●Nettop/NetbookはPC市場を侵食するか
安価なクライアントであるNettop/Netbookで議論になることの1つは、Nettop/Netbookが既存のPC市場を侵食するのではないか、という点だ。言い換えれば、これまでローエンドのPCを購入していたユーザーが、より安価なNettop/Netbookに乗り換えるのではないか、という懸念だ。これはベンダにとって、売り上げや利益の減少を意味する、 こうした懸念を払拭するかのように、Intelは既存のプラットフォームとの棲み分けを強調する。Nettop/Netbookは既存のPCよりも能力が限定されており、両者は棲み分ける、というわけだ。実際、Perlmutter副社長は、Atomの性能についてCeleronを超えることはない(同世代の比較において)と述べている。Intelにとっても、より安価な製品(Atom)の性能が、高価な製品(Celeron/Core 2 Duo)の性能を超える下克上を許すとは思いにくい。
Atomが画期的なのは、既存のIAプロセッサではカバーできないプライスポイントやフォームファクタをカバーするために、全く新規のプロセッサとして設計された点にある。これまでローエンド市場向けには、すでに償却の終わった旧世代のテクノロジ(プロセス技術)による製品を使い回すのが常であった。新しい技術、マイクロアーキテクチャはハイエンドから導入され、メインストリームに展開された後、ローエンドに降りてくる、というパターンが一般的だった。ところがAtomにはハイエンドは存在しない。最初から安価な製品向けのプロセッサとして設計されている。にもかかわらず、製造プロセスは最新(45nm、High-k/Metal Gate)なのである。 さらに単なる安価だが性能の低いプロセッサに堕することがないよう、際だった特徴が与えられた。それが省電力だ。Atomの最大消費電力(TDP)は、0.65W~8W程度と、既存のプロセッサに比べて格段に低い。高価で寿命のあるアクティブヒートシンクを排除することで、システムの低コスト化と小型化、低騒音化を実現する。バッテリ駆動のポータブル機であれば、小さく軽量なバッテリで済むというメリットもある。むしろ最初の世代の製品では、使用するプロセスルールの違いから、チップセット側の消費電力の方が問題になりそうだ。 もちろん、だからといって、Nettop/Netbookと既存のPCが完全に、きれいに棲み分けると考える人は少ないだろう。単に価格が安いというだけでなく、小型である点、低騒音である点などを機能や性能より重視して、PCではなくNettop/Netbookを買う人が現れても不思議ではないからだ。 また、本来は大容量のストレージを持たないNettop/Netbookにそれなりの容量のHDDを組み合わせたり、XGA解像度の液晶ディスプレイを組み合わせるなどして、よりPCに近い構成を採用するベンダも出てくるかもしれない。AtomにせよCentrino Atomにせよ、最終的なハードウェア構成を決めるのはIntelではなくシステムベンダである。システムベンダの工夫の中から、ヒット商品は生まれるのだ。 ●先行製品として見るEee PC
その一例として、あるいはNetbookの先駆け的な製品とも考えられるASUSのEee PCについて少し考えてみる。Eee PCは、標準であるXGAに満たない800×480ドットの液晶ディスプレイ、わずか4GBのストレージスペースなど、スペックだけを見れば、PCの基準に遠く及ばない。 実際、Eee PCをノートPCの代用として利用すると、スクロールを余儀なくされるディスプレイ、Service Packを適用できるのかどうか不安になるストレージスペースの残容量など、フラストレーションを感じる部分が少なくない。またこうした「制約」をふまえて、ASUSも当初はEee PCをローエンドノートPCではなく、Mobile Internet Device(MID)であるという紹介をしていた。これは当時、Netbookという用語がなかったせいもあるだろう。 だが、こうした制約にもかかわらず、Eee PCはヒット作となった。購入者がどのような使い方をしているかについてはデータがないが、おそらく想定していたMID的な使い方をしている人は少ないのではないかという気がする。MIDとして利用するには、ネットワーク通信インフラの問題、本機側に通信カードを搭載するスロットの欠如、コンテンツを含めたサービスプロバイダの不足など、乗り越えなければならない問題が多いからだ。 ユーザーの多くは、その制約にもかかわらず、Eee PCを手頃な価格の携帯性に優れたPCとして利用している。あるユーザーは、Eee PCという枠の中に自分の用途を満たせるものを見つけ、またあるユーザーはEee PCという枠を極限まで広げようと努力する。枠を広げる試みそのものにとりつかれたユーザーさえいそうだ。 逆に、Eee PCの枠に自分のニーズがおさまり切れないと分かり、利用を断念したユーザーもいるのだろうが、その場合も「被害」が少なくて済むのがEee PCのいいところだ。使えるにせよ、使えないにせよ、少なくとも49,800円で買えるモノとして、Eee PCには十分な満足感がある。 というわけで、MIDを目指しながら、結局はPCとして使われているように思われるEee PCだが、果たしてEee PCは既存のPC市場を侵食しているのだろうか。筆者は、意外とうまく棲み分けているのではないかと思っている。購入した人の多くは、Eee PCを2台目以降のシステムとして購入しており、Eee PCが最初のPCだという人は少ない。自分で所有する最初のPCであるという人はいても、会社や学校などでPCを使った経験を持つ人が圧倒的で、初めてのPCがEee PCという人はさすがに多くないだろうと思う。 こうした購入者は、今まで2台目のPCを買わなかった、ありは1台目のPCさえ買わなかった人であり、Eee PCがなければPCを買わなかった人である。中には、PCを買うところだったのに、Eee PCを買ってしまった、という人もいるかもしれないが、市場を拡大する効果の方が大きいように思う。 こうした拡大効果をもたらした要因の1つが、Eee PCの価格であることは言うまでもない。従来の小型PCは、小さいフォームファクタにPCとしての全機能を詰め込むことに腐心してきた。PCとしての機能を犠牲にせずにいかに小さくするかということに注力し、開発コストを投入してきたわけだが、その結果としてできあがった製品は限られたユーザーにのみアピールする高価なものになりがちだった。 Eee PCは、機能や性能の面で足りない部分が生じることを承知の上で、今までになかったプライスポイント、低価格化の実現を目指した。冷静にスペックを見れば、Eee PCは従来にないほどの超軽量というわけではないし、バッテリ駆動時間が長いわけでもない。ストレージスペースの少なさをSDカードで補わねばならぬほど、4GBの内蔵NANDフラッシュメモリは窮屈だ。 しかし、それらを補って余りある魅力がEee PCにはあり、紛れもないその1つが価格設定である。こうしたアプローチは、少なくとも一定数のユーザーに支持された。基本的にAtomは、こうした努力をより行ないやすくするものと考えられる。買う側にも売る側にも、低価格だからこそできる冒険があるハズだ。Atomの登場で、こうした冒険を試みやすくなり、PCの領域が広がればいいと思っている。Atomの冒険はこれからだ。 □Eee PC製品情報 (2008年4月7日) [Reported by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
|