山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ
2台のiPadを組み合わせて電子書籍の見開き表示を実現する「富豪ブック」を試す
2017年8月29日 06:00
電子書籍におけるコミックの表示は、縦スクロールのように新しい試みも登場しているものの、いまのところは紙媒体と同様、見開き表示が主流を占めている。そもそも電子書籍で配信されるコミックの多くは、作品の初出が紙媒体であるか、あるいは紙の単行本化を前提としているわけで、これは当然と言っていいだろう。
最近ではWebを初出とするコミックも増えつつあるため、長い目で見れば見開き表示が前提の作品は減少していく可能性はあるが、現在活躍中の漫画家諸氏のほとんどはデビュー以来見開きを前提とした作画環境に慣れ親しんできているわけで、そのスタイルは一朝一夕に変わるものではないだろう。事実、どの漫画家の方に話を聞いても、書き手としての見開きに対するこだわりは想像以上に強いと感じることが多い。
では読む側はどうだろうか。最近は電車の中などでスマートフォンでコミックを読んでいる人を多く見かけるようになったが、そのほとんどは単ページ表示である。これは見開きが不要というよりも、単にスマートフォンの画面サイズの制限によるものだろう。手持ちのデバイスでコミックを読むために単ページ表示を現実的に受け入れる読者側と、あくまで作品を送り出す側として見開きにこだわる漫画家サイドの見解の相違が垣間見えて興味深いところだ。
と、話がいきなり脱線したが、今回紹介するのは2台のiPadを用いて見開き表示を実現するiOSアプリ「富豪ブック」だ。株式会社そらかぜがリリースしているこのアプリを使えば、左右に並べたiPadの一方に左ページ、もう一方に右ページを表示させ、ワンアクションでページをめくって見開きでの読書を楽しめる。見開き表示の申し子のようなアプリだ。
登場したのは2012年と、実はかなり以前から存在しているこのアプリ、当初は使い勝手にやや難があったように記憶しているが、iPad Proの登場をきっかけとしたリニューアルにより、最新のバージョンでは使い勝手もかなり改善されている。今回は新旧の12.9インチiPad Pro計2台を使い、このアプリの特徴を紹介しよう。
◇富豪ブック ~真の見開き電子書籍ビュワー~を App Store で
https://itunes.apple.com/jp/app/id576560440?mt=8
「元はネタアプリ」だがほかにない機能
本アプリの対応フォーマットはPDFのほか、ZIPやrarなどのアーカイブ形式もサポートしている。つまり一般的な電子書籍ストアで購入した電子書籍ではなく、自炊データを表示することを前提としたアプリだ。いわゆる「自炊ビューア」という表現が適切だろう。
制作者側が“元はネタアプリ”と明かしているように、実用性よりはインパクトを重視したアプリだ。iPadを2台まとめて使う“富豪”ぶりをそのまま採用したネーミングからもそれは明らかで、機能自体も決して多くはなく、自炊ビューアとしての実用性だけを重視するならば積極的に選ぶ理由には乏しい。
とは言え、Bluetoothを利用したiOSデバイス2台の連携など、技術的にも見るべきところがあるほか、複数のデバイスを連携させて表示領域を広げるという発想は、PCにおけるマルチディスプレイにも共通するところがあり興味深い。今回は小社刊「DOS/V POWER REPORT」2017年9月号の電子版(PDF)を表示してみよう。
利用にあたっては、まずアプリを両方のiPadにインストールしたのち、表示したいPDFファイルを転送する。最近の自炊ビューアでは、連携先のオンラインストレージからファイルを読み込んだり、NAS上に置いたファイルをストリーミングで読み込める場合もあるが、本アプリは今となってはレガシーな、iTunes経由の転送のみをサポートする(試した限りではDropboxの「エクスポート」→「別のアプリで開く」→「富豪ブックで読み込む」などでの取り込みも可能)。
ファイルの転送にあたっては、両方のiPadに対し、同名のファイルをそれぞれ転送しておく。片方にしか転送していない場合、またファイルは同一だがファイル名が異なる場合などはうまく動作しないので注意が必要だ。
転送が終わったら両方のiPadでそれぞれアプリを起動する。Bluetoothが有効になっていれば、ペアとなるデバイスをお互いに探しに行き、見つかった段階で接続が行なわれる。接続完了後、どちらのiPadが左側に配置されているかを尋ねてくるので、それを指定してやれば設定は完了。一方のiPadでファイルを開けば、もう一方のiPadでも同じファイル(の対になるページ)が開かれるというわけだ。
アプリの使い方は通常の自炊ビューアと同じで、タップまたはスワイプしてページをめくるだけ。片方のデバイスが1ページ目→3ページ目→5ページ目と奇数ページごとにめくられていくのに併せて、対になるデバイスは2ページ目→4ページ目→6ページ目と偶数ページごとにめくられていく。これまでありそうでなかった、なかなかシュールな挙動だ。今回のサンプルは左綴じ(右開き)だが、コミックに適した右綴じ(左開き)への切り替えにももちろん対応している。
2台のデバイスが連携するがゆえの特殊な挙動
ページめくり時の挙動については、現行の電子書籍系のビューアーではスライドやフェードなどさまざまなエフェクトが用意されているが、本製品はやや独特で、スワイプした側のページがスライド、もう一方はエフェクトなしでページが瞬時に切り替わるという、特殊な挙動を採用している。
実際の動きは上記の動画をご覧いただければと思うが、めくる瞬間にページとページの真ん中にグレーの背景が出現するので、生理的には少々気持ち悪い。2台が連携する関係上、デバイスをまたがってページがスライドするというのは実装が難しそうだが、ならばどちらのページも瞬時に切り替わるほうが、違和感を感じにくいかもしれない。せめてこれらエフェクトをオン/オフできる機能は欲しいところだ。
また試した限りでは、前のページではなく後ろのページを表示しているデバイスでめくる操作を行なうと、ページが稀に2ページ分ずれる不具合があるようで、例えば「44ページと45ページ」「46ページと47ページ」という見開きだったのが「46ページと45ページ」「48ページと47ページ」になることがある。この場合は前のページを表示しているデバイス側でいったんページを戻ってめくり直すと、正しい順序での見開きを復活させられる。
このほか、速いタップやスワイプについて来れず、稀に1ページだけズレてしまうことがある。PDFで特定のページだけデータ量が大きい場合に起こりがちな症状だが、こうした場合は画面下部の進捗バー左右にあるボタンをタップすることで、表示を1ページ単位でずらすことができる。自炊ビューアによってはこの操作が一筋縄では行かず苦労させられることがあるので、スムーズに行なえるのはありがたい。
若干困りものなのが、画面の明るさが左右で連動することだ。今回、第1世代と第2世代の12.9インチiPad Proを用いて左右の表示を行なっているのだが、この両製品は液晶パネルの色味が若干異なっており、見た目の明るさも異なる。ところが色味を近づけようと一方の明るさを調整すると、もう一方もそれに引っ張られて明るさが変化してしまう。設定項目自体がなく正式な機能かどうかも含めて不明瞭な点が多いが(iPhone SEと5sの組み合わせでは再現しなかった)、ともあれ個別に調整できたほうがよいのかなと思う。
「こんな使い方もできるのでは」を考えると面白い
今回紹介した見開き表示は、iPadが2台手元にあり、それらが自由に使える環境であれば試してみても面白いかもしれないが、どちらかというと「こんなこともできます」というデモ的な側面が強い。アプリ自体のコンセプトからしてそうである以上、ネタにマジレス気味になるのは避けたいところだが、ネタで片付けるには惜しいアプリであることもまた事実である。
むしろ利点にのみ目を向けて、それならばこんなこともできるのでは? とあれこれ考えるのは面白い。例えば本アプリは、前回12.9インチiPad Proのレビューで紹介した、リモコンを使ったページめくりに対応するので、離れたところからページめくりができてしまう。
ここまでくるともう本というよりもデジタルサイネージに近い気もするが、むしろそうしたサイネージ的な用途で活用する道はあるのかもしれない。本アプリの最新バージョンでは外部キーボードによるページめくりもサポートするので、そちらを組み合わせるのもありだろう。iPad調達のコストなど、実際に導入するとなるとハードルは決して低くはないが、想像力を膨らませてくれるアプリであることは間違いなさそうだ。
最後に余談だが、本アプリを12.9インチiPad Proと組み合わせて自炊データを表示することで、初めて分かることがある。それは解像度の不足だ。紙の本を裁断してスキャンする際の解像度は、一般的に300dpi前後であることが多い。多くのドキュメントスキャナはこれよりも上、600dpiという解像度での読み取りもサポートしているが、ファイルサイズが大きくなりすぎるため、自炊用途で600dpiを用いている人はあまり多くはないはずだ。
しかし12.9インチというサイズでコミックの1ページを全画面表示すると、300dpiのデータではクオリティ不足を感じることがある。例えるならば無理な拡大コピーを重ねたような状態になってしまうのだ。想定されていなかったサイズで表示することで、これまで見えなかった粗が見えてくるのは、ある意味で新鮮である。
電子書籍や自炊データにおいて、今回のような巨大な表示サイズが主流になることはさすがに考えにくいので、それを前提に自炊データの解像度を上げるのはナンセンスだろう。とはいっても4Kや8Kのディスプレイの名前を聞く機会が増えつつある昨今、見直しの時期が近づいていることは間違いなさそうだ。市販の電子書籍データは300dpiを超えるデータも多いと聞くが、自炊データなどについても、そろそろ「Retina以上」を考えなくてはいけない時代に来ているのかもしれない。