山田祥平のRe:config.sys

インターネットをロジとして使う朝日新聞デジタルにとっての「マス」




 朝日新聞社がその電子版「朝日新聞デジタル」を創刊、その配信が始まった。大手の新聞社としては日本経済新聞に続く試みだ。今回は、そのサービスについて考えてみたい。

●紙購読+1,000円で手に入るデジタル版

 実は、未だに紙の新聞を購読している。だから「朝日新聞デジタル」の購読料はダブルコースとなり紙の購読料プラス1,000円での利用ができる。ちなみに宅配される紙の朝日新聞の朝夕刊セットは3,925円/月だ。だから、ダブルコースは計4,925円/月のサービスとなる。これは、サービスが先行している日本経済新聞と価格的には横並びだ。ただし、日本経済新聞は宅配の購読料そのものが朝日新聞より高く4,383円+1,000円だ。

 今回の創刊にあたり、7月末までは無料で購読できるというので、さっそく申し込んで読んでみた。ちなみにデジタル版のみのデジタルコースは3,800円/月となっている。

 1契約で複数の端末から同時利用できる点が特徴で、規約上、同居の家族がそれぞれ自分の端末で購読できる点が目新しい。ただし、ログインIDは契約者のメールアドレスとなり、パスワードも共通だ。したがって、契約者以外の家族は、そのメールアドレスとパスワードを使ってログインする必要がある。この点をちょっと気にするユーザーもいるかもしれない。

 サービス開始時においては、PCにおけるWebブラウズのほか、iPadとAndrroid用にアプリが提供されている。iPhone用のアプリについても追って提供されるそうだ。ここはひとつ、より使い勝手のいいWebアプリも用意してほしいところだ。

 紙の新聞では、家族の誰かが興味深いと思って記事を切り抜いてスクラップしてしまうと、その記事を他の家族が読めなくなってしまう。朝日新聞デジタルでは、スクラップブック機能が用意され、スクラップした記事がサービス側に保存され、好きなときに一覧して、その記事を読むことができる。そのスクラップブックも、1つの契約につき、1冊なので、結果として、家族の誰がスクラップしても、1冊のスクラップブックに集約されることになる。

 このスクラップブックが端末間で同期できるのが興味深い。特定の端末で記事をスクラップしたり、それに自分でメモをつけたりすると、その情報がサービス側に保存され、別の端末でも同じものを参照することができる。iPadで読む場合も同様だ。現状、Andoroidアプリでは、この機能が提供されていないのは残念だが、ブラウザで見れば同等の機能が利用できるので、いざというときは、そちらを使えばいい。

●紙とデジタルで微妙に異なる記事内容

 しばらく使ってみて感じたのは、これは紙の朝日新聞のデジタル版ではなく、「朝日新聞デジタル」という別のメディアであるということだ。

 もっとも大きな違いは、紙の朝日新聞が基本的に縦書きであるのに対して「朝日新聞デジタル」は横書きであるという点だ。また、記事そのものも、内容は当然同じとして、見出しや文章が多少異なる。それに、1面を参照したとしても、紙の新聞の1面にあるすべての記事が掲載されているわけでもない。

 東京都内の自宅に配達される紙の新聞は14版、すなわち最終版だ。ちなみに19日の朝刊1面トップは、電力会社から送電部門を切り離す発送電分離に関するものだったが、紙の新聞の見出しは

「発送電分離を検討 首相 保安員独立にも言及」

となっていたが、デジタル版では、

「発送電分離、首相が検討意向 保安院分離も言及」

さらに、iPadとAndroidアプリでは、記事本文を表示させたときの見出しはデジタル版と同じだが、トップ面の見出しは、

「首相、発電と送電の分離検討」

となっている。この見出しの違いが意図されたものなのか、そうでないのかはわからない。もしかしたら最終版より前の版見出しは、こうなっていたのかもしれない。ちょっと調べてみると、asahi.comの記事では、同じ見出しが使われていたし、デジタル版では、asahi.comの記事に、より詳しい文章が続いていた。

 また、紙の新聞ではリードの末尾に「▼4面=首相会見要旨」というガイドがあったが、デジタル版では、記事として記者会見全文が続いている。紙の新聞では要旨だけだが、デジタル版では全文が読める上に動画も用意されている。紙の新聞記事の末尾には「朝日新聞デジタルに会見詳報・動画」というガイドも付加されている。

 このように、1つ1つの記事を見ていくと、明らかにデジタル版の方が詳しい。デジタル版には限られた紙面というものがないので、長めに書くことが許されるのだろう。紙には印刷しきれなかった情報が、デジタル版では読める。

 ただ、見出しのサイズや、そのフォント、網掛け、白抜きといった、伝統的なさまざまなエディトリアルデザインを駆使し、達人的なレイアウトができる紙の新聞に対して、デジタル版の表現力は低い。だから、衝撃の1面トップなどというイメージが伝わりにくくなってしまっている。でも、そのためにWebデザイナーが腕をふるって重いページ、読みにくいページを作られたんじゃたまらない。ここは難しいところだ。

 紙の新聞では、一面に「天声人語」があり、その下に主に書籍の広告が掲載されている。それが、長年、見慣れた紙の朝日新聞のレイアウトだ。でも、デジタル版はそうはなっていない。「天声人語」「社説」というリンクのクリックで、当該記事が表示される。そして、書籍の広告はない。

 新聞というのは、レイアウトをひっくるめて新聞というイメージがあるので、せめて、その日の朝刊の1面が、どのような感じだったのかを提示するくらいの試みはあってもよかったんじゃないかと思う。そういう意味では、日本経済新聞社の電子版は、そのあたりの展開が巧みだ。

 そもそも、その日の朝刊を、記事を熱心に読むまでもなく、1面から最終面にかけてパラパラとめくっていくだけで、目に飛び込んでくる見出しなどから、朝のトピックスがおおまかに把握できる。その一覧性は秀逸だ。それがデジタル版になると、かなりスポイルされてしまっているのは、今後、工夫の余地がありそうだ。

 もちろん、経済面を開くと、経済面のトップ、それに続く2つの記事、さらに見出しだけで表示される次々記事と、3段階程度の重要度の違いはわかる。これが面スタイルと呼ばれるレイアウトだ。だから、朝刊のトップページから1面を見たら、特集、政治・政策、経済、国際、社説・声、くらし、スポーツ、地域発、社会・話題とタブをクリックしていけば、それぞれの面の概要はわかり、最終的に、朝刊全体を把握できる。

●メディアと「マス」

 朝日新聞といえば、そのニュースサイト「asahi.com」が有名だ。サイト公開は1995年だ。今後も重要なポジションを与えられて継続されるであろうこのサイトが、速報をメインコンセプトにし、紙の朝日新聞との棲み分けを明確にしているのに対して、今回の朝日新聞デジタルは、紙とデジタルへのゆるやかな融合をめざしているのではないか。1つのコンテンツを印刷物として提供すると同時に、デジタルデータとしても提供することで、それぞれのメディアの特性を活かした持ち味を付加できる。ちょうど、同じ材料を同じように調理しても、重箱に美しく並べるのと、1品ごとに美しい器に盛りつけるのとでは、異なる味わいがあるのに似ている。

 インターネットとの親和性はどうか。第三者に記事を紹介するリンクが張れない点はどう評価されるだろう。例えば、Twitterで1面特ダネを「朝日が××報道、http://xxxx.xxxx」などとつぶやくわけにはいかない。ブログで取り上げるときも同様だ。そのリンクをクリックしても、契約者でなければログインページが表示されるだけだ。ただ、実体へのリンクは紙の新聞でもできなかったことだ。紙の新聞を見て気になった記事をネタにつぶやいても、第三者にそのイメージを伝えることはできない。

 そして、大事なことだが、記事内容はGoogleなどの検索エンジンにもひっかからない。インターネットを串刺しで検索したい場合はこれでは困るだろう。検索サイトにはクロールを許すようにし、記事本文を読めるのは契約者のみという方式はとれないものだろうか。

 紙という異なるメディアに乗っかっていたコンテンツを、デジタル化してインターネットを使って配信する。これは、電波というメディアに乗っかって運んでいたTV番組コンテンツを、IPに載せて運ぶようなものだ。今回の朝日新聞デジタルは、デジタル化した情報を運びやすく、低コストなメディアとして、たまたまインターネットを選んだにすぎない。たとえ、それが必然であったとしても、インターネットをクローズドなメディアの足回りとして使っているにすぎない点に留意しておきたい。彼らにとって「マス」とはいったい何なのか。これが今後のトレンドになるのかどうか。その成り行きを見守っていこうと思う。