Windows 7関連の記事を続けてきたが、Microsoftのソフトウェア開発者向けカンファレンス、PDC 2008関連最後の記事も、やはりWindows 7について話を進めることにしたい。もちろん、会期中に発表された「Windows Azure」はネットワークサービスを構築する開発プラットフォーム+ホスティングサービスとして、とても興味深いテーマではあるが、しかし個人ユーザーがその存在を意識することは今後もほとんどないだろう。 対してWindows 7は、我々エンドユーザーがコンピュータを直接利用する際の使いやすさやパフォーマンスに直接的に関係してくる。今でも新しいPCを使い始めるときは、Windows XPにダウングレードすべきか、あるいはWindows Vistaを使うかで大いに悩んでしまう筆者としては、個人的にもWindows 7の出来具合が気になる。 取材のペースも一段落し、筆者以外の報道も見回してみると肯定的な意見が溢れるWindows 7だが死角はないのだろうか。目の前のThinkPad X300で動いているWindows 7を眺めつつ、記事を進めていこう。 ●Windows Vistaが背負った悪評 Windows Vistaは、想像を絶する難産の上に生まれてきたOSだった。XPからVistaのリリース間隔は5年と紹介されることが多いが、実際にはVistaの開発コード名として知られるLonghornのコンセプトは2000年、あるいは一部については'98年ぐらいから聞こえていたものが集約されるハズだったため、実際にはもっと長い時間とエネルギーが費やされている。 Microsoftの失敗は、Longhornにおいてあまりに多くの要素を入れ替えようとしすぎたことにあったと思う。Windows 3.0から連綿と続くWindows APIの系譜を一度断ち切って、ネットワークサービスとローカルで動作するソフトウェアが協調して動作する新しいソフトウェア基盤を構築し、従来のアプリケーションは新しいソフトウェア基盤の上で互換性を取りながら動かそうとした。 前々回のPDC、MicrosoftがWinFXが発表された当時はWinFXこそがLonghornのネイティブAPIで、Win32は互換性のために実装されているという印象を我々に与えた。この頃は、まさかWinFXが.NET Framework 3.0という名称になるとは予想もしていなかった。 結果的には計画は頓挫し、あるタイミングから急激にLonghornのコンセプトは後退していく。当初は“たとえリリースを遅らせてでも、このタイミングで将来のために全く新しい基盤に移行させる”と意気込んでいたMicrosoftも、OS実装のアプローチを変更せざるを得なかった。一時、Longhornの開発はキャンセルされ、XPをベースに新しいOSを再構築しているとの噂がシアトル周辺から流れ始めたのも、あながち嘘ではないのだと思う。 しかし、それだけならば傷はそれほど深くなかった。傷を深くしてしまったのは、中途半端にコンシューマユーザーの受けを狙ったユーザーインターフェイスの小変更を盛り込んだことだ。LonghornではOSの中身のアーキテクチャをドラスティックに変えることに注力していたため、その開発方針が変更されてVistaになった時に、急遽、コンシューマユーザーにもわかりやすくOSの違いを見せ、喜ばせる必要が出てきてしまった。その結果、シェルだけでなく各種機能やサービスが折り重なってシステム全体で感じるパフォーマンスが悪くなってしまった。
●実はカーネル自身のデキは悪くない ご存じの方も多いと思うが、Vistaのカーネルそのものは高パフォーマンスでXPカーネルよりも優れている。“ドライバの固さ”が異なるサーバーと印象比較するのはフェアではないかもしれないが、Windows Server 2008が良好なパフォーマンスと安定性を実現していることを考えれば、SP1の導入でWindows Server 2008と同一カーネルとなったVistaの基礎部分が、評判ほどは悪くないものだと想像できる。 それがシステム全体のパフォーマンスとなると、とたんに評判が悪くなるのは、Vistaの上に載せた突貫工事のお化粧の具合が、あまり良くなかったということだ。加えてLonghornの開発がリセットされる以前から約束していた新デバイスをサポートするための新ドライバモデル構築やAPIの改善、新機能の実装などに忙殺され、基本的なOSサービスの再検討まで手が回らなかったからだろう。 たとえばUSBデバイスの検出やドライバのインストールといった、ごく基本的な動き。エクスプローラの操作レスポンス。Media Centerなどを統合したことにより増加したデフォルト動作のサービスによるパフォーマンスへの影響など、深い層でのチューニングが進められなかったのかもしれない。 Windows 7ではそうした部分が、キッチリとチューニングされ、メモリ管理もより賢くなっている。カーネル自身のデキが悪くないのであれば、その上に載せるサービスやシェルが改善されることで印象が良くなるというのは、ある意味当然のことだろう。 だから、Windows 7には期待せずにはいられない。 筆者自身、Windows Vistaマシンも動かしてはいるが、主に仕事で利用しているノートPCは付属のダウングレードDVDでWindows XPを入れている。が、こうした対応が取れるのも、せいぜいあと数年だろう。いつか、XPのアップデートサポートはフェードアウトすることになるだろうし、デバイスドライバなどのサポートも長期的に見れば減ってくる。 “Vistaは絶対に使いたくない”と思っている人も、いつかは新しいWindowsへと移行せざるを得ない。PDC 2008のレポートではユーザーインターフェイスの改善という、見た目にわかりやすい部分を中心に紹介したが、Windows 7の良さはVistaに徹底的な改良を施すことで得られた“固さ”にあると思う。 実際、手元にあるWindows 7 Pre-BetaがインストールされたThinkPad X300を使っていると、“ほとんどVistaと同じ”ということを忘れてしまうほど心地よい操作感、動作感を感じる。現在、我々に配布されているビルドにはAeroの拡張版はインストールされていないが、あまりに動きが良い上に安定しているので、このまま普段使いのPCにも使いたくなってしまうほどだ。 ●Windows.NETの夢は破れたのだろうか 話の方向は変わるが、現状のWindows 7を使っていると、本当に細かい部分での振る舞いが改善されていることがわかってくる。その1つ1つに言及するには、スペースが少なすぎるが、中でもオッ? と思わず注目したのが、画面DPI値を変更した時の振る舞いだ。 Windows Vistaから画面DPI値を変更しても、全体の描画バランスが崩れにくくなっていたが、Windows 7ではさらにDPI値をデフォルトの96dpiから変更した時の描画に破綻がなくなっている。 またDPI値を変更すると、従来はシステムの再起動が要求されたが、Winodws 7では再起動が不要となり、再ログインのみで設定値が反映されるようになった。再ログインが必要なのは、一度起動されているプログラムの動作を初期状態に戻すためだろう。いずれにしろ、以前よりもはるかに気軽にDPI値の変更が可能になった。 また、標準装備されるInternet Explorer 8のズーム表示とも連動する。IE8のズーム表示はOperaなどに実装されている、この機能と同じように、描画する文字サイズだけでなく画面を構成する要素すべてにズームをかける。ビットマップグラフィクスも拡大/縮小処理とジャギーを低減するフィルタが適用される。このズーム機能が、たとえば120dpiに変更すると125%に自動設定され、画面解像度との整合性を取る。 これはあくまで一例だが、他にもUser Access Control(UAC)の警告強度を自らが設定可能になるなど、各所で改良が行なわれているのを実感する。とはいえ、これらはあくまでもWindows Vistaでの教訓を活かした改善であり、“進化”や“革新”という言葉で表す次世代への入り口を感じさせるものではない。
今回のPDCではWindows 7が使いやすくパフォーマンスの良いリリースになるだろうという確信を持ったが、その先に関してMicrosoftはどのような開発方針を持っているのだろうか。 たとえば前述の画面DPI値変更の話。将来、画面解像度が向上していく可能性を阻害しないためには、本来は新しいAPIに基づく描画アーキテクチャへと移行する必要があった。そのためのWinFXだったが、VistaのネイティブAPIとはならなかったために、根本的な問題の解決には至っていない。 少々気が早い気もするが、Windows 7で安定した使いやすいリリースを提供した後、Microsoftは再び、Windowsをネットワークサービスとコンピュータソフトウェアを融合した新しいAPI環境の構築に挑戦するのだろうか。かつて2000年、ビル・ゲイツ氏が語った.NETの夢をクライアントOSのレベルで実現する方向へと向かうのか、それともひたすらに現状のWinodwsを改善する方向に歩むのか。Windows 7の先の展開も興味深い。
□Microsoftのホームページ(英文) (2008年10月31日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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