大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

マイクロソフト社長交代に見る、期待とチャンス




 マイクロソフトの新社長に、樋口泰行代表執行役兼COOが就任することが明らかになった。マイクロソフトの発表によると、樋口氏は、4月1日付けで代表執行役社長に就任。ダレン・ヒューストン現社長は、米国本社に戻り、コンシューマ&オンラインインターナショナルグループ担当として、新たな組織で手腕を振るうことになる。

28日の記者会見に臨むダレン・ヒューストン氏(左)、ジャン・フィリップ・クトルワ氏(中央)、樋口泰行代氏(右)

 樋口氏は、2007年3月にダイエーの社長から、マイクロソフトのCOOとしてIT業界に復帰。3月のCOO就任会見では、ダレン・ヒューストン氏が、「将来的には、私の後任ということも含めて考えている」とし、今回の樋口氏の社長就任は、業界内では公然の事実と捉えられていた。

 また、ヒューストン社長が、3カ年の中期経営計画として打ち出した「PLAN-J」が、今年6月末で終了することから、この時期が社長交代のタイミングと見られていた。その点では、今回の樋口氏へのバトンタッチは、規定路線といえるものだ。

 Microsoftでは、1月下旬から2月上旬にかけて、ミッドイヤーレビューと呼ばれる経営会議を米本社で行なうのが慣例だ。ここに日本法人の経営トップや事業トップが参加し、事業の進捗状況や今後の事業方針について決定する。日本法人の次期社長人事についても、この場で話し合いが行なわれたのは明らかで、「社長就任の要請を正式に受けたのは2週間ほど前」という樋口氏のコメントからも、その時期が合致する。

 一方、大方の予想に反したのは、時期が4月に前倒しになったことだ。

 その理由をダレン・ヒューストン社長は、「確かに、何人かの人からは、6月末までのはずだったのではと言われている」と前置きしながら、「樋口さん自身の体制が整ったこと、さらに米本社からは、いつまでも日本法人を私と樋口さんとの2人体制にしておくことはできないとの要求があった」と語る。

 樋口氏も、「マイクロソフトに入ってから社長就任までの期間は、2年か、1年か、半年かというのは決まっていなかった。いずれにしろ、私の準備待ちだったのは事実」と冗談混じりに話す。樋口社長体制が「Ready」になったタイミングが、2008年4月だったというわけだ。

 もう1つ気になるのが、ダレン・ヒューストン社長が米本社のバイスプレジデントであるのに対し、樋口氏は米国本社のバイスプレジデントを兼務していないという点。つまり、樋口氏へのバトンタッチによって、日本法人の位置づけや発言権が薄れるのではないかという懸念がある。

 会見に同席したMicrosoftシニアバイスプレジデント兼インターナショナル担当プレジデントのジャン・フィリップ・クトルワ氏は、「4月1日までの社長就任までにはまだ時間があり、その間、社内のプロセスを経て、役割や位置付けをきちんとする。日本は、Microsoftにとって2番目に大きな市場であり、戦略的に位置づけている市場」として、4月1日付けで、樋口氏の米国本社バイスプレジデント就任の可能性を匂わせた。

 4月1日から樋口氏が社長としての陣頭指揮を振いはじめてから、最初の仕事となるのが、7月以降の新年度から実施される次期中期経営計画の策定だろう。

 社内の一部では仮称として「PLAN-J 2.0」とも呼ばれるが、樋口氏は、「新たな中期経営計画の中には、これまで遅れていたIT Proに対する施策を新たに追加していきたいと考えている」と、IT Proに対する支援強化を進めていく考えを示した。

 ヒューストン社長も、「PLAN-Jの取り組みのなかで満足できていない点をあげるとすれば、ITエンジニアをいかに幸せにするための施策を展開できるかという点。大手コンピュータベンダーの孫受けなどの開発会社の技術者に対しての支援や、ウェブデザイナー、ウェブデベロッパーなどに対する支援も強化していく必要がある。この点については、まだ正しい方程式といえるものが出せていない」と反省する。

 マイクロソフトは、3月5日に、現在のIT Pro向け施策「Power to the PRO」を大幅に強化する、「Power to the PRO Next」と呼ばれる施策を発表する予定で、この施策が、樋口社長体制による、次期中期経営計画に盛り込まれることになるのは明らかだ。

 一方、この2年半におけるヒューストン社長の功績は大きいといえよう。日本法人の業績は公開されていないため、具体的な数字はわからないが、他の先進国市場と比べても、日本法人の成長率はそれを上回るものだといえる。

 10日ほど前(2月中旬)に、石川県金沢市内でヒューストン社長にインタビューする機会を得た。その時に、ヒューストン社長はPLAN-Jについて、「これ以上の満足はないと言えるほどにその成果には満足している」と語った。

 PLAN-Jでは、「日本における投資の拡大」、「政府および教育機関、産業界とのより深く明確なパートナーシップ」、「企業およびコンシューマ双方における技術革新」という観点から計画を打ち出し、企業市民活動では従来に比べて約2倍規模の投資を行なう一方、営業所を支店に格上げし、同時に北関東/北陸/四国に支店を新たに開設した。営業所という名称を、支店に改称したのも、営業活動だけの拠点ではなく、地域に根ざした市民活動の拠点として活用する狙いが込められている。

 「この2年半で、日本の47都道府県の内、40都道府県は訪れたはず。徳島県の上勝町で、85歳のおばあさんが、PCを使って生き生きとした生活を送っている様子は印象深い出来事のひとつ」と、ヒューストン社長は振り返る。

 自らが日本全国を精力的に訪問し、地域におけるデジタルデバイドの解消や、地域に根ざした活動の強化を推進してきたことが、ヒューストン社長の言葉からもわかる。

 そして、「一番深い活動をした」というパートナーシップについても、「日本の企業と11案件においてクロスライセンスを結び、デジタルライフスタイルコンソーシアムでも放送局を含めて50社以上が参加する協業体制を作り上げた」という成果がある。

 社長就任時には、日本では皆無だったWindows Mobile搭載の携帯電話端末を投入できたことも、ヒューストン社長の大きな成果だといえよう。

 「ビジネスパートナーやエンタープライズユーザー、政府関係者からの満足度は、Microsoftの他国の現地法人よりも、日本法人に対する評価の方が高い。同時に、社員が自信を持って仕事に取り組む環境ができている」と自己評価する。

 ヒューストン社長は、日本で大きな成果をあげて米国に帰ることになる。それだけに、米国本社内でのヒューストン社長への期待は高い。米国本社でも、今年の日本法人社長からの退任が既成事実として捉えられていただけに、ヒューストン氏を欲しいという引き合いが幹部のなかで行なわれたという逸話もある。3カ月前倒しとなった4月からの米国本社復帰は、その期待感の表れだといっていい。

 ヒューストン社長は新たな役割について、「コンシューマビジネスからスタートしたMicrosoftにとって、その原点に戻るための活動ともいえる。挑戦しがいのある仕事だ」と、自らを奮い立たせる。

 ヒューストン氏が担当するのは、4月を目途に米国本社内に新設されるプラットフォーム&サービスディビジョン内に設置される予定の新組織。ゼロから作り上げる組織でもある。そして、「日本市場との関わりも深い分野」として、日本法人社長としての経歴が新たな仕事においても活かせることを強調する。

 金沢でのインタビューの際にヒューストン社長は、「漫画をはじめとする日本のクリエイティブなコンテンツを、もっと世界で展開する必要があると考えている。そのための仕掛けを考えており、近い内に話せそうだ。ぜひ楽しみにしていてほしい」と語っていた。

 日本におけるデジタルライフスタイル担当としての発言として捉えていたが、どうも、これは4月以降の自らの仕事を視野に入れた発言だったとも捉えることができそうだ。

 ヒューストン社長が、コンシューマ&オンラインインターナショナルグループ担当という、米国本社新たなポジションにつくことは、実は日本のコンテンツホルダーにとって、世界に打って出るためのチャンスが増えたといってもいいのかもしれない。

□関連記事
【2月28日】マイクロソフトの社長に元日本HPの樋口氏が就任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0228/ms.htm
【2005年7月27日】マイクロソフト、ヒューストン新社長記者会見
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0727/ms.htm
【2005年4月20日】マイクロソフト日本法人社長交代
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0420/ms.htm

バックナンバー

(2008年2月29日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.