山田祥平のRe:config.sys

震災を“さらに”救うIT




●各社の英断に拍手

 いい意味でも悪い意味でもなしくずしが続いている。

 例えば、radiko.jpは東北地方太平洋沖地震への緊急対応として、エリア制限を解除、当面の間、全国に開放中だ。つまり、日本全国どこにいても、参加放送局すべてを聴ける。また、少年ジャンプはたぶん、流通、用紙、インク等のさまざまな事情があるのだろう、連載作品をデジタルコミックとして特別無料配信に踏み切った。

 radiko.jp は、ラジオ放送のサイマルサービスだが、従来は、電波によってその放送を聴ける地域かどうかをIPアドレス等で判断し、本来の放送を聴取できるエリアでしか聴くことができなかった。インターネット経由でラジオ放送が聴けるというのは、AMラジオを聴きづらい都市部においては画期的な試みで、離れていたラジオに戻ってきたリスナーも多かったはずだ。クリアにきこえるラジオ放送に、故郷の懐かしいローカル局の放送を聴きたいと思ったかもしれない。でも、それは今までかなわなかったのだ。

 また、少年ジャンプは、バックナンバーの一部が配信されてはいたが、当然有償だし、単行本単位での購入だった。でも、今回は、3月14日発売の15号の漫画部分が、作品ごとに無料配信されている。公開期間は4月27日までだそうだが、震災後のドタバタの中で、毎週楽しみにしていた作品を読み逃してくやしい想いをしていた読者にはうれしい限りの英断だ。いっそのこと、このまま毎週、もちろん有料でいいから電子配信を続けて欲しいくらいだ。

 あの東京電力でさえ、最初はグラフだけの提供だった電力の使用状況を、CSVデータで提供するようになり、アッというまにbotやユーティリティが有志の手によって作成されて公開された。これだって、さらに情報開示がきめ細かくなり、リアルタイムで状況がわかるようになれば、今、目の前の電灯を消せば、使っていない機器のコンセントのプラグを抜けば、停電を防げると個々の消費者が実感できるに違いない。

 こうした事例を見れば、技術的にはすぐにできることなのに、多くの人々が喜ぶことが、いろいろな事情の元にサービスとして、あえて提供されてこなかったということがわかる。

●スマートってなんだ

 社会はクラウドだ。というよりもクラウドはきっと社会を模倣したのだろう。社会は個々人や個々の組織の集合体として成立し、個々の役割をAPIとして提供する。社会そのものに、B2BもあればB2Cもあるし、C2Cだって重要だ。そこでやりとりされるのがフィジカルなモノであるのか、デジタルなデータであるのか、有償であるのか無償であるのかといったこと。クラウドも社会も構造は酷似している。そして、この時代、デジタルなデータを用意できるのであれば、それを提供できることをスマートと呼ぶ。

 もしかしたら、今年は、出版物の電子化が一気に進むんじゃないかと感じている。少年ジャンプの英断は素晴らしかったし、たった1回で終わって欲しくはない。それに、日本全国のインフラが元通りになるには、まだ時間がかかる。紙の出版物を自在に作り、自在に配本して書店に並べることがたいへんな状況がしばらく続く。新聞でさえ、インク不足の影響で、望み通りの紙面を作れなくなってきているのだ。

 不自由は必ず技術の力で解消される。そのときに、以前と同じ状態に復元するだけではなく、もっと豊かな未来を見据えることも大事なんじゃないか。アラン・ケイがつぶやいたように、未来を予測する最良の方法は、未来を発明することだからだ。

 もちろん、紙の出版物がなくては困る人もたくさんいる。デジタルデバイドとまではいかなくても、誰もがタブレットやPCで、自分の必要な情報を自在に集められるスキルを持っているわけではない。避難所では、そうした機器さえ自由にならないだろう。Twitter強しとはいっても、まだまだTwitterって何? という人の方が多いのだ。そしてTwitterでさえデマが蔓延し、それに惑わされるユーザーがいる。風評だってどんどん出てくる。世の中何が正しくて何が正しくないのか。それは、相当のデジタルスキルを持っていたってわかりづらい。社会ってやつは、コンピュータクラウドとは異なり、APIを使ってリクエストしても、エラーも返らなければ、正しい答えを返してくるとも限らないからだ。

 でも、今回の震災情報は、一方通行だったはずののマスメディアでさえも、双方向メディアに転身できている面がある。生放送中の会話の誤りがTwitterの指摘で修正されるといった場面を何度も見た。その一方で、地デジの双方向通信なんて話題にさえならない。

 経済産業省でさえ、Twitterアカウントを作り、@openmeti として東京電力の電力使用状況データ提供に際して、優れたアプリは国でも取り上げていきたいとつぶやき、首相官邸(@Kantei_Saigai)も災害情報をつぶやき続けている。これまでとは違う動きが明らかにある。

●ITインフラと暮らし

 人はこれから、まだまだデジタル的饒舌になっていくだろう。かつて、電子メールが一般の人々の間に浸透していったときのように、ホームページがそうだったように、ブログがまだ現役であるように、SNSという舞台を得た人々は、限定的不特定多数に向けて自分自身を発信できる。そういう意味では限られた友達だけを対象にした実名主義のFacebookよりも、ゆるやかな匿名性を保ったTwitterの方がとっつきやすいかもしれない。無責任な発言はどんなに声が大きかったとしても拡散することなく消えていく。だから、それでかまわない。ぼく自身は本名で <山田祥平(syohei yamada) @syohei> Twitterアカウントを持って使っているけれど、震災以前を含めてロクな発言がないのは恥ずかしい限りだ。

 スピーディに行動を起こせる組織はすごい。例えばIntelは、インテル基金と社員による募金を併せて200万ドルの寄付をする一方で、復興支援活動として被災地におけるITインフラの復旧を支援している。同社は今週も東京オフィスをクローズしたままで、被害のひどかったつくばの事業所の再建に向けて活動中だ。そんなインテルが、WiMAXのUQコミュニケーションズやダイワボウ情報システムとの協力で、避難所におけるインターネット接続環境を提供しているということだ。

 避難に際してノートPCを持ち出してきた方々が、どのくらいいるのかはわからないけれど、避難所にWiMAXルーターが設置され、フリーのアクセスポイントとして公開されているだけで、情報トラフィックは大きく改善されるんじゃないだろうか。スマートフォンからだって使える。

 避難所の日々はきっとつらい。心からお見舞い申し上げたい。その避難所で、少年ジャンプが公開と同時に読めるって素晴らしいことだ。関西のラジオが聴けるって嬉しい。こればかりは、2004年の中越大地震の時と大きく違う。

 思い出して、当時の自分で書いた記事を読み返してみた。ほんのちょっとかもしれないが、当時、望んでいた状況ができあがってきていると感じられて、少しうれしかった。

 個人的には、今、身の回りの経済活動が停止に近い状況だ。先週は出張で大阪に行ってきたものの、それ以外の都内での予定のほとんどがキャンセルとなってしまっている。少しずつ、発表会やブリーフィングの案内が届きつつあるが、本格的な復帰までには、もうちょっと時間がかかるだろう。

 とりあえずは、ものを考えるには悪くない環境だと、自分で無理に納得して、この先の未来を夢想する。でも、がんばろう。負けるなニッポン。