■山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ■
【編集部より】今回より、山口真弘氏の電子書籍関連(端末およびサービスなど)のレビューを、「山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ」という連載で掲載します。山口氏の関連過去記事一覧はこちらからご覧頂けます。
今回紹介する3端末。左から順に、NOOK Simple Touch with GlowLight、Bookeen Cybook Odyssey、ECTACO jetBook Color。いずれも技適マークを取得していないため、通信機能を国内で利用すると電波法違反になるので注意されたい |
7月下旬以降の電子書籍リーダー「kobo Touch」をめぐる一連の騒動では、端末およびストアの完成度や本のラインナップ、関係者のコメントなど、さまざまな点について議論が沸騰した。その中で論点の1つになっていたのが、kobo Touchの画面に用いられている電子ペーパー、E Inkの特性だ。
運営側によって自ら非表示にされた楽天のレビュー、さらに現在kobo Touchのレビューがもっとも多く集まっていると思われる価格.comのレビューでも、kobo Touchの出来うんぬんとは別のところで、E Inkの違和感に言及している人が多い。具体的に言うと「タッチ対応だがiPhoneやiPadのように使えない」といった内容だ。これは他のE Ink端末にしても同じなのだが、こうしたコメントが多く見られるのは、今回のkobo TouchがきっかけでE Inkに初めて触れた人が、それだけ多かったということだろう。
もっとも、中には「E InkのPearlであればどれもページめくりの速度は同じ」といった主旨のコメントが見られたり、世代としては2つ前のモデルに相当するKindle 2や初代ソニーReaderと比較して優劣を論じる人がいたりと、過去にE Ink端末に実際に触れたことがある人でも、やや的外れな発言をしているケースがちらほらと見られた。国内で触れることができるE Ink端末が限られている現状からして、これは致し方のない話ではある。
今回は、国内未発売の「最新型」E Ink端末3製品を取り上げ、kobo TouchやKindle Touch、ソニーのReaderなど、国内で入手可能なE Ink端末と比較してみたい。これらの端末には、電子ペーパー端末が今後どのような方向に向かうか、いくつものヒントが隠されていると感じる。ユーザーの方にも、そして電子書籍事業に関わる方にも、電子ペーパー端末の「未来像」を感じていただければ幸いだ。
●ライト搭載で暗所でも読める「NOOK Simple Touch with GlowLight」
まずトップバッターは、米Barnes & Nobleの「NOOK Simple Touch with GlowLight」だ。「with GlowLight」という名が示すように、画面が発光するギミックを搭載し、暗所での読書を可能にするE Ink端末である。
Barnes & Nobleの「NOOK」といえば、Kindleを上回る250万冊もの蔵書数のストアを持ち、Kindleと激しくシェアを争う存在である。Barnes & Noble自体が日本に進出していないため国内でサービスに触れる機会はなく、専用端末も購入時に米国内の住所で作られたクレジットカードが必要なため、現地で直接買い求めでもしない限りスムーズな入手は困難だ。もっとも、2012年5月に米Microsoftと提携したこともあり、将来的にはなんらかの動きがある可能性もなくはない(かつてに比べて確率がわずかに増したという程度ではあるが)。
さて、今回紹介する「NOOK Simple Touch with GlowLight」は、外観はごく一般的なE Ink端末である。画面サイズは6型、解像度は800×600ドット、16階調グレー、タッチ操作対応というスペックは、Kindle Touchやkobo Touch、ソニーPRS-T1、PRS-T2などと変わらない。かろうじて違うのは画面左右にページ送り/戻りボタンを搭載しており、そのため本体の横幅が広いことだが、ボタンそのものは過去にも他社端末に実装されており、目新しいわけではない。
なので実質的な違いはライト機能のみということになるのだが、これがなかなか実用的である。上方からLEDで照らす構造のようなのだが、そうとは思えないほど画面全体がムラなく均一に発光する。発光の操作についても、ホームボタンの長押しでオンオフできるので手軽なほか、明るさもスライダで調整できるのでまぶしすぎて困ることもない。バッテリもライト点灯ありで公称1カ月とされており、実際に使っていてもみるみる残量が減るといったことはない。極めて優秀だ。
しかも本製品は、同一筐体を採用したライトなしモデルの「NOOK Simple Touch」よりも軽量化されており、重さがまったくハンデにならない(約197gというからkobo Touchと約12g程度の違いしかない)。実はライト内蔵のE Ink端末としてはソニーがかつて「PRS-700」という国内未発売モデルで実現していたのだが、昨今のE Ink端末の1.5倍近い280gとかなりのヘビー級であり、その後のモデルではライトが省かれた経緯がある。そうした意味では、E Ink端末の1つの欠点とされる暗所での読書を、初めて実用的なレベルで可能にした製品といえる。
本製品は2012年5月の発売から今日まで品薄の状況にあるのだが、ライトなし$99、ライトあり$139という価格差で、重量や操作性、そして画面の視認性などでハンデがないとくれば、こちらを選ぶ人が多いのもうなずける。ライバルであるKindleも、本製品同等のライト内蔵モデルに取り組んでいるとの噂があり、期待したいところだ。
【動画】スリープを解除して赤松健氏「ラブひな」のページをめくったのち、ライトを発光させている様子。ライトは本体下部ボタンの長押しのほか、メニューからもオンオフできる。ページめくりのレスポンスはかなり速く、kobo Touchでは頻発するタッチの空振りもみられない |
□製品情報
http://www.barnesandnoble.com/p/nook-simple-touch-with-glowlight-barnes-noble/1108046469
●高速表示システム搭載でE Inkらしからぬ超高速レスポンス「Cybook Odyssey」
続いて紹介するのは、仏Bookeenが販売している電子書籍端末「Cybook Odyssey」である。独自のハイスピードインクシステム(HSIS)を搭載し、従来のE Ink端末では成し得なかった高速なレスポンスを実現した製品である。3番目の製品を紹介する前にあえて言ってしまうが、今回の記事はこの製品がメインである。
E Ink端末でなにかと指摘されがちなのが、挙動の遅さである。慣れてしまえば「まあこんなものだろう」となるのだが、ふだんからiPhoneやiPadなどを触っていると、タッチ操作での遅さはどうしても際立つ。実際には同じE InkのPearlであってもプロセッサなどによって速度に違いはあるし、タッチしたあとのインタラクション次第で体感速度にかなりの差が出たりするわけだが、かといってスピードが何割も違うわけではない。
このCybook Odysseyは、その「スピードが何割も違う」を実現してしまった端末である。なにせ電源投入後にいきなりアニメーションが再生されるほどで、E Ink端末の利用経験者であれば度肝を抜かれること必至だ。しかもそれでありながら、kobo TouchやKindle Touch、ソニーPRS-T1などと同じE InkのPearlだというから二度驚かされる。実際に使っていても「いったん慣れると元には戻れない」という表現はこの製品のためにあるのではないかと思える出来である。論より証拠ということで、詳細は動画でご確認いただきたい。
そして、HSISによる高速表示にばかり目が行きがちだが、この端末をしばらく使っていると、ユーザービリティがたいへん優れていることに気付かされる。具体的には、読書時に上部のタイトルをタップすれば目次が表示され、下部のページ番号をタップすれば移動先を指定するダイアログが表示されるといった具合に、タッチ位置から連想される的確なメニューが表示できるのだ。昨今の電子書籍端末では、オプションメニューをすべて設定画面の中に押し込めてしまう風潮が強く、いざという時の設定変更が困難だったりする。それだけに、本端末の直感的な使いやすさはずば抜けている。
ほかにも、フォントサイズ調整の画面でスライダーではなく実際の文字サイズが表示されていたり、コンテンツが見つからない時は本棚をファイラーに切り替えてエクスプローラ的な表示モードで探すことが可能だったりと、使いやすい点を挙げればキリがない。難点はページめくり時の白黒反転の明滅が他機種と比較してもやや激しいことだが、リフレッシュレートは1/5/10ページ単位もしくはリフレッシュなしで切り替えができるので、なるべく気にならないよう調整することは可能ではある。
価格については199ユーロ、つまり約2万円前後と、普及価格帯のE Ink端末より高額ではあるものの、使い勝手を考慮すれば十分に価値がある額だと言える。残念ながら右綴じには対応していないが、フォントを埋め込んだ日本語PDFは表示可能で、日本語タイトルについてもCJKフォントながらきちんと一覧画面で表示できるなど、従来製品で言うとKindle 3相当の使い勝手は実現しているので、興味のある方は取り寄せてみることをお勧めする。近未来の電子ブックリーダーを手軽に体験できるはずだ。
□製品情報
http://bookeen.com/en/cybook/odyssey
●9.7型の大画面、しかもカラーE Ink採用の「jetBook Color」
最後に紹介するのは、9.7型の大画面、1,200×1,600ドットの高解像度に対応し、なおかつカラーE Inkを採用した米ECTACOの「jetBook Color」である。
現行のE Ink端末に対して「画面が小さい」、「カラーが表示できない」ことをネックとして挙げる人は多い。なかでも画面の小ささは解像度の低さにもつながることから、細かい書き文字の多い漫画には向かないとされることもしばしばだ。かつては6型ながら768×1,024ドットという高解像度を持つ「iRiver Story HD」なる電子ペーパー端末も存在しており、細かい文字の表示品質は600×800ドットの端末と比較すると一目瞭然だったのだが、プラットフォーム側の問題もあり、発売から1年も経たずに姿を消してしまっている。漫画に適した端末だっただけにつくづく残念である。
話を戻そう。この「jetBook Color」は、iPadやKindle DXと同等の9.7型という大画面を持ち、解像度は1,200×1,600ドットという高精細な電子ペーパーを搭載している。これに加えてカラーのE Inkを採用しており、雑誌などの表示に適している。Kindle DXと同じく文教向け、つまり教科書などの表示を前提にした製品なのだが(発売元のECTACOはもともと電子辞書を手掛けるメーカーだ)、現行のE Ink端末の欠点解消に取り組んだ意欲的な製品であり、従来のE Inkが苦手という人でも、これならちょっと触ってみようかという興味を抱かせる仕様である。
ただ、仕様面ではたしかに魅力的な本製品なのだが、残念ながら反応速度などは満足の行くレベルには達していない。タッチスクリーンはペン操作で行なわなくてはならないため、iPadなどのタブレット端末のように指先でスムーズに操作するというわけにはいかない。また、本体下部のボタンによるページめくりでも、ワンテンポどころかツーテンポは遅れる傾向にある。このあたりは動画を見てもらえばすぐにお分かりいただけるはずだ。
またカラーE Inkについても、グレーの紙の上から蛍光マーカーでむりやり着色したかのような、彩度が低い色調となっている。反応速度ともども、あちらを立てればこちらが立たずといった感が強く、視野角の広さなどE Inkならではの優れた点はあるにせよ、iPadなどのタブレットと比べるのは少々酷なレベルだ。価格も499.95ドルとiPadと同等であり、実用性を考えると、試しに買ってみるには少々ハードルが高すぎる。今後のファームウェアである程度改善する可能性はあるが、現状ではカラーE Inkの限界を感じさせる製品、ということになるだろう。
ところで、この製品をしばらく使い続けていると、無意識のうちにiPadなど液晶タブレットと同等の操作性を求めてしまっていることに気づかされる。Kindleなどを使っていてサイズが近い7型タブレットの使い勝手を求めることはないのだが、どうも9~10型でカラー対応となると、無意識のうちに比較対象がiPadになってしまうのが興味深い。こうした感覚が筆者以外のユーザーにもあるとするなら、それは競合製品を世に送り出そうとしているメーカーからすると脅威だろう。カラーE Inkが現時点で実現している性能に比較して、要求水準があきらかに高すぎるからだ。
そうした意味で、コンシューマ用途ではなく、文教用途にターゲットを絞って展開しているのは、正解ではあるだろう。個人的には「大画面」もしくは「カラー」の一方にフォーカスして実用的なレベルのE Ink端末が出てきてほしいのだが(前者はKindle DXが該当するが、さすがに2年も前の製品ということで今日では反応速度の遅さは否定できない)、現状を見る限り、「大画面」もしくは「カラー」でコンシューマ用途という条件に合致した製品を製品を投入するには、解決すべき課題は多そうだ。
本体外観。文教用製品ということで、学習用の機能が豊富に搭載されており、その中の1つとして電子書籍およびPDFの表示をサポートしている。ちなみに重量は約680gと液晶タブレットと同等 | 背面は合皮に凹凸のある加工が施されており、すべりにくい。左上にタッチペン挿入スロットが見える | 項目の選択はおもにタッチペンを利用する。指でのタッチには反応しない |
本体下部のボタン群。項目選択や移動といった操作が可能 | kobo Touch(右)との比較。画面サイズの違いは一目瞭然。カラー表示についてはかなりくすんだ色合いとなっており、評価が分かれるだろう | Kindle DX(右)との比較。同じ文教市場でのライバル製品ということもあり、フォルムも非常に似通っている |
新しいiPad(右)との比較。カラーの発色の違いについては、比べること自体がナンセンスといっていいレベル | スキャンした雑誌ページの比較。左が本製品、右が新しいiPad。E Inkの解像度に最適化していない点は割引く必要があるが、たんに解像度の問題にとどまらず、輝度やコントラスト、さらに階調表現など、問題点は数多い | 同じくカラー電子ペーパー端末である富士通フロンテックの「FLEPia」(右)と比較したところ。技術的にはまったくつながりがないはずだが、いずれも電子ペーパーということで特性的には近いところがある。もっとも、登場時期が3年も離れているだけあって、コントラストなどの品質の差は歴然 |
発色面では難があるが、左右から見た視野角の広さはさすがE Inkといった感がある | 日本語表示にも対応している | 本体下部にmicroSDスロットを備える |
【動画】ライブラリからPDFコンテンツを選択し、本体左下のボタンでページめくりを行なっている様子。画像中心のPDFとはいえ、相当もっさりとした動きであることが分かる。なお7月に新しいファームウェアが登場しており、この動画は旧ファームでの表示となるため、新ファームでは改善されている可能性がある |
□製品情報
http://www.jetbookk12.com/jetbookcolor/
●国内における同等製品の登場に期待
以上3製品をざっと紹介したが、これらの製品が国内で販売される可能性はかなり低いだろう。しかしながら、これら製品が目指したところはほかの端末に取り入れられ、国内で流通するケースも出てくるはずだ。とくにライト内蔵、高速表示についてはニーズも高いと考えられることから、国内でも同様の切り口を持った製品が早晩登場する可能性は高いと思われる。
市場では汎用型のタブレットに押され、決して普及しているとは言い難いE Ink端末だが、読書専用ならではのよさは確実にあると個人的には思うし、今回初めてkobo Touchを使ったユーザーも、別のE Ink端末を使うことで評価を改めるケースも出てくるだろう。基本的な使い勝手の向上、そして今回紹介したようなプラスアルファの機能も含めて、これからのE Ink端末の進化に期待していきたい。