確保して、資料を作るというのではあれば、モバイルPCの方が適している。こうしたそれぞれのデバイスの利点を理解した上で、その中間領域の製品として、新たな市場を開拓するのがLifeTouch NOTEというわけなんです。

--その市場規模というのはどれぐらいあるものなのでしょうか。

NECパーソナルソリューション事業開発本部エグゼクティブエキスパートの渡邉敏博氏

【渡邉】約60万台の市場規模だと思っています。

--PCの年間出荷台数が1,400万台ですし、スマートフォンは2011年度には1,000万台規模に到達するという見込みもあります。その点から見ると小さな市場規模ですね。

【渡邉】確かにまだまだ市場規模は小さい。しかし、スマートフォンは爆発的な勢いで増加している。スマートフォンは、PCで実現していた機能を取り込むという動きが加速していますから、当然、その反動として、実現できない機能に対する不満が出てくるでしょう。特に、入力に対する不満はまず想定できる。つまり、スマートフォンが広がることで、LifeTouch NOTEに対する期待が高まる可能性があるわけです。LifeTouch NOTEが目指す中間領域という市場の広がりは、スマートフォン市場の拡大とともに、拡大するだろうと考えています。

 LifeTouch NOTEの初年度の出荷計画は10万台です。かつて当社が発売したモバイルギアでは5年間の累計出荷が60万台。これを逆算するとほぼ年間10万台規模。また、キングジムさんのポメラが年間10万台規模で出荷していると聞いています。ここからみても、LifeTouch NOTEも10万台という目標は最低限の数値としてクリアしたいですね。

【花岡】まずは、ガジェット好きな30~40歳代のビジネスマンに購入したいただきたいと考えていますが、今後の広がりとしては、主婦や学生などにも使っていただきたいと思っています。

--この中間領域の市場を、NECではなんと表現しますか。

LifeTouch NOTE

【渡邉】社内では、「スマートブック」という表現を用いています。カタログなどにもこの表現を用いて、新たな市場を創出したいと考えています。

--LifeTouch NOTEで最もこだわった点ではどこですか。

【花岡】Androidの環境において、キーボード入力を実現するのは、ほかにはないLifeTouch NOTEの最大の特徴ですから、その点にはこだわりました。16.8mmのキーピッチは、タッチタイピングが可能な最小サイズだと認識し、そのサイズは絶対に維持した。1.6mmのキーストロークや、PCと同じ環境でのキーの搭載や配列の採用は、PCでの入力に慣れた人がスムーズに利用できるようにしたものです。

 また、Menuキーを上部に配置するとともに、左側にも配置したのは、Androidのショートカットを利用しやすくしたためです。「Menu」と「X」、「C」、「V」といった組み合わせでの利用をしやすくしています。また、「Fn」、「Ctrl」、「Menu」キーは、入れ替えることが可能なキーバインド変更にも対応し、ユーザーの好みでキーを変えて使用することができます。

--カナ入力の場合、右側に「Shift」キーがないこと、「ろ」のキーが「↑」をまたいでいる点は致命的ですね。また、右側のキーピッチが短くなっています。

【渡邉】ビジネスマンが持ち運ぶ鞄は、A4サイズが多い。その鞄には、A5サイズのノートや手帳、本が縦にぴったりと収まる。設計の際には、A5サイズのシステム手帳などとLifeTouch NOTEとを縦に並べて入れることができるサイズを前提としました。そこで234mmというサイズができあがった。あと1.2mm~1.3mm横に伸ばせば、もう一列キーが配置できますから、右側部の配列に工夫ができるのはわかっていました。ここはかなり悩みましたが、最終的にはサイズを優先したということになります。

 実は、キー配列はかなり悩んだ結果のものです。限られたサイズのなかでPCのキー配列を維持しながら、Android環境にも対応したものにしなくてはならない。一度、キーボード配列が決定したものの、Androidアプリケーションを実際に試してみたら、やはりしっくりこないところがありました。結果、Android専用操作キーの位置や、Enterキーの大きさなどをもう一度見直して、最終決定をしました。

横幅が短いのはA5サイズノートのフォルダーと高さをあわせたため
キーボード配列はAndroidアプリケーションを使用して配置を再度検討したEnterキーや矢印キーの配置にも苦心したという

【花岡】Androidという点では、タッチパネルを利用して操作するアプリケーションも多いですから、ディスプレイを180度倒せる構造としました。書籍のように縦方向に持って利用できる角度も実現しています。ただ、この構造では、クラムシェル型のノートPCのように、ディスプレイを135度程度に倒して操作する際に、ディスプレイをタッチするとバランスが悪く倒れてしまう可能性がある。ここでは、キーボード面を押さえながら、画面にタッチしていただくというような形になってしまいます。

--重量やデザイン、バッテリ駆動時間という点でのこだわりはどうですか。

【渡邉】重量は持ち運びを考えて、700gを切ることが大前提となりました。スマートフォンと一緒に持ち運ぶという利用を想定していましたから。そして、バッテリ駆動時間は8時間を最低限とした。最終的に、699gと9時間のバッテリ駆動と、それはクリアしました。

カラーバリエーションは3色を用意した

 デザインという点では、鞄からの出し入れがしやすいように角を丸くした形状を採用し、カラーバリエーションも用意した。PCならば、ホワイト、ブラック、レッドという組み合わせなんですが、持ち運び用途ではホワイトの選択肢はないと考え、ブラウンを追加しました。実は、LifeTouch NOTEでは、「モバイルギアの4つの原則」というのを用いているんですよ。

--モバイルギアの4つの原則とはなんですか。

【渡邉】「瞬間的に起動する環境の実現」、「操作性の高いキーボードの採用」、「1日外出しても利用できるバッテリ駆動時間を持ったモバイル性」、「モバイル環境で利用するのに最適化した独自アプリケーションの採用」です。

 瞬時に起動する環境はAndroidの搭載で実現した。また、操作性を失わない16.8mmのキーピッチを実現したキーボードの搭載や、9時間というバッテリ駆動時間も、これらの原則を達成するためのものです。そして独自アプリケーションという意味では、モバイルギアのMGメールに対して、ライフノートという独自のアプリケーションを採用しました。

モバイルギアと比べて縦方向が長く、横幅が短い

--LifeTouch NOTEは、モバイルギアやポメラを意識した上で開発したものなのですか。

【花岡】いえ、私自身はそれほど意識はしていなかったというのが正直なところです。今の時代に最適化した端末はどんなものかを考えた上で、モバイルギアが持っていた良い部分を加えていくというのが商品企画の原点だといえます。

【渡邉】NECが考える端末は、ネットワークへの接続が前提となります。また、クラウド端末として利用できるものでなくてはならない。そうした観点から新たな端末を考えたのが今回のLifeTouch NOTE。そこが他社とは異なります。モバイルギアの経験は、いろいろな意味で活かされています。

--ところで、ライフノートとは、どんなアプリケーションソフトですか。

LifeTouch NOTEに搭載されたライフノート

【花岡】何か書きたいと思ったときに、パッと立ち上げて書くことができるということを狙ったアプリケーションです。つまり、「書き殴ることができる」ツール(笑)なんです。PCの場合には、アプリケーションを選んで、この文章をブログにあげるのか、SNSに投稿するのか、メモとして保存しておくのかということを考え、その設定をしてから文章を書き始める。

 しかし、ライフノートでは、まず文章を書き始めてもらえばいい。書き終わってから、どう利用するのかということを決めることができる。また、内蔵したカメラを利用して、手軽な操作で写真も一緒に投稿することができる。

 一方で、PCで一般化しているように、文書をフォルダにして体系化して保存したいという場合にも、管理ができるように設計されています。そして、これを利用する上では、快適な日本語入力環境を実現するものとして、ジャストシステムのATOKを利用できるようにした。日本のユーザーがキーボードを使って、日本語を利用する環境においては、ATOKの採用は大きな意味があります。

--ライフノートの名前にはどんな意味を込めたのですか。

【花岡】日常的に使ってもらいたいという意味を込めました。最初は、ライフロガーという候補もあったのですが、「ロガー」という言葉が一般的ではないこと、記録するだけでなく、さまざまな用途で日常的に使ってもらいたいこと、真っ白いノートに書いてもらうイメージがあることなどを考えて、ライフノートにしました。

--標準サイズのSDカードを採用し、さらに、8GBの内蔵メモリと、8GBのSDHCカードにより、16GBの環境を実現するという構造にしていますね。この理由はなんですか。

【渡邉】フルサイズのSDカードを利用し、さらに2つのメモリを組み合わせた構造にしたのは、PCとの連携という使い方や、クラウドコンピューティングへの対応ということを前提とした考え方によるものです。データはすべて、SDカードに収録し、これをPCと連携させて、このデータ部分だけをPCに落とすといった使い方もできる。データ連携は、媒体をそのまま移して利用するのが一番やりやすい。先ほどお話したように、LifeTouch NOTEのユーザーは、すでにPCを所有していることを前提にしていますから、その立場から使い方を考えたわけです。

--USBに関しては、Mini USBとしていますね。

【花岡】LifeTouch NOTEはホストとしての役割は果たしませんから、ポータブル機器として利用度の高いものを選択しました。Micro USBではまだ入手性が低いですし、資産を活用するのにも不便です。そこで、Mini USBを採用したのです。

標準SDカードスロットを採用したのはPCとの親和性を重視したためMini USBの採用は各種ポータブル関連機器との接続を前提としている

--市場想定価格は4万円前後となりそうですが、この価格設定にもこだわりがありますか。

【渡邉】ユーザーターゲットが、すでにモバイルPCを所有している、あるいはスマートフォンを使っているという人たちですから、価格設定には気を遣いました。2台目、3台目の端末として購入をしていただけるような価格設定がどうしても重要になる。また、「会社帰りのビジネスマンが衝動買いができるもの」にもしたかった。通信サービスと一緒に契約すると低価格で購入できるというビジネスモデルを活用した際に、どの程度の価格であれば、衝動買いをしてもらうのに魅力的な価格になるのか(笑)、ということも想定しています。このあたりの考え方は、ネットブックの経験が活きています。ただ、コストを優先したことで、重量や厚さという点では、どうしてもトレードオフになる部分がある。ここは今後の改善余地の部分だと考えています。

--LifeTouch NOTEにはAndroid 2.2が搭載されていますが、Android 2.3へのアッブデートは予定されていませんね。

【渡邉】LifeTouch NOTEは、Android 2.2を活用し、それを活かすためにかなり作り込んでいます。一方で、Android 2.3の機能を見た時に、スマートフォンとして利用する際の機能は強化されていますが、LifeTouch NOTEの進化のために必要とされる機能はそれほど多くはありません。これが、Android 2.2とAndroid 2.1ほどの違いがあれば、アップデートは検討したでしょうが、LifeTouch NOTEの上では、そこまでの差はないと考えています。ただし、LifeTouchシリーズ全体としては、新たなバージョンを視野に入れた開発を進めていきます。

--LifeTouch NOTEは、発表直前に、NECパーソナルプロダクツからNEC本体のパーソナルソリューションビジネスユニットに事業移管されましたね。気になるのは、NECパーソナルプロダクツでは、BtoCとしての用途を想定したモノづくりをしていたわけですが、NECのパーソナルソリューションビジネスユニットが企画した初代LifeTouchや、米CESで参考展示した2画面タイプのAndroid端末は、BtoBtoC型のビジネスモデルを目指したものです。さらに、NECパーソナルプロダクツでは、情報生産型のPCを開発するとしていますが、NECでは情報消費型のクラウド端末を開発するという方針を掲げています。NECへの事業移管によって、LifeTouch NOTEの方向性が変わる可能性はありますか。

【渡邉】確かにLifeTouch NOTEは、BtoCを想定して開発したものであり、さらに情報消費だけでなく、情報生産が可能な端末という位置づけにあります。しかし、NECに事業が移管されたとしても、LifeTouch NOTEで掲げたBtoCの考え方は踏襲していきますし、さらにBtoBtoCという新たなビジネス提案も可能になる。また、NECでは、情報消費や情報生産ということに関わらず、スマートフォンとPCとの間の中間領域の製品を開発していく姿勢です。その点では、今後もLifeTouch NOTEの開発コンセプト、姿勢には変更がなく、進化をしていくということになります。

--LifeTouch NOTEは、どんなゴールを目指しますか。

【渡邉】LifeTouch NOTEによって、「スマートブック」といわれる新たなカテゴリを創出したいですね。LifeTouch NOTEによって、Androidベースのキーボード端末という製品が、他社からも出てくれば、我々がLifeTouch NOTEを作ったという意義があったといえます。今回の製品は、モバイルギアの4つの原則や、操作性、重量、価格といった最初に設定したゴールを考えれば100点満点の出来だといえる。ただ、これからさらに進化させていかなくてはならないですね。

【花岡】初年度に10万台というのは、最低限でも売らなくてはならない数字だと捉えています。ただ、もっと多くの人に使ってもらいたい。年間10万台以上を出荷するということは、モバイルギアの実績の抜きたいということです。息の長い、多くの人に使ってもらえる製品に育て、新たなカテゴリを作り上げたいですね。