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インテルががんばれば病院が変わる




 センサーが測定し、液晶ディスプレイに表示された血圧や心拍数を、電子カルテに手入力する。悲しいが、これが最新のITを活用する医療現場である。果たして10年先には別の未来があるのだろうか。

●ITで患者にケアを

 インテルと特定非営利法人日本医療政策機構が、患者会活動に対してITによる支援を行なうことで合意したそうだ。その発表にともない、米Intel 副社長兼デジタルヘルス事業本部長のルイス・バーンズ氏が来日、プレスとのラウンドテーブルが開催され、同社のデジタルヘルスへの取り組みに関する話を聞くことができた。

 バーンズ氏は、とにかく、世界的な医療危機の現状を考えると、早期に、そしてできるだけ多くの患者を自宅療養に移行させることが重要で、それをITによって促進するとアピールした。つまり、患者の生活の質は、介護施設などでケアを受けるよりも、ホームケアの方が圧倒的に高く、それでいて1日あたりの医療コストも安くなると主張する。実際、いろいろなケースを調査してみても、患者は、自分が住み慣れた自宅にいることを望むのだそうだ。

 バーンズ氏は家族の負担はテクノロジーによって軽減できるとし、仕事を持ちながら介護ができるような環境作りにITが貢献できるはずだという。

 だが、患者は、本当に自宅に戻りたがっているのかという疑問も残る。場合によっては介護施設にいたままの方が質の高い生活を送れる可能性だってあるはずだ。医療コストの増加は否めないが、何よりも、愛する家族に負担をかけているという後ろめたさを抱え込まなくてすむ。自分が、そのような立場になったときのことを考えると、自宅に戻りたいと主張するかどうか、今の時点ではなんともいえない。

●ITが医療現場に浸透するには

 これから高齢化社会がやってきて、慢性疾患を抱える患者も増えていくことが予想されている。また、医療専門家も不足し、医療費はますます高騰する。これらを打破するためには、新しい医療モデルの確立が求められるというバーンズ氏の主張は、ある意味では正しい。だが、医療現場という、ある意味で特殊な世界にインテルのような企業が本当に浸透していけるのだろうかという懸念も残る。

 たとえば、病院という現場は、整形外科病棟のようなところでさえ、測定機器や体内のペースメーカーなどに影響を与える可能性がゼロではないという理由で携帯電話の使用を禁止してきたところだ。長期の入院患者にとって、外部とのコミュニケーションを電話に頼りたいのは当たり前だ。ケガでベッドから動きにくい患者にも公衆電話の使用を強要し、ベッドの上でメールしたり、おしゃべりするといった行為が禁じられてきた。寂しい気持ちをケアするよりも、万が一の可能性で命に関わる事故が起こらないようにすることが大事ということなのだろう。

 バーンズ氏は医療施設で使われる各種のデバイス類に関して標準化を進めることも視野に入れた取り組みを紹介する。たとえば、Bluetooth SIGが2007年にアナウンスした“Medical Device Profile for Bluetooth wireless technology at Medical”を例に挙げ、今後は、病院内で使われる医療デバイスがBluetoothを使ってワイヤレスで通信するようになるだろうというのだ。また、WiMAXのような環境も医療現場に貢献するという。

 体温を測れば、その情報が一瞬で電子カルテの参照するデータベースに記録され、患者がベッドの上で異変を起こせば、駆けつけた医師が、その場で直近数時間分のデータを参照でき、的確な判断の材料にできる。

 現在、病院で見かけることができる各種の医療機器は、いってみればアプライアンスに過ぎない。そのほとんどはスタンドアロンの機器であり、データの可用性は著しく低い。そこをなんとかするのがテクノロジーだとバーンズ氏は言う。

 Bluetoothにしろ、USBにしろ、なんらかの方法で各種のセンサーを、しかるべきアーキテクチャのターミナルに接続し、そこで稼働するOS上で動くアプリケーションが、デバイスと通信して得た値を適切な方法で表示する。現実的にはPCアーキテクチャで、OSはWindowsやLinuxだろうというバーンズ氏の説明を聞きながら、心拍数が限りなく下がっていくディスプレイ表示がいきなりブルースクリーンになるシーンを想像してしまった。

●ITで医療の現場を変える

 インテルの取り組みは、患者自身のためでもあり、そのケアをする周辺のためでもある。その両方をITによってサポートしていきたいとバーンズ氏は言う。

 患者自身のIT支援としては、バリアフリーPCなどが紹介された。だが、今の時期は、ここがとても難しいとぼくは思っている。というのも、高齢者や病気になってから初めてITに接する人々が使う場合と、すでにITに慣れ親しんでいる人々が高齢になり、病気になって使う場合では、求めるものは明らかに違ってくるだろうからだ。今後の社会は間違いなく後者が増えてくるだろう。ある程度のITスキルを身につけた人々が、老いていく中でも、使いやすいUIが求められるようになる。だからといって、ITと無縁で過ごしてきた層を見過ごすわけにはいかない。結局は、両者をサポートしなければならず、だからといって、二兎を追う者は一兎をも得ずの言葉通り、どちらにも使いにくいUIができてしまう危険性をはらむ。

 「できるところからやる」。インテルはそう言うし、10年も20年もかけている余裕はないのだとも言う。

 病院のベッドに伏した家族の様子が、携帯電話やWebでいつでも確認でき、何か異変が起これば、あらかじめ家族や親類縁者が登録されたメーリングリストにエマージェンシーのメールが届く。

 ベッドから起き上がれなくても、気持ちが元気な患者は、ベッドサイドのインターネット端末で、常に外部とコミュニケーションができ、病院の外で起こっている世の中の出来事に関して、常に敏感でいられる。エンタテインメントも、その端末だけで事足りる。

 電子カルテに記録された検査結果の値は、本人ならいつでも履歴を参照し、医師の所見について疑問があれば、インターネットで調べたりすることもできる。

 特に驚くようなITではない。明日からでもできそうなことばかりだ。だが、それを現実にするのが難しい。医療機器ベンダーがインテルのOEM先となり、“インテル・インサイド・メディカルデバイス”が医療現場にあふれる日は果たしてやってくるのだろうか。

 ラウンドテーブルに同席したインテル株式会社 共同社長の吉田和正氏から「1年半くらいで、インテルはよくここまでやったと褒められるくらいの結果を出したい」という言葉を聞いた。

 ちなみにバーンズ氏は'57年生まれ。昨年50歳を迎えた。医療を人ごとではなく、現実のものとして考えなければならない年代に突入したともいえる。もしかしたら、何か、大きな流れが起こるかもしれない。

□関連記事
【2月14日】インテル、患者会活動に対してITによる支援を開始
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0214/intel.htm

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(2008年2月15日)

[Reported by 山田祥平]


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