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【MWC特別編】コミケが束になってかかってくる5Gネットワーク

 電波は限られたリソースだ。それを有効に活かすためにはビットあたりが占有する単位時間を限りなく減らさなければならない。同じ広さのスペースであれば、耕耘機ではなく新幹線を走らせる。第5世代のモバイルネットワークは、増える一方のトラフィックをどんなソリューションでさばくかを業界一丸となって考えるチャレンジだ。

コミケが街にやってきた状態

 MWC2015では、各社の5Gネットワークへのアプローチが提案されていた。5Gは、2020年、つまり東京オリンピック頃のサービスインに向けた標準化がも目論まれているが、今の時点ではまだ海の物とも山の物ともつかぬ状態だといっていい。とりあえずは今のLTEとLTE Advancedの技術を組み合わせて拡張していくのか、それとも、まったく新しい無線通信技術を確立して標準化するのか、あるいはその組み合わせなのかが模索されている。

 とにもかくにも、2020年頃以降の膨大なトラフィックに備えるために、5Gでは大容量と高速に焦点があてられている。

 人が集中する場所におけるネットワークトラフィックとしてはコミケイベントがよく例に挙げられるが、2020年頃の状況はそんなもんじゃない。町内のブロックごとにコミケが開催されているようなイメージを思い浮かべてほしい。それをさばくためには、アクロバティックな方法論の確立が必要になる。これが大容量化のニーズだ。

 一方、人々が求めるコンテンツサイズはさらに肥大化する。スマートフォンの画面に写真を表示するという今と同じユーザー体験を前提としても、その写真素材の高画素化は進んでいるだろう。でも、写真を見るユーザーには関係ない。5型程度のスクリーンに写真が表示されるという体験に、美しい写真を送るから待てとは言えない。だから高速化が必要になる。そして、その高速化は大容量化にも繋がって行く。

 個人的には、5年後になっても、人が消費するコンテンツのサイズ感はそれほど大きく違っていないんじゃないかとも思う。今、YouTubeは1Mbps程度あればスムーズに見れるとされているが、これが4Kともなれば5Mbpsは欲しくなるが、それでもたったの5倍だ。

 それよりも、IoTを含めて1人のユーザーが持つトラフィックを発生させるデバイスが桁違いに多くなり、さらにユーザーそのものの数も増えることが問題になる。

 例えばぼくは、このバルセロナに3台のPCと1台のタブレット、4台のスマートフォンを持ち込んだが、そのすべてに常時電源が入っていて、なんらかの方法でインターネットゲートウェイに繋がっていると、全部のデバイスがそれぞれ同じメールをダウンロードし、ファイルを同期しと、いろいろな形でトラフィックを発生させてしまう。無駄であることは分かっていても、出かけるときにどのデバイスを持ち出すかを考えなくてもいいから便利なのだ。

 5年後、誰もがそんなデバイスの使い方をしているとは思えないが、身につけて持ち歩いているデバイスがスマートフォンだけであるというのは考えにくい。

WiFi電波空間に秩序をもたらす

 モバイルにおいて高速大容量を確保するには電波があればいい。有限の資源であるとは言っても空き地はあるのだ。ところがモバイルネットワーク事業者が使える電波は、国から免許されたものであり、足りないからといってカンタンに追加することはできない。

 でも探せば空き地はある。正確には空き地ではないが、誰もが等しく使う権利がある。それがWi-Fiで使われている5GHzの周波数帯だ。MWCでは、QualcommやEricsonが、LTE-Uとして、無免許で使えるWi-FiバンドでLTEのプロトコルを流す実証実験を披露していた。以前から公開されていたものだが、かなり実用段階に近くなってきていることがわかる。

 既存のWi-Fiアクセスポイントと同じ装置を使い、そのバックボーンをインターネットに直結せずにLTEの基地局と同じように制御することができるキャリアのセントラススケジューラなどを介してキャリアのネットワーク経由でインターネットに接続することで、効率の良い通信を実現する仕組みだ。これによって、キャリアはあたかもLTEで使えるバンドがもう一波増えたかのような状況を得ることができ、それをCAやMIMOなどの技術で束ねることができるようになる。

 ただでさえ乱立していて繋ごうにも繋がらないことが多いWi-Fiのバンドに、さらにモバイルキャリアが乱入してきても大丈夫なのかというのはすぐに思い浮かぶ疑問だ。そこは大丈夫とQualcommらは言う。ラッシュ時の電車に乗るときに、Wi-Fiが列も作らず降りる人もかまわずドアにワッと群がるのに対して、LTEと同じ制御をすることで整列乗車ができるようになり混乱は起こらないというのだ。

 何よりも、今、街中に乱立しているキャリア系のWi-FiアクセスポイントのすべてがWi-Fiから撤収し、LTE-Uに引っ越してくれれば、従来のWi-Fiはかえってスムーズにデータが流れるようになる可能性もある。電波が有効に使えるようになる1つの例だ。この技術は、いくつかのキャリアがすでに実証実験を終えて、実サービスインに入る段階にあるという。Wi-Fi陣営にはアライアンスとしての言い分もあって、いろいろな論議はあるが、ここをうまく乗り切って両者がメリットを得られるようになってほしいものだ。

使える電波は全部使え

 今、スマートフォンに3GとかHとか、LTEといった表示がされることで分かる接続技術の世代は5Gの時代になっても同じままかもしれない。マーケティング的に5Gが高らかにアピールされることはあっても、LTE-Uの例からもわかるように、5Gネットワークの多くの部分が、既存の技術の組み合わせで実現されるものであるからだ。Qualcommでは、将来的にはワンチップに統合されるだろうけれど、当面Wi-FiとLTE-Uに使うRFは別に用意されるというので、一般的なスマートフォンは5GHzの無線モジュールを複数個持つことが当たり前になる可能性がある。それでもバッテリに与えるインパクトは微々たるものだとも。

 キャリアにとっては、大きな風呂敷を広げようとしたところ、その風呂敷を広げるだけのスペースがないということが分かり、あわててスペースを拡張しようとしているようなものだ。これは電波を使うインフラである限り、どうしようもなくつきまとう問題でもある。

 だから、5Gネットワークは誰のためのものかと言えば、それは未来の我々の暮らしを豊かにするものであると同時に、キャリア自身が自らのビジネスを崩壊させかねない要因を取り除くための自衛手段でもあるわけだ。

 まさに目の前にある使える電波は全部使わなければネットワークは崩壊する。そして、それによって成立するはずだったマーケットが成立することなく水の泡と化してしまう。そうならないためにも、業界はあらゆる手段で、問題を解決しようとするわけだ。今持つ利権を捨てる理由はない。その算段。MWCはそういう場だ。華やかなブース展示の舞台裏、ぼくらの知らないところで繰り広げられている密談の存在が、未来のモバイルネットワークを左右する。

 ちなみに今年のMWC会場のWi-Fiネットワークだが、繋がらないことこそなかったが、決して快適なものでもなかった。それを知ってか知らずかプレスイベントの多くは、Wi-FiのSSIDとパスワードを公開するとともに、各席には有線LANを装備するなどの配慮があった。誰もWi-Fiがうまく機能するとは考えていないのだ。だが、多くのプレスのPCには有線LANポートがない。そういう時代だ。

 その一方で、Mobistarのモバイルネットワークは、3Gとは言え快適そのもので何のストレスもなく利用できた。30年以上の歴史の中で業界が培ってきたネットワーク制御の底力が、こんなところにも実感できる。まあ、電波空間という空き地を仕切るジャイアンなのだろうな。

(山田 祥平)