Microsoftのソフトウェア開発者向けカンファレンス「Professional Developers Conference(PDC)2008」が終わり、さらにその翌週のハードウェア開発者向け会議「WinHEC 2008」も終了したことで、Windows 7の概要が明らかになった。 近く現状、我々に配布されているビルドをNetbookで動かしてみるといったこともしようと考えているが、実際に2年ぶりのPDCに足を運んでみて一番強く感じたのは、Windows 7に関連することではなかった。一番Microsoftの凄味を感じたのは、PC Watchではビュー数の少なかったWindows Azureの方である。 Microsoftを嫌う開発者や競合にとってはあまり認めたくないことかもしれないが、Microsoftが進めるビジネス基盤の力強さがAzureにはある。それはおそらく、将来的にPCのエンドユーザーとも全くの無関係ではない。 ●クラウドでも勝ちパターンに持ち込むMicrosoft PDC期間中のWindows 7レポートに関して「クライアントOSとしては、LinuxもMac OS Xも選択肢がある中、Windowsが唯一の選択肢と誘導しているように見える」という意見を頂いた。
私自身は持ち歩くコンピュータ以外では、仕事でMac OS Xを使っているし、サーバーもOS X Serverを稼働させている。OSの核となる部分については、Mac OS Xの方が優れている面、Windowsが優れている面の両方があると思うが、ユーザーインターフェイスの実装についてはMac OS Xの方が良い面が多いと思う。一方、細かなAPIに関してはWindowsの方が充実している面が多い。 特にビジネスコンピューティングのプラットフォームとしては比較にならない。PCを使って仕事をしている人がいる限り、企業のクライアントPCからWindowsが消えることはない。もちろん、よりシンプルな端末ならばLinuxが使われることも多いに違いないが、PCをPCらしく道具として使いこなすためのOSという切り口では、LinuxはまだWindowsやMac OS Xのレベルに全く達していない。 もちろん、異なる意見もあるだろう。現在のアプリケーションはコンシューマ向けサービスも、企業向けのSaaSでも、自社で設置(あるいはホスティングを依頼)しているデータセンターで動かしているアプリケーションにしても、クライアントアーキテクチャへの依存度は下がっている。アプリケーションの作り方にもよるが、Windowsに依存しないようにアプリケーションを作ることは可能だ。 ところが現実にはデータセンター市場の7割はMicrosoftが持っており、Windows ServerとMicrosoftのミドルウェアに依存したアプリケーションが多いというのが現状で、そのクライアントとして使われているのもWindowsである。絶対にパラダイムは動かないとは言わないが、よほどMicrosoftが大きな失敗をしなければ崩れることもないだろう。 Microsoftは段階的にツールやライブラリ、ミドルウェアをタイムリーに提供することで、世界中にいるWindows用ソフトウェアの開発者が、新しいコンピューティング環境でも従来の経験と知識を活かして開発できるようにしてきた。このため、主戦場がスタンドアローンのコンピュータからネットワークシステムへと移り変わっても、Microsoftは競争力を維持できたのではないだろうか。 Microsoftは、今も昔も開発プラットフォームと開発者向けツールの会社だ。アプリケーションを開発するソフトウェアベンダーにとって魅力的な環境を提示することで、今まで勝ち抜けてきたが、その勝ちパターンをPCクライアント、サーバー、データセンターに続いてクラウドサービスに提供したのがWindows Azureというわけだ。 ●MicrosoftとGoogle、それぞれの切り口 Microsoftの動向を注意深く見ている人の中には、CEOのスティーブ・バルマー氏のGoogleに対するコメントに変化が出ていることに気付いているかもしれない。バルマー氏だけではない。Microsoft幹部のGoogleに対する評価はこの数カ月で大きく変化しているようだ。 1年前までバルマー氏はGoogleの弱点やビジネスモデルの問題点を指摘することが多かったが、このところのバルマー氏はGoogleを「よくやっている」と褒めることが多くなった。どうやら、経営者としてのバルマー氏の標的からGoogleは外れたようだ。 Googleは巨大なデータセンターで動かす優れたアプリケーションを、インターネットを通じてエンドユーザーに無償提供し、急成長した。しかし、アプリケーションを販売するビジネスはうまく行っているとは言い難く、オンライン広告からの収入がGoogleの屋台骨になっている。 クラウドコンピューティングの中で、アプリケーションを提供する企業としては圧倒的ナンバーワンとも言えるが、Googleは自らのアプリケーションをどのように利益に変換するかという部分で苦戦しているとも言えるだろう。Googleが資金/人材の両方で豊富でいられるのは、今後の成長への期待があるからだ。今後、オンライン広告の伸びが鈍化すると予想される中で、成長戦略を練るのが難しくなった時、つまり勢いだけで前へと進めなくなった時にどう会社を運営していくのかは、まだまだ不透明だ。 一方のMicrosoftは、クラウドサービスも開発/提供はしているが、それ自身を(広告モデルあるいは直販で)売ることには熱心ではない。一時はMSNからの流れでYahoo!やGoogleと似た動きをしていたが、現在のMicrosoftは、クラウドとWindowsクライアントの統合、クラウドサービスを実装するためのデータセンター運営と開発ツール/環境の提供(Windows Azure)の2つに狙いを定めている。 前者はWindows PCの進化を見据えたもの。後者はクラウドコンピューティングの分野でMicrosoftが利益を得ていくインフラ構築だ。Azureの上でパートナーたちがアプリケーションを書いて販売すれば、それらはMicrosoftの利益につながる。 このようにMicrosoftとGoogleのビジネスは、同じクラウドコンピューティングという分野の中でも、かなり異なる切り口であることがわかる。Googleには競合が多く存在するが、クラウドを構築するための開発基盤とツールを提供する企業はMicrosoft以外にはない。 あえてこの分野でMicrosoftの競合を挙げるならば、Amazon.com、あるいは日本では楽天なども含まれるかもしれない。つまりデータセンターとその上で動くサービス基盤の軒を貸して、他社のビジネスをサポートすることで利益を挙げる。内容の幅や仕組みなどは異なるが、考え方としては同じことだ。 バルマー氏がGoogleに対して“優しく”なってきたのは、ライバルと言われていた企業が、実は全く自らの利権を浸食しないと気付いた。そして将来のオンライン広告の伸びが、以前に予想されたほどではないとの確信を得てきたからだろう。そのためだろうか。Windowsのコンシューマ向け戦略にもブレや迷いがなくなってきた。 ●サービス+ソフトウェアにやっと目覚める サービスとソフトウェアの長所を組み合わせてというのは、Microsoftが企業向け開発者によくかけている言葉だが、当然、これらはコンシューマのエンドユーザーにも当てはまる。
Windowsの開発責任者である上席副社長スティーブン・シノフスキー氏が、Windows Liveの開発責任者も兼任していることからも判るとおり、Windows Vistaの後継であるWindows 7はWindows Liveと一緒に開発を行なっている。 MicrosoftはWindows 7のネットワークサービス統合機能に関して、Microsoftが提供するサービスに依存するのではなく、すでに多くのユーザーを獲得しているメジャーなサービスとの統合も行なうと約束している。前述したように、エンドユーザー向けネットワークサービスが、今後、Microsoftの屋台骨に影響を与えるとは考えていないので、Windows Liveだけを使わせようとユーザーを誘導する必要性は全くないからだ。 Windows LiveとWindows 7の組み合わせで、OS(あるいは標準装備のソフトウェア)とサービスのタイトな統合を通じて利用モデルの提案や、Windows自身の付加価値向上をアピールしているが、他の多くのサービスベンダーがWindowsにとって最適なサービスであっても、やはりWindowsの価値は高まる。 Windows Vistaの販売を開始した時期は、まだWindows Liveそのものが始まったばかりで、MSN時代を引きずってWindows戦略とネットワークサービスの戦略がうまくかみ合っていなかったが、両者は完全に1つのものになりつつある。 今まで、なぜこんなに効果的で手っ取り早い方向にMicrosoftは向かわないのか、個人的には理解に苦しんでいたが、あるいはGoogleに対する高い評価に対し、Googleのビジネスモデルをきちんと見極める必要性を感じていたのかもしれない。しかし、もう迷いはないはずだ。実際にエンドユーザーが従来との違いを実感するまでには時間がかかるだろうが、少しづつ、変化は始まっている。 □関連記事 (2008年11月17日) [Text by 本田雅一]
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