ARM Forum 2008レポート【マイコン編】 16bit/8bitマイコンの置き換えを狙うCortex-M3マイコン
10月22日 開催 会場:東京コンファレンスセンター・品川 顧客向けの講演会兼展示会「ARM Forum 2008」の午後には、32bit組み込みマイクロコントローラ(マイコン)用の最新ARMコア「Cortex-M3」に関するセッションが組まれていた。本レポートではこのセッションから、下記の講演概要をご報告する。 1) Cortex-M3コアの概要:アーム 最初に紹介するのは、アーム株式会社フィールドアプリケーションエンジニアリング ソフトウェア担当シニアエンジニアの平井幸広氏による「32ビット高性能MCUを低価格で実現するCPUコア、Cortex-M3」と題した講演である。 ARMコアは従来、SOC(System on a Chip)やASICなどのカスタムLSIにメインまたはサブのCPUコアとして採用されることが多かった。これに対して「Cortex-M3」は、汎用マイコン、それも価格制限の非常に厳しい組み込み用マイコンに向けて開発されたCPUコアである。このため、コストを削減するための工夫が随所に盛り込まれている。しかも32bitマイコンとして遜色ない処理性能を達成しつつ、である。講演では低コストと高性能の両立の重点を置いてCPUコア「Cortex-M3」の内容が説明された。
講演では低コスト化の手法を、主に以下の4種類に分類した。1)半導体の製造コストを下げる(回路面積を小さく抑える)、2)メモリ・コストを下げる(必要なメモリ容量を少なくする)、3)電力コストを下げる(消費電力を低く抑える)、4)開発コストを下げる(安価なツールで短期間にプログラミングできる)、である。 1)の「半導体の製造コストを下げる(回路面積を小さく抑える)」では、組み込みマイコンに特化したアーキテクチャ「Cortex-M3」を開発するとともに、ARMの特徴だった豊富なバンク・レジスタを大幅に削減して回路面積を縮小した。
2)の「メモリ・コストを下げる(必要なメモリ容量を少なくする)」では、命令セット・アーキテクチャを16bit/32bit混在の命令セット「Thumb-2」だけにしてプログラムの容量を抑えるとともに、アンアラインド・データ・アクセスとビット操作機能を導入してデータを効率的にメモリに収納できるようにした。 3)の「電力コストを下げる(消費電力を低く抑える)」では、演算効率を高めて処理に必要なクロック数を少なくするとともに、省電力モードを設けた。演算効率の向上では、命令バスとデータ・バスを独立に装備するハーバード・アーキテクチャを採用するとともに、1クロック・サイクルの乗算命令を装備し、ベクトル割り込みに対応した。省電力モードでは、スリープ・モードとディープスリープ・モードの2種類のモードを設けた。
4)の開発コストを下げる(安価なツールで短期間にプログラミングできる)では、32bitアドレスによる4GBの広大なメモリ空間、命令セットの一本化によるプログラミングの簡素化、C言語での割り込み記述、デバッグ機能の拡充などを紹介していた。32bitアドレスとは既存の16bitマイコンによるアドレス空間の制約を意識したもの。命令セットの一本化とは既存のARMコア(Thumb命令セットとARM命令セットの両方を装備)との違いを説明したものである。
●ARMコアを積極的に取り込むSTマイクロエレクトロニクス 続いて、STマイクロエレクトロニクス株式会社MMSグループ マイクロコントローラ製品部 プロダクト・マーケティングの野田周作氏による「Cortex-M3コアベース STM32ファミリの紹介」と題する講演の概要を報告しよう。 STマイクロエレクトロニクスは2007年に大手半導体ベンダーでは初めて、Cortex-M3コアを内蔵したマイコンを発売した。製品ファミリ名は「STM32」。同社は過去にARM7TDMIコアを内蔵したマイコン「STR7」ファミリとARM966E-Sコアを内蔵したマイコン「STR9」ファミリを発売しており、ARMコアを積極的に汎用マイコンに取り込んできたベンダーである。 講演ではCortex-M3コアの概要を簡単に述べた後に、ARM7TDMIコアとCortex-M3コアの違いを一覧表に示した。Cortex-M3コアはARM7TDMIコアの後継となるCPUコアであり、処理性能と消費電力の両方とも、大きく改善されている。93DMIPSの処理性能を要求する無線システムでプログラム・コードの容量が200KBの場合、Cortex-M3コアでは動作周波数が25%低くなり、消費電力は64%減り、プログラム・メモリ容量は35%少なくなり、回路面積は30%減少した。
それからCortex-M3コアを内蔵したマイコン「STM32」ファミリの内容を説明した。STM32ファミリは最大動作周波数が72MHzの汎用マイコンで、消費電流が27mA(72MHz動作時)と低く、価格がローエンド品では1ドル台からと安いことを特徴とする。現在のところ、STM32のユーザーの8割が16bitマイコンまたは8bitマイコンからの乗り換えだという。 代表品種であるフラッシュマイコンの「STM32F10x」グループには、「ライン」と呼ぶ4種類のシリーズがある。性能重視の「パフォーマンス・ライン」、価格重視の「アクセス・ライン」、アクセス・ラインにUSBインターフェイスを追加した「USB・アクセス・ライン」。そして今のところは特定ユーザーだけに供給している「バリュー・ライン」がある。「バリュー・ライン」は動作周波数を20MHzに下げた価格の最も低いシリーズで、2009年には一般ユーザーにも市販する予定だという。 講演の最後には、STM32ファミリの今後の製品展開について少しふれていた。現在はフラッシュマイコンでもフラッシュメモリ容量が128KB以下の製品を出荷中である。今後6カ月以内に256KB/384KB/512KBと大容量のフラッシュメモリを内蔵した品種を出荷する。また2009年内に低消費電力版、USBホストコントローラ内蔵版、高性能版の3種類のシリーズを発売する計画である。その中でも低消費電力版とUSBホストコントローラ内蔵版(STマイクロは「コネクティビティ」と呼称)は開発がかなり進行しているようで、具体的な仕様を一部明らかにしていた。なお高性能版は、動作周波数が100MHz以上のマイコンとなるもようである。 ●東芝は32bitマイコンにARMコアを全面採用へ 最後に、株式会社東芝 セミコンダクター社、東芝マイクロエレクトロニクス株式会社 マイコン応用技術部 部長の宮脇司氏による「東芝におけるCortex-M3コア搭載の新製品MCUの紹介と製品戦略」と題した講演の概要をご紹介する。 東芝はこれまで32bitの組み込み用マイコンとして、MIPS32命令セットとMIPS16e命令セットを装備した「TX19」ファミリを提供してきた。また16bitマイコンと8bitマイコンには独自アーキテクチャのCPUコアを内蔵した製品をそれぞれ「TCLS-900」ファミリ、「TCLS-870」ファミリと名付けて供給してきた。ただし組み込みマイコンの次世代製品に関する展望を東芝は最近まで公表せず、いささか不安視されていたところがある。 東芝内部では当然ながら、組み込みマイコンを今後どうしていくかは検討しており、非常に困難な課題だったと予想する。選択肢の候補には、次世代CPUコアの独自開発、既存製品のCPUコアの改良、高性能CPUコアのライセンス導入、などがある。その中で次世代CPUコアでは独自路線を捨て「社運を賭けて」(宮脇氏)ARMコアの全面採用に踏みきった。 次世代の32bit組み込みマイコンに対する基本的な考え方は、高性能版にARM9コア内蔵の「TX09」ファミリ、普及版にCortex-M3コア内蔵の「TX03」ファミリを提供するというものだ。ARM9コア内蔵マイコンの最初の製品は液晶コントローラ内蔵品で、型名が「TMPA910CRAXBG」。2008年2月に米国で東芝が開発を発表したマイコンである。このTMPA910CRAXBGをベースに、新製品の開発を計画中だという。 また2008年6月6日に名古屋で開催されたARMソリューションセミナーで東芝は、車載用32bitマイコンにARMコアを積極的に搭載していくと述べていた。「Cortex-M3」コアと「Cortex-R4F」コア、「Cortex-A9」コアの導入をこの時点で東芝は明らかにしている。 そして9月29日に、Cortex-M3コアを内蔵したデジタルAV(オーディオ・ビジュアル)機器向け32bitマイコンを開発し、12月にサンプル出荷を始めると発表した。複数のデジタルAV機器をお互いに制御する「CEC(Consumer Electronics Control)」機能と独自開発の高速フラッシュメモリを内蔵した品種で、型名が「TMPM330FDFG」となる。今回のARM Forumでは、この「TMPM330FDFG」を中心にCortex-M3コア内蔵マイコンの製品展開が述べられた。
Cortex-M3コアを内蔵したTX03ファミリではすでに、数多くの製品を供給していく予定になっている。最初の製品系列であるデジタル家電向けのTMPM330グループを皮切りに、汎用品のTMPM333グループ、インバータ制御用のTMPM370グループ、オーディオ機器用のTMPM360グループ、家電用のTMPM380グループなどを順次、出荷していく予定である。基本的にはすべて、フラッシュマイコンとなる。 こうやってSTマイクロエレクトロニクスと東芝のCortex-M3内蔵マイコンをそれぞれ眺めていくと、同じCPUコアでも周辺回路の違いによって随分と異なるマイコンに変わることが分かる。かつてはCPUコア・アーキテクチャの違いがマイコンの差異化に大きく寄与していたが、現在のマイコンは周辺回路やミドルウエア、開発環境などの整備状況が差異化の大きな要因を占めている。もちろんCPUコアはマイコンにとってきわめて重要なのだが、それだけではマイコンの価値が決まらないのが、マイコン・ベンダーにとって悩ましいところだ。 CPUコアの独自開発にばく大なリソースを投入しても、マイコン事業にとっての見返りは以前に比べると大きくない。購入に値するIPコアはCPUコアを含めてどんどん購入し、独自開発の回路コアは少数にとどめ、一方で人的リソースはマーケティング活動やパートナー作り、ユーザー教育などに割く。マイコン事業はハードウエア事業ではなく、ソフトウエア事業ですらなく、サービス事業へと突き進んでいるようにも見える。 □ARM日本法人のホームページ (2008年10月29日) [Reported by 福田 昭]
【PC Watchホームページ】
|