山田祥平のRe:config.sys

あのネットブックの騒ぎはいったい何だったのか




 その気になれば持ち運べる廉価なPCということで一時はブーム的にもなったネットブックだが、来たるべきWindows 8では、Metroアプリが動かないということで、その存在が切り捨てられそうだ。スクリーン解像度が低いというのがその理由だが、本当にそれでいいのかという疑問も残る。

●Windows 8をネットブックに入れてみた

 Windows 8のConsumer Previewが公開され、それに伴って連載も始まったので、手元のさまざまなタイプのPCにインストールを試してみている。今回は、連載側ではちょっと取り上げにくいテーマとして、ネットブックとWindows 8について考えてみた。

 手元にあったネットブックは、日本HPの「HP Mini 1000 Vivienne Tam Edition」で、今、改めてスペックを見ると、Atom N270(512KB L2キャッシュ、1.6GHz、533MHz FSB)搭載で、メモリは1GB、ストレージは60GB HDDというものだ。びっくりするほど低スペックというわけではない。

 Atomなので、32bit版Windows 8のDVD-Rを作り、外付けのDVDドライブを使ってクリーンインストールしてみたが、特に問題もなく普通にインストールができた。ただし、ビデオがうまく認識されなかったので、Intelのサイトからドライバをダウンロードして導入したところ、きちんと機能するようになった。あとは、Windows Updateからいくつかのドライバが落ちてきて、スライドパッドやカメラなども正常に使えるようになった。あとは、キーボードをUSレイアウトと勘違いしているようなので、正しいドライバに差し替えた。デバイスドライバで確認しても、「×」がついているものはなく、クリーンインストールするだけで普通に使えるWindows 8 PCができあがった。

 この製品の解像度は、1,024×576ドットと、いわゆるXGAよりも縦方向が少し短い。多くのネットブックの1,024×600ドットよりもさらに短い。ただ、縦方向はスクロールすれば済む話だし、場合によっては、ブラウザをフルスクリーンで使うなどすれば、それなりに実用になる。プロセッサの処理能力としても、現在の最新プロセッサに比べれば遅さは否めないし、メモリも1GBということで、足りない感じはあるのだが、一般的なことをするには問題ない。

 ただ、Windows 8は、その解像度として、XGA以上を要求する。インストールはできるのだが、新しいスタートスクリーンに並ぶ、Metroアプリが使えないのだ。起動しようとすると、その旨をエラー表示して起動ができない。ダウンスケーリングによって縮小表示してWindows 8をだますこともできるようなのだが、画面表示が汚くなるので、それは避けたい。

 かくして、Windowsを起動して、せっかくの美しいMetroスタートスクリーンが表示されても、そこから選べるのは「デスクトップ」くらいで、それをクリックして、クラシックデスクトップを表示させるしかない。インストールされたプログラムを使うためには、スタートボタンもないので、Windowsキー+Qで、プログラムの一覧を表示させることになる。その一覧も、アクセスしやすい左側にはMetroアプリばかりが並んでいるわけで、それが余計に嫌みに感じてしまう。

●十分に実用になりそうな3年前のネットブック

 最初のネットブックは、2007年10月発売のASUSTeKの「Eee PC」であるとされている。その翌年には各社からAtom搭載の廉価なPCが発売されるようになった。ぼくの手元にあるHP Mini 1000 Vivienne Tam Editionは、2009年2月の発売なので、比較的、後期の製品だが、発売後、すでに3年が経過している。当時の価格は59,800円で、搭載OSはWindows XP Home Editionだった。その後、主流のOSはWindows Vistaになり、Windows 7を経て、今度はWindows 8になろうとしている。OSのバージョンはめまぐるしく変わっているが、バージョン番号の違いはわずかで、たとえば、Windows 7や8はVistaと比べればずっと軽く、この製品の処理性能でも大きな不満を感じない。クリーンインストール後、HPのサイトからVivienne Tamの壁紙をダウンロードしてデスクトップにあしらったところ、ちょっといい感じに仕上がった。タスクバーの色などは、自動的に壁紙の色にマッチするので違和感もない。

 まあ、3年前に59,800円で入手したPCのOSを、わざわざコストをかけて2度も3度も入れ替えるというのは現実的ではないかもしれない。ほとんどの場合、XPのままで、そのライフサイクルを終えることになるのだろう。ぼくの場合は、こういう仕事をしているので、OSは入れ替えてみたが、最後に使ったのはWindows 7のインストールテストのときだったかもしれない。今回、Windows 8を入れようとして起動したら、ほぼまっさらのWindows 7デスクトップが出てきて、ちょっとかわいそうな気持ちになった。1.1kgという重量は、当時使っていたモバイルPCよりも200g近く重かったし、バッテリ駆動時間も短かったので、外に持ち出すこともあまりなかった。

 それでも、こうして最新のOSを入れて現役に復帰させてみると、それなりに使えてしまうことに、ちょっとした驚きを感じてしまう。これなら、やっぱりホコリをかぶっている「VAIO type P」にもいれてみようかという気にもなってくる。Atomは遅くて使いものにならないという先入観が、ちょっとゆらいでしまうくらいなのだ。

●なぜ、Metroはネットブックを切り捨てたのか

 クラッシックデスクトップは、タスクバーがあったりするので、スクリーン全体をアプリケーションが独占するには、フルスクリーンモードを使うなどの工夫が必要だが、最初からフルスクリーンで使うことを前提にしたMetroアプリを、なぜ、わざわざネットブックの解像度で動かせないようにしたのだろう。

 Building Windows 8のブログでは、なぜ、ネットブックユーザーを切り捨ててまで、Metroアプリの動作要件をXGA以上にしたのかについて述べている。

 どうやら、デベロッパーがアプリを作りやすくし、低解像度をサポートすることで、無理なレイアウトになってしまうことを回避するためのようだ。

 実際、これまでの感覚では、スクリーンというのは縦に縦にスクロールするものだった。だからこそ、縦方向が寸詰まりのネットブックでもある程度実用になっていた。ところが、Metro UIでは、基本的なスクリーンの挙動は横に横にスクロールする。縦方向のサイズ感がないと、ルック&フィールに影響が出てきてしまい、もし、強引に低解像度をサポートしようとすると、それが圧倒的多数の高解像度ユーザーの体験を損なってしまう可能性がある。スレートPCは縦方向で使われることも多いはずだが、Metro UIは横に横にが基本なので、横方向の解像度が寸詰まりでも問題がないというわけだ。

 以前、日本HPのUltrabookである「Folio 13」を紹介したが、その時に、スクリーンの上下左右にある黒い領域が気になると書いたが、その理由もなんとなくわかってきた。どうやら、Microsoftはスクリーンの周りにアンタッチャブルな領域を確保しておき、タッチのサポート時に、スクリーンの端っこを手でつまんだときに、スワイプなどの誤動作が起きないようにしたいようだ。さらに、その領域をスクリーンとツライチにしておくことで、スクリーンエッジを操作する際の操作性を高める効果もある。たぶん、Folioの黒い余白領域は、そのための伏線だと思われる。

●PreviewはMicrosoftが見せたいWindows 8

 このように、Windows 8にとって、スクリーンはとても重要な要素であり、そのユーザー体験を彼らが考える最高のものにするには、どうしても、縦方向の解像度が低いネットブックを犠牲にせざるをえなかったというのが真相なのだろう。

 そうはいっても、まだまだそれなりに使えるネットブックではある。そのまま引退させてしまうのには抵抗がある。Microsoftも、Metroアプリが使えないのに、Windows 8のインストールはできるようにしたのだから、そこは1つ、ログオンしたら、スタートスクリーンをスキップして、従来通りのスタートボタンつきデスクトップが表示されるようにはできなかったものか。調べてみると、Developer Previewでは、レジストリの書き換えやdllファイルのリネームで、こうしたこともできていたという。だが、Consumer Previewでは、それもできなくなっている。

 製品版では、こうしたことも配慮されるだろうが、今回は、Previewとして、Microsoftが見せたいWindows 8を見せることが大事だということにちがいない。

 ネットブックの果たした功績は、ノートPCの低価格化と、それによる1人1台といったパーソナル化だ。持ち運べる気になるサイズのPCを比較的手の届きやすい価格に押し下げた。これは功績ではなく、罪過だという議論もあるのだが、Ultrabookが同様のチャレンジをしようとしている今、ネットブックの時のような、理不尽なハードウェア的制限がないことを素直に喜びたいと思う。