山田祥平のRe:config.sys

MicrosoftはWindowsの聖域を壊せるか

 3月末に米サンフランシスコで開催された開発者向け年次カンファレンス「Build 2016」を受け、日本でも恒例となったイベント「de:code」が開催された。世界の、そして日本の開発者に対して、Microsoftは何を期待しているのだろうか。

あらゆる要素が始まったばかり

 「de:code」イベントに合わせて来日したMicrosoft コーポレートバイスプレジデント チーフエバンジェリストのスティーブン・グッゲンハイマー氏は、同社がプラットフォームカンパニーであると説明する。特に昨今は、「プラットフォームとしての会話」を軸に将来のエンドユーザーコンピューティングが新たなステージを迎えることを宣言、そのための開発者啓蒙に熱心だ。

 だが、グッゲンハイマー氏は、まだ始まったばかりだと念を押す。それに、レガシーなWindows、例えば、Win32 APIはこれからどうなっていくのかとか、各種のデスクトップアプリやWindowsサービスの収束はあるのかないのか、その辺りはまだまだ不透明だ。もちろん、それらに依存したビジネスを生業としている開発者はたくさんいるし、当然、エンドユーザーも同様だ。いわばここはWindowsの聖域なのだ。

 それでも、UWP(Universal Windows Platform)への移行を推進することで、ステージに新たな息吹を吹き込みたいというのがMicrosoftの思惑だ。

 de:codeの基調講演では、「desktop app converter」を使ってUWPに変換された秀丸エディタが紹介された。見かけは通常の秀丸エディタと何ら変わりはないのだが、歴としたUWPアプリで、クリーンなインストール/アンインストールが可能となる。また、デバイス間ローミングや、シームレスなアップデートなども実現できるようになる。それに加えて、さまざまWindowsデバイスで使えるようになるわけだ。

 ただ、今、UWP版秀丸エディタが登場したからといって、何が変わるかというと、何も変わらない。かろうじて、Windows 10 Mobileで秀丸が使えるようになるだろうから、それを喜ぶユーザーも一部にはいるだろう。でも、まだモバイルOSとして主流にはなっていないWindows 10 Mobileで動かすために秀丸エディタ開発関係者が、力を注ぎ込むかというと、それはなかなか難しいところだろう。

 MicrosoftがUWPを推進するのは、あらゆるWindowsで同じアプリを使えるようにすることだけが目的ではない。同社はマルチプラットフォームで使えるアプリを揃えることこそ重要だと考えているからだ。UWPアプリはその方便でしかないとも言える。

 つまり、UWP開発のプロセスの中で、Xamarinのようなツールキットを併用することで、Android OSやiOSなどでも使えるアプリを同時に成立させることができる。そのことによって、あらゆるプラットフォームの開発者のビジネスチャンスを増やし、さらには、既存の有力アプリのWindowsプラットフォームへの参入をうながそうとしているわけだ。

アプリという概念の崩壊

 「プラットフォームとしての会話」は眠らないPCをもっと増やすことでより有効に機能する。エンドユーザーのあらゆる情報を集めて蓄積し、ビッグデータと照らし合わせながら、アプリを使わないソリューションを提供する。そこには実はアプリ開発者のビジネスチャンスを奪ってしまうという側面もあるかもしれない。

 もちろん、Botフレームワークを用意し、さまざまなAPIを提供し、デベロッパがそれを使いやすくすることで、彼らが新天地を見い出す可能性もあるわけで、一概にそう言い切るのは早急だが、アプリを作るという概念が引っ繰り返る可能性は否定できない。グッゲンハイマー氏が、まだ始まったばかりで先のことはまだ不透明だと口を濁すのももっともだ。

 いずれにしても、そういう世界が到来すれば、かつてのConnected Standby、今でいうところのInstantGoは、今よりもずっと重要な機能になるだろう。

 となると、WindowsとIntelとの関係は、もしかしたら、今よりも希薄なものになってしまう可能性もある。ご存じのように、MicrosoftはWindows 10 Mobileの稼働するアーキテクチャとして、ARMを選んでいる。もしかしたら、将来的にエンドユーザーの使うPC的デバイスは、ARMが主流になっていくことも十分考えられるだろう。それに、Intel自身もPC事業を継続しながらも、今後は、IoT事業に軸足を移していく方針を表明している。

 Windowsの優位点は、少なくとも、IAだのARMだのといったハードウェアアーキテクチャの上に覆い被さり、アプリ開発者にとっては、どのアーキテクチャで動くのかを気にする必要がない点にある。UWPが主流になれば、その傾向はますます顕著になるだろう。

 だったらフルWindowsの稼働するPCデバイスなんていらないんじゃないか、といった暴論も吐きたくなる。今、Microsoftのライセンス体系では、7~8型ディスプレイを境に、大きなものはWindows 10、小さなものはWindows 10 Mobileしか使えない。しかもWindows 10で通話はできない。でも、近い将来、画面サイズでデバイスの特性を区分けするのはナンセンスになる。電話のようなPC、PCのような電話の登場、あるいはベンダーが新たなフォームファクタを提案する自由を奪ってしまうことになりかねないからだ。

 確かにMicrosoftはSurface 2で、Windows RT 8.1をデビューさせ、アッというまにそれを終息させてしまった。プロセッサはNVIDIAのTegra 4。ARMアーキテクチャだ。失敗だったから終息にしたが決断が早すぎたということか。失敗を認めてしまったことそのものが失敗だったと認める日もやってきそうだ。

 フルWindowsが稼働しなくても、モビリティに長けたハードウェアで、軽量のWindowsが稼働し、UWPアプリが揃い、いつでもどこでも使えて、必要なら、Bluetooth接続のハンドセットで通知を受け、電話の1つもできるようなハードウェアセットは、「プラットフォームとしての会話」のためには格好のフォームファクタだ。

 その一方で、画面付きのハンドセットのようなデバイスが高い処理性能を持ちフルWindowsが動くというフォームファクタもありだ。今のPCのような形をしているから電話はできないとか、今の電話のような形をしているからWindowsのフル機能は使えないといった制約は意味がなくなっていく。多くのエンドユーザーが、Windows 10 MobileのContinuumに注目しているのは、そんな世界を夢見てのことではないか。

聖域としてのレガシー

 それでも世の中にはレガシーでなければ困るという人たちがたくさんいるのは事実だ。企業などの現場では特にそうで、Microsoftがそのボリュームを捨てられるはずもない。

 だからOfficeはいつまでたってもデスクトップアプリ最優先で、UWP版がメインにはなりそうもない。本気でUWPにシフトさせようと考えているなら、Microsoftだって既存機能の全てをUWP版Officeに実装しようと努力するはずだ。会議の招集もできず、過去のメモも参照できないようなアプリに、Outlookという名前を付けてはいけない。これじゃずっと昔のOutlook Expressだ。その名前がいったいどれだけ世の中を混乱させたか。そんなアプリしか標準添付されないWindows 10 Mobileを、どうやって企業に薦めようというのだろうか。それとも、Microsoftはプラットフォームカンパニーだから、アプリの開発はサードパーティに任せたととればいいのか。

 Microsoftと言えど、壊せるものと壊せないものがある。聖域としての禁漁区にどう挑むか。そこが負け知らずの領域だけに、どうアプローチしていくかがMicrosoftの将来を左右していくことになるだろう。

(山田 祥平)