笠原一輝のユビキタス情報局

ネットブックが外付けGPUを搭載しない理由




 ネットブックと通常のノートPCを比べてみると、大きな差はなんだろうか。その差はいくつかある。もちろん価格はそうだし、液晶のサイズもそうだし、CPUの性能もそうだし、それ以外にも光学ドライブの有無もそうだろう。だが、もう1つ大きなものを忘れていないだろうか。そう、外付けGPUの有無だ。

 Intelがネットブック用に提供しているIntel 945GSEというチップセットはノースブリッジからPCI Express x16の機能が削られており、実質的に外付けGPUを搭載することができないようになっている。もちろん消費電力のことを考えれば、ネットブックに外付けGPUはいらないと考えるのは自然な考え方だが、実のところそれだけではない理由もあるのだ。

●ネットブックと通常ノートPCの違いは主にマルチメディア関連の機能

 結局のところネットブックと通常のノートPCは何が違うんだろうか。表1は筆者がまとめてみたネットブックと通常のノートPCとの比較だ。

【表1】ネットブックとノートPCの比較(筆者まとめ)
ネットブック   ノートPC
シングルコア/インオーダー CPU デュアルコア/アウトオブオーダー
1GB(シングルチャネル) メモリ 1~2GB(デュアルチャネル)
内蔵のみ GPU 内蔵 or 外付け
8GB SSD or 160GB HDD ストレージ 32~128GB SDD or 160~320GB
なし 光学ドライブ DVD or BD
7~10型 液晶 14~17型

 こうして見ていくと、結局のところネットブックはCPUの処理能力が若干低く、搭載できるメモリ容量が若干小さく、液晶のサイズが小さく、光学ドライブはなしで、というのが大きな差であるということができるだろう。もちろん、モデルによってはSSDの場合もあるので、その場合にはストレージが小さいことも差になるが、すでに160GBのHDDを搭載した製品が登場したことで、今後はそうした製品が主流になる可能性が高いので、それは大きな問題ではなくなる可能性が高いと言える。

 これに対してCentrino2などを搭載した一般的なノートPCの場合CPUはデュアルないしはクアッドコアで動作周波数も高く、メモリ容量も標準で2GB、最大で4GBと余裕があり、液晶のサイズも12インチ以上と大きく、BDないしはDVDの光学ドライブを内蔵し、SSDの場合には64~128GB、HDDの場合には160~320GB程度のメインストレージを持っている。

 こうした背景のなか、Intelはネットブックと通常のノートPCの差を次のように定義している。Intelのモバイル事業本部を率いるダディ・パルムッター氏は春に上海で行なわれたIDF Springの会場で筆者の質問に対して「ネットブックはインターネットのサービスなどを中心に楽しめるユーザーのための製品だ。CentrinoベースのノートPCはこれらに加えて動画を編集したり、HDの動画を再生したり、写真を編集したりといったPCとしてのフル機能を活用できる」と答えている。

 要するにIntelの言い分としては、ネットブックはWebを見たり、Yahoo!、GoogleやWindows Live!などのサービスを利用するためのデバイスで、フルノートPCはそれに加えてHD動画の再生、動画の編集、エンコード、写真の編集といったCPUの処理能力を必要とする用途にも利用できる、ということになるのではないだろうか。

●ネットブック用チップセットIntel 945GSEはPCIe x16をサポートしていない

 さて、そうした話を頭の隅において、話を進めよう。この記事の主題であるネットブックにおける外付けGPU実装の話に移りたい。そもそも現在リリースされているネットブックには外付けGPUを搭載した製品が1つもない。

 もちろん、ネットブックのようなバッテリで駆動させる製品の場合、GPUのように消費電力が大きなデバイスを搭載したくない、というのが基本線としてはある。しかし、すでにフルサイズのノートPCで実現されているように、内蔵GPUと外付けGPUで切り替えて、という実装だって不可能ではないはずだ。また、マザーボードのスペースの問題を気にする方もいるかもしれないが、すでに何度も本連載で触れているように、ネットブックのマザーボードはノートPC向けの標準的な基板である6層基板を利用して作られている。このため、チップを実装する場所にはかなり余裕があり、ベンダによっては空きパターンを用意して将来の展開に備えているベンダもある。つまり、消費電力やスペースという意味では、それらに与える影響を最小限にした実装も不可能ではない、ということだ。

 ただ、多くのネットブックの製品では、チップセット側の制限から外付けGPUを搭載できないようになっている。というのも、多くのネットブックで採用されているAtom N270のチップセットとして稼働保証されているのはIntel 945GSEだが、このチップセットはノースブリッジには27×27mmという、通常の35×35mmよりも小さいパッケージが利用されている。このパッケージはミニノートPCで使われていたIntel 945GMSでも使われていたものだが、このパッケージはPCI Express x16の外部バスがでていないことだ。つまり、通常のパッケージより小さいため、ピン数を少なくせざるを得ないため、PCI Express x16とメモリチャネルがシングルチャネルに制限されているのだ。

 このため、電気的に外付けGPUをAtomベースのネットブックへ搭載することは事実上できないと言ってよい。もちろんサウス側(ICH7)にでているPCI Express x4に接続することは可能だが、性能面で意味があるかと言われれば、やはり意味はないだろう、としか言いようがない。

GIGABYTEのネットブックのマザーボード。6層基板になっており、将来SSDをオンボードで搭載するパターンが用意されている Intelのネットブック向けAtomプラットフォーム(IntelがIDFで公開したスライドより抜粋)

●ネットブックにGPUが搭載されることを望まないIntel

 ただ、筆者が疑問に感じているのは、すでに述べたように、なぜノースブリッジにこのパッケージが採用されているか、ということだ。というのも、すでに述べたようにネットブックのマザーボードにはかなりスペース的な余裕があると述べた。正直、わざわざ27×27mmのものを採用する積極的な理由は見あたらないのだ。もしスペースを気にして27×27mmを採用したのだとしたら、サウスブリッジ(ICH7)だって15×15mmというより小型のものが採用できたはずだ(実際ICH7にはMcCaslin用としてこのパッケージが利用されている)。

 繰り返しになるが、ネットブックに外付けGPUが搭載されていないのは何も不思議ではない。製品の性格を考えれば、メーカー側で必要ないだろうと考えるのは、自然なことだと思う。しかし、メーカーによっては他社と差別化できないから外付けGPUを搭載したいと考えるところもあってしかるべきだと思う。それなのに、この仕様になっているというのは、合点がいかないと考えるのは筆者だけではないと思う。

 となれば、こういう仕様になっている合理的な理由は1つしか考えられない。Intelはネットブックのような製品に外付けGPUを搭載されることを望んでいない、そういうことではないだろうか。なぜならば、仮にネットブックにGPUが搭載されると、Intelが主張しているような“ネットブックと通常のノートPCの差”というのが無くなってしまう可能性があるからだ。

 例えば、フルHD動画の再生。これは外付けGPUを搭載すれば、Atomのように処理能力が低い組み合わせでもできるようになってしまう。というのも、945GSEに内蔵されている内蔵GPUには、動画再生はアクセラレーション(iDCT)ぐらいしか実装されていないが、最新の外付けGPUにはほぼ例外なくMPEG-2、H.264、VC-1(WMV9含む)のハードウェアデコーダが内蔵されており、たとえAtomとの組み合わせであっても1080pのHD動画をコマ落ちなく再生できてしまうからだ。

 そして、もう1つ重要なことは、NVIDIAがCUDAへの取り組みを加速させていることだ。すでに日本でもペガシスがTMPGEnc 4 XPressのフィルターにCUDAを利用することを決めているし、米国ではElemental TechnologiesがCUDAベースのエンコードソフトウェアやPremiere用プラグインなどをリリースしている。さらに、米国でAdobe Systemsが発表したPhotoshop CS4などのCreative Suite 4シリーズには、OpenGLやDirect3D経由でのGPUによるアクセラレーション機能をサポートしている。もちろん、すべての機能ではないが、利用することでCPU性能があまり高くないAtomとの組み合わせだとしても、性能を向上させることができる。

 HD動画の再生、動画のエンコードや編集、写真の編集などがGPUで処理でき、それが充分な性能であるとすれば、Atom+外付けGPUという組み合わせも一般のノートPCと差別化ができなくなる可能性があると言えるのではないだろうか。

【表2】Intelが説明するネットブックと通常ノートPCとの目的比較と
ネットブックにGPUを搭載した場合の比較(筆者まとめ)
  ネットブック ノートPC ネットブック+GPU
インターネット
Webアプリケーション
メール
HD動画再生 ×
HD動画編集
エンコード
写真編集
○:CPUで処理可能
●:GPUで処理が可能
△:CPUで処理は可能だが、満足できる性能ではない
×:CPUでは処理性能が追いつかない

●差別化を図りたいPCベンダなら、GPU搭載が1つの差別化になるのでは

 すでに前提として述べたように、ネットブックに外付けGPUを搭載するのはいいことか、というのにはもちろん疑問符はつく。おそらく多くのユーザーはネットブックをIntelが意図している通り、インターネットにいつでもどこでもつなげて楽しめるマシンとして買っているだろうから、確かにGPUが必要かと言われれば、筆者もそうではないと思う。

 しかし、メーカーにとって常に差別化は必要だ。というのも、同じAtom N270で、同じIntel 945GSEで、同じ8.9インチディスプレイで、同じ160GBのHDDだったとして、外見のクオリティもさほど代わり映えがないとしよう。だったらユーザーは何を基準に購入するか、おそらく残るは価格だろう。だが、例えば、外付けGPUを搭載していれば、話は別で、それだけで別途1万円高くても、それを購入するユーザーはいるだろう。あるいは、チップセットがIntelではなく、NVIDIAやAMDの統合型チップセットだったりすればどうだろうか? 両社の統合型チップセットはともにHD動画のハードウェアデコーダを備えており、それだけでも充分売りになると思うのだがいかがだろうか。

 NVIDIAなどはCPUビジネスを持っていないのだから、思い切ってVIAのNanoをサポートしてしまえばよい。VIAのNanoのプロセッサバスはIntelのP4バスとほぼ互換で、すでにP4バスのチップセットを持っているNVIDIAにとっては容易に移行が可能なはずだ。もっとも現時点ではNVIDIAはIntel向け統合型チップセットに動画のハードウェアデコーダを内蔵した製品を持っていないが、AMD向けにはすでに持っており、近い将来にリリースされるだろうから、ぜひそれでNanoをサポートしてほしい。

 Intelのウィークポイントは常にGPUなのだが、残念なことにVIAのNanoの現在の弱点もそこにある(Nano用のVX800もHD動画のハードウェアデコーダは持っていない)。そこをNVIDIAがカバーすればかなり強力な製品になると思うのだろうが、いかがだろうか。

●ユーザーがいつGPUがCPUの性能を上回っていると気が付くか、そこが勝負の分かれ目

 Intelにとってこの問題が非常にやっかいなのは、事がネットブック市場では終わらない可能性があることだ。ネットブックやネットトップの市場を、他のベンダにとられたとしたら、もちろんIntelにとっては考えたくもないことだろうが、それでもIntelの屋台骨が揺らぐということはないだろう。

 しかし、これが通常のノートPCや、デスクトップPCにも波及するとなれば、話は全く変わってくる。現在のCPUと統合型チップセットの価格モデルはこうなっている。CPUがCore 2 DuoならCPUが200ドルでチップセットが40ドル、CPUがPentium Dual-CoreならCPUが80ドルでチップセットが40ドルだ。だが、これがCPUはAtomでよくて、GPUの性能こそが問題であるとしたら、今後はGPUの方にお金を使いたい、そう考えるメーカーがでてきてもおかしくない。そうなると、今度はCPUが40ドルでGPUの方が100ドル、200ドルという逆転現象が起きることになる。

 そして、このことは、IntelのASP(Average Sales Price、平均販売価格)を大きく下げることになる。ASPとは、ある製品がいくらで販売されているかの平均だ。例えば、IntelのデスクトップPC向けCPUは同じCPUであっても40ドルのAtomから999ドルのCore 2 Extremeまで存在している。これらの平均価格がASPなのだ。このASPから製造にかかるコストを引いた分がIntelの取り分、つまり利益になる。

 今のところのIntelのASPがいくらかは、明確な資料がないのだが、おもしろい予測としてはライバルであるAMDが例の裁判の時に公開したプレスリリースの中に、アナリストが推定した数字として2006年時点で121ドルというものがある。それからCore 2 Duoで巻き返したりしているので、さらに上がっているかもしれないが、とりあえずこれをベースにするとして、それが40ドルのAtomばっかり売れ出したら、ASPはこれの半分以下近くになってしまうのは間違いないだろう。まさにIntelの屋台骨が揺らぐ事態だ。

 だから、この連載で何度か強調している通り、IntelにとってCUDAは非常に危険な存在なのだ。いまエンドユーザーがPCに関して処理が遅いと不満に感じている部分が、ほとんどGPUのGPGPU化で解消できてしまう。それは例えばエンコードだし、写真編集だし、音声認識だったりするのだが、それらはいずれもパラレルなベクタープロセッサで処理するのが有利な分野だ。この流れは止められそうにないとIntel自身もわかっているからこそIntel自身もLarrabeeに取り組むのだろう。

 Intel自身、そしてCUDAに社運をかけるNVIDIAにとって問題は、このトレンドが市場においていつ大きなうねりになるかが勝負の分け目になると言える。NVIDIAにとってはそれが早ければ早いほどよく、Intelにとってはそれが遅ければ遅いほどよい。言い換えるなら、NVIDIAにすれば、早くこのトレンドをユーザーが気が付いてGPUの重要度が増して欲しいし、Intelにすればユーザーが気付くのがもう少し後になってLarrabeeが本格的に離陸してからになってほしい。

 ネットブックに外付けGPUという自由度が許されていないのも、そうした大きな流れの一環でとらえられるべきことなのだ。

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【9月26日】【笠原】ネットブックが、あんなに安い理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0926/ubiq228.htm
【8月29日】【笠原】ペガシスがCUDAに賭けた理由
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【8月25日】【笠原】CPUとGPU、PCの未来はどっちだ?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0825/ubiq224.htm

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(2008年10月3日)

[Reported by 笠原一輝]


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