第388回
CDMA1x WIN内蔵のThinkPad X61sを試す



「ThinkPad X61s」

 レノボ・ジャパンが先日発表したHSDPA対応のノートPC「ThinkPad X61s」を試用した。このモデルはauのCDMA1x WINのネットワークに接続する通信インターフェイスを内蔵させたものだ。HSDPAは主に欧州を中心として、ビジネス用途で広がりを見せており、レノボの実装も手慣れたもの。独自の通信ユーティリティ「Access Connections」を用い、有線/無線LANと無線WANを統合したネットワークアクセス管理を行なえる。

 なお、「HSDPA」という言葉は、日本国内では特定のサービス名称として使われているが、海外では高速通信サービスの一般名称として使われており、ここではそちらの使い方に従っているので、ご了承いただきたい。

 同様の技術やノウハウは他者もすでに持っているところが多く、富士通、NEC、東芝、HP、デル、ソニーを始め、多くのPCベンダーがHSDPA対応PCのビジネス的な可能性を探っている段階だ。

 加えてMVNO(モバイル仮想ネットワークオペレータ。自社でネットワークを持たない携帯電話ネットワーク事業者)に対して、自社ネットワークへの接続受け入れを迫られていたNTTドコモも、接続の申し入れに対する受け入れ是非を裁定する立場の総務省が、受け入れ拒否をしてはならないとの見解を示している。

 すでにドコモへの申し入れを7月末に行なっている日本通信は、ドコモとの接続完了後、1カ月以内にサービスの提供を開始することを表明。法人向けネットワークサービス以外にも、PHSネットワークを利用したb-mobileの3Gネットワーク版を販売する予定という。さらに将来的には、PCなどのデジタル機器に内蔵通信モジュールを用いたサービスを提供する可能性が高い。

 また都市部ではイーモバイルが低価格を武器に、データ通信専用のHSDPAネットワークを固めており、モバイルPCを用いたデータ通信の可能性が大きく広がってきており、こちらも通信機能内蔵機器に対するサービス外販の可能性がありそうだ。

●SIMカードなしの通信モジュールを利用

 レノボが採用したauの通信モジュールは、CDMA1x WIN対応、すなわち最大2.4Mbps(下り方向)のminiカード。ThinkPadに限らず、最近のノートPCはminiカードスロットを2スロット内部に持っており、これを使い分けることで無線LAN、Bluetooth、無線WANなどの機能を構成するようになっている。

 本体にはSIMカードを挿入する場所はなく、外見上の違いはディスプレイ右上に取り付けられた伸縮式のアンテナのみ。他社製品には無線LANなどと同様の場所に、800MHz帯と2.1GHz帯に対応したデュアルバンドのHSDPA用アンテナを内蔵できるモデルもあるが、X61sに関しては受信感度なども鑑みた上で、独立したロッドアンテナを採用したという。

通常のThinkPad X61sと異なり、側面にアンテナを搭載する

 SIMカードがない理由は、この製品を海外に持ち出しても通信を行なえないためだろう。また、国内に関してもauの3GネットワークはSIMカードと端末IDが一対で管理されているため、たとえば異なるau端末に自分のSIMカードを入れても使うことはできない(auに申請して対になる端末IDを登録し直す必要がある)。auの場合、SIMカードスロットをPC側に追加しても、実はあまりメリットはない。

 後述するが、HSDPA対応を検討している各社は、総じてSIMロックをかけて販売する予定だという。今後、SIMカードスロットを持つ製品も登場してくるはずだが、HSDPA対応PCのほとんどは、特定の通信事業者しか利用できない可能性が高い。

 伸縮式ロッドアンテナの効果は高く、筆者が使っているアンテナ内蔵式の端末W52Tでは通信が不安定な場所でも、問題なく接続できた。電波強度のグラフが変化するほどの差があるわけではなく、実際の差は小さなものなのかもしれない。しかし、何度も使っていると実感できる程度の差はありそうだ。

●個人向けにはやや厳しい通信価格設定

 使用機はすでにレノボ名義でWAN機能が有効化されていたが、新品の状態から利用する場合は、WAN機能を利用する前に契約手続きを行なう必要がある。付属ユーティリティを用いて料金プランを選択、個人情報や支払い方法などを記入するとIDとパスワードが発行され、通信機能を有効化できるようになる。

auの契約手続き画面
サインアップが終わったらログインし、設定を行なう

 もちろん、契約手続きに関連して発生する通信は、すべて自動的にKDDIのネットワークに繋がり、パケット通信料金はかからない。インターネットに接続されている必要はないため、auのサービスエリア内ならどこからでもすぐに契約手続きを行なえる。

 通信料金プランは、契約ユーティリティの画面をキャプチャしておいたので参照していただきたいが、基本的にPacket WINのシングルモードでの契約となる。PCでの通信となれば、WINシングルMでは不足しがちなので、LあるいはLLを選びたい人も多いだろう。となるとLで8,000円、LLでは11,800円の料金となる。また、これとは別にインターネット接続プロバイダの料金も必要になる。

 この料金設定は他の大手携帯電話会社に比べ、特に高いというわけではないが、さすがに個人で利用する場合は躊躇する人も多いのではないだろうか。筆者はW52TのBluetooth機能で通信を行なっているが、自分の行動範囲内では無線LANが利用できる場所を知っているため、パケットパックM(WINシングルMと同等)で間に合わせている。とはいえ、迷惑メールでパケットを消費するのを防ぐため、Webメールを利用するなどの工夫をしてギリギリといったところだ。

 各携帯電話会社は法人向けには、一括契約でデータ通信の割引サービスを行なっているようだが、個人ではそうした割引はもちろん期待できない。

 HSDPA対応にするためのPC側の価格アップも、レノボによると通常の価格設定では3万円程度の価格差が出る(当然、HSDPA対応した方が高くなる)そうだが、法人向けには一括でHSDPA対応モデルを購入することを前提に、ほとんど価格差なしで追加できるというから、やはり個人での導入には価格面での障害が大きいとは言えるかもしれない。

●Access ConnectionをWAN対応に

Access Connectionの画面

 無線WANの電源は従来から無線LAN、Bluetoothの電源制御に使っていた[Fn]+[F5]で呼び出すユーティリティにより、各インターフェイス個別に行なうことができる。ハードウェアのワイヤレス機能オン/オフボタンとも連動しており、ONにするたびに任意のデフォルト設定にリセットさせることが可能だ。

 また、もともとは無線LANの接続性を向上させ、環境ごとにネットワーク設定を変更するユーティリティとして付属してきたAccess Connectionは、これまでもPC同士のP2P接続やBluetooth、ダイヤルアップなどの機能を統合してきたが、今回はさらに無線WAN機能も、Access Connectionに取り込んだ。ただし、累計使用パケットなどをカウントする機能は用意されていない。

 接続の種類に「無線WAN」を選んだ上で、ダイヤルアップ先を選択すればいい。ダイヤルアップ機能自身はWindowsの機能を利用するので、Windows側であらかじめセットアップするか、あるいはAccess Cnnectionから呼び出してダイヤル先やログイン名などを設定する。

 基本的には無線WANだからといって特別なことは何もなく、通常のダイヤルアップと同じように設定。Access Connectionから無線WANを登録したプロファイルを選んで[接続]をクリックすればいい。公衆無線LANアクセスや電話線を用いたダイヤルアップ、有線LANアクセスなどと操作を統一するなら、この方法が一番いいだろう。

プロファイルの作成 作成したプロファイルを選択
コネクションマネージャーの画面 接続状況はこのように表示される

 もちろん、通常のモデムと同様に扱えるため、Access Connectionを使わないのであれば、Windowsのダイヤルアップで接続してもかまわない。

 接続状態をチェックしてみると、通信モジュールは京セラ製。一応、スピードテストをやってみたが、当然ながら接続する場所、タイミングによって速度はまちまち。最大2.4Mbpsのスペックだが、下り速度は速い時で1Mbpsちょっと、遅い場合で350kbps程度、登り速度は200~100kbps程度だった。これはBluetooth経由でauのネットワークにつないでいる場合とほぼ同じである。

 今回は試用期間が短く都内でしか利用しなかったが、都内での利用に限定するならば、個人ユーザーがauのネットワークで通信するメリットはあまりない。通信モジュール内蔵というメリットを考えたとしても、価格面のメリットが大きいイーモバイルと契約する方がいいだろう。一方、地方や山間部などでの利用は、3Gの中でも800MHz帯で全面展開されておりカバーエリアの広いauのネットワークが生きてくる。

●他のメーカーも追随するか?

 料金のことを差し引けば、HSDPA対応になることで利便性が高まるのは間違いない。あとは3GネットワークでPC通信をさせることに、携帯電話会社がどこまで積極的になれるかだ。ここにビジネスのチャンスがあると見れば、料金的にもサービスの幅、対応製品など、あらゆる面で広がりが出てくる。

 筆者が知る限り、HSDPAモジュール内蔵にもっとも積極的なPCメーカーは、レノボを除くと富士通が先頭に来る。昨年(2006年)10月のCEATECでは、すでにHSDPA内蔵モデルの参考展示を行なっているほか、製品企画担当者などと話をしていても、HSDPAモジュール内蔵に並々ならぬ意欲を持っている。

 もっとも、ハードウェア側の対応としては、各社とも対応が終わっているところが多い。日本市場はPCのHSDPA対応で立ち後れているが、欧州ではすでにHSDPA対応モデルのラインナップは珍しいことではなくなっている。つまり技術的な問題ではない。

 理由の1つは、大手の携帯電話会社は、コンシューマがPCを用いて大量の通信を行なうことで、自社3Gネットワークの帯域が圧迫されることへの懸念だ。企業向けのデータ通信サービスならば、ある程度トラフィックを読めるが、コンシューマ向けに定額、あるいは定額に近い安価な料金プランを用意すると、爆発的にトラフィックが増えてしまう可能性がある。

 一方、PCベンダー側もビジネスモデルの構築に苦慮している。今回紹介したThinkPadに関して、レノボ・ジャパンは「顧客からの直接的な要望が強いわけではないが、ソリューション提案の1つとして、積極的に企業顧客にアプローチしたい」と話しており、日本IBMの提案力や営業力なども加味した上で、新しい付加価値を顧客に提案していこうという攻めの姿勢から生まれたものだと言える。言い換えれば、そうした企業向けシステム提案を積極的に行なうマーケティングプランが固まらなければ、なかなかHSDPA対応モデルを展開できない微妙な時期とも言えるだろう。

 とはいえ、冒頭でも述べたようにMVNOの3Gネットワーク接続事例が生まれる前夜であることや、イーモバイルが順調に顧客を増やしている状況を考えれば、大手携帯電話会社もPCからのデータ通信サービスに対して、本気で対策を施す必要が出てくるのではないだろうか。

 もたもたしているうちにWiMAXの標準搭載が当たり前になってくると、何も高コストな3Gを使う必要はないという時代になるだろう。その前に3Gネットワークを保有する携帯電話会社側も、空いている帯域を積極的に売る方向で動くか。今年年末に向けてのMVNO受け入れ、それにHSDPA対応モデルが増えてくるだろう来年(2008年)春ぐらいまでの動向に注目したい。

□関連記事
【7月10日】レノボ、国内初のCDMA 1X WIN通信モジュール搭載ノート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0710/lenovo3.htm

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(2007年8月6日)

[Text by 本田雅一]


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