レノボ・ジャパンの「ThinkPad X300」は、ThinkPadシリーズが持つ、堅牢で使い勝手の良さという特徴を受け継ぎつつ、小型パッケージのCPUやチップセット、LEDバックライト液晶などの最新技術を利用して、これまでのThinkPadシリーズでは見られなかったような非常に薄いボディを実現した意欲的な製品だ。 今回はこのThinkPad X300の製品版相当のサンプル(型番は今のところ存在しない6477-R5Uとなっていた)を利用して、その魅力、処理能力などに迫ってみたい。なお、製品の型番が違うことからもわかるように、実際の製品とは仕様などが違う可能性があることをお断りしておきたい。 ●LEDバックライトの13.3型WXGA+液晶を搭載し、これまでにない明るさを実現 ThinkPad X300(以下本製品)のディスプレイは、13.3型WXGA+(1,440x900ドット)のワイド液晶となっている。これまでの13.3型液晶を搭載したノートPCの多くは、WXGA(1,280x800ドット)を採用したものがほとんどで、同じ13.3型ながら表示できる情報量が増えている。 もっとも、その代わりドットピッチは小さくなっており、細かい文字があまり得意ではない人には向いていないとも言うことができる。従来の13.3型WXGA液晶のドットピッチが0.224mm、X61などに採用されている12.1型XGA液晶が0.24mmであるのに対して、本製品の13.3型WXGA+液晶は0.199mmとなっており、明らかに文字などはより小さくなってしまう。このあたりは高精細になるトレードオフとも言えるので致し方ないところだろう。
本製品は東芝松下ディスプレイテクノロジー(TMD)製の新しいLEDバックライトを採用したパネルを採用している。TMDはいち早く省電力化に取り組んできたパネルメーカーで、本製品に採用されているものもLEDバックライトを採用することで従来製品よりも低消費電力で省スペースになっている。 一般的な液晶パネルでは、家庭用のものを小さくしたような蛍光灯により裏側から照らす仕組みになっている。この場合、蛍光灯の厚み以下に薄型化することができなかった。しかし、本製品のパネルで採用されているLEDの場合には、蛍光灯よりも薄型化が可能で、消費電力も蛍光灯に比べてかなり少なくすることができるのだ。 今回採用されたLEDバックライト液晶は輝度も充分に確保されており、簡易輝度計で計測したところ294cd/平方mあることが確認できた。これまでのThinkPadの液晶というと、多くのユーザーがなんとなく暗めという印象を持っていたと思われるだけに、これは大きな変化だと言える。もちろん、輝度は多段階で下げていくことが可能で、飛行機の中など暗いところでも充分利用することが可能だ。 ●小型パッケージのMerom-SFFを採用することでマザーボードの小型化に成功 本製品で薄型化を実現できたもう1つの理由は本体部分、つまりマザーボードなどのシステム部分のダイエット化に成功していることだ(そのほかにも、ロールケージと呼ばれるユニークなデザインを採用したことも理由だが、そのあたりはこちらの記事を参照していただきたい)。 そして、小型のマザーボードを実現できた最大の理由は、Intelの新しい小型パッケージを採用していることだ。この小型パッケージに関しては、別記事ですでに解説済なので詳しくはそちらを参照して欲しいが、簡単に説明すると表1のようになっており、従来製品のパッケージに比べると半分以下の実装面積ですむ。
【表1】従来型と小型パッケージのサイズ比較
このパッケージは「Merom-SFF」の開発コードネームで呼ばれており、すでにアップルのMacBook Airや富士通のLOOX Rなどに採用されているものと同等のものだ。 CPUはIntel Core2 Duo SL7100(1.2GHz)だが、標準品ではなく特定のOEMメーカーだけに提供される製品となっており、IntelのWebサイトなどでも情報は公開されていない。別記事でも触れた通り、Core2 Duo SL7100はいわゆる低電圧版のCPUだが、低電圧版Core2 Duoの標準TDP(熱設計消費電力、ピーク時の消費電力)である17Wよりも低めに設定されるなど、もともと低消費電力の低電圧版Core2 Duoよりもさらに低消費電力に設定されていることが特徴となっている。 チップセットはIntel GS965 Express Chipsetで、Intel GM965 Express Chipsetの小型パッケージ版に相当する。内蔵GPUには同じGMA X3100であり、デュアルチャネルメモリをサポートするなどスペックはGM965とほぼ同等となっている。
●標準はシングルチャネル構成のみ 本製品は、製品のSKUによりメモリ構成などが異なっている。3モデルあるうちの6476-12Jと6478-16Jに関しては1GB(1GB×1、空き1)、最上位モデルの6478-18Jは2GB(2GB×1、空き1)という構成になっている。いずれの構成を選んでも、メモリがシングルチャネル構成になっており、購入時にデュアルチャネル構成にすることができないのは少々残念だ。 本製品のように、GPUに単体型のGPUではなくチップセット内蔵のGPUを利用する場合には、GPUはメインメモリの一部をビデオメモリとして利用する。この場合、内蔵GPUの性能はメインメモリの帯域幅に影響を受けるため、メモリがシングルチャネル構成である場合には、デュアルチャネルに比べて帯域幅が半分になり、性能が低下する場合がある。実際、本製品でもシングルチャネル(1GB×1)とデュアルチャネル(512MB×2)で比較してみると、WindowsエクスペリエンスインデックスのWindows Aeroの項目がシングルチャネルでは3だったのに、デュアルチャネルでは3.5になっていた(詳しいベンチマークに関しては後述)。こうした結果を考えるとやはりデュアルチャネル構成にして使いたいところだ。 もっとも、最近ではメモリの価格が非常に安価であるので、2GBのSO-DIMMを2枚買っても1万円でおつりが来る場合もある。自分でデュアルチャネル構成にしても大きな追加投資は必要ないとも言えるので、ぜひとも購入後にアップグレードしたいところだ。 なお本製品で利用しているメモリモジュールは、DDR2-667を搭載したSO-DIMMで、デュアルチャネル構成で利用したい場合には同じDDR2-667のSO-DIMMが2枚必要になる。
●ストレージはSSDを標準採用 ストレージにはHDDではなく、SSDが採用されている。SSDはHDDと互換のインターフェイスを備えるフラッシュメモリの事を指しており、本製品ではSamsungのSATA 64GB SSDが採用されている。SSDの特徴はHDDに比べてランダムアクセス時の読み書き性能が高いこと。ランダムアクセスはOSやアプリケーションの起動時などに多発するので、HDDに比べて、それらを高速に起動できることが最大の特徴と言える。 ただし、SSDは同容量のHDDに比べて圧倒的に高コストという問題点を抱えている。後述するが本製品は、最もローエンドな製品でも30万円を超える価格設定になっており、その主要因とも言えるのがこのSSDの採用だと考えることができる。ちなみに、本製品のSSDはマザーボードなどに実装されるタイプではなく、形状も1.8インチHDDと互換になっている。また、SSDへのアクセスはネジ1本で可能なので、メーカー保証外だが大容量のHDDに交換できる。 一般的なThinkPadではHDD上にリカバリ領域を確保してあり、実際に利用できるHDDの容量は少なくなっている場合があるが、本製品の場合には、リカバリ用のDVD(Windows XP ProfessionalとWindows Vista Business用)を利用してリカバリするようになっている。SSDにしたことで、容量的には充分とは言えないだけに、こうした構成になっているのは嬉しいところだ。 光学ドライブはDVDスーパーマルチドライブが標準で内蔵されている。松下電器のUJ-844で、7mm厚の薄型のドライブとなっている。DVD±Rが最大8倍、DVD±RWが最大4倍、DVD-RAMが最大3倍での記録が可能になっている(2層ディスクの書き込みには未対応)。こうしたモバイルノートPCでは、1スピンドルで充分という考え方もあると思うが、出先で資料をDVDやCDでもらうなどの機会も少なくないし、飛行機や新幹線などの中でDVDを楽しんだりということを考えると、やはり内蔵しているのは嬉しいところだ。
●カードスロットは用意されていないが、USBポートが3ポートで代替可能 ノートPCユーザーであれば気になる拡張性だが、本製品は薄さを追求したため、いくばくかの妥協がされている。1つにはカードスロットの類が1つも内蔵されていないことだ。一般的なノートPCであればPCカードスロット、ExpressCardのどちらか1つないしは両方を内蔵し、さらにSDカードかメモリースティックのスロットが用意されていることが多い。しかし、本製品の場合には、それらが全く用意されていない。さらに、ThinkPadシリーズでは標準装備と言えるアナログモデムも、本製品の場合には用意されていない。 もっとも、モデムが内蔵されていないのは、もうその必要性を感じないユーザーが増えていることを反映しているのだと思う。実際、筆者も年に何回か米国、ドイツ、台湾、中国などの各国に出張で出かけることが多いが、各部屋にインターネット接続を備えたホテルを選べば、モデムが必要と言うことはまずない。日本国内であれば、イー・モバイルのようなHSDPA接続サービスを利用してアクセスするので、これまたモデムを使う機会はほとんどない。もちろん、あるに超したことはないと思うが、実際ここ数年モデムは使った記憶がないので、無くても問題ないだろう。 カードスロットがない問題は、USBポートが3ポートも用意されていることで充分代替が可能だろう。現在PCカードのメインの用途は主にHSDPAやPHSなどの通信カードや、SDカードリーダーなどのカードリーダーだが、いずれもUSB版が用意されており、それで代替は十分可能だ。高速ワイヤレスWANのモジュールを内蔵したモデルが標準で用意されていればさらによかったのだが、SIMスロットがバッテリの裏側に用意されているので、近い将来には何らかの形でそうしたモデルが提供される可能性があると言えるだろう。今後に期待したい。 1つだけ残念なのは、本体を傾けて装着できるタイプのポートリプリケータが用意されていないことだ。従来のThinkPadシリーズには、本体とドッキングできるポートリプリケータやドッキングステーションが用意されており、取り付けるとちょうどキーボードが斜めになるため、入力しやすくなり、かつケーブルなどもまとめて取り付けられるなど便利だった。しかし、本製品ではドッキング用のコネクタを用意するには厚さが足りないためか、そうしたコネクタが用意されておらず、そうした周辺機器も用意されていないのだ。 しかし、USBで接続するタイプのポートリプリケータは用意されており、ケーブルを一度に接続する手間はそれを利用することで省ける。本製品でポートリプリケータを利用したい場合は、そちらを検討してみるといいだろう。
●伝統の7列配列のキーボードとスティック+パッドのウルトラナビ そのほか、本体のユニークなギミックとしては、LEDの追加により光る場所が増えたことだ。電源ボタン、ThinkVantageボタン、ミュートボタン、CapLockなどにLEDが追加されており、電源ボタンとThinkVantageボタンは電源ON時に、ミュートとCapsLockは有効時に光るようになっている。 また、細かいところでは、マシンからIBMロゴが完全になくなっており、パームレスト部と液晶部分にある表示は「ThinkPad」のみとなっている。ThinkPad事業がIBMからLenovoに譲渡されてからすでに3年以上が経過しており、もはやIBMの看板がなくてもThinkPadは独り立ちできるということなのだろう。 入力機器は、ThinkPadシリーズ伝統の7列配列のキーボードが採用されている。7列配列のキーボードは、Fnと組み合わせなければPageUp/Downが利用できないなどの制限もなく、10キーを除くほとんどのキーが用意されており、デスクトップPCの一般的なキーボードと違和感なく使えることが特徴となっている。薄型の本製品でも、キートップのバネの圧力を変えるなどして、充分な打鍵感を確保するような工夫がされているため、違和感なく入力することができる。 ポインティングデバイスには、上位モデルのTシリーズと同じようにスティックタイプのトラックポイントとパッドタイプのタッチパッドの両方を利用することができるウルトラナビが用意されている。基本的にはTシリーズなどと同じ使い勝手だが、パッドの面積がやや大きくなっており、使い勝手が向上している。 他のThinkPadシリーズと同じように、指紋認証モジュールも標準で用意されており、同じく標準搭載されているセキュリティチップ(TCG V1.2に準拠したTPM)と組み合わせて利用することができる。 バッテリは標準で2.44A/11.2Vで27.3Whの容量となっている。省電力マネージャで確認したところ輝度設定が64cd/平方mの設定でアイドル時の消費電力はシステム全体で8W前後になっていた。計算上は3.4時間前後のバッテリ駆動が可能になる。なお、より容量の大きな大容量バッテリーもオプションで用意されているので、長時間駆動が希望ならそちらも併せて購入するといいだろう。
●3Dパフォーマンスを重視したいならできればデュアルチャネル構成に パフォーマンスは以下のような結果となった。今回は標準の1GB×1という構成以外に、512MBのSO-DIMMを2枚用意し、512MB×2というデュアルチャネル構成でもテストをしてみた。ユーザーが購入後にメモリを増設あるいは交換する場合に参考にして欲しい。 結果を見てわかるように、シングルチャネルとデュアルチャネルでは一般的な用途ではパフォーマンスではあまり変わらないものの、3DMark06やVistaエクスペリエンスインデックスなどからわかるように、3Dではそれなりの効果がある。もっとも、重たい3Dゲームをやるにはデュアルチャネルでも充分とは言えないのは事実だが、Windows Vistaの表示はGPUの性能に依存することを考えると、Vistaを快適に使いたいのであればデュアルチャネル構成にしたほうがよいということは言えるだろう。
【表2】ベンチマーク結果
●唯一の難点は30万円を超える価格か 以上のように、本製品は新しいMerom-SFFの小型パッケージ、LEDバックライト液晶などの新しい技術を採用することにより、最薄部で18.6mm、最厚部でも23.4mmという薄型さを実現しながら、7列配列のフルサイズキーボード、ウルトラナビといったThinkPadの特徴を受け継ぎ、かつ光学ドライブや3つのUSBポートなど充分な拡張性も確保している。また、ストレージにSSDを採用したことにより、OSの起動やアプリケーションなども速くなっており、パフォーマンス面でも不満を感じることはないだろう。 このように、本製品はチェックリストを作って1つ1つ消していくとほとんどの部分でチェックがつくと言える贅沢な作りで、論理に従って考えてPCを買う人なら、充分に満足できるスペックなのではないだろうか。 ただ、唯一つけられないチェックがあるとすればコストパフォーマンスだろう。本製品は最も安価なモデルであっても330,000円(Lenovoダイレクト価格)という価格設定がされており、高いモデルでも20万円台後半で、10万円を切ることも珍しくないノートPC市場からすると、ウルトラハイエンドと言ってよいほどの価格だ。 確かに20万円台のマシンでもPCとしての機能は充分で特に不満は感じないだろう。しかし、本製品には他製品に比べて薄かったり、解像度が高かったり、SSDが採用されていたりと、20万円台のマシンに比べてアドバンテージがあるのも事実だ。このあたりの議論はカローラを買うのか、GT-Rを買うのかという議論と一緒で、高級車には高級車なりのメリットが、普及車には普及車なりのメリットがある。要はユーザーがそのメリットに価値を見いだすことができるかどうかで、そうであれば決して高いという価格設定ではないと思うのだがいかがだろうか。
□レノボ・ジャパンのホームページ (2008年3月14日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
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