■山田祥平のRe:config.sys■
アニメの企画制作、販売、配給などでおなじみのトムス・エンタテイメントが医療事業分野に参入する。具体的には、加賀電子と共同開発したタッチ端末「スマイルタッチ」に、同社が管理するアンパンマンやハローキティなどのアニメ作品をプリロード、さらに、小児向けの医療情報コンテンツなどをあわせてパッケージングしたデバイスを、全国の医療機関にレンタルするというものだ。
●アンパンマンに届いた1通の電子メール病気のときというのは誰だって不安になる。手術をするかどうかなんてことを決めなければならない場合は、医師の説明を納得できるまでしつこく聞き、ケースによってはセカンドオピニオンを求めて他の医療機関を訪ねる。いわゆるインフォームドコンセントを経て、積極的な治療を始めることになる。
大人でも不安なのだから、子どもはもっと怖いはずだ。しかも、低年齢では、説明のほとんどが理解不能だ。はっきりいって1時間近くかかる点滴をガマン強く耐えたり、内視鏡を鼻から突っ込まれて平気な方がおかしい。だから、小児科では、あちこちで泣き叫ぶ子どもの声が聞こえる。
トムス・エンタテイメントがこの事業に取り組むことになったきっかけは、ある医療センターから同社に届いた1通の電子メールだったそうだ。ちょっと長いが、ここに引用することにしたい。
「恐れ入りますがアンパンマンDVDの著作権に関して教えてください。個人の鑑賞にならないので、どこまで許して下さるのか教えてください。
当施設、○○医療センターは先天性の心疾患の小児や川崎病の小児が沢山来院されていますが、心臓超音波検査の時にアニメのDVDを観てもらって、お利口さんにしている間に検査をしたいと考えています。
検査には入眠剤を使うのですが、2~3歳の小児には薬の効きが悪くなかなか入眠できずに興奮してしまうことさえあり、両親もこちらも大変です。こちらにも時間の制限がありますので、検査ができずに帰る小児もいます。
一度、著作権フリーのDVDを使用してみたのですが、小児の反応が良くなくアンパンマンのアニメを観たいという声がとても多いのです。
アンパンマンで心臓に病気を持った小児に勇気をもらいたいのです」
ちなみに、検査を受ける子どもにアンパンマンを描いた紙の絵本を渡し、それを楽しんでもらう分には何の問題もないらしい。ところが、それがDVDとなった途端に、権利関係がややこしくなる。DVDを子供に見せる行為は、その著作者の上映権がからんでくる。非営利の場合は問題がないが、医療機関は営利団体だ。著作者の許諾を得ないで子どもにDVDを見せることができないのだ。
許諾を得ればいいなじゃいかという考え方もある。だが、それを個々の医療機関に求めるのは無理がある。それをなんとかするのが、今回のトムス・エンタテイメントのチャレンジだ。
●子ども版インフォームドコンセント今回のプロジェクトに監修医として関わった田中恭子氏(順天堂大学医学部小児科学講座准教授)は、小児医療におけるプレパレーションの重要性をアピール、これを「子ども版インフォームドコンセント」と定義し、子供に対して、それぞれの認知発達に応じた方法で、病気・検査などに関する情報を提供し、心の準備と対処能力を引き出す環境・機会を与えることと説明する。そして、これは、医療行為と並行して行なうべき、子どもに対しての倫理的な行為なんだそうだ。
なぜ、苦しい思いをして、こんな検査を受けなければならないのか、なぜ、病気を治すのに痛い思いをするのか、クスリはどうしてこんなに苦いのかなど、治療は子どもにとって複雑怪奇で、まさに不安や恐怖の対象だ。だが、医師は子どもの病気を診ることが主体で、心を診ることは二の次だった。
スマイルタッチには、いわゆるアニメコンテンツの他に、治療への理解をうながすプレパレーションコンテンツや、知っておきたい家庭で役立つ医療情報コンテンツも収録され、子どもに対して医療を説明するのに役だてることができる。
年端のいかない子どもの親は若い。当たり前だ。つまり、そこでは、子どものみならず、親になって間がない保護者へのケアも求められる。苦しがる子どもの様子を見て、不安に陥らない親はいないだろう。医師と親と子ども、その三者が納得した上で治療に取り組むことが重要なのだ。
順天堂大学病院では、クマのぬいぐるみに内臓を模した部位を入れ、子どもに対して何をどうするのかを説明するようなチャレンジもしてきたそうだ。また、各地の病院では看護師らが、紙芝居を作ったりして、子どもが安心して治療に取り組めるような環境作りにつとめているという。
注射1つとっても、子どもは針が体内に入る部分だけに注目し、他に気をそらして痛さをガマンすることが難しい。でも、 かたわらにアンパンマンがいて、勇気ある戦いに挑んでいる様子が目に入れば、その痛みをガマンする、あるいは、気を紛らわすことができるかもしれない。
アニメのようなコンテンツを使うことは、あまりにも安易だという論議もあるかもしれない。確かにその通りで、アニメに頼らず、きちんと大人と子どもの間で話し合いをして、納得するまできちんと説明することは重要だ。でも、それだけの時間を割くことで、本当なら治療を受けられた子どもが治療を受けられなくなるようなことだってあるかもしれない。それでは困るのだ。
●論理的にも物理的にもタフな端末同社では開発に際して病院および小児専門医療施設12カ所、小児クリニック11施設での実地テストを行なったそうだが、ハードウェアに関してはiPadのような話題の端末の使用なども現場から求められるようなこともあったという。だが、壊れやすいものでは役にたたない。また、アルコールで何度拭いても大丈夫なのかといったハードルをクリアでき、そこを保証するようなことまで視野にいれたハードウェアとなると、どうしても、オリジナルのものを開発するしかなかったという。それに外部ストレージ対応やネットワーク対応なども、メインテナンス等を考えるとない方がいい。病院でデバイスがウィルス感染なんていうのはシャレにならない。持ち運びができ、多少ラフに扱っても大丈夫で、論理的にも物理的にも安全で丈夫な端末が必要だったのだ。
かつて、上映権は映画のようなコンテンツのみに認められるものであり、静止画や写真などは上映の対象外だった。だが、それでは著作者の保護が十分でないとされ、法律の改正によって、映画でなくても上映とみなされることになったという経緯もある。時代とともに、著名コンテンツを使って子どもを勇気づけるという行為が、ますます、やりにくなってきているというわけだ。
自分自身が著作権法に守られている著作者の1人として、どうにも複雑な心境だ。記者会見ではアンパンマンの作者であるやなせたかし氏がビデオメッセージで登場し、今回のチャレンジを応援するとコメントしていた。ぼくらは医師に何をどこまで求めることが許されるのか。医療現場のサービスとは何なのか。そして、著作者は何ができるのか。いろいろなことを考えさせられた発表会だった。