笠原一輝のユビキタス情報局

Vistaのマーケティングに透けて見えるMicrosoftのジレンマ



 Windows Vistaがリリースされて3週間が経過した。すでに本誌の読者の多くが何らかの形で入手したり、利用されているのではないだろうか。本連載でも、3回にわたりインストール、そしてインストール後の作業などについて取り上げてきた。それに関してはバックナンバーを参照いただくとして、ここでは別の視点からVistaについて取り上げていきたいと思う。

 筆者が考えるVistaの本当の魅力は、新しいプログラミングモデルなのだが、Microsoftがそれを採用した背景には、今Microsoftが直面している脅威に対する対抗策という事情がある。だが、今のMicrosoftのVistaマーケティングでは、どちらかと言えばWindows XPに比べて新しい機能をアピールすることに主眼が置かれており、本当の魅力をアピールすることができてない。

 そこには、今のMicrosoftが抱えるジレンマが透けて見える。

●Microsoftの強みはエコシステムが構築できていること

 PCに詳しい人には復習ということになって恐縮だが、そもそもMicrosoftの強みはなんだろうか? ちょっとでもPCをかじったことがある人なら、きっとこう答えるのではないだろうか、“それはWin32 APIを押さえていることに決まってるじゃないか”、と。

 Win32 APIは、32bitのWindows OS向けにMicrosoftが定義したIA-32の命令セットを利用したプログラミングモデルで、現在のWindows向けアプリケーションはほとんどがこのAPIを利用していると言っても過言ではない。ちなみに、いわゆるx64(Microsoftが利用するAMD64とIntel64の総称)向けの64bitのAPIも、広い意味ではこのWin32の拡張版で、基本的にプログラマはWin32 APIを理解すればWindowsアプリケーションを作成できる。

 このWin32 APIはMicrosoftが定義したものなので、他のOSベンダはそのAPIを利用したOSを作るのは非常に難しい(厳密に言えばAPIは公開されているから、リバースエンジニアリングでなく同じ動作をするものを作ることができれば不可能ではないはず)ので、確かにWin32 APIを握っているという意味で、それがMicrosoftの強みであることは間違いない。

 しかし、実のところそれは半分しか答えになっていない。より正確に言うのであれば、Win32 APIを押さえ、さらにそのWin32 API用のプロセッサを作るIntel/AMDというCPUベンダ、さらにWindows向けのDirectXを主目的としたGPUを作るAMD(旧ATI)/NVIDIAというGPUベンダ、それらを利用してPCを作るPCベンダ、それらのハードウェア上で動くWin32 APIを利用したアプリケーションを作るソフトウェアベンダ、そして沢山のWin32 APIアプリケーションとそれらが動作するハードウェア資産を持つユーザーなどが存在し、そこでお金がぐるぐる回り続けるという循環モデル、いわゆるエコシステムがすでに完成していること、それこそがMicrosoftの強みだと筆者は思っている。

 筆者は、この連載でたびたび取り上げているが、デジタルやITの世界で“勝利の方程式”があるとすれば、それはこの“エコシステム”を作り上げることだと思っている。市場経済で、成長し続ける市場を作り上げるために何よりも重要なことは、お金を循環させることだ。それは経済学のイロハだと言ってよいが、デジタルの世界でもそれは何も変わりはない。

●Vistaの本当の魅力は.NET Framework 3.0を最初から搭載していること

 今回、VistaでMicrosoftが行なっているマーケティングは、まさにそのMicrosoftの強みを打ち出す、従来のWindowsリリース時と同じ方向性と言ってよい。

Flip 3D

 たとえば、Windows Aeroの機能の1つである3Dタスクマネージャ「Flip 3D」、より強化された検索機能、Internet Explorer 7、Windows Media Player 11、Windows Media Centerなど、いずれもMicrosoftがVistaの特徴と位置付けているモノは、従来のWindowsの延長線上にある。つまり、メッセージとしてMicrosoftが打ち出しているものは、「従来のあなたの資産はそのまま使える上に、こんなに新しい機能が使えます」と翻訳してもいいだろう。

 だから、Microsoftに批判的な人からは「所詮、VistaはXPのService Pack 3だ」とか「ぐるぐる回るXPだ」という陰口を叩かれてしまうことになる。もっとも、こうした批判は、どんな製品にもつきもので、基本的に過去との互換性を維持しなければならないソフトウェアの場合、避けては通れない道であるのも事実だ。

 ただ、筆者はどちらかと言えば、今回のVistaに関しては、そもそもMicrosoftのマーケティング方針がこうした非難を呼ぶ理由になっているのではないかと感じている。というのも、Vistaの本当の意味とは、上に挙げたような機能ではなく、新しく導入されたWinFXこと「.NET Framework 3.0」と呼ばれる新しいプログラミングモデルを導入したことにあると思っているからだ(余談になるが、なぜMicrosoftがWinFXの製品名を.NET Framework 3.0なんていう地味な名前にしたのか理解に苦しむ。WinFXの方がよっぽど格好良いと思うのだが……)。

 確かに、.NET Framework 3.0は最初の構想に比べて大きく後退していることは事実だ。その最大のキモと言ってもよかったWinFSは結局搭載が見送られた。しかし、.NET Framework 3.0のメリットは何かと言えば、ランタイムとアプリケーションが分離していること、そしてWindowsの持つ強力なハードウェアを利用できることであり、その本質的な特徴は何も失われていない。

 これからのアプリケーションは、インターネットを経由して提供されるサービスとは切っても切り離せないものになるというのは誰もが認めるトレンドだろう。そうした世界では、ランタイム型のアプリケーションが重要になるというのは、Javaが登場した当初から言われてきた。いわゆるWeb 2.0と呼ばれるような、新しいインターネット上でのビジネスモデルを展開する上で、こうしたランタイム型のアプリケーションは重要なツールに成りうる。だから、各社こぞってそうした仕組みを導入しつつある。Winodwsで言うところのWindows サイドバーガジェット、GoogleのGoogleガジェット、Appleのウィジェットなどはその代表例と言っていいだろう。

 ただし、それらのランタイム型のアプリケーションは、これまでハードウェアの持つ特徴を最大限活用できていなかった。たとえば、3Dアクセラレーション機能はその代表で、.NET Framework 3.0ではWPF(Windows Presentation Foundation)という仕組みを利用することで、そうしたランタイム型のアプリケーションからでも3Dやビデオといったハードウェアの機能を最大限活用できるようになっている。

 これから、いわゆるWeb 2.0と総称されるようなビジネスを行なっていきたい企業などにとって、ユーザーにより魅力的なサービスを提供する上でPCがより魅力的なプラットフォームになるための武器、それこそが.NET Framework 3.0でありVistaなのだ。

●鶏と卵の法則から、まだアピールできない.NET Framework 3.0

 だが、Microsoftはそのことを最大限主張しているかと言えば、明らかにそうではない。なぜか? その理由はカンタンだ。それは筆者がこの連載で“エコシステム”とともにもう1つの重要な法則として挙げている“鶏と卵”の法則がここにも働いているからだ。

 つまり、.NET Framework 3.0に対応したアプリケーション、さらにはその上で提供されるサービスを企業が提供するには、.NET Framework 3.0がある程度普及している必要がある。つまり、それにはVistaがある普及しているという必要があるわけだ(ちなみに、XP用の.NET Framework 3.0も存在しており、追加でインストールすることができる)。だから、今のところ.NET Framework 3.0やその一部分であるWPFなどに対応したアプリケーションはまだまだ多くない。

 Vistaの登場により、状況は大きく変わっていくだろう。最初から.NET Framework 3.0を搭載したことで、今後.NET Framework 3.0のインストールベースはどんどん増えていくことになる。それにより、企業の中には.NET Framework 3.0に対応したアプリケーションやサービスを提供するところが増えていくだろう。

 だが、前述のように、そうしたアプリケーションやサービスはまださほど多くはない。だから、Microsoftとしてはそこを積極的にアピールすることが難しい。ユーザーに対してどんなことができるかを説明しにくいからだ。

●Microsoftの富の源は“源泉徴収モデル”を確立していること

 では、なぜMicrosoftはそのアピールしにくいような.NET Framework 3.0を、Vistaの柱に据えたのだろうか? それは、Microsoftのビジネスモデルを脅かすような企業が登場してきているからだ。言うまでもなくGoogleを代表とするいわゆるWeb 2.0系の企業だ。

 Microsoftの収益の大部分はどこから上がっているか、読者の皆さんはご存じだろうか? 箱売りのソフトウェアか? いや違う。明らかにMicrosoftの収益の大部分はOEM向けのソフトウェア、つまりPCベンダが自社のPCにプレインストールするソフトウェアのライセンス料を確実に回収することであがる売り上げから上がっているのだ。

 おそらく、多くのユーザーはMicrosoftにライセンス料を払っていることすら意識していないだろうから、これは日本における税金徴収の仕組みである“源泉徴収”に似ていると言ってよい。勝手に名前をつけさせてもらうとすれば、Microsoftのビジネスモデルは“源泉徴収モデル”と言っていいだろう。

 それを脅かそうとしているのが、Googleだ。読者の皆さんは、Googleが何からもうけているかご存じだろうか? 非常に簡略化して話をするなら、Googleは検索結果などに広告の仕組みを作ることで、広告主から広告料を払ってもらって売り上げを上げている。つまり、Googleのビジネスモデルはテレビ局などと同じように広告から収益を上げる“広告収益モデル”だ。だから、筆者もそうだがユーザーがGoogleで検索するたびに、Googleの銀行口座にお金が貯まるようになっている。このこと自体は、多くの読者もすでに知っていることで、特に驚きではないだろう。

 ではGoogle デスクトップ検索やGoogle Earth、Picasaなどのソフトウェアについて考えてみたことはあるだろうか? これらのソフトウェアは無料だが、なぜ無料なのかと。これらのソフトウェアは、Googleが提供する何らかのサービスと連動している。Googleデスクトップ検索なら検索サービスだし、Google Earthなら地図サービスだ。これらのアプリケーションやサービスを利用することで、ユーザーは何らかの形で広告を目にすることになる。つまり、ソフトウェアのコストは広告によってまかなわれているのだ。

●Microsoftを脅かすGoogleの広告収益型ソフトウェア

 このことは、Microsoft、いやMicrosoftの“源泉徴収モデル”にとって大変な脅威だ。

 どの程度危険かを考える意味で、十年前Microsoftに起きた同様の危機を思い出してみよう。言うまでもなく、Webブラウザ標準の座をNetscapeに確立されてしまいそうになったことだ。あのときMicrosoftが行なった対抗策は、“兵糧攻め”というもっとも単純で効果的なものだった。MicrosoftはIEをWindowsのユーザーインターフェイスに統合し、不可分のモノだと主張することで、IEの価格をWindowsに含めてしまったのだ。

 PCベンダにとってWindowsは削れない要素だが、Webブラウザ単体であれば削れる要素になる。仮にOSのコストが100ドルだとして、NetscapeのWebブラウザの価格が10ドルだとすれば、それまでソフトウェアにかかっていたコストが110ドルだったところが、100ドルに下がるのだ。機能にもたいした違いがないとすれば、製造原価は安い方がいいに決まっている。その後Netscapeも対抗してWebブラウザの価格を無料にしたりしたが、ではそうなったら、いったいNetscapeはどこから収益を上げるのか……その後は過去に我々が見てきた通りだ。

 だが、この兵糧攻めはGoogleには絶対に通用しない。なぜなら、Googleのソフトウェアの収益は、Microsoftとは全く違う土俵である“広告”からまかなわれているからだ。この点がMicrosoftと同じ土俵、いやMicrosoftの土俵の上で戦おうとしたNetscapeとは大きく異なる。

 もともとソフトウェアの価格がタダなんだから、Microsoftの側には対抗するオプションが用意されていないのと同じだ。いくらMicrosoftがGoogleが提供するソフトウェアと同じ機能をWindowsに統合しようとも、人々はGoogleの提供するサービスが便利であり続ける限りインストールをやめないし、OEMベンダもGoogleのソフトウェアをプリインストールし続ける。かつ、Googleはソフトウェアそのものから売り上げを上げていない以上、Netscapeに行なったような兵糧攻めは効くわけがない。

 今のところGoogleはそれに対して無言を貫いているが、筆者はいつの日かGoogleはGoogleのOSを提供すると信じている。そうしなければ、いつまでもMicrosoftの呪縛から逃れられないからだ。

 たとえば、こんなストーリーはどうだろうか。Appleの次期OS“Leopard”が出た暁には、現行のMac OSを標準PC用に修正してGoogle OSとしてフリーOS(実際には広告から収益を得るソフトウェア)として公開する。Appleにとっては先進のOSを使うにはAppleのハードウェアを購入してもらうというプレミアムを持たせながら、古いMac OSはGoogleからダウンロードされるたびにGoogleから売り上げがあがるというメリットがある(かつMac OSユーザーが増える)。Googleの側は、自社のOSとプラットフォームを得るというメリットがある。

 もちろん、この話は空想に過ぎないし、現実に至るには乗り越えるハードルは低くないと思うが、仮に現実になれば、Microsoftの源泉徴収モデルを脅かし、もしかするとパラダイムシフトが起こる可能性があるとは思えないだろうか。

 だから、Googleの広告収益モデルは、Microsoftにとって非常に危険なのだ。

●βではホームページだったWindows Liveだが

 先ほど筆者はMicrosoftにはGoogleに対抗するオプションがないと述べたが、実際にはまったくないわけではない。それは、Microsoftも広告収益モデルになるというものだ。

 そのための布石はすでに打ってある。それがWindows Liveだ。MicrosoftはLive上でさまざまなサービスの提供を始めており、Google Earthに対抗するVirtual Earthなどのサービスも開始されている。Microsoftの強みは、Windowsというユーザーのフロントエンドをすでに押さえてしまっていると言うことだ。例えば、VistaではWindowsデスクトップ検索の機能が標準で実装されているが、Googleと同じように広告媒体として利用すればMicrosoftの収益にも大きく貢献することになるだろう。

 また、極端な話、Webブラウザが広告媒体になるのであれば、そもそもWindows デスクトップそのものだってよい広告媒体だ。このあたりがフロンティアとして残されており、Liveをうまく活用することで、Googleに行くはずだった広告の売り上げを奪い取れる可能性があるといえる。それを効果的に展開するには、IEの時がそうだったように、LiveそのものをVistaに組み込んでしまえばよい。それはMicrosoftにしかできないことであり、Googleには今のところ絶対にできないことだ(だから、筆者は確実にGoogle OSが将来登場すると信じている)。

 では、それをMicrosoftはやったのか、あるいはやれたのか、答えはいずれもノーだ。その代表的な話として、この話を紹介しておこう。それは、Vistaの標準Webサイトはどこか、という話だ。実はβ版まで、VistaのIEの標準Webサイトは、Liveだった。ところが、製品版、つまりRTM版ではそれがMSNに変更されたのだ。このことについて尋ねると、Microsoftの関係者は一様に口をつぐむので、はっきりした理由は今のところわからない。正直言って筆者はなぜこのことがもっと大きなニュースにならないのか不思議なのだが、そうなった理由は2つのことが想定される。

 1つは社外からの圧力だ。具体的には独占禁止法関連の理由で、例えばGoogleあたりからクレームがついて、司法省あたりに訴えられそうになったので変えた、というものだ。実際、欧州や韓国ではそうしたことがニュースになっていた。もう1つが社内の圧力だ、なぜかと言えば、XPの時のホームページはMSNだったのだが、そのMSNチームからクレームがついてホームページが変えさせられたのかもしれない。Microsoftはチームごとの独立採算だと言われているので、このあたりも十分あり得る話だ。

 いずれによせ、1つ言えることは、Microsoftの幹部は、Liveが十分な収益源になるか自信が持ててないのだろう、ということだ。もし自信が持てているなら、IEの時がそうだったように、例え外と摩擦を起こしたとしてもやりきる、それがMicrosoftの企業文化だったはずだ(一連の裁判でそれも変わったと見ることもできるが……)。

●源泉徴収モデルと広告収益モデルの狭間で揺れるMicrosoft

 そんな状況だから、外から見ていると、MicrosoftがどれだけLiveに本気なのかは見えてこない、というより全社を挙げてGoogleに対抗しようとは思えないというのが筆者の実感だ。

 仮に、MicrosoftがLiveに全社をあげて取り組み、それを.NET Framework 3.0やVistaと組み合わせて展開していけば、大きな変化が起きることは間違いない。しかし、その時にはMicrosoftは源泉徴収モデルを捨てさり、広告収益モデルへ移行しなければならない。その時には会社を0から操業するようなことになるわけだし、社内の摩擦も並大抵ではないだろう。何しろ、Microsoftの規模も、ビル・ゲイツ会長がインターネットへ急激に舵を切った10年前とは比較にならないぐらい大きくなっているのだから。

 Microsoftとしては、いつかはいわゆる“Web 2.0”で言われているような広告収益モデルに移行しなければならないことはわかるが、さりとて源泉徴収モデルは今すぐは捨てられない、そういうジレンマのまっただ中にあるのだ。

 MicrosoftがVistaのマーケティングで、そのあたりのことをメインにできないのはそうした背景があるからだと筆者は思う。もし、広告収益モデルへの移行を完全に考えているのであれば、例えばデスクトップに常に広告が表示される無料のSKU(製品種別)がでてきたり、Liveとの有機的な融合がもっとアピールされて、それこそ“Web 2.0時代に最適なOS!”とかいうマーケティングが行なわれているだろう(実際そうだと筆者は思うのだが……)。

 そうした意味で、今後MicrosoftがLiveをどのように扱っていくのか、仮に次のリリースやサービスパックなどで、LiveのVistaへの融合をもっと進めようというのであれば、それはMicrosoftが広告収益モデルに本気になった証拠だ。それを推し進めた先には、Windows OSの無料化、そうした大きな流れもでてくるのかもしれないが、今のところはそれは夢また夢なので、このあたりで終わりにしておこう。

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【2月14日】【笠原】Windows Vistaインストールレポート(後編)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0214/ubiq172.htm
【1月31日】【本田】Windows Vistaに期待する2つのこと
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0131/mobile364.htm
【1月29日】マイクロソフト、表参道ヒルズでVista発売直前イベントを開催
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(2007年2月23日)

[Reported by 笠原一輝]


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