山田祥平のRe:config.sys

東京メトロのオープンデータで100万円を稼げ

 東京メトロが創立10周年を記念して「オープンデータ活用コンテスト」を実施することになった。グランプリには100万円と記念品が贈呈されるというこのコンテスト、鉄道事業者として初となるオープンデータを提供し、それを活用したアプリを募集するというものだ。今回は、その背景について考えてみる。

アプリのためにリアルタイムデータをオープン化

 帝都高速度交通営団、いわゆる営団地下鉄が特殊会社化され、将来の完全民営化に向けて東京メトロ(東京地下鉄)としてスタートしたのは2004年の春のことだ。今年はちょうど10周年に当たる。その記念行事の1つとして、列車の運行情報、位置情報などをオープンデータ化し、それを利用したアプリケーションを広く募るというのがこのコンテストの趣旨だ。これまでの10年間の取り組みの集大成として、これからも信頼され、選ばれ、愛される地下鉄をめざすためだと同社は意気込む。

 狙いとしてはデータを誰もが利用できるようにすることで、経済を活性化するという目論見もある。テストケースではあるが、企業が自ら実施するものとしては日本で初めてだろうという。

 提供されるデータは、東京メトロ全線の列車位置、遅延時間等にかかるデータで、1分ごとに最新情報が配信される。すでに、時刻表や運賃表といったものは公開されてきたが、今回初めて提供される情報としては方向、列車番号、列車種別、始発駅、行き先駅、所属会社、在線位置、遅延時間等がある。

 東京メトロでは、自社の保有する情報を公開することで、アプリの開発を広く促し、従来のサービスレベルを革新的に向上できるかどうかを探りたいとしている。つまり、自社のデータを自社内で活用するだけではできないことをやれるようにしたいというのだ。そして、オープンデータをインフラの1つとして、外部の人が利用できるようにすることで、新たなサービスを創造することを後押ししていきたいとする。

 その先には、社内の意識改革という意図もある。というのも、2020年に開催される東京オリンピックに向けてサービスのあり方を模索していくことは、きわめて重要であり、今回のコンテストでは一部の情報を提供してみた結果、今後、さらに多くの情報が求められる可能性もあり、それを把握したいともいう。つまるところは、6年後に向けての利便性の高いサービスの提供を探りたいというのが本音だ。

皆で作るアプリ、皆で使うオープンデータ

 記者会見ではコンテストの審査員の1人である坂村健氏(東京大学大学院情報学環教授、YRPユビキタス/ネットワーキング研究所長)が出席し、オープンデータ公開の意義について解説した。

 そもそもオープンデータとはデータを公開することであり、やり方はたくさんあると坂村氏。紙に書いたものを公開するのではなく、コンピュータで利用できる形で公開するものだという。国土交通省内の記者クラブで行なわれた一般メディア向けの会見なので、普段よりもずいぶんかみ砕いた解説だ。

 坂村氏は、データの公開方法としてはPDFがお馴染みだが、実はPDFはそのデータの再利用が難しいことを指摘、そもそもPDFは紙をそのままデジタル化して配るためのもの、オープンデータは再利用を積極的に促すものであり、そこに根本的な違いがあるという。

 「1分ごとに最新情報を書いた紙が送られてきてもどうしようもないでしょう」と坂村氏。だからこそ、データだけを公開して、アプリを作ってもらうのだと言いながら、プロジェクタさえ設置がなく、集まった記者に紙資料を配るしかない国交省記者クラブの会見場で説明を始めた。

 「本当は地図の上でマーカーが動くんですけどね。ここはコンピュータの画面さえ出せないもので」と苦笑いをしながら坂村氏は2つのサイトを紹介する。

 1つはLive train map for the London Underground、もう1つは、Live Train Map for Finlandだ。

 前者はロンドン、後者はフィンランドのサイトで、双方共に現在の列車の運行状況を可視化して地図上に表示している。

 どこに違いがあるかというと、ロンドンのものは市が運営する交通局がアプリを作らず、マニアがオープンデータを利用して作ったサイトであるのに対して、フィンランドのものはフィンランド国鉄がアプリをすべて作っているという点だ。

 つまり、ロンドン市は何もしなかった。データを公開しただけなのだ。今回、東京メトロがやろうとしているのは、ロンドン方式だという。

 「皆でやる」と「皆でできる」を強調する坂村氏、この方法ならアプリの数も増える。いったいどんなものができてくるのか予想もできないが、それがイノベーションに繋がるはずだと坂村氏はいう。

 ちなみに、フィンランドにはこの手のサイトは1個しかないが、ロンドンにはたくさんあるともいう。つまり、データがオープンになってなければできないことであり、どんなに優秀な開発者でもデータがなければお手上げだ。ロンドンが積極的にデータを公開し、開発者サイトにいろんなデータをたくさん置いたことで、開発を活性化したことがこうした状況を生んだという。

オリンピックはICTのお披露目の場

 ロンドンのオープンデータ公開のきっかけは、ロンドンオリンピック対応のためだったという。ロンドンオリンピック開催にあたり、ロンドンはIOCにたくさんのことを約束したようだと坂村氏、交通関係の移動が簡単になるような仕組みを作り、英語を母国語としない地域からもたくさんの人が来る中で、そういう人たちにも便利な環境を作らなければならない。身体の不自由な方にも対応が必要だ。実際、ものすごくたくさんの国のことを考慮した対応が必要だ。対応どころか、いちいち翻訳することすら大変だ。

 そこでオープンデータだ。当局にはできない。データを出すから、できる人がやってほしいというわけだ。それがすごくうまくいったのがロンドンの事例だという。

 オリンピックは常にICTのお披露目の場であり、2020年の東京オリンピックも同様の宿命を持つ。ちなみに、2つのサイトのその後だが、オリンピックの後も、ロンドンはオープンデータをやめなかった。その結果、どんどんアプリが出てきて、経済効果として、25億円から98億円をはじき出した。これは、ロンドン市が自分でやったらそのくらいかかっただろうという試算だ。

 一方、フィンランドは、そのあと、やりかたを間違っていたことに気がつき、自作の方針をやめてオープンデータ化に踏み切ったという。そして、オープンにしたとたんに、アプリがドッとでてきたようだ。さすがにノキアとLinuxの国だと坂村氏は笑う。

参加型行政のためにオープンデータを活かす

 坂村氏の説明は続く。

 社会が今すごく変化している中で、オープンデータは誰が始めたかを考えた時、それは、2009年にオバマが大統領になったときだというのだ。アメリカをそういう国にしたいということで同大統領が始めた施策だと坂村氏は説明する。

 米国はdata.govを作り、公共交通に関するものだけではなく、あらゆるデータを出すようになった。それを真似たのがイギリスで、data.gov.ukができている。

 米data.govのデータ件数は、2009年当初はわずか47件だったが、今は45万件を超えているという。また、ヨーロッパでも10万項目近いデータがオープン化されているそうだ。

 日本はどうか。

 2013年に日本はG8で共同コミュニケに合意、外務省がその憲章を公開している

 最近は内閣官房を中心に取り組みは始まっていて、今回の東京メトロの試みにはそういう背景もあるのだという。いわば、参加型行政として、みんなで参加して国をよくしようというチャレンジだ。政府だけの問題としておくのではなく、民間の競争力も上げることができ、新しいビジネスが起こる可能性もあるわけだ。

 行政はこれまでサービスを提供してきたが、これからオープンデータによって、データだけが提供されるようになれば、見る人が見たい方法でそれを見ることができる。それによって、データの改ざんはありえないにしても、特定のデータを強調するといった情報の操作が起こらなくなるはずだと坂村氏はいう。

 オープンデータがどううまく使えるかはやってみないと分からないと坂村氏は繰り返し強調する。だが、予定調和ではないからこそ、想像もしていなかったようなアプリができるのであり、そこが面白いところだ坂村氏は考える。

カネが出れば萌える

 東京メトロのコンテストでは、今回、賞金が出る。総額200万円で、グランプリは100万円だ。しかも誰でも参加できる。調達ではなく最高のものに賞金を与えるという方針、この方法を考えたのはやはりアメリカだ。アメリカでは税金で賞金をまかなうことも行なわれている。調達ではなく、開発者を惹きつけるためにインセンティブを与えるという発想は素晴らしいと坂村氏は強調する。これが「Xプライズ」だ。元々は科学技術におけるさまざまなコンテンスを通して技術の向上に寄与することを目的としている財団の名前だが、この方式の成功例として、米国防総省の研究機関DARPAの無人自動車プロジェクトを坂村氏は例に挙げる。

 自立型ロボット自動車の開発にDARPAがXプライズ方式を採用したことで、アッというまに日本の長年の研究が追いつかれ、そして追い越されたという。アメリカ人はこういうのが大好きで、戦って勝てばお金をとれるというシンプルな方式を作り、賞金をつけるとアプリの質が上がっていくのだという。

 だから、今回はそれをやってみたのだと坂村氏。さすがに日本は税金から賞金を出すことはできないが、企業がアプリを自前で調達するよりはずっと安上がりなのだという。実際、開発側にとっても有料アプリで100万円を稼ぐのはたいへんだから、こうしたコンテストに応募するというのは方法としてありかもしれない。

 残念なのは、あくまでも完成形のアプリとして応募しなければならない点で、アイディアのみでは参加はできない。せめてExcelのワークシートでも良かったら、もっと裾野は広がったのではないだろうか。

 オリンピックが開催される頃、スマートフォンやタブレットはもっと発達しているだろうが、プログラムはそのときになっても人間が作らなければならないと坂村氏。それを行政が全部やるのは無理だと同氏はいう。だから、オープン方式なのだ。

 ちなみにこのコンテスト、プラットフォームは問わないというが、有償のアプリは不可だという。ただ、著作権は本人に帰属したままなので、グランプリ取得後に有料化するという道もある。ビジネス活性化をもくろむならB2Bでの活用事例も視野に入れるべきだと思うのだが、その観点については今回は見送られている。また、東京メトロは独自のモバイルアプリをすでに提供しているが、その調達額は非公開だとのこと。だが100万円ではとてもできないという。

 今回公開されるオープンデータの信頼性としては、5分誤差のものだという。現実の駅などでは2分誤差のデータを得ることができている。列車の遅延証明が出るのは5分以上遅れた場合からだそうだが、120%確かな情報を提供できないのに、データを提供することの是非については、東京メトロの社内でもさまざまな議論があったという。

 だが、大事なことは、こうした疑問など、現場からあがってくる声であり、そこを超えて新しいチャレンジをするのがこの10周年というタイミングなのだと東京メトロはいう。

 政府はやる気になっている。次の波は民間だ。特に日本の鉄道はほぼすべてが私鉄だ。公共事業に近いことをやっている会社は積極的にデータ公開に踏み切ってほしいと坂村氏は興奮気味に語る。公開されるデータの種類が多ければ多いほど、アプリの可用性も高まるのは自明だ。少なくとも公共交通機関については、JRを含めて全私鉄のデータが含まれないと役に立たない。でも、アルゴリズムとUXを作り、あとはデータをはめ込むだけの状態にしておけば公開されるのを待つだけになるかもしれない。先んじた東京メトロがAPIを標準化し、他社がそれに習うことだってありそうだ。とにかくやってみることは重要だ。

 オリンピック開催まであと6年。これから起こるさまざまな変化を楽しみにしたい。

(山田 祥平)