NECと日立製作所は30日、共同でPC向けの新しい水冷モジュールを開発したことを発表した。それに先だって両社の開発した新型水冷モジュールの技術的な注目点と、将来のPC製品にどのような変化をもたらすかを取材し、まとめてみた。 本誌では以前、両社が開発/採用していた第1世代のメーカー製水冷モジュールを台湾で取材したが、今回のモジュールは4世代目。その間、複数熱源への対応、ヒートスプレッダおよびウォータージャケットの高効率化、大流量小型ポンプの採用などが施され、さらに大幅な低コスト化が図られている。 ●なぜ再び水冷なのか PC向け水冷(液冷)システムが最初に注目された2002~2003年頃は、PC向けマイクロプロセッサの消費電力が急増し、特に当時増えていた省スペースデスクトップPCへの搭載に問題が出始めることが明白だった時期だ。予想以上にリーク電流が問題となり、消費電力の増加に対して、いつ、どのタイミングで対策を施せるのか解らなかった。
第1世代のモジュールについてレポートした時にも書いたように、水冷を採用することの最大のメリットは放熱の効率を上げられることだ。水冷システムでは、熱源からのエネルギーを別の場所へと比較的自由に運ぶことができる。別の場所、つまり冷却を行なうのに都合の良い場所へと運び、放熱効率/放熱量ともに良い大きなラジエータを用いて放熱することで、プロセッサに直接ヒートシンクを用いる場合よりも効率の良い放熱が行なえる。水冷でも最終的に熱を放出する先は空気であり、この点は通常の空冷とは変わらない。ただし、効率の良さや放熱量の大きさは圧倒的だ。 効率が良く、最大の放熱量も大きいということは、同じ熱量を捨てるために必要な空気の流量が少なくて済むことも意味する。さらに水冷システムは小さなプロセッサコアから発せられる熱を直接冷やすのではなく、より大きなラジエータに運んでから冷やすため、排熱に必要な空気流量が同程度なら、流速も大幅に下がる。 何が言いたいかと言えば、最終的に空気に排熱するのが同じだとしても、その空気の流れを作るために必要なファンの騒音は、水冷システムの方が抑え込みやすいということだ。これがまず1つ。 水冷システムには、副次的ではあるが、もう1つの無視できない効果がある。それは主要な熱源以外の冷却設計が楽になるということだ。 水冷システムのラジエータは放熱性能に余裕があるため、通常は排気部分に取り付けられ、システム全体の熱の影響を受けた空気で冷やされる。言い換えると、ラジエータからの熱は、そのほかシステムの冷却に影響を与えない。 しかし空冷システムの場合、エアフローの設計方法にもよるが、プロセッサやGPUなどの熱源が吸気した空気を暖めてしまい、それ以外の部分に当たる空気の温度が高くなりやすく、余計に空気の流量を増やさなければならない。つまり、水冷システムで主要な熱源からの発熱をあらかじめ移動させておけば、筐体内のエアフローの設計が楽なり、製品を設計する上でデザインやレイアウトの自由度が高くなる。 昨今、PCのプロセッサは電力あたりのパフォーマンスが向上し、以前ほど熱設計がシビアではなくなってきているが、その一方でコンシューマ向けデスクトップの70%がディスプレイ一体型に移行してきている。ディスプレイ一体型でデザイン性を向上させたり、あるいは高性能化、高機能化、コンパクト化を果たしていこうと思えば、熱の処理は重要なテーマになってくる。 なぜ再び水冷なのか。今年1月まで水冷モデルを現行機種として販売してきたNECは「我々は再び挑戦というよりも、ずっと継続して取り組んできているというイメージ。水冷による静音化の利点は以前も今も決して変わっていない。今回、大きく変わったのは、幅広い価格帯に展開できる低コスト化と、HDDの静音・冷却を行なうことの2点」と話している。 ●HDDの静音に水冷システムを利用
NECパーソナルプロダクツPC事業本部開発生産事業部共通技術部マネージャの酒井浩氏は「2003年以来、水冷PCの企画・開発に取り組んできて、さらなる静音のためにはHDDの静音化が必要不可欠との結論に至りました」と話す。 「水冷システムはさまざまな技術的改良によって、完成度を上げてきました。その甲斐もあって、現在のシステムは12cmの大型ファンを毎分900回転前後でゆっくりと動かすだけで、Core 2 Duoのピーク時の発熱にも余裕をもって対応できるようになっています。デュアルコアの両コアに対して負荷を100%かけ続けても、ファンの回転数が上がることはありません。これは当然のこととして、プラスHDDの静音化を行ないました」 具体的にはHDD全体を金属ケースで覆い、ケースとHDDの間に吸音材を挟み込む。同様のアプローチでHDDの静音化を行なう製品は、自作PC向けに存在するが、違いは冷却性能。3.5インチHDDにぴったりフィットするウォータージャケットを作り、吸音材の中に籠もる熱を排出できるようにした。 つまり、自作PC向けに販売されるHDD静音ケースは、放熱が不十分なため故障の危険が高まるというデメリットがあるが、新開発の水冷HDDケースは通常の利用環境よりも低い温度で動作するため、そのような心配はない。むしろ、HDDメーカーによると、動作温度が低くなるため耐久性が向上するという。
実際に新水冷モジュールを動作させた試作機は、耳を近づけたときに、わずかに冷却液の循環用ポンプが音を発する程度で、HDDの動作音や冷却ファンの動作音などは全く気にならない。プロセッサへの負荷を100%かけ、その上でランダムアクセスを行なうHDDのベンチマークテストを走らせても、試作機の動作音には変化がみられなかった。 酒井氏によると、従来は30dBA程度だった最大時の騒音は、HDDの動作音を抑え込んだことで25dBAにまで向上させることが可能。つまり-5dB(エネルギー量で1/3以下)の効果があったことになる。実測では22dBAといった値も出ているという。 ●日本の最新加工技術を応用 さて、NECと日立の第4世代水冷モジュールの技術的な優位性についても話を聞いてみた。これまでもシナノケンシ製のピストン型小型ポンプ(小型かつ流量を大きく取れる)の静音化、アルミ製ラジエータの高効率化などが行なわれてきたが、今回のブレークスルーはウォータージャケットの熱交換効率を上げたことだ。
プロセッサ部のウォータージャケットは銅製で、そこにラジエータから供給される冷えた冷却液が中央部から降り注ぐように設計されている。ウォータージャケットはヒートスプレッダ(熱を広い範囲に拡散させる装置)を兼ねており、銅のジャケットに0.09mm間隔のスリットを作り、そこに冷却液を通すマイクロチャネルという技術が使われている。 マイクロチャネルのヒートスプレッダは、以前はレーザーでステンレスの板に0.1mm未満の微細な穴を空け、そこに水を循環させるものや、密閉されたチャンバー内で触媒が気化して拡散させる方法などが試されていた。今回は加工技術の進歩で銅製ウォータージャケットにヒートスプレッダの機能を同時に持たせることができた。 実は、この微細なフィンは銅板に機械加工を施すことで製造しているそうで、エッチングなどの簡易な手法では制作できない。長野県のあるサプライヤーのみが供給できるものだそうだ。 同様の微細加工は(マイクロチャネルではないものの)HDD側のウォータージャケット内部にも施されており、薄型ながら冷却液との接触面積を最大化するよう工夫されている。
●生活をPCの騒音が邪魔しないことで、生活品質の向上を ではこの新型水冷モジュールを、どのような形でコンシューマPCの質向上に役立てていくのか。酒井氏に話を聞いてみた。まず従来の水冷PCと今回の水冷PC、決定的に異なるのはどこだと考えているのか。 「ポイントはHDDを水冷システムで冷やし、吸音材で動作音を抑え込んだことです。これにより5dBも騒音レベルを下げることができました。HDDケースはゴムブッシュでフローティングマウントしており、これによって低周波数の騒音を取り除いています。加えて吸音材が1kHz以上の、特に耳障りな周波数帯の音を抑え込むことで、体感的な“うるささ”を大幅に低減できました」 「加えてNEC独自の異音検出システムを用いることで、製造工程や部品のばらつきなどで発生する異音をセンサーで検出し、ユーザーの手元に届くシステムが本当に静かであるかどうかを全数検査できるようになりました」 動作音が静かなことに超したことはないが、その静かさによってPCの使われ方がどう変化すると考えているのか? 「今回の水冷モジュールは、年末商戦に向けて開発しているNEC製ディスプレイ一体型PCに採用されます。ご存知のように、現在のコンシューマ向けデスクトップPCは、ほとんどがTVチューナを内蔵し、音楽データなどをハンドリングすることを考えて設計されています。しかし、PCそのものの動作音が静かでなければ、TVとして使っても、音楽プレーヤーとして使っても十分な満足度を得られません。そこで、デジタルビデオレコーダよりも静かに動くPC、家電と並べてもむしろ静かなPCを目指しました。 また、わずかではありますが、トータルの消費電力低減にも役立ちます。複数の熱源をまとめて高効率なラジエータで冷却できるため、冷却効率が向上します。これは冷却に必要なエネルギーが少なくて済むことを意味しており、3~5W程度の省電力効果があります」 従来の水冷モジュールはコストが高く、ミニタワー型のエンスージアスト向けPCにしか採用できていなかった。今回は以前よりもシステムの規模が大きくなっているようだが、コストは上がっていないのか? 「水冷モジュールを開発する上で、冷却性能の向上はもちろんですが、同時に低コスト化にも力を入れました。具体的な価格は言えませんが、価格競争の厳しいメインストリームのディスプレイ一体型PCに採用するということから、低コスト化の成果を想像してください」
HDDの冷却を水冷化というが、安全性は大丈夫なのか? プロセッサは自身に温度センサーが内蔵されており、冷却が不十分な場合にも壊れないように動くが、HDDは密閉された環境で使われることを想定していない。 「HDDが高温になった場合、センサーで検出して自動的にシステムをシャットダウンし、データを保護するなどのシステムを入れています」 水冷システムはNEC以外にも採用例はあるが、定着はしていない。多くの場合、技術的な進歩で空冷でも十分に冷やせるようになったという理由で採用が中止、あるいは最初から採用していないケースが多いようだ。 「今後は他社も水冷に取り組むようになるでしょう。我々は水冷を2003年から製品に採用し続けており、安全性や信頼性を確保するためのノウハウを保有しています。これは要素技術の開発だけではなく、実際の製品からのフィードバックを得て改良しなければならない部分も含まれますから、モジュールを作ればすぐに製品になるものではありません。 このため、より簡単に実装できる空冷システムを採用することが多いのでしょうが、今後、一体型PCのように限られた空間を上手に利用しなければ魅力を引き出せない製品が増えてくれば、自ずと水冷システムを採用する製品が増えてくるのではないでしょうか。 NECは新開発の水冷モジュールを積極的に採用し、異音検出システムなどと合わせ、静かで快適なPCが欲しいならばNECというイメージを構築していきたいと考えています」
□NECのホームページ [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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