NVIDIAは先週サンノゼで開催されたNVISION08の会場で、IntelがCore i7 Extreme/Core i7向けチップセットとして計画しているチップセット「X58」(開発コードネームTylersburg)において、NVIDIAのマルチGPUソリューションであるSLIをネイティブサポートすることを明らかにした。 これまでノートPCなど少ない例外を除き、他社製チップセットでのSLI対応を頑なに拒んできたNVIDIAのこの動きは、それだけを切り取れば、NVIDIAのチップセット事業の“ギブアップ宣言”とも取れ無くない。 だが、NVIDIAによれば、そうではなく、今後もチップセット事業を続けていく意向であるという。であれば、一体どのようなシナリオが考えられるだろうか、本記事ではNVIDIAのチップセット事業の現在の状況と、今後の展開を考えていきたい。 ●マザーボードベンダに向けたライセンスプログラムとして提供 この発表の詳細は、ニュース記事に詳しいのでここでは繰り返さないが、要点をまとめると次のようになる。 1. nForce200がないX58搭載マザーボードでもSLIをサポートを可能にする このライセンスプログラムは、チップセットベンダとしてのIntelに対して一括で与えられるという種類のものではない。あくまで、マザーボードベンダに対して提供されるプログラムであり、マザーボードベンダは個別にこのライセンスを取得する必要がある。 従って、逆に言えばIntel自身も、自社の純正X58マザーボード上でSLIをサポートしようと思えば、NVIDIAのプログラムに参加し、認証を受け自社のマザーボードにsBIOSを実装する必要がある。 NVIDIAテクニカルマーケティングディレクターのトム・ピーターソン氏が「もちろんこのプログラムは、マザーボードベンダとしてのIntelにも有効だ。彼らがどうするかは、今の時点では私自身もしらないので、彼らに聞いて欲しい」と説明する通り、IntelのX58マザーボードである「DX58SO」(開発コードネーム:Smackover)も、Intel次第で対応できる可能性がある。
こうしたX58マザーボードでのSLI認証プログラムに関して、マザーボードベンダの受け止め方はさまざまだ。歓迎するという意見がある一方で、「ライセンス料は予想していたよりも高い。それをマザーボードの価格に転嫁してユーザーから受け入れられるか、疑問も残る。特に今、NVIDIAはAMDのRadeon HD 4800シリーズにより、猛烈に巻き返しを食らっている最中で、SLI対応が本当に売りになるのかは、今後の彼らのGPU製品次第だ」とその効果を疑問視する声もある。 このため、すべてのX58マザーボードがSLI対応になるというよりは、もともとハイエンドのX58マザーボードの中でも、さらに上位モデルだけがSLI対応となるという展開になる可能性が高いと言えるだろう。 ●コンシューマPC向けにQPIチップセット投入は難しい ピーターソン氏によれば、このプログラムの対象はあくまでX58のみであり、他のIntelチップセット、例えばIntel 4シリーズチップセットなどはプログラムの対象外だという。「これに関する我々の立場は明快だ。Penryn世代用のチップセットとして我々はnForce 780iシリーズなどを持っており、Penryn世代のCPUを持っているユーザーはこちらを選択することができる。これに対して、我々はQPI用のチップセットを製造しないことに決定したため、X58搭載マザーボードを製造するマザーボードベンダにこのプログラムを提供することにした」。つまり、今回のX58でのSLIサポートは、あくまで例外中の例外であるということだ。 X58ではCPUバスが従来のP4バスというパラレルバスから「QPI (QuickPath Interconnect)」というシリアルバスへと変更される。このため、従来P4バスのライセンスを持っていたチップセットベンダであっても、QPIのライセンスが必要になる。では、NVIDIAはこのQPIのライセンスを持っていないから、この決断に至ったのかと言えば、そうではない。「我々はIntelと広範囲なクロスライセンス契約を結んでおり、その中にはQPIも含まれていると理解している」(ピーターソン氏)との通り、QPIのライセンスに関しては問題ないというのがNVIDIAの立場だ。 それなのに、なぜNVIDIAはQPIベースのチップセットを製造しないのか。これに関してピーターソン氏は説明しなかったが、容易に想像することができる。というのも、QPIがIntelのコンシューマ向けCPU用のインターフェイスになるのは、BloomfiledベースのCore i7 Extreme/Core i7とX58の組み合わせだけで、しかもこのプラットフォームは1年限りの限定されたものになるからだ。 IDFの記事で説明した通り、LGA1366のCPUソケットに象徴されるCore i7 Extreme/Core i7+X58の組み合わせは、コンシューマ向けPCでは1年限りの限定で、2009年の第3四半期以降は新しいCPUソケットともにLynnfiled/Havendaleの新しいプラットフォームへ置き換えられることが決まっている。 Lynnfiled/HavendaleではノースブリッジはCPUに内蔵され、チップセットはこれまでのサウスブリッジ相当になるIbexpeakというチップがDMIで接続される形になる。つまり、QPIベースのチップセットは、Extremeセグメントとワークステーションで利用され、その市場規模はメインストリーム向けに比べて極端に小さいものになるのだ。こうした状況が分かっていて、QPIのチップセットをわざわざ作って市場に投入する意味があるのか? NVIDIAが「ない」と考えたとしても不思議はない。 ●統合型CPUの登場で、チップセットビジネスの継続性には疑問の声も QPIチップセットを作らないという選択をすることは、確かにNVIDIAにとって論理的な戦略だと筆者も思う。しかし、Lynnfiled/Havendale世代になれば、NVIDIAが再びチップセットを作るチャンスがあるかといえばそうではない。 なぜならば、Lynnfiled/Havendaleでも、これまでのチップセットのノースブリッジはCPU側に入ってしまうからだ。サウスブリッジだけで、NVIDIAはIntelとの差別化が可能だろうか。現世代でも、細かな違いはあるが、大きな差はない。 これまでNVIDIAとIntelのチップセットの最大の差別化点は、ノースブリッジ側に内蔵されていた内蔵GPUやSLIだった。しかし、Lynnfiled/Havendale世代では、NVIDIAのチップセットで特徴を出すのは非常に難しい。もちろん、サウス側にGPUやx16のPCI Expressバスを内蔵するというのも不可能ではないだろうが、DMIという帯域やレイテンシも充分ではないバスでつながっているIbexpeak代替チップでは、性能面から意味があるとは思えないと。 そして、もう1つ、実はこれが最大の問題なのだが、そもそも従来のサウスブリッジ相当のIbexpeakの代替チップで、チップセットビジネスというビジネスが成り立つのかという問題だ。というのも、これまでチップセットビジネスというのは、ノースブリッジとサウスブリッジがセットで20~40ドル前後というビジネスモデルだった。 例えば、Intelのチップセットの場合、ノースブリッジは1世代前のプロセスルールで製造し、サウスブリッジは2世代前のプロセスルールで製造していた。このため、コストで言えばサウスブリッジの方が圧倒的に安価に製造できていたはずで、価格の比率も1:1ではなかったと考えることができる。仮に7:3だったとすれば、サウスブリッジの価格は6~12ドル程度という計算になり、それだけを売ることが本当に利益がでるビジネスなのかと言えばやはり疑問が残ると言わざるを得ない。 しかもこの問題は、Intelプラットフォームだけではない。AMDもGPU統合型CPUを計画していることをすでに明らかにしており、AMDプラットフォームでも同じ問題が起こる可能性が高い。 こうしたことを考えていくと、NVIDIAがチップセット事業を継続していくことは困難だ。筆者の考える範囲においてはあり得ない、としか言いようがない。 ●NVIDIAは2009年以降もチップセットビジネスを続けると明言 だが、ピーターソン氏によれば、具体的にどのような計画で進めていくのかは明らかにしなかったものの、NVIDIAにはチップセットビジネスをやめるというシナリオは今のところなく、「2009年以降もチップセットビジネスを続ける」という。 具体的な計画についてはノーコメントだったのだが、すでに述べた通りIntel向けも、AMD向けもチップセットビジネスが成り立たないと考えざるを得ない以上、何か第3の道があるとしか思えない。それがなんなのかは、筆者も明快な答えは持っていないのだが、想像の範囲内でとお断りするなら、やはりNVIDIA自身のプラットフォームのためのチップセットではないだろうか。 例えば、x86プロセッサのコアをどこからか買ってきてCPU統合型のGPU向けチップセットなんてアイデアはどうだろうか。考えてみれば、最近のアプリケーションで性能が問題になっているのは、エンコードだったり、写真の処理だったり、いずれも並列型のベクタープロセッサ(つまりはGPU)向けの処理ばかりだ。だから、CPUなんてOSの起動や、インターネット関連のアプリケーション(ブラウザ)の起動さえできれば良いと割り切り、メインメモリは従来のマザーボードで言えばCPUの位置にあるGPUに接続され、ビデオメモリの一部をメインメモリとして利用するというストーリーだ(つまりCPUとGPUの主客逆転)。 NVISIONでNVIDIAが垣間見せたようなCUDAアプリケーションの急速な立ち上がりや、日本市場で、Atomを搭載したネットブックがあれだけ受け入れられている現状を考えれば、決して荒唐無稽なアイディアではないと思うのだが、いかがだろうか。同社のジェン・スン・フアンCEOは、x86プロセッサには手を出さないという意向を明らかにしているが、それが“プロセッサ”ではなく“チップセット”なら話は別となる。 そんな想像はともかくとして、どちらにせよ、AMDとIntelが進めるGPU統合型CPUという厳しい状況を前にしても、NVIDIAはチップセットビジネスをあきらめていない。これだけは確かなところだ。であれば、NVIDIAはどのように舵をとっていくのか、CUDAの動向とともに、今後とも注意が必要だと言えるだろう。 □関連記事 (2008年9月4日) [Reported by 笠原一輝]
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