笠原一輝のユビキタス情報局

強力な製造体制と45nm製品でIntelに挑戦するAMD




 筆者にとって9月の後半は、まさにCPUベンダのために働く日々となった。先々週はサンフランシスコでIntel Developer Forumに参加し、その翌週となる先週の木曜日にはAMDの関係者に誘われて、フェラーリのエレクトロニクス関係の責任者に話を聞く機会を得た(関連記事参照)。

 Intel尽くしの1週間を過ごした後だけに、AMD関連の話を聞けたのはよい“リハビリ”になったが、その記事を掲載した後、いろいろな方からメールをもらった。その多くはAMDのF1への取り組みに関する記事の後半部分よりも、真ん中の部分に書いたAMDのサーバー/ワークステーション向けCPUのコードネームが興味深かったというものだった。というわけで今回は、AMDの今後に関して触れてみたいと思う。

 実は2008年末から2009年は、AMDにとっても非常に重要な時期となる可能性が高い。なぜかと言えば、その時期にAMDにとって本当の意味でIntelと互角に戦う体制ができあがるからなのだ。

●CPUビジネスはテクノロジービジネスよりはマニファクチャラービジネス

 なぜ2008年末から2009年にかけてがAMDにとって重要な時期なのかと言えば、それは本当の意味で初めてIntelにチャレンジする権利を持つことになるからだ。

 以前の記事で筆者はIntelが盛んに“45nmプロセスルール”に関してアピールしていると述べた。なぜ、Intelがそうしたことをアピールするのかの理由に関しては、“AMDがネイティブクアッドコアをアピールするからだ”とだけ説明したのだが、実のところそれだけでは理由の半分でしかないのだ。というのも、誤解を恐れずに言えば、CPUビジネスは“テクノロジービジネス”(技術のビジネス)よりは、“マニュファクチャラービジネス”(製造のビジネス)であるからだ。

 CPUビジネスにとって、確かにCPUそのものの技術的な優位点は重要だ。そのことは誰も異論がないだろう。だから、AMDがK8世代でメモリコントローラをIntelに先んじて投入したり、AMDの言うところの“ネイティブ”デュアルコアやクアッドコアをIntelに先んじて投入したりと言う点などで、Intelに対して技術的な優位に立ってきたことをAMDは積極的にアピールしてきた。

 ここ数年、とりわけCore 2 DuoがリリースされるまでのAMDがIntelに対して優位に立ってきたことは否定できないところだ。それならば、なんでAMDはIntelをシェアで逆転できなかったのだろうか? ここ数年のさまざまなアクションを見ていると、AMDとしてはIntelが独占力を利用しているからだということだろうが、ことはそう単純ではないと思う。もちろん、すでにシェアを持っている側が有利であることは言うまでもないが、それだけではないはずだ。AMDの側が決定的にアドバンテージがあるとすれば、逆転とまではいかなくてもそれに近い状況になっておかしくなかったはずだ。

 もちろん、サーバー市場でそれなりのシェアを獲得したということはあったが、それでも全体の市場シェアで言えば実のところあまり大きく変わっていないのが現状だ。なぜか?

●製造技術でIntelに差をつけられてきたAMD

 その最大の理由は、実のところ製造能力の差なのだ。Intelの65nmプロセスルールのウェハを製造する工場はD1D(オレゴン)、Fab12(アリゾナ)、Fab24(アイルランド)の3つが存在しており、いずれも300mmウェハの製造が行なわれている。

AMDのFab36は、AMD初の300mmウェハの製造拠点となる。すでに65nmプロセスルールの製造が開始されている

 これに対してAMDは、300mmウェハの65nmプロセスルールの工場は、2006年の10月に独ドレスデンに完成したFab36だけで、まもなく既存のFab30を改装し300mmウェハの製造を可能にしたFab38が稼働するという形になっている。

 Intelの製造能力に関しては具体的な数字が明らかにされていないのではっきりしたことはわからないが、実はAMD側の製造能力は具体的な数字が公開されている。Fab36のオープニング時にAMDのヘクター・ルイーズ会長兼CEOは「従来のFab30の製造能力は年間5,000万ユニットだった」と説明している。現在世界のPC市場(デスクトップ、ノート、サーバー)の規模が年間2億ユニットと言われているので、つまり、AMDの従来の製造能力ではどんなにがんばっても世界市場の25%しかとれないという計算になっていたわけだ。したがって、AMDのCPUが技術的に優れていても、25%の市場シェアは絶対に超えられなかったのだ。

 製造面でもう1つ重要な課題は製造プロセスルールにおける遅れが生じていたことだ。言うまでもなく製造プロセスルールの微細化は、CPUの性能の観点からも、製造できるユニット数の観点からも最先端のプロセスルールが利用できることは大きなメリットがある。現在主流の65nmプロセスルールの導入時期で、AMDはIntelに対して遅れをとってしまった。Intelが2005年の後半にはOEMメーカーへの出荷を開始していたのに対して、AMDが65nmプロセスルールの製品を出荷できたのは2006年の終わりで、実際に製品が市場に出回るようになったのは2007年の第2四半期頃になってからだ。Intelに比べるとほぼ1年半近い遅れが出てしまっている計算になる。2年に一度新しいプロセスルールが投入されるという現在のサイクルからすれば“周回遅れ”といってもいいほどの遅れだ。

 このように、製造能力の点からも、そして製造技術(具体的にはプロセスルール)の点からも、AMDはIntelに大きな差をつけられてきた。これがこれまでの現実だった。だからこそ、IntelはAMDに差をつけているプロセスルール(今回の場合は45nmプロセスルール)をマーケティングタームに採用し、大きくアピールしているのだ。

●2008年に製造キャパシティとプロセスルールでIntelを追い上げるAMD

 だが、2008年にその状況は大きく変わる可能性がある。その要因の1つは、AMDの新しい工場であるFab36、そしてFab38が本格的に立ち上がることだ。ヘクター・ルイーズ会長兼CEOはFab36の開所式典において「2008年にFab36、そしてFab38がフルに稼働すれば、我々の製造キャパシティは年間1億ユニットを超えるだろう」と述べている。

 つまり、市場規模が年間2億ユニットであれば市場の50%を獲得する規模に達するという見積もりになる。こうなって初めてAMDは本当の意味でIntelにチャレンジする“権利”を得ることになるのだ。

 もう1つは、45nmプロセスルールの投入が、65nmプロセスルールほどは差を開かずに投入できる可能性があることだ。AMDの製造関連の責任者であるダグ・グロス上級副社長は7月に行なわれたアナリスト向けミーティングの中で「45nmプロセスルールは2008年の半ばまでに出荷できるように開発を進めている」と述べ、その開発が予定通りであることを強調している。このことは、業界関係者が広く認めるところで、少なくとも周回遅れということはなさそうだ。

 こうしたピースが揃う2008年末、そして2009年にこそ、AMDが本当の意味でIntelと互角に戦えるようになったと言えるようになるだろう。

AMDの製造キャパシティ。CPUの製造キャパシティが2008年末には1億ユニット/年に達する(AMDのアナリスト向け説明会の資料より抜粋) 45nmプロセスルールは2008年半ばの製品製造に向けてスケジュール通りに開発が進んでいる(AMDのアナリスト向け説明会の資料より抜粋)

●45nmプロセスルールの最初の製品は2008年末のShanghai

 それでは、AMDは45nmプロセスルール世代でどのような“タマ”を用意しているのだろうか。OEMメーカー筋の情報によれば、最初の45nm世代の製品は、開発コードネーム“Shanghai(シャンハイ)”と呼ばれる製品になる。Shanghaiの基本的な位置付けは、現行製品となるクアッドコアOpteron(Barcelona:バルセロナ)のシュリンク版で、L3キャッシュが6MBに増やされる製品となる。ちょうどCore 2 Duo(Conroe/Merom)に対する45nmプロセスのPenrynという位置づけと同じものだと考えられるだろう。

 Shanghaiのリリースは2008年の第4四半期が予定されているが、さらに2009年には2つの新しい製品が追加される。それが“Montreal”(モントリオール)と“Suzuka”(スズカ)だ。Montrealでは、ShanghaiでサポートされていなかったDDR3やHyperTransport3(HT3)のサポートが追加されるほか、新しいソケットとなるSocket G3が採用されることになる(これはDDR3への移行のため)。なお、Montrealでは2つのダイを1つのCPU上に実装するMCM技術も採用され、1CPUで8コア、つまりオクタコア版も投入される見通しだ。SuzukaはMontrealコアのSocket AM3版となり、シングルプロセッサ用となる。

 なお、Barcelonaにもその派生品として、デスクトップPC向けのAgena(アジェーナ)が用意さているが、Shanghaiに関しても同様で、“Deneb”(デネブ)と呼ばれるデスクトップPC版が用意されることになる。DenebはAM3と呼ばれるDDR3が利用できる新世代プラットフォーム版も用意されるほか、AgenaでサポートされるAM2+と呼ばれHT3とDDR2をサポートする次世代プラットフォーム版もリリースされる予定だ。さらに、Denebのデュアルコア版となる“Propus”(プロパス)、“Regor”(リーガー)なども用意されている。

 こうした製品により、AMDはIntelのNehalemに対抗していくことになる。ただ、ロードマップを見ているだけだと、AMDが2008年の終わりから2009年に65nm製品のシュリンク版を出すだけにしか見えないかもしれないが、逆に言えばある程度65nm製品で確立できた技術をそのまま利用できるという意味で、AMDにとって安定性のある選択と言えるだろう。逆にIntelはNehalemで新しいプラットフォームの立ち上げという難題にチャレンジする必要がある。

 繰り返しになるが、本当に重要なことはFab36/38の完全稼働により製造面での体制が整い、AMDが本当の意味でIntelにチャレンジしていくことができるようになることだ。AMDが本当にこれらの計画を実現できるのであれば、CPU戦争はさらに熾烈なものになっていくだろうか。

□関連記事
【9月28日】【やじうま】AMDとフェラーリに見る、現代F1とIT業界の深い関係
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0928/yajiuma.htm
【9月18日】【笠原】“45nm”をキーワードにAMDを迎撃するIntel
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0918/ubiq196.htm
【2005年10月15日】AMD Fab36グランドオープニングレポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1015/amd.htm

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(2007年10月5日)

[Reported by 笠原一輝]


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