山田祥平のRe:config.sys
売られたケンカはお買い得か
(2013/5/31 00:00)
「はまるタブレット」こと、「Microsoft Surface Pro」が日本でも発売されることになった。ARM版Windowsを搭載した「Surface RT」と違い、OEM各社の現行製品と、直接競合する製品だけに、その影響が気になるところだ。
デバイスカンパニーとしてのMicrosoft
Surface Proは、10.6型スクリーンを持つ約907gのタブレットで、プロセッサとして、第3世代Intel Core i5を搭載するWindows PCだ。先行して発売されていたSurface RTが、ARMアーキテクチャで稼働することから、従来のWindowsデスクトップアプリケーションが使えなかったのに対して、Surface ProはれっきとしたWindows PCだ。だから、ユーザーは自分の必要なアプリを入れて使うことができる。
ちなみに、今のMicrosoftは「デバイス&サービス カンパニー」への転身を模索中だ。早い話が、OSをOEM供給するのみならず、自らデバイスベンダーとしてハードウェアをも売る会社になろうとしているわけだ。かつて、同じ会社がOSとアプリの両方を作っているのでは競争原理に背くとしてWindowsチームとOfficeチームが分離されたり、OSにWebブラウザが同梱されているのはけしからんとしてWindowsからInternet Explorerが分離されたりといったことがあったわけだが、もうそういう時代ではないということなのだろうか。
そうはいっても、これまでMicrosoftはWindows OSやOfficeアプリを、OEM各社に供給し、彼らを通じて膨大な数のライセンスを売ってきたわけで、SurfaceをMicrosoft自らが自社ブランドで売るというのは、彼らの恩を仇で返すことにもなりかねない。最初にSarfaceのニュースが流れたときには、業界の各方面からMicrosoftはOEMにケンカを売っているのかという声が聞こえてきたりもしたものだ。PC周辺の著名ベンダーとしては、Intelがあるわけだが、今のところIntel製のPCは存在しないことを考えると、巨人としてのMicrosoftがこのビジネスに参入したことが大きな話題になるのも頷ける。
本気度、という点ではどうか。Surface Proにハードウェア的な魅力を個人的に感じるかといえば、ちょっと微妙なところだ。ぼくとしては本体だけで自立させられるスタンドはちょっとうらやましい。タブレットを使うときに両手で抱えるのではなく、机などの上に立てかけたいと思うことはかなりよくあるのだが、それについて、真剣に考えてくれている製品は、ほとんど見当たらないからだ。また、アクセサリとしてのキーボードカバーは好みに応じていくつかのものが用意され、画一的になりがちなタブレットハードウェアをドレスアップすることができる。これは、スマートフォン市場にアクセサリ市場がコバンザメ的に成立しているのに似ている。
OSがWindows 8 Proで、OfficeがHome and Business 2013添付という仕様だが、それを考えれば119,800円(256GBモデル)という価格は安くもないし、そんなに高くもない。一部の量販店では、さらに1%のポイント還元もあるようだ。ただ、OEMベンダーの一部からは、とてもこの価格でこの仕様は実現できないと嘆く声も聞こえてくる。
SurfaceはMicrosoftのリードデバイスか
OSベンダーによるハードウェアとしては、Googleのリードデバイスを思いつく。OSベンダーという意味では、Appleの製品も同様だが、彼らはOEMに対してOSをライセンスするというビジネスをしていないので、スタンス的には異なる。
Googleのリードデバイスは、AndroidやChromeというプラットフォームの最新の環境で、今、どんなことができるのか、どんな世界を提供できるのか、Googleは何をどう考えているのといったことを、世に知らしめるリファレンスハードウェア的な存在だ。ピュアGoogle体験をするためには、リードデバイスを入手するのがもっとも早道だとされている。
OEM各社はAndroidスマートフォンやタブレットをリリースするにあたり、Google一色に塗りつぶされることを嫌い、自分たちで独自の機能を実装する。一方、リードデバイスはそれをせずに、素のままのOSが搭載された状態で出荷される。また、Googleにとって、リードデバイスは儲け度外視だろうし、誰もが入手できるようになっている。
Windows OSも、パッケージやDSP版を個々に入手できるが、ハードウェアは別に調達する必要がある。そして、そのハードウェアはいわば無限の組み合わせがあり、Windowsが稼働するPCのリファレンスとしては、ちょっと意味合いが異なる。だが、世の中にはクリーンインストールされたWindowsを好む層はたくさんいる。いってみればピュアWindows体験というわけだ。
それでは、SurfaceがGoogle的なリードデバイスなのかというと決してそうではない。この製品はMicrosoftが(おそらくは)、どこかのベンダーからOEM供給を受け、Microsoftのブランドで売るからだ。あくまでもMicrosoftの製品だ。その点、Googleのリードデバイスは、開発過程で協力体制を組み、ベンダーのブランドで製品が出てきている。Google監修といったイメージに近いのだ。
ハードウェアの差別化
今、ハードウェアを他ベンダーに対して差別化するのは大変だ。板1枚という構成のタブレットカテゴリでは特にそうだ。PCを購入すると、筐体にWindowsロゴのステッカーが貼られているのはご存じの通りだが、Windowsがインストールされていれば、あのステッカーを貼り付けていいとは限らない。貼り付けのためにはロゴ要件をクリアする必要があるのだ。
だから、Windowsステッカーが貼られたPCは、ある程度安心して購入することができる。Windowsに期待するであろう多くの要素がそこに実装されていることが保証されるからだ。
だが、ハードウェアベンダーは、ロゴを取得した上で、ソフトウェアによって製品を差別化したがるようだ。それがあまりにも行きすぎることがないように、Microsoftでは、Windowsのプリインストールに対して、ある程度のガイドラインを用意して、各社の製品がテンデバラバラになってしまわないように各社に「お願い」をしている。Windows 3.Xや95、98の時代は、これが徹底していなくて、各社それぞれが、独自のシェルを用意したりするなど大混乱していたことが思い出される。あの当時は、初めて自分のPCを所有するという体験が当たり前に近かったので、本当は、それではよくなかったのだ。
今、どこのベンダーの製品を買っても、ある程度Windowsを知っていれば、操作の点で特に困ることはないが、昔はそうではなかった。今は、いわばPCの共通語としてのWindowsにより、どのメーカーのPCを購入しても、その体験がかけ離れたものになることはなくなった。それはなんだかんだいっても、結果としてユーザーにとって利益をもたらしたということができるだろう。次のPCを購入するときの選択肢が増えるのは歓迎してもいいはずだ。メーカーごとに操作方法が異なるのでは、それまでの知識や経験が役に立たないということになりかねないからだ。もちろん、メーカーにとっても他メーカーからの顧客を獲得できる可能性が出てくるのは歓迎すべきだろう。
今、Androidスマートフォンは、かつてのWindows PCと同じ失敗を繰り返そうとしている。Androidなのにベンダーごとに使い勝手は異なり、さらに、キャリアごとにも使い方が違う。でも、Googleは、それについてあまりうるさく言おうとはしていないように見える。だからこそ、素のAndroidを搭載したリードデバイスを用意して、自分たちで儲け度外視で売るわけだ。
OEM各社に大期待
Surfaceの魅力が高ければ高いほど、そして価格が安ければ安いほど、これから出てくるハードウェアは競争力を確保するために、もっといいものにしていく必要があるだろう。Microsoftは、Surfaceを売ることによって利益を出そうとしているのは、同社が「デバイス&サービス カンパニー」の御旗を掲げようとしていることでも想像できる。利益を無視して作った製品ではないのだとすれば、他のOEMベンダーは少なくとも同等以上の製品を作れるだろうし、ベンダーによってはスケールメリットを活かして、さらに魅力的な製品が作れるかもしれない。
これからPCの世界は変わる。特に、IntelのHaswell搭載PCでは、PCの世界観が変わるとも言われている。逆に言えば、まだ、時間はあるのだ。そんな中で、ハードウェアベンダー各社にお願いしたいのは、Surfaceに負けないアッと驚くような製品を開発してほしいということだ。今こそが、長年培ってきたハードウェアの開発力を示すときであるとも言える。本当だったら鼻で笑うくらいの余裕が欲しいところだ。ケンカを売られたと思っているなら、是非、買っていただきたい。
きっとできると信じたい。ぼくらエンドユーザーにとっては、Surfaceより悪い製品は、今後出てこないということで決まりだ。それはそれで悪くない。