山田祥平のRe:config.sys

おさわり厳禁アンタッチャブルモバイル

 文具メーカーのキングジムが発表会を開催というので、「ポメラ」の新製品かと思って覗いてみたら、まさかのモバイルPCカテゴリへの参入だった。そして発表されたのが来年(2016年)2月に発売される「ポータブック」だ。評価機を借りることができたので、今回は、そのインプレッションをお届けしよう。

明日の出張を変えよう

 「ビジネスの未来を変えるような商品ではないが、明日の出張は変えられるかもしれない」。PORTABOOKはそんなコンセプトで開発されたという。文具メーカーとしてのキングジムが、今回、PCカテゴリの商品を発売するのは、PC市場が成熟化し、目新しい商品の登場が少なくなっている今こそ、商品のターゲットを絞り込めるタイミングであるからだという。

 2年前から企画を始め、カラクリ仕掛けのキーボードの企画だけに1年間を費やしたという。出張や外出先での携帯性を追求、必ず何かが犠牲になるモビリティと使いやすさを両立するためにはどうすればいいかを考えた。

 2in1 PCは、外出時に不安定な場所で使いにくい。それはキーボードとスクリーンが分離するからだ。そこをなんとかしよう。でも、大きくなりすぎてはモビリティが犠牲になる。それに妥協は多少あっても打鍵感は最大限に確保したい。いろんな思惑が交錯したにちがいない。

 設計と製造は台湾のPegatronが担当した。発表会でODMの社名が明らかにされるのも珍しい。こうしてできあがったのが、A5サイズの手帳とほぼ同じサイズのたためるPC「ポータブック」だ。ポータブルを意味する「PORTA」を冠した造語である。「NOTE」と名乗るには、分厚すぎるという判断もあったのだろう。最厚部34mmのくさび形ボディはA5サイズで830g。このボリューム感は、かなりズシリとくる。

びっくりポンなトランスフォームキーボード

 PC的なスペックは、Windows 10プリインストールで、プロセッサはAtom x7-Z8700(1.6GHz)を搭載し、メモリ2GB、ストレージ32GBとなっている。ストレージ容量の少なさは、Windowsの次期アップデートなどを考えるとちょっと不安も感じる。

 スクリーンは8型で、1,280×768ドット表示対応TFT液晶となっている。ノングレアで見やすいが美しさを期待してはいけない。視認性こそが重要だ。この割り切り感が伝わってくるくらいに美しさを排除している。

 実際に使ってみよう。基本的にはノートPCだから、まず、液晶部分を開くことになる。すると、2分割されたキーボードが顔を出す。このキーボードを外に開くようにスライドさせると本体からはみ出すようにして12型ノートPCクラスのサイズ感を持ったまともなキーボードにトランスフォームする。

 ここで電源を入れるわけだが、電源ボタンはキーボードの右下側面にあってちょっと押しにくい。ただノートPCはスリープとそこからの復帰を繰り返して使うことがほとんどなので、電源ボタンの位置など本当はどうでもいい。でも、使ってみて判明したのは、ディスプレイを閉じればスリープに落ちるが、ディスプレイを開いてもスリープから復帰はせず、必ず電源ボタンを押さなければならないことだ。たぶん、本体と液晶の間に、キーボードがサンドイッチ状態になっていて、隙間があるため、カバンの中などで中途半端に開きやすいことから、不用意にスリープから復帰しないようにという配慮なのだろう。

 液晶を開いたら、電源を入れるより先にキーボードを開きたくなる構造なので、その右下にある電源ボタンはやはり押しにくいように感じた。これなら、キーボードを開くとスリープから復帰するというような機能があればよかったんじゃないか。

 そしてスリープから復帰したポータブックのスクリーンが点灯する。ただ視野角が狭い。だから液晶をどのくらい倒して使うかが限定的なものになってしまう。スイートスポットとなる角度がほぼ固定されているといってもいい。もうちょっと倒して使えればいいと思ったりもしたが、これ以上倒れても視野角の関係で視認性が落ちてしまうだろう。

明日の通勤は変わらない

 さて、バタフライを彷彿とさせる話題の回転トランスフォーミングキーボードだが、これはさすがに秀逸だ。さすがに底突きのないフカフカとした打鍵感ではあるがかなりがんばっている。本体からはみ出した部分のぐらつきもほとんど感じない。思いっきりエンターキーを叩いても大丈夫だ。これなら大量の文字を入力する場合にも不安感はない。欲を言えばキートップの刻印はもうちょっと濃くてもよかったと思う。また、右Shiftキーが小さすぎるのも難点だ。

 GキーとHキー、Bキーの間には光学式のセンサーが装備されている。トラックポイントのようにレバーが傾く仕様ではなく、あくまでもこする感覚で使うスティックだ。PORTABOOKでは、このスティックを光学式フィンガーマウスと呼んでいる。

 スティックを指でなぞってポインタを任意の位置に移動させた後、クリックなどの操作をするためには、本体手前に装備されたボタンを使う必要がある。そして、このボタンがうるさい。せっかくファンレスで、キータイプについての音もかなり抑制されているのに、マウスボタンがこれだけ甲高く大きな音を出してしまっては台無しだ。せめて、光学センサーがタップを検知できるようになっていて、チョンと叩けばタップができるようになっていればよかったのにと思う。

 キーボードはHキーとJキーの間で分割される。中央ではない。GとHの間にセンサーを置くためには、ホームポジションの中央で分割するわけにはいかなかったのだろう。だから、キーボードを開いた状態では、若干ではあるが、スクリーンに対してキーボードが左にシフトしているような配置になってしまう。気にし出せばキリがないが気になる人は気になるだろう。

 たぶん、この装置を考えた人は、電車の中で立ったままPCを使ったことがないのだろうなと実際にやってみて思った。ブラウザを開いて、画面をスクロールさせ、ページ内のリンクをクリックするという一連の操作を、この構造で立ったままやるのは至難の技だ。ついクセでスクリーンを触ろうとしてしまうが、スクリーンはタッチに対応はしていない。もしこれがタッチ対応なら、ポインティングデバイスの使いにくさにも目をつむれそうなのにと思うと惜しいところだ。それにタッチに対応していればキーボードを開かないで使うというシチュエーションも加わるはずだ。

 もっとも、デスクやカフェのテーブルなどに置いて使う分には使いにくさはあまり感じない。そういう場所ならモバイルマウスを使うこともできるだろうから、どうしても慣れないと思えばマウスに逃げる方法も残されている。

足し算のモバイル、引き算のモバイル

 本体の後部のカバーを開くと、各種端子が並んでいる。イヤフォン、USB、HDMI、ミニD-Sub15ピン、充電用Micro USBだ。奥まった位置に端子類があるので、USB端子にマウス用のレシーバーを装着しっぱなしでもカバーを閉じられる。昔からこうすればいいのにと思っていた隠しUSB端子が、こんな形で実現されたのはうれしい。

 その一方で、イヤフォン端子と充電用Micro USB端子はカバー内に装備しない方が良かったのではないか。モバイルバッテリを使って移動中に充電したりするのに、カバーを開きっぱなしというのはちょっと不安だ。やる人は少ないかもしれないが音楽を聴くような用途でカバンの中の本機にイヤフォンを装着して聴きながら移動という場合も、イヤフォン端子は外にあった方がいい。ちなみに、Atom搭載機ということで、ちゃんとモダンスタンバイ対応で、音楽再生については本体スリープ時も継続するし、スリープしていても時間がくればアラームは鳴る。

 いろいろと厳しいことは書いたが、こうしたコンセプトの製品が登場するのは、実にうれしいことだ。知的生産のためにはキーボードが必須で、必須なものは分離不可というコンセプトを形にしたキングジムの決断は高く評価していいだろう。文具メーカーにしか作れないPCというのもあるはずで、そこに期待をしたいし、次期製品も楽しみだ。

 印象として、この製品はレガシーなPCにあったものをできる限り全て装備するという「足し算」で作られている。それなら、これがなくても大丈夫という「引き算」でPCを作ったらどうなるか。PCからキーボードを取ったらPCじゃないというキングジムの問題提起は、ペンがチヤホヤされている今のPCシーンにおけるちょっとした台風だ。そのインパクトは大きい。これが何かが変わるきっかけになればと思う。

(山田 祥平)